錬金術師さんと病気
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──錬金術師さんと病気
とうとう冬が訪れた。
雪が積もり、寒さが辺りを覆う。
それと同時に病気になる人たちもでてきた。
やはり寒くて乾燥すると病気が流行りやすい。ボクたちはエステル師匠が診断して、咳止めポーションや痛み止めポーション、そして肺病治癒ポーションを病気になった人たちに販売した。ポーションの効果は絶大で的確に病を癒していく。
「はくちっ!」
それにしても寒い。吐く息は真っ白で、手も冷え冷え。この時期は家事をするのが憂鬱だよ。水が冷たくて赤切れができちゃうし。赤切れ用の軟膏を塗っても、きりがないよ。本当に早く温かくなってくれないかな。
「風邪には気を付けるんだよ、馬鹿弟子」
「分かってますよ、エステル師匠。ボクも用心してマスクしてますし」
この時期の病気は口や鼻から入ると言われている。病気になった人の咳やくしゃみから感染が広がるそうなのだ。なので、ボクたちは薄手の布を鼻と口に被せてマスクにしている。これはなかなか効果のあるものなのだ。
「それにしても今日で5人目ですね、病気の人。このまま広まらないといいんですけど」
「だな。流石に備蓄が怪しくなってくる。この時期に山に入るってのもぞっとするし、できればこれ以上患者が増えないといいんだが」
寒くなると魔獣の一部は静かになるけれど、雪が積もって遭難の危険がでてくる。いつもは慣れた山でもこの時期では危険な場所になるのだ。
それに越冬するだけの食料を蓄えられなかった魔獣は飢えた状態で山を彷徨っている。この手の魔獣は普段より遥かに狂暴で、冒険者の人たちも戦いたがらない。
そんなこんなで冬の間はほとんど山に入ることはない。この時期に山に入るのは自殺行為である。だから、秋までの間に採取は終わらせておいたのだ。
それでも在庫が尽きてくると否応なしに山に入らなきゃいけなくなる。なるべくならば避けたいところだけれど、実際に病気の人がいるのに見捨てるわけにはいかないのだ。だから、いざという場合に備えて山に入る準備もしてある。
それでもできれば山に入るのは避けたいところだ。冬の山は本当に危険だから。
「帰ったか、リーゼ君、エステル」
「ただいまです、ヒビキさん」
ヒビキさんとレーズィさんも冬の間はすることがなさそう。レーズィさんはゴーレムを弄って過ごしているし、ヒビキさんは燃料の薪を割ったりなどの力仕事をして過ごしている。冬の間は冒険者ギルドへの依頼も少ないのだ。
「今日も病気の人が?」
「そうさね。これ以上流行らないといいんだけどね」
ヒビキさんが尋ねるのに、エステル師匠がそう返す。
「馬鹿弟子。在庫を見ておいで」
「ラジャ!」
エステル師匠が告げるのにボクは在庫を見に行く。
「うーん。咳止め、解熱、痛み止めのポーションはまだある。肺病治癒ポーションもそれなりに残っている。素材についてもちゃんとある。まだまだ大丈夫だね」
病気用のポーションはちゃんとまだ在庫がある。
疲労回復ポーションなんかも病気の時には使うのだけれど、それも上級から下級まで揃っている。これならばまだ冬の季節の中で、山に入らなければならないということはなさそうだ。
「エステル師匠ー。在庫は大丈夫そうですー」
「ならいいがね。これ以上病人が増えないといいんだが」
ボクが告げるのにエステル師匠が温かいお茶を注ぎながらそう告げる。
「ほれ。お前も飲んどけ、馬鹿弟子。はちみつ入りで喉にいいぞ」
「わあい!」
エステル師匠がお茶を淹れてくれた!
はちみつ入りで甘くて美味しい。乾いた喉が潤される。乾燥すると喉を傷めて病気になるから水分摂取は冬の間でも大事なことなのだ。
「それにしても本当に冬は退屈だね。冬の間の楽しみと言えば、聖ヤコブ祭くらいか」
「聖ヤコブ祭というのは?」
「赤魔術師のお祭りさ。それから新年祝い。無事に新年を迎えられたことを祝って、馬鹿騒ぎをするのさ」
「ふむ。正月のようなものか」
しょうがつって何だろう?
ボクが首を傾げていたとき、家の玄関が叩かれる音がした。
「馬鹿弟子。見ておいで。マスクは忘れるな」
「はーい」
ボクは誰が来たのか玄関に向かう。
「どちら様ですか?」
ボクが玄関を開くと、そこにはフィーネさんのお付きの騎士の人がいた。
けど、フィーネさんはいない。
「失礼。エステルさんはいらっしゃるでしょうか?」
「エステル師匠ですか? いますよ。呼んできますね」
騎士の人が真剣な表情で尋ねるのに、ボクはなんだか嫌な予感がした。
「エステル師匠ー! ファルケンハウゼン子爵閣下のところの騎士の人がいらっしゃってますー。エステル師匠に用事があるみたいですよー」
「はいはい。今行くよ」
エステル師匠はそう告げて玄関にやってきた。
「ファルケンハウゼン子爵閣下の騎士殿が何の用事かね?」
「至急、城まで来ていただきたい。フィーネお嬢様が病気なのです」
「肺病かい?」
「それが、医師にも分からないそうで。とにかく、来ていただけますか?」
「ちょいと待ちな。準備してくるから」
フィーネさん、病気になっちゃったのか。フィーネさん、体弱そうだったもんね。
「馬鹿弟子。倉庫に行って肺病関係のポーションを全部取ってきな。疲労回復ポーションも上級の奴を忘れずに持ってくるんだよ。子爵家なら、上級疲労回復ポーションでも軽く買えるだろうからね」
「ラジャ!」
というわけでボクとエステル師匠は肺病関係のポーションを全部鞄に突っ込むと、フィーネさんの騎士の人がやってきた飛行船に乗って、ファルケンハウゼン子爵閣下のお城に向けて出発した。
なんだか嫌な予感がするけれど、何もないことを祈るよ。
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ボクとエステル師匠はファルケンハウゼン子爵閣下のお城にやってきた。
「よく来てくれた、エステル君。待っていたところだ」
ボクたちを出迎えるのはファルケンハウゼン子爵閣下だ。青ざめた表情をして、事の深刻さを窺わせていた。
「で、お嬢様が病気だと聞いたんだが」
「そうだ。フィーネが一昨日から高い熱を出して、寝込んでいるのだ。こちらに寝かせてある。来てくれ」
エステル師匠が尋ねるのにファルケンハウゼン子爵閣下がお城の中を案内する。
「ここだ」
フィーネさんは温かくした部屋の中に寝かされていた。暑いぐらいだ。
ベッドの上にはフィーネさんが苦し気に横たわっている。せき込んでいるし、顔は熱のせいか真っ赤だ。汗もたくさんかいている。
「ふむ。では、ちょっと診察してみよう」
エステル師匠がそう告げると、聴診器を取り出してフィーネさんの胸に当てた。
「呼吸に雑音がするね。肺を病んでいるのは間違いなさそうだ。医者は何だと?」
「肺病だろうと。そこで肺病治癒ポーションも与えたのだが、全くよくならない」
エステル師匠が尋ねるのに、ファルケンハウゼン子爵閣下がそう返す。
「そりゃまた。白熱病かもしれないね。とりあえず、疲労回復ポーションと解熱ポーションを飲ませておこうか。白湯を用意してくれ。白湯に混ぜて飲ませるから」
「分かった。準備させよう」
暫くしてメイドさんが白湯を入れてきて、エステル師匠はそれにポーションを混ぜて飲みやすくするとフィーネさんの上半身を起こして、ポーションを飲ませていった。フィーネさんは苦し気にポーションをなんとか飲む。
「子爵。こっちに来てくれ。話がある」
フィーネさんにポーションを飲ませると、エステル師匠はファルケンハウゼン子爵閣下と共にフィーネさんの部屋の外に出た。
「話というのは?」
「問題だ。これが白熱病なら、今持ってきたポーションじゃ治療できない。というよりも、うちにあるポーションのどれを使っても治療できない。特殊なポーションが必要になってくる。なければ対処療法で、熱を下げて、咳を止めて、体力を維持して、自分の体が病気に勝てるように祈るしかない」
「白熱病を治癒できるポーションはないのか?」
「今のところはないね」
白熱病。重度の肺病の一種で、高熱と咳で次第に体力が落ちていって、最後には肺から血が出て、体力を失い死んでしまう怖い病気だ。
「トールベルクならば手に入るだろうか?」
「トールベルクの薬屋に頼むなら、できるのは死んだ後だ。普通の薬屋じゃ白熱病のポーションは扱ってない。素材が希少で酷く作りにくいんだよ。何せ、素材の主成分はミノタウロスの角と肝臓だからね」
「ミノタウロスの角と肝臓……」
ミノタウロスか……。
「それさえあれば、後は肺病治癒ポーションと同じ素材で治療できる。だが、今の時期は冬だ。冬の魔獣は恐ろしく獰猛だってことはあんたも知ってるだろう」
「だが、ミノタウロスは確かここ最近シュトレッケンバッハの山に出没しているのだろう。騎士たちを向かわせるから、何とか素材を採取しよう」
「騎士は人間は相手できても、魔獣は苦手だろう。大丈夫なのかい?」
「彼らも騎士だ。戦うことには慣れている」
「ふむ。あたしとしては冒険者を雇うことをお勧めするがね」
騎士の人の任務は治安維持とかだから、魔獣と戦うことには慣れていないのだ。魔獣相手の戦いをするのはもっぱら冒険者の人だから。
「今の時期、ヴァルトハウゼン村に冒険者がいるのか?」
「いる。とびっきりのエースがね」
そう、いるのだ。
ヒビキさんたちが。
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