軍人さんと取り調べ
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──軍人さんと取り調べ
俺たちはガルゼッリ・ファミリーで確認されていた少女を捕虜にした。
少女は完全に武装解除されヴァルトハウゼン村に駐留する灰狼騎士団に引き渡され、取り調べの時を待っていた。
「ヒビキ。協力に感謝します。あのものは我々が追っていた重要な手配犯のひとりでしたから」
「そうだったのか? 俺にはただの子供に見えたのだが……」
もちろんあれがただの子供ではないことはよく分かっている。腎臓への一撃、軍用義肢のフルパワーでの打撃、極めつけは首への一撃を受けてまるでダメージを負っていないのがその証拠だ。あの子はまるで不死身であるかのように行動していた。
「あれはガルゼッリ・ファミリーの殺し屋として、何名もの騎士団の関係者や政府要人を暗殺しています。魔術攻撃にも耐えきり、剣や槍、クロスボウの攻撃でも無力化できず、不死身のように動くことから恐れられていました」
「だろうな。あの子供を殺す方法が俺には思い浮かばない」
不死身のように起き上がっては襲い掛かる子供をどうやって無力化すればいいのか。
「これから尋問を行います。同席しますか?」
「興味がある。様子を見させてもらおう」
ゾーニャ君が誘うのに俺は頷いてゾーニャ君に続いてテントに入った。
そこには鎖と革の拘束具でがっしりと椅子に拘束されたあのエリスという少女の姿があった。目には生気はなく、ピクリとも動く様子はない。
「これより尋問を始める」
ゾーニャ君がそう告げて、エリスの前に立った。
「まずは名前を教えてもらおう」
「…………」
ゾーニャ君が尋ねるが、エリスは何も答えない。
「答えないならば痛い目を見ることになるぞ」
ゾーニャ君が脅すようにそう告げ、ナイフを握り締める。
「無駄だ、ゾーニャ君。その子には痛覚はない」
「そうですか……」
痛覚があるならもっと簡単に殺せている。
「では、もう一度質問する。名前はなんだ?」
「……あなたは私の所有者ですか?」
ゾーニャ君が尋ねるのに、エリスが意外な言葉を返した。
「何を言って……」
「そうだ。俺が君の所有者だ。だから、名前を教えて欲しい」
ゾーニャ君が戸惑うのに俺が横からそう告げる。
「ヒビキ!?」
「こうしないと話が進まないだろう」
俺はそう返し、少し生気の戻ったエリスの顔を覗き込む。
「君の名前は?」
「戦闘用シーディング素体ナンバー7890G。個体識別名エリス」
俺の質問にエリスが淀みなく答える。
「ふむ。エリス、君の主人は誰だ?」
「あなたです」
「いや、以前の主人だ。ヘニング・ハイゼンベルクか?」
「その通りです」
エリスは意外なほど素直に答える。
「だが、君は今日はヘニング・ハイゼンベルクとは一緒ではなかったね。それはどういう理由からだろうか?」
このエリスという少女はヘニング・ハイゼンベルクという元ガルゼッリ・ファミリーの幹部と一緒にいたはずだ。それが今回に限って単独行動を取っているということは何を意味しているのか。
「ヘニング・ハイゼンベルクは“エデンの民”に吸収されました。今や完全にエデンの民の一員です。一応は幹部の地位が与えられていますが、私のような戦闘用シーディング素体は上層部に押収されています」
「ふむ。新しいボスに忠誠を示すために君は捧げられたということか」
「そのようなところです」
我が子のような存在を売り払ってまで忠誠を尽くさなければならないとは。ヘニング・ハイゼンベルクが外道なのか、それともエデンの民という組織が外道なのか、分からなくなってくるな。
「ところで戦闘用シーディング素体とは?」
「文字通りです。戦闘用に調整されたシーディング素体です。人類が万が一何かしらの脅威に遭遇し、立ち向かえなくなった場合に放流されるてはずになっていました」
「つまりはリーゼ君の親戚か……」
シーディング素体。
一度滅亡したこの惑星に再び人類を定住させるために行われたクローンの開発。そうアレクサンドリアは語っていた。各地にあるシーディング素体放出所から解放された人類が再びこの世界に文明を築き始めるきっかけになったのだと。
「では、問おう。エデンの民とは何者だ?」
「分かりません。情報が不足しています」
「奴らの狙いは?」
「分かりません。情報が不足しています」
全く、これではお手上げだな。
「何なら分かる?」
「組織のトップがボニファティウスという老人とペルガモンという女性であるということ。そして、彼らはネッビアを生産しているということ。それぐらいです」
「ネッビアか……」
トールベルクの街周辺で不審な動きがあるとゾーニャ君は言っていたが、それがエデンの民によるものなのだろう。これまではトールベルクの街内部で生産していたネッビアを街の外に持ち出し、拡散させることで当局の追跡を逃れたのだろう。
「さて、では重要な質問をするが、君たちはどうやれば殺せる?」
戦闘用シーディング素体というものが、我々の手には負えないほどの脅威であることはエリスとの戦闘から分かっている。ほぼ不死身に近く、魔術を行使し、反応速度も速い。少なくともどうすれば殺せるかぐらいは聞いておかなければならない。
「戦闘用シーディング素体は心臓を完全に破壊された場合、戦闘力を喪失します。ただナイフなどの刃物で刺すのではなく、潰す必要があります。魔術は対抗魔術で掻き消される可能性があるため、素手で挑まなければなりません」
「それはまた厄介な……」
胸部の完全破壊。銃火器があるならば簡単に行えただろうが、この世界には銃火器は存在しない。本当に素手で心臓を掴み、握りつぶさなければならない。
エリスひとりを相手にしてもそれなり以上の損害がでるのだが、これがもし量産されているとしたら……。ボニファティウスは明らかにエリスの代わりはいくらでもいるという旨のことを告げていた。
これから多数の戦闘用シーディング素体というものを相手にすることになるだろう。奴らが本当にこのヴァルトハウゼン村にある“大図書館”を目指しているならば。そして、“大図書館”ならば可能だという神の作成を行おうとするならば。
これは危機だ。かなり際どい危機だ。
「ボニファティウスたちはいつ動くか告げていたか?」
「いいえ」
いつ動くかさえ分かっていれば対応も取りやすかったのだが。
「だが、奴らは君を捨てた。動く時期は近いのではないか?」
「可能性としては。あくまで可能性です。情報が不足しています」
ふうむ。敵は内部情報を知っているエリスを放置して撤退した。それはもう隠さずとも行動に移れる段階にあるからというわけではないんだろうか。
だとしたら、面倒なことになる。
「ゾーニャ君。騎士団に増援は頼めるか?」
「無理でしょう。この少女の証言だけでは騎士は動かせません」
今ここにいる正規の兵力は騎士団が12名とファルケンハウゼン子爵の兵士が6名。とてもではないが、多数で攻めてくるだろうエリスのような戦闘用シーディング素体の相手ができるとは思えない。
ならば、頼るべきは──。
「冒険者、か」
このヴァルトハウゼン村には多数の冒険者たちがいる。質はバラバラだが、全くの無力というわけではない。彼らを上手く使えば、この村の村人たちも、そして“大図書館”も守ることができるようになるかもしれない。
「ゾーニャ君。騎士団からクエストを出せるだろうか。非常事態の際の冒険者による住民と“大図書館”の保護というクエストだ」
「危機が迫っているのであれば出しましょう。それほど攻撃の機会は近いと?」
「俺はそう見ている。連中はこのヴァルトハウゼン村を襲うはずだ。近いうちに。先の指導者の出現は偵察だろう。奴らは“大図書館”の位置も、“大図書館”が生きていることも知っている。そして連中は“大図書館”を求めている」
「それは理解しています」
ゾーニャ君もアレクサンドリアと会話したのかすぐさま頷く。
「ならば、対策を講じなければ。何かが起きてからでは遅い。俺は冒険者ギルドとアレクサンドリアに警報を発する。ゾーニャ君は開拓局とファルケンハウゼン子爵に警報を」
「了解しました」
攻撃の危機は近い。備えなければ。
「ところで、このエリスはどうなる?」
「何人もの要人を殺めています。死罪は免れないかと」
死罪か。俺はこんな子供を手足にして、暗殺を繰り広げた奴こそ死罪になるべきだと思うのだが。
「今回の件に協力させる、ということで減刑は望めないだろうか?」
「裁くのはファルケンハウゼン子爵閣下になりますが、あの方ならばその点は融通が効くはずです。会った時に尋ねてみましょう」
「頼む。ひとまずはこちらで引き取っておく。ファルケンハウゼン子爵から刑が言い渡されたら、君たちに最後引き渡そう」
「それでいいのですか?」
「その方がいいだろう」
エリスを制圧可能なのは実質俺ぐらいだ。エリスの言う戦闘用シーディング素体というものを死に陥れるには、サイバネティクス施術と軍用義肢を有する俺ぐらいしか行えないはずだ。このまま騎士団に預け、騎士団のところで暴れられては、無駄な損害を出し、逃げ出される恐れがあった。
「念のため、鎖を頼む。俺とこの子をつないでおいてくれ。脱走されても困る」
「準備しましょう。他に必要なことは?」
「ないな。ファルケンハウゼン子爵とオスヴァルト氏からいい返事が返ってくることを祈るだけだ」
既に時計は動き出している。
いつエデンの民という武装勢力がここに攻め込んでくるか分からない。
一刻も早く準備をしなければ。
そうしなければ、悪夢が訪れるだろう。
旧文明は神によって滅んだ。そして、奴らはその神を作ろうとしているのだから。
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