第十三話<敵として>-2
一夜明け、現在午前11時。
琴和は街を歩いていた。
蘭子が帰った後、琴和はすぐさま風呂に入り
そのまま眠りについた。見回りが無かった分、体力的に楽だったせいか
今日は早めに目が覚めてしまい退屈をしていた。
そこで、朝早くから掃除やら洗濯やらを片付け、いつ人が来てもいいようにした琴和。
最近は毎日誰かしらが家にくるので
散らかしてはおけない状態であるからだ。
しかし、毎日片づけを心がけているので直ぐ終わってしまい、再び退屈をすることになる。
ゲームをやろうとするが、どれも飽きていてやる気がしない。
テレビも面白いものがやっておらず、静かな時間だけが流れていく。
その中で、携帯が鳴り始める。蘭子からだ。
何気なく電話に出ると、元気な声が聞こえてくる。
「どうしたの?」
そう琴和が尋ねると、蘭子は映画を見に行こうと誘ってきた。
話によると、見たい映画の公開日とのことだ。
丁度自分も暇を持て余していたので快く誘いに乗るなり、仕度をする琴和。
颯爽と家をでると、少し早かったが待ち合わせ場所に向かうことにした。
それが今である。
待ち合わせ場所は、よく行くショッピングモールにある大木がそびえ立つ広場だった。
ベンチに腰をかけると、携帯の時計を見る。
待ち合わせ時間の25分前ということに気が付くとベンチから立ち上がり、
辺りに見える店を覗いてみる。
とはいったものの、特に欲しい物も無いので
何となく眺める程度だった。
そうこうして5分ほど経過すると、再びベンチの方に戻ろうとする。
ただ歩き回っても疲れるだけだと思ったからだ。
いくら暇だからといって、出発するには早すぎたと少し後悔しながら歩く。
と、その時である。こちらの様子を伺いながら近づいてくる人がいることに気が付く。
それは茶髪で肩くらいまで髪を伸ばした少女だった。
「やっぱりアナタだったのね。」
「君は!?」
初めは誰だか判らなかったが、近寄って声を聴いた途端、
その少女が旭であることに気が付く。
そして思わず大きめの声が出てしまった。
「驚いた、随分思い切ったものだね。」
矢子以上に長かった髪は、彼女の象徴的なものであった。
しかし、その大きな特徴が消えていたせいか認識までに時間がかかってしまった。
「まあね、こっちもイロイロあってね。」
「そっか、大変そうだね。」
相手はカザーバとは分かっていたが、警戒もせずに何気なく話す琴和。
以前話したこと、そして今の雰囲気からは彼女が敵など到底思えなかったからだ。
一方旭の方も、琴和が毎晩怪物退治をしていることを知らないので
『好きだった先生に似た人』として気軽に話しかけている。
「それにしても本当に驚いたよ、また街中で会うとはね。
ここら辺に住んでいるの?」
以前もこの付近で旭に会った事からひょっとしたらと思い、
何気なく聞く琴和。
「んー、まあ今はそうなるかな。」
その問いに旭は即答ではなく、
何か訳ありのように少し言葉を詰まらせて答える。
「今は?ということは前は違ったの?」
琴和が意味ありげな答えに反応すると、
少し物悲しい表情になる。
「前は長野にいたんだ。今はもう崩れちゃったけどね。」
『え!?』
その台詞に驚きを見せる琴和。
長野といえば、一年前に大型の地盤沈下があり
未だに危険地帯として立ち入りができずに
復旧がされていない場所が多く残っている。
旭の言葉の中に「もう崩れた」とあることから
きっと彼女も被災者のうちの一人なのだろう。
長野の被災者といえば、必然的に櫻子のことが
思い出される。
彼女はあの事故で命を落とした。
すると同じ被災者である旭も
命を落としかねない災害にあったと思い、とても不憫に感じる。
「大変な目に遭ってたんだね。」
琴和は悲しそうにそう言うと「・・・うん。」と静かに旭はうなずいた。
「そう、大変といえばさ、アレから怪物には遭っていない?」
暗い雰囲気を消そうとしたのか、何気なく聴く旭。
彼女にとって一般人である琴和が自分たちの放っている
怪物に襲われていることは懸案事項であるが故の質問だった。
しかし彼女の助言を無視して
毎晩見回りをしている琴和にとってその質問は、とてもばつが悪いものであった。
さらに、彼女の敵対組織である禦や村雲の人間とつるんでいるなんて
とてもじゃないが言えないと頭によぎる。
そうこうしている間に、一瞬言葉を詰まらせる琴和。
その様子から『おかしい』と感付く旭。
「まさか・・・言ったこと守ってないの!?」
怒るように旭が尋ねると、少しうろたえてしまう琴和。
「あ・・・あはは・・・ゴメン。」
「ちょっと、何考えてるの!?」
問い詰める旭。すると琴和は何とか誤魔化そうとする。
「いや、やっぱりその時間に外出るなっていうのが難しくなって・・・。」
「何が難しいのよ!?
・・・ってまさか秘密にしてって言ったことも守ってないとかないでしょうね?」
怖い形相で迫る旭。勢いよく首を振る琴和。
「いや、それは無いよ。
それだけは誓う。誰にも言っていない。」
真剣な眼差しで答えると、少し落ち着く旭。
「そう、じゃあいいわ。
でも良くない。まさか昨日も夜にぶらついていたんじゃないでしょうね?」
据わった目で尋ねてくると、再び首を振る琴和。
「いや、昨日は家に居たよ。」
「本当?」
疑うように聴かれると、首を縦に振る。
「本当だって、友達が家に来ていたんだ。
ほら、最初に会ったとき一緒にいた女の人覚えているだろ?
アイツが家にいたんだ。23時過ぎくらいまで家にいたよ。」
するとその時である、旭は一瞬目を丸くしたと思ったら
急につまらなさそうな表情を見せた。
「・・・どうしたの?」
急な表情の変化に不思議を感じた琴和はそう尋ねると、
旭はムッとしてそっぽを向く。
「なんでもない!
昨夜は随分と楽しかったんでしょうね!」
「いや・・・そうでも。」
ゲームばかりやっていて中々帰らない蘭子を思い出しながら
うんざりしたように返すと旭は余計腹を立てる。
「何それ?彼女を家に連れ込んだ事の照れ隠しのつもり!?」
「え・・・?」
突然とんでもないことを言う旭に意表を突かれると、一瞬言葉を詰まらせる琴和。
「ちょ、ちょっと待って。アイツはそんなんじゃないよ!」
慌てて切り返すと、旭も返してくる。
「じゃあ友達以上恋人未満ってところ?
狙ってる最中の進行形といったところかしら?」
「いや!そんな気は微塵もないよ!!」
「じゃあ何でそんな時間にアナタの家に居るのよ?
普通に考えたらオカシイでしょ?」
「え?・・・。」
旭の指摘を聞くと、急に固まってしまう琴和。
その表情は何か深刻なものを抱えたような表情だった。
「・・・何よ、急にそんな顔して。」
旭から見ても、その表情はおかしなものであった。
「何で・・・何とも思わなかったんだ?」
「は?」
突然訳の分からない事を言い始めたので、疑問系の旭。
その様子を見ると、琴和はハッとして誤魔化そうとする。
「あ、いや、何でもないよ。
とにかくアイツとはそんな関係じゃないからさ。」
笑顔でそう伝えると、旭は少し混乱しながらも小さくため息をつき
「まあいいわ。」と一言つぶやく。
「で、何でここにいるの?買い物?」
話を切り返してくる旭。すると琴和はちょっと慌てつつも
話題が切り替わったことに少し安堵を覚えつつ答える。
「ああ、これから蘭子と映画を見に行く約束をしていてね、
ここで待ち合わせているんだ。」
「蘭子?」
「ああ、そっか。名前までは知らなかったよね。
今さっき言った女の人のことだ・・・。」
話の途中で呆れと苛立ちを合わせた顔になる旭を見ると、
ハッとする琴和。そして彼の表情は再び深刻なものになる。
「やっぱりそうなんじゃない。」
目を吊り上げて旭は言うが、琴和はそれに気が付かず
考え事をしていた。
「ちょっと、聴いてるの?」
旭が再び訴えると、琴和は涼しい顔で旭を見つめる。
「ねえ、質問していいかい?」
「何よ?」
「19歳の女性が家に遊びに着たり、映画に誘ってきたりしたら、
26歳の男はどういう気持ちになると思う?」
「は?」
顔をしかめる旭。
「何その質問・・・。」
「変な話なのは分かっている、でも答えてくれ!」
琴和が真剣に訴えると、旭は押し負けたのか渋々答え始める。
「そりゃ・・・普通の男だったら浮かれるんじゃない?」
「やっぱりそうかな・・・。」
拳を口に当ててそうつぶやくと、旭は腰に手を当ててため息を一つつく。
「もう、いきなり何なのよ。調子狂うじゃない。」
「・・・ごめん。」
琴和がつぶやくように誤ると、旭は何かに気が付いた様子を見せる。
「じゃあお邪魔虫はもう行くね。せいぜい楽しみなさいよ。」
「え?」
その言葉に疑問を感じる頃には、すでに後姿になっている旭。
声をかけようとすると、後ろに人の気配を感じる。
「あれ?今の知り合い?」
後ろから話しかけてくる聴きなれた声。蘭子だ。
突然の登場で少し驚くが、時計を見ると約束の時間になっていた。
「え、あ・・・いや。」
突然のことで言葉が出なくなる琴和。
しかもカザーバの人間と会っていた事もあり、返答に困って当然であった。
ここで無難に「そうだよ。」と答えて話を終わらせようと思ったのだが、
隠し事をすると、ばれた時に物凄く怒られそうだとも思い始める。
そこでいっそのこと、蘭子には本当のことを話した方が良いのではないかとも
思えてきた。別に禦でも村雲でもないので害は無いということも理由の一つである。
「・・・どうかした?」
頭の中で色々と計算をしながら蘭子を見つめる琴和。
その様子に不思議を感じた蘭子は問いかけると、琴和は話す決意をする。
「前にカザーバの女の子と会っただろ?
今そこにいたのは、あの時の子だよ。」
「え?」
突然のとんでもない発言で何を言っているのか理解が出来なかった蘭子。
「ちょっと、どういうこと?」
そして不安そうに尋ねる。
「実は前にあの子を街で見かけてね。
それで話しかけたんだ。それがきっかけだよ。」
何気なく答えると、焦りの表情を見せる蘭子。
それは無理の無いことである。
「ちょっと、何でそんなことしたよの?!」
「いや、どうも悪い子には見えなかったし
俺たちって禦でも村雲でもないだろ?だから危害は加えられないと思ったんだ。
それに襲ってくる理由も聴きたかったしさ。」
あまりにものん気な事を言うので呆れながらも突っ込みを入れる。
「危ないとは思わなかったの!?」
「・・・うん。でもそれなりの成果は得られたよ。
やっぱりあの子は悪人じゃなかった。
それに俺たちを襲ったことも、どうやら手違いだったようだし。
禦か村雲だと思っていたようだよ。」
「手違い?」
「うん、詳しくは教えてくれなかったけど
一般市民を巻き込むつもりは無いらしいよ。」
そこまで聞くと拍子抜けしたようになった蘭子。
今まで触れてきた危険は単なる手違いだと思うと力が抜けてくる。
「そう・・・なの?」
「らしいよ。」
「じゃあ私たちは何なの?何で襲われるのよ?」
「それはあの子も不思議がっていたよ。
とにかく手違いらしい。」
すると考え込む蘭子。
「・・・じゃあ何?私たちは戦えない人が襲われない様に
怪物退治をしているけど、実はその心配は必要ないってこと?」
今まで自分たちがしてきたことが急に無意味だったと
感じ始めると、少しショックを受ける蘭子。しかし琴和は小さく首を振る。
「確かにあの子の話だとそうなるね。
でも俺たち同様の手違いで襲われる人がいないとは
言い切れないからね、無駄ではないよ。」
蘭子の指摘で、自分の行動の矛盾を少しは感じるものの
否定の意見を述べる琴和。
実際、彼にとっては無駄なことでは無かったという意識の方が強いからだ。
「ねえ、これからどうするつもり?」
何かを考えるようにポツリと尋ねる蘭子。
琴和は「どういうこと?」と尋ね返すと、視線を合わせてくる。
「どう、ってカザーバって一般人は巻き込むつもりは無いんでしょ?
それって禦や村雲を狙っているって事だよね?
私たちは今甲子郎さんや矢子ちゃんと行動を共にしているんだよ?
二人は禦に村雲なんだよ?
それなのにカザーバの子と知り合いになるなんて。」
もっともな意見を述べる蘭子。琴和にとってもそれはネックであった。
「確かにそうなんだよね。
かなり中途半端なことをしていると思うよ。
下手をしたら裏切りに近いかもね。」
そこまで言って蘭子の様子を伺うと、難しい顔のまま見つめられている。
「・・・でも間違ったことはしていないと思うよ。
関わりを持たなかったら、本当に敵として認識するだけだったと思うから。
相手のことを知らずに敵視するのはいけないと思う。
無闇に敵視をすると、無駄な争いの元だよ。」
「でもカザーバは怪物を放っているんだよ?」
「確かにそうだけど、理由がありそうなんだ。
詳しくは聞けなかったけど、別に悪事のためという風には感じられなかった。
あの子と話しをした事でカザーバは悪い集団ではない事を
感じ取ることが出来たんだ。だから心の底から憎む事は出来ないよ。
でも、だからといって怪物を放置するわけにもいかない。
こんなこと言っておいて何だけど
怪物退治は続けていくつもりだよ。
やっぱり俺たちみたいな無関係な人が襲われている可能性は
捨てきれないし。
それに、いくら理由があったとしても
あんな子が怪物を街に放っている事は見過ごせないし、
危険な目に遭う前に止めさせたいし。
何か滅茶苦茶なことを言っているかもしれないけど、
俺の考えはこれ、平和的に解決したい。
いがみ合うだけがやり方じゃないと思うんだ。」
そう言うと難しい顔を止める蘭子。
「本当に無茶苦茶だよ。
でも何となく理解できたかな。君らしい感じがする。」
そこで苦笑いを見せると、理解してもらえたと思い少し安心する琴和。
「有難う・・・でもゴメン、この事は他の人には
黙っててくれる?」
琴和の願いを聞くと腰に手を当てる蘭子。仕方がないといった顔だ。
「そりゃ言えるわけないわ。
君を陥れても何の得もないし。
でもどうするの?見回りを続けていくなら
前みたいに、今の子と遭遇する可能性があるよ?」
「そうなんだよね、でも
その時は話を進めるチャンスだとも思うんだ。
止めさせる説得をする事のね。」
「説得できるの?」
「・・・自信は無いけどね。
でもだからといって何もしないことも出来ない。
それにあの子や甲子郎さんがどうとかじゃなくって
自分の意思で怪物退治をしていたわけだから、
他人の意見に流されて見回りを止めるなんて事はしないよ。」
「意外と惑いは無いんだね。」
先ほどから答えに迷いを見せずに
はっきりとした口調で話す琴和を感じ取った故の一言だった。
その言葉に小さく笑みを見せると、蘭子は続けて話しかける。
「じゃあその勢いで惑い無く約束して、
これからは今回みたいな隠し事しない。いいわね?」
据わった目で詰め寄る。すると思わずたじろんでしまった。
「わ・・・分かった。」
「・・・何押し負けているのよ。」
最後の最後で揺るぎある態度を見せた琴和に少し不服の蘭子であった。




