第6話「本体戦」
静寂。
路地裏の奥。
逃げ場のない空間。
空気は重く、濁っている。
目の前——
本体。
ゆっくりと、首を傾ける。
「……ほんまにやるん?」
笑う。
裂けた口が、さらに広がる。
人面犬が前に出る。
「やるに決まってんだろ」
一歩。
地面を蹴る。
“ダンッ!!”
一瞬で距離を詰める。
爪を振るう。
“ギィンッ!!”
弾かれる。
本体の腕。
ありえない硬さ。
人面犬が舌打ち。
「チッ……硬ぇな」
本体が笑う。
「見られてるからなぁ」
一拍。
「強くなるねん」
ゆたかが言う。
「視線が力か」
神父の言葉が頭をよぎる。
“見られている認識そのものが干渉する”
桃太郎が前に出る。
「なら——」
一歩。
踏み込む。
拳を振るう。
“ドンッ!!”
直撃。
だが——
浅い。
本体が滑るように後退する。
「甘いわ」
消える。
次の瞬間——
“横”
蹴り。
“バキッ!!”
桃太郎が受ける。
腕で。
だが——
押される。
壁に叩きつけられる。
「っ……!」
ゆたかが割り込む。
「こっちや」
蹴り。
低く。
速い。
本体の足を払う。
一瞬、体勢が崩れる。
人面犬が飛び込む。
「もらった!!」
爪が閃く。
“ザシュッ!!”
浅く切れる。
血。
だが——
本体が笑う。
「それだけ?」
傷が——
塞がる。
ゆたかが眉をひそめる。
「再生か」
人面犬が吐き捨てる。
「クソゲーかよ」
桃太郎が立ち上がる。
呼吸を整える。
目は——冷静。
「違う」
一拍。
「見られているから“維持されている”」
ゆたかがニヤリと笑う。
「なるほどな」
本体が一瞬だけ止まる。
「……何言うてんの」
ゆたかが肩を回す。
「簡単や」
一歩前に出る。
「見なけりゃええ」
沈黙。
人面犬が笑い出す。
「ははっ、雑だなぁおい」
だが——
本質。
桃太郎が頷く。
「理にかなっている」
本体の顔が歪む。
「……ふざけんな」
怒り。
純粋な怒り。
「見ろや!!」
叫び。
圧が増す。
視線。
無数の視線。
押し付けてくる。
だが——
ゆたかが目を細める。
そして——
“逸らす”
本体を見ない。
完全に。
無視。
桃太郎も同じように。
視線を切る。
人面犬が鼻を鳴らす。
「付き合うか」
同じく視線を外す。
その瞬間——
“ザワッ”
本体の体が揺れる。
明らかに。
不安定になる。
「……なんでや」
声が揺れる。
「なんで見んのや!!」
ゆたかが言う。
「興味ないからや」
一拍。
「お前の価値に」
沈黙。
空気が止まる。
本体の呼吸が乱れる。
「……嘘や」
一歩。
近づく。
「気になるやろ?」
必死。
「誰かに決めてもらわな」
震える声。
桃太郎が言う。
「違う」
静かに。
だが強く。
「自分で決める」
本体が崩れかける。
「……無理や」
一拍。
「そんなの……」
ゆたかが一歩前に出る。
今度は——
見る。
真正面から。
だが。
“評価しない目”
ただの視線。
「出来る出来んちゃう」
一拍。
「やるかやらんかや」
その言葉。
重く、静かに刺さる。
本体の体が揺れる。
大きく。
崩れる。
だが——
その瞬間。
“ドンッ!!”
圧が爆発する。
三人が吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられる。
人面犬が吐く。
「っ……!」
ゆたかが顔を上げる。
「まだおるな……」
空。
見えない。
だが——
確実に干渉している。
“黒幕”
声はない。
だが——
圧だけが増す。
本体が笑う。
狂気に近い笑み。
「ほらなぁ」
一拍。
「終わらへんねん」
完全に。
“支えられている”
桃太郎が立ち上がる。
ゆっくりと。
そして言う。
「なら——」
一歩。
踏み出す。
「切り離す」
ゆたかがニヤリと笑う。
「それやな」
人面犬が牙を見せる。
「ようやく分かってきたじゃねぇか」
本体を見る。
そして——
その“奥”を見る。
見えない何か。
そこへ。
狙いを定める。
■ 第8章 第6話 終




