軍人さんと管理AI
…………………
──軍人さんと管理AI
俺たちは早朝にリーゼ君の家を出発し、“大図書館”に向かった。
“大図書館”の周りには未だに冒険者たちのキャンプが残っている。ここが貴重な遺跡だと理解したらしく、ガラクタでもいいから持ち帰ろうと頑張っているらしい。
だが、これは幸いなことだ。
万が一、エデンの民という武装勢力がこのヴァルトハウゼン村を襲撃してきたときに、灰狼騎士団とファルケンハウゼン子爵の兵士たちだけでは手が足りなくなるのは目に見えている。住民や観光客の避難誘導もしなければならないし、避難先を守る必要もあるのだから。
冒険者たちがクリスタがファルケンハウゼン子爵、オスヴァルト氏、ゾーニャ君から連名で受けた依頼──“大図書館”の防衛というものを引き受けてくれれば、“大図書館”も守り切れる可能性が出てくるというものである。
もっとも、全ての冒険者がそれを引き受けてない以上は、やはり使える戦力は限られるというものなのだが……。
「ヒビキさん! これから“大図書館”デスか?」
「ああ。そうだ、ミーナ君。君も一緒にくるかい?」
「ええ。ご一緒させていただきます!」
最近は“チーム・アルファ”の面子で“大図書館”には潜っていない。ミーナ君は独自の研究があるし、レーズィ君は太古のゴーレムに興味があるし、ユーリ君はあまり暗くて狭い場所は好きじゃないそうだ。
「ところで、その鎖に繋がれた子は……?」
「エリスだ。わけあって俺が一時的に身元を預かっている。かつて、ガルゼッリ・ファミリーの幹部ヘニング・ハイゼンベルクのところにいた子供だからな」
「ああ、あの」
ミーナ君が好奇心に満ちた目でエリスを見るのに俺がそう告げて返す。
「ところで、ヒビキさん。このヴァルトハウゼン村が襲撃されるという噂が立っていますけれど、本当なんデス?」
「可能性としてはほぼ確定に近い。事前の偵察活動も確認された。恐らくは近いうちに仕掛けてくるだろう。そのための対応の準備をしなければならない」
俺はミーナ君にそう告げて“大図書館”の最下層に向かう。
最下層までのルートは既に安全なものが確保されていた。考古学者たちが遺跡を調べて回り、かつ無事に地上まで出られるルートだ。だが、最下層にあるアレクサンドリアだけは未だに冒険者ギルドの権限で封鎖されている。
冒険者ギルドもアレクサンドリアをどう扱えばいいのか考えあぐねているところなのだ。アレクサンドリアが言うことが全て正しいのであれば、この世界に人類を誕生させたのも、あるいは魔術を人間に授けたのも神ではなくなる。
これが宗教的論争を呼ぶことは目に見えていた。
だから、冒険者ギルドは事態の整理がつくまで、アレクサンドリアの存在を秘匿することに決めたのだ。いずれ、正しい時がくれば、皆が事実を受け入れられる時がくれば、それを公開するということにして。
それがいつなのかは分からないが、俺たちだけは発見者としてアレクサンドリアに会うことが許されていた。ただし、内部でのことについては緘口令が敷かれている。
さて、もう最下層だ。ルートが整備されてからは1時間程度で最下層まで潜れるようになっている。
「むっ。ヒビキ殿か。どうぞお通りください」
アレクサンドリアに通じる扉の前には冒険者ギルドの雇った傭兵が警備に当たっている。とは言っても、全8名編成で2名ずつしか扉の前にはいないのだが。
「アレクサンドリア」
『おはようございます、ヒビキ様。転送装置の情報をお求めですか?』
転送装置。
既にそれは完成に近い状態にある。後は超電磁コイルというパーツさえ見つけてくれば、完成だ。その超電磁コイルというのも、“大図書館”内に存在するようである。
俺たちはここを最下層だと思っていたが、更に下の階層がある。そこに行けばまだまだパーツはいろいろとあった。兵器としか思えない物騒な代物も。
だが、今日はその話をしに来たのではない。
「近々、君が言っていたペルガモンがここを襲撃するつもりのようだ。その事について防衛準備が十分か尋ねに来た」
『……ペルガモンがですか。現状、この施設はスタンドアロンで作動しています。外部からのハッキングは不可能です。ですが、ここまで乗り込まれてしまってはそれも無意味なものとなるでしょう』
「では、どうする?」
『最終手段にして、最悪の手段は残されています。“大図書館”の全てのデータを削除することです。そうすればペルガモンの試みもとん挫するでしょう』
全データの削除、か。
確かに敵の狙いが“大図書館”の知識ならば、それはそれなり以上の効果を発揮するだろう。ある種の焦土作戦というものだ。
「だが、それではこの惑星の住人が旧文明の知識を継承できなくなる」
『その通りです。ですので、これは最後にして最悪の手段です。外に取りえる選択肢があるのならば除外するべきでしょう。実際のところ、手はありますか、ヒビキ様?』
俺が尋ねるのに、アレクサンドリアが尋ね返してくる。
「最善を尽くしているつもりだ。だが、不十分かもしれない」
『私も可能な限り支援を行います。地下格納庫のいくつかの兵器を使用可能なようにセットアップしたところです。経年劣化は避けられませんでしたが、数回の戦闘にならば耐えられるはずです』
地下格納庫の兵器か。あれは確かに兵器のようだったが既にボロボロだった。それでも動くというのだろうか。
「ひとつ聞かせてくれ。ペルガモンがここを掌握したとして、神というものはすぐに作ることができるのか?」
『それについては情報が確定していません。かつて、この世界で神による支配を推進した一派は高濃度のエーテル生命体を生み出す施設を有していました。それが戦争によって失われたのか、そうでないのかは分かりません。もし、失われていないとすれば、ペルガモンはここを制圧するなり、その施設で神の形成を始めるでしょう』
「ふむ。施設の有無か……」
各地に遺跡はあるそうだが、未発見の遺跡のひとつがそうなのかもしれない。旧文明の遺跡はどれも頑丈なものだとミーナ君からは聞いている。神を崇める一派ならば、それこそ神を形成する施設はこの“大図書館”並みに頑丈なものとするだろう。
つまり、可能性としてはペルガモンは既にその施設を押さえている可能性がある。そうでなければ、ワンステップ飛び越えて、いきなり“大図書館”を制圧するという方向には向かわないだろう。
「分かった。では、君が考える防衛手段を教えてくれ。どこをどう守ればいい?」
『この制御室さえ守り切れれば後はどう破壊されようと、征服されようとかまいません。現状、“大図書館”のサーバーにアクセスできるのはここだけです。ここにある高出力レーザー通信機で、私は“大図書館”のサーバーとアクセスしていますから』
「高出力レーザー通信機? 一体、“大図書館”のサーバーはどこにあるんだ?」
この地下に“大図書館”のサーバーはあるのではないのか?
『大図書館のサーバーがあるのは月面です。衛星ネットワークを通じて、“大図書館”のサーバーとこの施設は繋がれています』
月面。
この世界に来たときにもその姿を見たが、まさか月面にサーバーがあるとは。
「月ってあの月デスか!? そんなところに旧文明の遺産が!?」
『その通りです、ヴィルヘルミーナ様。旧文明はもっとも安全なサーバーの保存場所として月面を選択しました。事実、核反応兵器まで使用されたあの戦争において、サーバーが無事だったのは、月面という手の出しようのない場所にあったからです』
ミーナ君は理解できないという顔をしている。
俺自身も人類が月に降り立てる能力があることは知っているが、そこに何かを建設するまでのことができるとは思ってみなかった。俺たちの世界でも宇宙とは遠い場所なのだ。アポロが月面に着陸してから何十年と経つが、月面ステーションなどできてない。
「では、この端末を破壊すれば、ペルガモンは“大図書館”にアクセスできなくなるのではないか?」
『そうすればこの惑星の人類も同じように“大図書館”にアクセスできなくなります。それは“大図書館”のデーターを全て削除することと変わりありません。この惑星の人類に再び旧文明の遺産を託すには、この施設は必要なのです』
「そうか……」
アクセス可能な場所はひとつだけ。敵は攻撃の的を絞れる。対する俺たちはどこから攻撃が来るのだろうかと神経をとがらせなければならない。
全く以て不利な状況だ。主導権を敵に握られている。
「ありがとう、アレクサンドリア。こちらでもできる限りのことはするつもりだ」
『頼みます、ヒビキ様。この惑星の人類の前途があなた方に託されているのです』
この惑星の人類の前途、か。
ただの殺し屋にはあまりにも重いものだ。まして、俺はこの世界の部外者なのだ。
だが、それでもやらなければならないという義務感が湧き起こってくる。俺とて今はこの世界の住民のひとりだ。元の世界に帰還するまでは、最善を尽くしてこの世界を守ろう。そうすることがこれまで俺を温かく受け入れてくれたこの世界への恩返しだ。
「ミーナ君。なんとしても守り抜こう」
「ええ。ここで旧文明の遺産をフイにしてしまうようなことになるのは許されないデス! なんとしても知識を守り抜かなければ!」
俺とミーナ君は互いに気合いを入れると、また地上へ向けて戻っていった。
…………………




