第十五話<駆け巡るそれぞれの想い>-20
「・・・やっちゃったかもな。」
コンビニのサンドウィッチコーナーの前でため息をつく琴和。
フルーツ入りの甘そうなサンドウィッチをかごに入れると
飲み物の場所に移動をする。
現在、琴和は蘭子の家のそばにあるコンビニにいる。
蘭子がしゃがみ込んでから、すぐに雨は止み帰宅が可能になった。
すると蘭子も少し落ち着きを見せたので、ひとまず彼女の家に向かう事にする。
しかし、琴和は蘭子の家にすぐ上がる事はしなかった。
少し濡れた事もあるので、体が冷えてはいけないと言ってシャワーを浴びせ、
その間に自分は近くにあるコンビニに軽食を買いに行くことにした。
それが今である。これは頭の中を整理するためでもあった。
思い返すたびに、自分の質問は浅はかだったと後悔する琴和。
少し考えれば、蘭子が自分の異常な部分に怯えていた事は
思い出せたはずだったのに、更に不安にさせるような事をしてしまったからだ。
「こういう時は、温かい方が良いよな。」
冷たい飲み物売り場だったが、温かい飲み物の場所に移動をする琴和。
その後、温かいミルクティーとウーロン茶を取り出すと、会計を済まし蘭子の家に向かう。
「・・・。」
コンビニを出た後、
何を言うわけでもなく夜空を眺める琴和。
疲れた表情で見上げた空には小さく光る星が点々と映し出され、
何故かせつなさを感じ取ってしまう。
考えるたびに後悔を噛みしめるので、
何も考えないようにする為、黙々と歩く琴和。
頭を整理するために時間を作ったのだが、
考えれば考えるほど、かえって混乱すると感じてしまった。
『こうなってしまっては、もう話をするしかないな。』
何を話せば良いのかは分からなかったが、この頭のモヤは
何でも良いから蘭子と話をしないと消えない気がすると、
自然と歩く速度が速くなる。
静かな夜道は、琴和の足を妨げることなく
すんなりと蘭子の家まで導いていた。
そのせいか、気が付くと扉の前に到達する琴和。
小さく深呼吸をし、軽くノックをしてから扉を開けると
椅子に腰を掛ける蘭子の後姿が目に入る。
「もう上がったんだ。」
何気なく話しかけながら近づき、
座っている蘭子の横に並ぶように立つと
「うん。」と簡単な答えが返ってくる。
彼女の目の前にあるテーブルに買ってきた物を置こうとすると、
ようやく琴和の方を向く蘭子。
「濡れたままで歩いてたんだし、外は寒かったでしょ?
シャワー浴びる?」
気遣うような表情で言われると、琴和はゆっくり首を振る。
「いや、そうでもないよ。
それに、そんなに濡れなかったから、もう乾いたし平気だよ。」
そう言いながら袋から温かい紅茶を差し出すと、受取はするが、
すぐにテーブルに置く蘭子。
「シャワーで体を温めた後に、温かい紅茶なんだ。」
いつものような元気は無かったが、小さく笑顔を見せながらそう言う姿から、
少しは落ち着いたのだと感じ取る琴和。
「あはは、ごめん。冷えたものの方が良かったね。」
同じような雰囲気で返す琴和。
自分のウーロン茶を開けると蘭子も続くように紅茶を開ける。
今度は自分自身を落ち着かせるため一口飲むと、蘭子も同様に軽く口をつける。
そして両手で紅茶の缶を抱えるように持ちながら、少しうつむいて話し始める。
「さっきはゴメンね。急に取りみだしちゃって。」
「いや、良いんだよ。
俺こそごめん。変なこと言っちゃって。」
お互い謝りあうと、少しの沈黙が流れる。
それは何かを考えているかのような時間でもあった。
その中で、うつむきながら口を開く蘭子。
「・・・実はね、バイト先でこんな事があったんだ。
バイト先の友達がね、
大学でやる数学の問題を見せてくれたの。
そうしたらさ、簡単に解けちゃって・・・。
おかしいよね?大学の数学なんて勉強したこと無いんだよ?」
そこまで聞くと、以前の事を思い出す琴和。
「・・・英語が分かったのと同じ感じかな?
すると俺も解けそうだね。」
軽くうなずく蘭子。
「うん、そう思う。
・・・でもね、それだけじゃなかったの。」
顔を上げ、琴和をジッと見る蘭子。
「出身地は何処って聞かれたの。」
「・・・出身地?」
何かを考えた上での話だということは分かったが、
それが何を意味するのかは理解出来なかった琴和。
不思議そうな顔で蘭子を見つめると、彼女は軽くうなずく。
「うん、そう。
少し意地悪するね。
琴和君の出身地は何処?」
一瞬固まる琴和。そしてその表情は信じられない事を
知ったかのようなものに変わっていく。
すると蘭子は切なそうな笑顔を見せる。
「分かるよ、琴和君の気持ち。
多分私と同じだから。」
「いや、でも俺・・・。」
「長野でしょ?
そして、はっきりとは覚えていないでしょ?
だから何が何だか分からなくって、不安でしょ?」
蘭子の答えに、一瞬心臓を止められる思いをする琴和。
まさにその通りで驚きを通り越して恐怖すら感じるくらいだった。
「何で・・・分かったんだ?」
「だから言ったじゃない、多分私と同じだって。
私もそうだったから。何故か長野という言葉が出てきた。」
「でも俺、ただ何となく長野って頭に過っただけで、
はっきりとした記憶が無いよ。」
「でも、ぼやけてだけど住んでいた場所が頭に残っているでしょ?」
「・・・そうだけど。」
困惑した表情のまま目をそらす琴和を見ると、
蘭子は引き続き質問をする。
「さらに付け加えるね。
琴和君の家族って、今どうしている?」
「・・・・・・。」
「”もういない”だよね?」
「蘭子もそうなの?」
「・・・うん。」
「・・・おかしな話だけどさ、
今まで家族の事なんて気にしたこと無かったよ。」
「そう、私も同じ。
何で、気付かなかったんだろうね。」
「・・・分からない。」
琴和が苦しそうにそう言うと、
また二人は黙ってしまう。
何も出来ずに動くこと無く、時計の秒針の進む音が
一番存在感のある空間になっている。
「やっぱり変だよね、私たち。」
暫く言葉を失っていると、唐突に切なそうに言う蘭子。
確かに自分たちは変だと確信はしていたが、
ここで言葉に出して認める事に苦しさを感じると、
琴和は何も言う事が出来なかった。
すると再び蘭子は話を始める。
「でも良かったよ、琴和君がいてくれて。
だって、同じような症状を持っている人なんだから
良い理解者になってもらえるかもしれないじゃない。
・・・流石に一人だけだと、耐えられないかも。」
心細そうな様子を見るとハッとする琴和。
『しっかりしないと。』
そう思った瞬間、琴和の右手は蘭子の頭を
グシャグシャに撫でていた。
「なってもらえるかもじゃなくって、もうなっているつもりだよ。」
「エヘヘ。」
少し手荒い手とは逆に優しくそう言うと、
蘭子は少し恥ずかしそうな笑顔を見せる。
蘭子がスッと頭の上にある手に自分の右手を重ねると、
動きが止まる琴和の手。
すると、物悲しそうに話す蘭子。
「本当だったらここで、恋が始まっているんだろうね。」
「・・・そうだな。」
そう言うと、手をどける琴和。
そして少し考えた後、玄関に向かい始める。
「今日はいろいろあったようだしさ、
もう休もうか。」
「・・・そうだね。」
今は静かにした方が良いと考え、琴和が帰ろうとすると
引き留めることなく、うなずく蘭子。
「また明日、話をしよう。」
「うん。」
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
簡単に挨拶を済ませると、櫻子にも一礼をしてから部屋から出ていく琴和。
扉が完全に閉まった音が耳に届くと
蘭子は無意識のうちに小さなため息をついて、目の前の紅茶を握りしめる。
そんな二人の切ない姿を、櫻子は心苦しそうに見ているだけであった。




