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23:黒幕さん

 そうして連れてこられたのは研究室だった。アステルの塔にあるのと同じ、錬金術師の研究室。埃のにおいはせず、紙と薬草の香りがした。明かりも灯っていない他の部屋とは違い、研究室はたくさんのランタンで照らされている。部屋の中では数人の錬金術師と思われる男女が青白い顔で、何かを調合していた。


「よお、領主様。連れてきてやったぜ」


 アステルを肩から乱雑におろした男が呼びかける。

 奥の部屋から出てきたのは、安い葉巻の匂いをつんとまとった中年の男だ。


「ご苦労」

「仕事だからなぁ。じゃ、俺らは外で待ってるぜ」


 縛られたまま床に座らされた二人を見下ろすように、中年男は薄らと口角を上げていた。


「ああ、リディアさん。良い仕事をしてくださいました。うちの部下が乱暴をして申し訳ありませんね」


 男はそういうとリディアの頭を乱雑に撫でまわす。固まって目に涙を浮かべる彼女はされるがまま、頭がガクガクと揺れていた。


「ねえ、状況の説明をしてほしいんだけど」


 リディアを押しのけるようにずい、と体を寄せるアステルに中年男はおや、という表情を浮かべた。そしてゆっくりと立ち上がると仰々しい仕草で貴族の礼をした。


「はじめまして、アステル錬金術師。私はデメコレア・ジーニシス錬金術師と申します。この名前に聞き覚えは?」

「ないよ」


 アステルの即答に、男の頬がひくりと引き攣る。


「ええ、そうでしょうとも。天才というのは私共の様なアリにご興味ないでしょうとも」

「アリは好きだよ。君に興味がないんだ」


 表情を消したデメコレアの振りかぶった平手がアステルの頬をしたたかに打った。皮膚がぶつかり乾いた音が研究室に響き渡る。アステルのまろい頬が見る見るうちに赤く腫れあがっていった。


「イッッ、つぅ……」

「失礼。紳士としてあるまじき行為でしたね、アステル錬金術師。話を続けても?」

「……ドーぉ」


 頬をしたたかにぶたれて痛いのだろう。もごもごとくぐもった声でアステルは返事を返す。

 デメコレアはほほえみを浮かべると、ポケットから取り出したハンカチで手をぬぐいながらアステルに問いかけた。


「私の祖父の名はゲネウス・ジーニシス。流石にこちらはご存じでしょう」

「もちろん。ポーションを開発した尊敬すべき先人だ」

「………。それだけ?」

「それだけ」

「もっとこう、ええー!とか、なんだってー!とか。ないんですか」

「ない」

「…………」


 気まずい沈黙がその場に落ちる。アステルは質問の意図が読めていなかったし、デメコレアはアステルの反応に追い付けていなかった。アステルのコミュニケーションに慣れていて、かつ一般的な感覚を持つリディアだけがこの場の構図を把握していた。しかし、緊張の連続に差し込まれた間の抜けた会話で、うっかり気の抜けたリディアは今、笑いださないようにするのが精いっぱいだった。


「……まあ、いいでしょう。つまり、ポーションとは我がジーニシス家のみが手掛けるべきものです。それを錬金術院が奪い、レシピを公開し!! 当家に残ったのはしけた端金!!……そして今や、ポーションと言えば星見台。ポーションと言えば錬金術師アステル。あなたに完全にお株を奪われた。これでは祖父が浮かばれません」

「君のおじいちゃんが生きてる頃ってまだ僕ポーション作ってないと思うけど」

「だまらっしゃい!!」


 破裂するようなデメコレアの叫びに、アステルはびくりと肩を震わせた。


「あなたと話していると、こちらの知能が下がりそうですよ。アステル錬金術師」

「僕との会話にそんな機能は無いよ。君に問題があるんじゃないかい?」

「………、話を続けましょう。つまり、私が何を言いたいかといいますと。ジーニシス家の雇われ錬金術師になりませんか、というお誘いでございます」

「こんなボロ屋しか維持できない研究費で言われても」

「手痛いところを突きますね。ですが、貴方のせいですよ。あなたが効果の高いポーションを安値でホイホイ売りさばくから、ポーション市場はめちゃくちゃです。貴方のせいでウチのポーション事業もあがったりなのですから」

「どうせ君のとこのポーションって知らないけど高いうえに擦り傷程度しか治らないものだろ?誰も買わないよ」


 パァン!!と二度目の平手打ちの音が聞こえる。二度も同じところをぶたれたアステルの頬は完全に腫れあがっていた。


「……アステル錬金術師。口の利き方には気を付けたほうがいい」

「……」

「あなたの選択肢は二つです。死ぬか、私の下で一生ポーションを作り続けるか」

「……」

「どちらにします?私はどちらでも構いませんよ」


 にこやかに手を差し出すデメコレアを、腫れあがった顔でアステルは静かに見上げた。恐怖も嫌悪もない、ひたすら無垢で虚ろな視線に、デメコレアは自然と気圧されていた。


「マティアスは?」

「は?」

「お前さ、錬成したポーションの実証実験を今みたいに攫った子たちでやってるよね」

「おや、ご存じでしたか。まぁ、尊い犠牲という物です。それに私は攫ってなどいませんよ。ちゃんとした報酬を提示し、合意を取れたかたのみご招待しています」

「で、マティアスはどこ?」

「人間の会話してくれませんかね」

「リディアのお兄ちゃんだよ。返してほしいんだって。でね、返してくれるならここでポーション作ってあげてもいいよ」

「……、実に素晴らしい取引です。こんなにうまくいくとは。二言はありませんね?」

「君がここに居る限りは僕もここに居てあげる」

「素晴らしい!! ウーノ、マティアス君を連れてきてあげなさい」


 奥で作業をしていたウーノ、とよばれた錬金術師は研究室の奥にある部屋へと足早に向かっていった。デメコレアはニコニコと穏やかな笑みを浮かべてアステルの両手を無理やり引き上げて立たせると、大袈裟な動きでアステルにハグをした。


「う、ぅえ……」


 抱きしめられているアステルの顔は心底不愉快な色をしていたがデメコレアはそれに反比例するかのように、愉悦の表情を浮かべている。


「あぁ、実に素晴らしい夜です、アステル。これであなたは私の友だ」

「……おじさん臭いよぅ、鼻が曲がりそう……」


 アステルの絞り出した悲鳴にデメコレアはこめかみに青筋を浮かべるとさらにきつくアステルをハグし、そしてぱっと手を離した。バランスを崩して強かに尻を打ち付けたアステルは目に生理的な涙を浮かべる。今日は痛い思いばかりだ。

コメント、ブクマ、評価お待ちしておりまーす!!

最近寒くなってきましたね!

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