錬金術師さんとびっくり
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──錬金術師さんとびっくり
ヒビキさんが帰って来た。
帰ってきたのだが……。
「ええっと。ヒビキさん? どうしてエリスちゃんと鎖でつながれているんです?」
何故かヒビキさんはエリスちゃんと鎖でつながれていた。
「今はこの子の所有者として俺が登録されている。そして、エリスを殺せるのが俺ぐらいしかいないからだ。面倒をかけるので、暫くは馬小屋で過ごすつもりだ。今日は荷物を取りに来た」
「そ、そんなのダメですよ! ヒビキさんは私たちの家族も同然なんですから!」
ヒビキさんってば相談もなしに勝手にそういうこと決めちゃうんだから!
「だが……。こう見えても彼女は危険だぞ? そのことはリーゼ君も知っているだろう? トールベルクの街やエルンストの山での戦闘を見たのだから」
「でも、今は静かにしてるじゃないですか。よろしくね、エリスちゃん」
ヒビキさんが渋い表情で尋ねてくるのにボクがエリスちゃんに声をかける。
「よろしく?」
「うんうん。よろしくね」
何故か疑問形なのが気になるが、これで意思疎通はできるということが証明された。
「エリスちゃんは馬小屋より家に泊める方がいいよね?」
「分かりません。情報が不足しています」
いや、馬小屋と家だったら情報が足りなくても家だよ……。
「というわけで、ヒビキさんたちはいつも通りうちに泊まってください!」
「いいのだろうか?」
「いいのです、いいのです。ボクが言うのだからいいのです」
ヒビキさんも元の世界に帰っちゃうなら、一緒にいれる時間は少ないし、少しの間でも一緒にいなくちゃ。本当にこれから寂しくなっちゃうなー……。
「では、夕ご飯にするから待っていてくださいね」
「分かった。そこまで言ってくれるのであれば、その厚意に縋らせてもらおう」
ヒビキさんも納得してくれたのか、エリスちゃんと一緒に家に上がる。
「夕ご飯はパスタですよ。カルボナーラ。楽しみにしててください」
ボクはそう告げてキッチンに向かう。
「おい。ヒビキ。そりゃなんだい?」
と思ったら、途中でエステル師匠に遭遇した。
「エリスちゃんですよ、エステル師匠。今日から暫く一緒に過ごすんです」
「冗談も大概にしてくれよ。それが化け物なのはお前も知ってるだろう、馬鹿弟子」
「今はこうして大人しくしてくれてますし!」
「寝首を掻くタイミングを窺っているんじゃないといいがね」
エステル師匠はエリスちゃんに不審な目を向ける。
「この子の保護と世話は俺に任された。ファルケンハウゼン子爵から判決が下るまでは。こうして武装解除してあるし、君たちに危害が加えられるようなことには絶対にならないよう努力するつもりだ。それでいいだろうか、エステル?」
「いいよ、いいよ。どうせついこの間まではレッドドラゴンとお隣さんだったんだ。今更小娘がひとり増えたぐらいで気にはしないことにする」
エステル師匠はやけ気味にそう告げると、錬金釜のおいてある部屋に去っていった。
「でも、ヒビキさん。ファルケンハウゼン子爵から判決が下るまでって?」
「この子はこれまで何名もの要人を殺めているそうだ。それに対して罰がないというわけにはいかない。幸いにしてゾーニャ君がこれから起きるかもしれない襲撃に対処することを条件に減刑を求めてくれている。死罪は免れるかもしれない」
「し、死罪……」
う、うーん。悪いのはエリスちゃんを使っていたヘニングって人だと思うけどな。
「ゾーニャ君からの続報に期待しよう。では、夕食の準備をするのだろう? それならば手伝おう」
「よろしくお願いします、ヒビキさん!」
というわけで、ボクたちは改めてキッチンへ。
ボクはパスタを茹でて、カルボナーラソースを作って、ヒビキさんたちはサラダをカットしてお皿に盛っていく。出来上がったものはエリスちゃんが軽々と並べていく。
「はい、できあがり! いただきましょう!」
エステル師匠も薬の臭いを漂わせながら食卓に戻ってきて、この日の夕食が始まった。エリスちゃんと一緒に夕食だ。
「はむ」
エリスちゃんはカルボナーラをぐるぐるとフォークで巻いて絡め取ると、口にパクリと放り込んだ。豪快な食べっぷりだ。
「美味しい、エリスちゃん?」
「……美味しい。こういうものは初めて食べた」
ボクが尋ねるのに、エリスちゃんが目を白黒させてそう答える。
そうか。そんなに美味しかったのか。って、これが初めて? これまで一体どんなものを食べて過ごしてきたの、エリスちゃんは?
「エリスちゃんは今までどういうものを食べてきたの?」
「そこら辺の草を煮た奴とか蛇とか。適当に焼くこともあるけど、生で食べることもあった。これに比べたら美味しくはない」
「そ、それはそうだよね……」
エリスちゃん、可哀想だよ。碌な食事も与えられずに、人殺しの駒にされるなんて。
「蛇か。腹が減っているときはそれでもご馳走だ。カレー粉があれば大概のものは食べられるようになるが。淡白な味わいで、チキンに似た味だな」
「そう。蛇はあまり脂がない。それなりの味です」
え? ヒビキさんも蛇食べたことあるの? あれって食べ物じゃないよ?
「何も食べることが許されない選抜過程の第3期に入ると蛇でもご馳走になる」
「日本って国はそんなに食い物がなかったのかね?」
「いや。日本は飽食の国だ。だが、俺たちは何が起きても対処できるような訓練を受けていた。いざ、敵地の真っただ中で食料が切れた場合などに備えてな」
エステル師匠が尋ねるのに、ヒビキさんが渋い表情でそう返す。ヒビキさんも好きで何も食べなかったり、蛇を食べたりしていたわけではなさそうだ。
「空っぽ……」
そんな話をしている間にも、エリスちゃんのお皿が綺麗に空っぽになっていた。た、食べるの速いな……。まあ、これまで雑草とか蛇とか食べていたらカルボナーラはご馳走だよね。仕方ない。
「お替わり、あるよ?」
「お替わり?」
「もう1杯ってこと」
「くれるの?」
「あげる。ちょっとお皿貸してね」
ボクはエリスちゃんのお皿を抱えるとキッチンに向かい、よく食べるヒビキさんやボクのために作っておいたお替わりを注ぐ。
「はい。お待たせ! 召し上がれ!」
「おお……」
エリスちゃんが再びカルボナーラで満たされたお皿を見て、感動したような声を漏らす。それだけ喜んでくれるなら作った甲斐があったってものだよ。
「はむ」
それからエリスちゃんはまた凄い勢いでカルボナーラを食べ始めた。
「さて、リーゼ君たちには言っておこう。このヴァルトハウゼン村が襲撃される可能性がある。今、ゾーニャ君がファルケンハウゼン子爵と開拓局にその旨を連絡している。俺も冒険者ギルドにそのことを警告してきたところだ」
「襲撃……!」
この平和なのが取り柄のヴァルトハウゼン村が襲撃されるなんて!
「それは確かなのかい?」
「確かだ。それも時期は近いと思われる」
「ふむ。面倒だね。狙いは?」
「“大図書館”」
やっぱり大図書館か。
「ボクたちにできることはありますか?」
村の危機ならボクたちも何か手伝いたい。
「リーゼ君たちはいつもと同じようにポーションを頼む。いざ戦闘になれば負傷者が多数出るだろう。そういうものたちを治癒するにはポーションが必要だ。必要な素材があるならば採取も手伝うので、できるだけ多くのポーションを」
「素材なら心配することはないよ。存外あっさりと“大図書館”が攻略されたこともあって、トールベルクから輸入した品が残っているからね。そいつらを全部ポーションに変えておくさ」
ヒビキさんが告げるのに、エステル師匠がそう告げて返す。
そうなのだ。
ボクたちは“大図書館”の攻略にはまだまだ時間がかかるだろうと思っていた。それがヒビキさんたちの働きであっという間に最深部に到達してしまったので、トールベルクから輸入した素材なんかは余ってしまっているのだ。
だから、素材の面では問題なし! 裏庭の畑もあるしね!
「何としても乗り切ろう。この村に世話になったことは忘れていない」
「こっちとしてもあんたに世話になったことは忘れてないよ」
ヒビキさんとエステル師匠がそう言葉を交わす。
「では、今日は早めに休もう。明日はアレクサンドリアに事態を報告しなければならない。朝一で“大図書館”に潜るつもりだ」
ヒビキさんはそう告げて立ち上がる。
「ヒビキさん、ヒビキさん。寝る前にお風呂に入らないとですよ。今からお湯沸かしますから、入ってくださいな」
「うむ。そうしたいのは山々なのだが、これがあるからな」
ヒビキさんはそう告げて、エリスちゃんとヒビキさんをつなぐ鎖を指さす。
「ああー……。でも、大丈夫ですよ。それだけ長さがあるなら、ひとりずつ入ってしまえばいいだけですから。エリスちゃんもお風呂に入りたいよね?」
「分かりません。情報が不足しています」
「いや。これまでお風呂に入ったことぐらいはあるでしょう……」
エリスちゃんってばお風呂にも入れてもらえなかったのかなー。
「じゃあ、ボクはお湯を沸かしてきますから、ヒビキさんたちはお風呂に入る支度をしておいてください!」
「理解した」
というわけで、ボクたちはエリスちゃんをお風呂に入れることに。
ボクは外で釜の薪を燃やして温度を調整する。
「ヒビキさーん。お湯沸きました?」
「沸いたようだ。だが、ちょっと問題が起きている」
お風呂の方からヒビキさんの焦った声が聞こえる。
「どーしました?」
「エリスが風呂に入ろうとしないのだ。何故か知らないが嫌がっている。リーゼ君、手を貸してもらえないだろうか」
ボクがお風呂場の方を覗き込むと、ヒビキさんが必死になってエリスちゃんをお風呂に入れようとしているところだった。エリスちゃんが滅茶苦茶抵抗していて、ヒビキさんも裸の女の子に乱暴はできないので押されている。
「エリスちゃん、エリスちゃん。一緒にお風呂入ろっか?」
「これは拷問?」
「い、いや、拷問ではないよ……」
どうしてお風呂が拷問になるのだろうか。
「ボクも一緒に入って体洗って上げるからね。髪もそれだけ綺麗なんだからお手入れしないと。ささっ、お風呂に入ろう」
そう告げてボクはシャツとキュロットスカートを脱ぐ。
「ヒ、ヒビキさん! 見ちゃダメですからね!」
「分かっている。俺は向こうを向いているから」
まあ、ヒビキさんのような大人の人にはボクのようなチンチクリンなボディなんて興味ないだろうけどさ。胸も膨らんでなし、背もちっちゃいしさ。
「さあ、お風呂に入ろう、エリスちゃん」
「……分かった」
エリスちゃんは渋々という具合に湯船に進む。
「お湯に入る前に体を洗おうね。あわあわにしちゃうぞー!」
「ふむ。これは……新しい感覚……」
ボクがエリスちゃんの体をスポンジであわあわにするのに、エリスちゃんが感嘆の息を漏らして、リラックスした表情を浮かべる。
「次は髪だよ。エリスちゃんの髪ってさらさらだね。羨ましいなー」
「利点は特にない」
「綺麗って言うのは利点だよ?」
ボクはエリスちゃんの髪をあわあわにしながら、その細かな髪の毛を綺麗にしていく。これだけさらさらだと洗っていて気持ちがいいよ。
「じゃあ、湯船につかろっか。温まるまでしっかり浸かるんだよ?」
「むう」
エリスちゃんはお湯に入るのを躊躇っていたようだけど、ボクが強引にお湯に引きずり込む。どぽんと。
「温かい……」
「でしょ? ゆっくりしてね!」
ボクたちは狭い湯舟で足を折りたたんで浸かり、ゆったりと過ごす。エリスちゃんもリラックスしているのか、背中を湯船に預けてのんびりしている。
「さて、そろそろ上がろっか。ヒビキさんをあんまり待たせてもいけないし」
「分かった」
エリスちゃんは名残惜しそうに湯船から上がる。
「ヒビキさーん。上がりますよー」
「ああ。タオルはそこに置いてあるよ」
ボクがお風呂場から顔を出すのにヒビキさんがタオルを指さす。
「ふいっ! いい湯でした。エリスちゃんもお風呂好きになった?」
「好きになった。また入りたい」
ボクはエリスちゃんの髪の毛を乾かしながら尋ねるのに、エリスちゃんがそう返す。
「うんうん。また入ろうね」
ボクたちはそれからヒビキさんがお風呂から上がるのを待ち、それから就寝した。
……村に迫ってるという危機。回避できるといいけどな……。
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