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誘拐された勇者イリオス  作者: 常に移動する点P


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19/19

【最終話】第19話・さぁ、イリオスを迎えに行こう

 冷たい風が、石造りの牢を吹き貫く。丁寧に汲み置かれた石は、魔力を微量に帯びており、小さな結界効果を果たす。


 もちろん、覚えのあるものには、そんな結界は何の役にも立たない。女神ほどのものを拘束するには、無力である。


 錆びた鉄格子の前に、開いた宝物箱に置かれたイリオスの剣。ヒルト(柄)が手の形にくぼんでいる。イリオスの呪われた右手から発せられる「負」の力が浸食品ほどである。



 足音が軽い、石畳がカツカツと反発するような金切り音を出す。リズミカルに。


「やぁ、女神殿。ご機嫌はいかがかな」

 勇者イリオスは満身創痍の女神を鉄格子越しに覗き込む。

 女神と称えられ、崇められ、奉られていたその生命体は、言葉を発さない植物のように、枯れた植物とでもいおうか、それくらいに力尽きようとしていた。


「誤算…。イリオス、私を、た、すけて、くれ」


 女神から振り絞られたその言葉は、離れて見まもる俺にもよく聞こえた。


 俺はイリオスとの再会を懐かしむ暇もなく、女神の監視役として牢を見張っている。もうすぐしたら、シュレーとナロウと交代だ。俺は1人なのに、あいつらは2人とはどうにも不公平だが。


「ギリアム、どう思う?」

 イリオスは意地悪そうに言った。

「女神を倒すのではなかったのか?」

「あぁ、でも、女神を物理的に倒してしまう、つまり殺してしまうと、呪いが産まれると思うんだ」

 その理屈は半分正しい。殺された者たちが何でもかんでも呪いを残すかどうかは、その背景にもよる。


 まぁ、ここまで騙し討ちをして、一芝居打ったのだから、女神もさぞかし悔しいことだろう。


「王の裁きしかないのでは?」

 アシュフォード王国で起こったことは、アシュフォード王自らが裁く。他国では少し状況は異なるが、国民たちはアシュフォード王に政治よりも、法による裁き期待している。


「だったら、死罪しかないじゃない」

 シュレーが牢屋の門兵に恭しく一礼されながら、階段を降りて来た。

 後ろにはナロウも一緒だ。


「お、みんな揃ったな。久しぶりだね」

 イリオスののんびりした挨拶に、拍子抜けそうになる。


 打倒女神というのは、誰もが口に出せなかった目標だった。なぜこの魔物を、なぜこの地域を、なぜ魔王を、討伐し制圧せねばならないのか。


 勇者イリオスとの旅は、行きがかり上だ。

シュレーとナロウはゴブリンとの戦いで助けられ、俺は父の形見を預けたイリオスを見届けるため、いやこの男の正体を見極めるため旅に同行した。


 女神との契約は他の3人は結んでいるものの、俺には直接的な女神への恨みはない。父はあるだろうが。


 だが、呪いの元凶がこの少女、いや女神なのだが、これか、という戸惑いはある。


「人間が悪魔落ちすることはないが、神や天使はあるんだよ。それは、そもそも悪魔因子をもっているからだ」


 イリオスは持論を続ける。


「悪魔因子、その源流的素因は、呪いだ」

 シュレーとナロウは何かにとりつかれたようなイリオスを怪訝な表情で見つめる。俺も同じだ。きっと自分の顔には、普段入ることのない皺で覆われているのだろう。


「だからどうするの?」

 女神の声じゃない、ナロウだ。

「僕たちが戦う理由は特になかったんだ。女神は自分の不安を、人間たちに押し付け、解消させるためだけに、ひどく僕たちを利用した。バルスも、グレアムも、そして僕たちも」


 イリオスは、イリオスの剣を手にしていた。久々に主に掴まれるその剣は、熱を帯びていた。


「みんな、ギルティア王国の王子の話を覚えているかい?」

 シュレーとナロウが頷いた、俺も遅れて頷いた。両親に恋人もろとも焼かれて殺された王子、死の間際に放った言葉が、呪いとなり即死魔法になったとされている。


「この女神は、王子の両親に事実あらざることを吹き込んだ張本人だ」

「なぜ?」

「シュレーならわかるだろ、女神は魔法を欲している。自分がまだ覚えていない魔法を手にしたい。それを知的好奇心と言うのか?」

 女神は即死魔法欲しさに、王子に呪いの言葉を吐き出させたのか。


「その時は、まだ天使だったようだが」

 牢の天井は高い、イリオスは剣を振りかぶる。


 次の瞬間、檻ごと女神は一刀両断されていた。ほおって置けば力尽きたかもしれないのに。


「女神が呪い化したらどうするんだ」

 俺は声を振り絞って、イリオスに掴みかかった。


「いいんだ。これで。このまま死んだら、女神はこの王国全体を呪い化してしまうからね。僕が呪いは引き受けた。ちょうど、バルスの魔王も飽きた頃だからね」


 イリオスはそう言うと、静かにアシュフォード王国を去った。


 イリオスの剣はアシュフォード王国の国宝となるも、ただ飾られるのではなく、国の防衛装置として、城門に掲げられた。王の命だった。


 強い結界力が、アシュフォード王国から発せられ、魔物というよりも、神々の侵攻から護ってくれている。


「ねぇ、イリオスはどこにいったかな?」

 ナロウがシュレーに尋ねた。イリオスがアシュフォード王国を去って、半年が過ぎていた。俺たちはカゲヤマの計らいに甘え、この地でしばらく暮らすこととしたのだ。


「魔王になったって、東の魔女さんが言ってたよ」


 それは俺も知っていた。イリオスは女神の呪いを一身に受け、魔王となった。


 新しい女神は、魔王討伐の触れを出し、各地の勇者もどきたちは、その居城を目指した。

 馬鹿な奴ら、イリオスが城なんか立てて、魔王然とするはずもないのに。


「ねぇ、イリオスに会いたくない?」

 前を歩くシュレーが振り返って言った。更にその前を駆け足でずいずい歩き進んでいたナロウがグッと立ち止まった。


 二人ともイリオスに会いたいんだな。俺もそうだ。


「いいねぇ」

 ナロウが口を開いた。

「討伐されちゃぁ、気の毒だしな」

 街中では血気盛んな男たちが、魔王討伐隊を編成している。第一陣が先日帰還したが、誰一人死んでいないようだ。


「いつか死人でるかもしんないしね」

「そんなことしたら、イリオスまた呪われちゃう」

 ナロウが心配そうだ。


「じゃぁ、この足で行こうか」

「そうね」

 俺は門前に据えられたイリオスの剣を引き抜いた。むき出しの刀身を引きずり歩く姿に、城門の衛兵が詰所の奥から、鞘を手渡してきた。


「カゲヤマ様より、お渡しせよと」


 気が利くな。

「イリオス、どこにいるのかなぁ」

「え? シュレーどこにいるか知らないの?」

「あ、それじゃぁ、さっきの第一陣のオジサンたちに聞けばいいんじゃない?」

 ナロウが慌てふためいている。


「いいんじゃないの。誘拐されたわけじゃないんだし。私たちなら、イリオスがどこにいるかわかるでしょ」とシュレーがなだめる。


 俺はイリオスの剣を鞘に納め、背中に担いだ。すっかり呪いの解けた勇者の剣を携えて。


「イリオスを迎えに、行こう」

俺の掛け声とともに、シュレーとナロウが意気揚々と歩き始めた。

陽の昇る方に向かって。


(おわり)



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