錬金術師さんと冬の支度
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──錬金術師さんと冬の支度
冬がやってくる。
聖アンデレ祭も終わって、季節はどんどん寒い方向に向かっている。
この調子だと例年通り11月から本格的な冬だろう。山の実りは少なくなり、農家の人たちも最後の仕事を終えて、冬の支度に入る。魔獣たちも冬の間は滅多なことがないと頻繁に活動することはない。
さて、そんな冬を前にしてボクたちも準備をしなければいけない。
冬の間に食べる保存食を作り、冬が来る前に山に薬草採取に向かわなければ。
いくつかの薬草は無事に裏庭の畑で育っているけれど、それでも数が足りないものがあったりする。それにユウヒノアカリ草のような希少な薬草は畑では栽培できず、未だに採取に頼っている。
温室でも南国の薬草が育っていることだが、それでも薬草採取はしておかなければ。
「というわけで、薬草採取に行ってきます!」
「おー。頑張っていってこい。ユウヒノアカリ草が冬の間に尽きるかもしれんから多めに取ってきておけー。上級魔力回復ポーション、お前にも作らせてやるからな」
「ラジャ!」
ボクも上級ポーション作りが解放されて、時々上級ポーションを作っている。もっぱら作るのはレーズィさんのための上級魔力回復ポーション。他のものは特に需要もないし、材料もないしで作っていない。
この村で上級体力回復ポーションなんて作っても、使う人なんてほとんどいないからね。だって上級魔力回復ポーションって1本1万マルクはするし。1回のクエストで稼げる金額が5000マルクもあれば上等っていうこの村の冒険者の人たちには高すぎる。
「それから肺病治癒ポーションの材料も集めとけ。寒くて、乾燥してくるとあの病気が流行り始めるからな。レシピは覚えているだろうね?」
「もちろんです! キンノスズ草とアオノシタ草とお化けアンズの実、そして治癒用混合液ですよね!」
「そうだ。忘れず採取してきなよ」
寒くなって、空気が乾燥してくると肺を病む人たちが出てくるのだ。そう言う人たちのために肺病治癒ポーションはかかせない。今の季節の間に素材を採取し、冬に備えておかなければ。冬になって肺病が流行り始めてからでは遅いのだ。
「では、行ってきます!」
ボクは籠とバックを抱えて、冒険者ギルドへ!
「こんにちはー」
ボクが扉を開くと、そこにはほとんど冒険者の人はいなかった。
この季節はいつもこんな感じ。冬が来て道が雪に埋もれるとこのヴァルトハウゼン村は陸の孤島となってしまうので、冒険者の人たちはその前に移動するのだ。冬に間は魔獣も特に暴れないし、害獣が作物を荒らすこともないし、山に山菜を取りに入ることもないし、仕事がないから冒険者の人たちは都市部に向かう。
だけど、今年は頼れる冒険者の人たちが残ってくれている!
その名はヒビキさん!
ヒビキさんは都市部に移動せず、依然としてヴァルトハウゼン村を拠点にしてくれている。この時期はほとんどの冒険者の人たちが移動してしまうのだが、ヒビキさんたちは残ってくれているのだ。
そのヒビキさんたちもほとんど依頼の貼りだされていないクエスト掲示板を眺めて渋い表情を浮かべていた。冬の時期はやることないからね。
「ヒビキさん、ヒビキさん。今、お手すきですか?」
「ああ。仕事がないなと困っていたところだ。リーゼ君は何か依頼を?」
「そうです、そうです。冬が来る前に薬草採取を行っておこうと思いまして」
ヒビキさんたちは案の定暇をしていた。
「ならば、それを受けよう。異論はないだろうか?」
「ないぜ。少なくともこのネズミ駆除の依頼よりいいだろうし」
ヒビキさんが尋ねるのに、ユーリ君たちが頷く。
「では、リーゼ君。クエスト依頼を」
「ラジャ!」
というわけで、ボクはヒビキさんたちに薬草採取の護衛クエストを依頼した。
採取場所はエルンストの山!
エルンストの山ならばハティさんもいることだし安全だと思うけれど、万が一に備えて護衛を雇っておく。何が起きるか分からないからね。
魔獣も寒くなって獲物が取れなくなる前に食料を確保しておこうと必死になるだろうし、この時期はさりげなく危ないのだ。
というわけで、ヒビキさんたちの準備ができたら出発っ!
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やって参りました、エルンストの山!
ハティさんがヒビキさんたちと決闘してから人間に協力してくれるようになり、魔獣の数は大きく減ったそうだけど、まだまだ安心はできない。近くにはシュトレッケンバッハの山という危険な山があることだし、そこから魔獣が渡ってくる可能性はあるのだ。
「リーゼ君。採取するものはどのようなものを?」
「ええっと。上級魔力回復ポーションと肺病治癒ポーションのふたつのポーションの材料です。素材の内、ほとんどのものはエルンストの山で手に入りますから、張り切っていきましょう!」
ヒビキさんが尋ねるのにボクがそう告げて返す。
ユウヒノアカリ草はいつものように夕日の光が浴びる場所に群生している。そして、肺病治癒ポーションの素材であるキンノスズ草はあまり大きな木が茂っていない場所に、アオノシタ草はエルンストの山の中腹に、お化けアンズの実は決まった木のところに、それぞれ位置している。
それから治癒用混合液の素材がいくつか。これはシュトレッケンバッハの山やラインハルトの山に向かわないと全ては揃わないだろう。
「それにしてもエルンストの山もすっかり魔獣がいなくなりましたね」
「そうだな。冬の前のせいか驚くほど静かだ」
以前から魔獣が少ない山だったけれど、ここ最近は特に静かだ。
「ハティさんのおかげでしょうか?」
「そうだろう。ハティがいてくれるおかげで、この山にはあまり魔獣が近寄らないのではないか? 魔獣たちも危険な山であることは認識するだろうからね」
ハティさんには足を向けて眠れないな。
「だが、魔獣が皆無になったわけではない。まだエルンストの山でも魔獣の目撃情報は寄せられている。ハティとて山にいる全ての魔獣を狩り尽くすことはできないようだ」
それもそうだ。エルンストの山はとっても広いからね。
「では、まずはアオノシタ草を探しましょう。こう真っ青な舌がべろんって伸びてるような葉っぱが特徴的なのですぐに見つけられると思います」
「理解した。探してみよう」
アオノシタ草はどこかな、どこかな?
アオノシタ草は単体では咳止めの効果がある薬草だ。これを他の素材と混ぜると特殊な薬効成分が引き出されて、肺病に効くようになる。
ただ、本格的に寒くなると、栄養不足で薬効があまりないものしか採取できなくなる。この時期に確実に採取しておかなければならないものだ。
「あったー!」
そして、早速アオノシタ草を発見!
「採取、採取っと」
アオノシタ草は根っこまで薬効があるので根本から掘り起こして採取する。そのためのスコップはちゃんと装備しているぞ。
「次はキンノスズ草を探しましょう! キンノスズ草は名前の通りに金色の鈴が並んだような花弁が特徴的な薬草……と言いたいのですが、この時期は既に花は散っています。薬草を判別する方法は開けた土地で、細長い葉っぱが地面から5、6枚、茎に纏うようにして生えているものです」
「ふむ。そのキンノスズ草はこの間のギンノスズ草と関係あるのだろうか?」
「ええっと。分類上は全くの別種のようです。図鑑にはそう書いてありました」
キンノスズ草とギンノスズ草はよく似た薬草だが、よく見ると葉っぱの形が大きく違っていたり、花を咲かす時期が異なったりしているのだ。
「では、森の開けた場所に向かいましょう!」
「こっちの方だな」
森の開けた場所はボクもヒビキさんも覚えている。以前、森林火災があった場所や、伐採によって木々が失われた場所だ。
「さてさて。キンノスズ草は……」
「リーゼ君。待った」
ボクが早速見つけた開けた場所に入ろうとするのをヒビキさんが制止した。
「ど、どうしました?」
「魔獣が潜んでいるようだ。魔狼の息遣いとゴブリンの鳴き声が聞こえる。恐らく、この開けた場所は連中の狩場になっているぞ」
「ほ、本当ですか?」
魔狼もゴブリンも冬を前にして、食料の準備か。ボクは生憎食料になるつもりはないけれどね!
「それではお願いします、ヒビキさん」
ボクは下がってヒビキさんたちの影に隠れる。
「いくぞ、レーズィ君」
「お任せあれ! <<速度上昇>>!」
レーズィさんが青魔術で支援し、ヒビキさんたちが戦闘態勢に入る。
「ヒビキさん、敵はどこら辺デス?」
「あの茂みの付近が怪しい。頼めるだろうか?」
「任せるデス。<<爆裂槍>>!」
続いてミーナさんが赤魔術を茂みに向けて叩き込む。
「ピギイィ!」
すると、茂みの中から火達磨になったゴブリンが飛び出してきた!
やっぱりゴブリンが潜んでいたのか。危ないところだった。危うくゴブリンの保存食にされてしまうところだったよ。
「ピギイィ! ピギッ!」
それからぞろぞろとゴブリンたちの群れが姿を見せた。魔狼もいるがゴブリンに飼いならされた魔狼であるようだ。
ゴブリンに魔狼を飼う習性があることは知られている。ゴブリンたちは魔狼の子供をさらい、自分たちの群れで育てるのだ。すると、その魔狼はゴブリンたちを自分たちの仲間と見做し、襲ったりしないし、ゴブリンのために狩りをすることもある。
そのゴブリンに飼われた魔狼が6体とゴブリンが12体。結構な数だ。
「いくぞ、ユーリ君」
「了解だ、ヒビキの兄ちゃん!」
ヒビキさんが魔狼とゴブリンたちに向けてナイフを手に突っ込み、ユーリ君がそれを援護する。
ヒビキさんのナイフでゴブリンの喉が裂かれて血が撒き散らされ、ユーリ君の放つ矢で魔狼が悲鳴を上げて倒れる。ふたりは息がぴったりだ。ヒビキさんは的確にゴブリンを排除していき、ユーリ君はヒビキさんに襲い掛かろうとする魔狼を仕留める。
「<<活力低下>>!」
「<<火球弾>>!」
そして、レーズィさんとミーナさんがトドメとばかりに魔術を放つ。
炎がゴブリンを薙ぎ払い、ゴブリンたちの動きが鈍る。
「ふん」
そして、ヒビキさんが残ったゴブリンを掃討すればお終いだ。
ゴブリン、魔狼。共に壊滅。
「残敵はいないようだな。静かになった」
「そうみたいだ。他に魔獣はいないな」
この付近から魔獣はいなくなったようで、ヒビキさんたちがナイフを下ろす。
「リーゼ君。採取するなら今のうちだ。今は魔獣はいないが、血の臭いに引かれて他の魔獣がやってくるかもしれない」
「ラジャ!」
今のうちにボクは薬草採取。
キンノスズ草、発見! 採取、採取と。
キンノスズ草は根っこには薬効成分はないので茎と葉っぱだけ採取する。持ってきた鎌で刈り取って、ぽいぽいっと籠の中に入れていく。茎が残っていれば、冬が開けてからまた実りを宿すかもしれないのでこの場所は覚えておこう。
「ふいっ! 残りはお化けアンズの実ですね」
「ああ。どこにあるのかは分かっているのだろうか?」
「分かってますよ! 任せてください!」
お化けアンズの実がなる木の場所は覚えている。このエルンストの山は比較的のんびり採取が行える場所なので、ゆるりと見て回ったのだ。そこで何がどこに生えているかを記憶しておいた。なのでばっちり!
「あった、あった! お化けアンズの木ですよ!」
山のてっぺん付近にお化けアンズの木がある。
ちょうど季節的に実をならしているころであり、丸々とした大人の人の拳より一回りほど大きなお化けアンズの実が下がっている。色は赤色で、甘い香りを漂わせていた。
「あっ。これ、知ってるぜ。甘いんだよな」
「そうなんですよ。これって甘いんですよ。錬金術に使うのは中の種だけなんで、実は食べてしまってもいいですよ。うちでは種をくりぬいて、お酒に漬けてお化けアンズ酒を作ったり、ジャムにしたりしてます」
「ジャムはうちでも作ってたな。凄く美味いから大好きだった」
ユーリ君が舌なめずりして告げるのに、ボクも同意する。
お化けアンズは甘くて美味しい山の恵みなのだ。このお化けアンズの実の種は錬金術の材料になるから確保するとして、実の方は美味しくいただく。
お酒にしてよし。ジュースにしてよし。ジャムにしてよし。そのまま食べてよし。と、お化けアンズの実は実にバリエーション豊富にいただけるのだ。
「では、デザートもあることですし、ここでお昼にしましょうか」
ボクはそう告げて、お化けアンズの木の下にみんなで座り込む。
「今日のお弁当はマッシュポテトと鶏肉の野菜炒め、それからサラダサンドです!」
ベーコンを混ぜて、シオモドキ草で味付けしたマッシュポテトはとても美味しい。とはいえど、冒険者の人はいつも安くてお腹に溜まるジャガイモ食べているからうんざりしてしまうかもしれないね。
それから鶏肉の野菜炒め。この時期では贅沢にキャベツやニンジンと一緒に鶏肉を炒めてある。ちゃんと野菜も食べないと体のバランスを壊すので、うちでは野菜を取れるように保存庫に蓄えてあるのだ。痛まないように冷凍の魔術をかけて。
それから重ねて野菜を摂取できるようにサラダサンド。かぼちゃや玉ねぎなどに加えて目玉焼きを挟んだものを準備した。これで栄養たっぷりのお弁当だ。
「では、いただきまーす!」
ボクたちはお弁当を広げてのんびりと昼食を楽しむ。
「ミーナさん。ダンジョン探索の準備はできました?」
「それなりにできてるデスよ。トールベルクの街で必要なものも買い揃えましたし、後は遺跡のマッピングに使う魔術用紙を揃えれば完成デス」
「魔術用紙って?」
「書いたり、消したりできる特殊な紙デス。遺跡のマッピングに欠かせないものデスよ。トールベルクの魔道用品店に頼んでおいたので、来週には発送されてくるはずデス。それさえ揃えば、後は遺跡に潜るだけデスよ」
そんな道具があるのか。初めて知ったや。
「ミーナ君。春になったら開拓局はダンジョンの存在を明かすつもりだ。俺たちでもダンジョンに挑むことは可能なのだろうか?」
「もちろんデース! このパーティーなら文句なしで挑めるデスよ。ヒビキさんはとても優秀な前衛ですし、レーズィさんの青魔術は強力ですし、ユーリ君は頼もしい後衛デスからね。このパーティーとまた別のパーティーで挑めば、10階層以上の遺跡も踏破できますよっ!」
「ふむ。別のパーティーと組む必要が?」
「そうデスね。流石に4名では何が起きるか分からない遺跡の探索は難しいデス。10階層以上となるとダンジョンの中で寝泊まりしながら動かなければならないデスし、魔獣の巣窟に出くわしたら、大規模戦闘になるデス。人員は8名ほどは欲しいデスね。それ以上になると物資の輸送などが難しくなるので向かないデス」
ミーナさんはダンジョンのことを話すと早口になる。それだけダンジョンに思い入れがあるんだね。ミーナさんはダンジョンをお金を稼ぐ場所とは見てないし、考古学者を名乗るだけあって、探索への意気込みも大きい。
「そうなるとミルコ君たちのパーティーが理想的だが、彼らはダンジョンに興味があるだろうか?」
「分かんねーな。姉ちゃんはあんまりダンジョンとか興味ない感じだけど、他のメンバーは興味あるかもしれない」
ミルコさんたちはダンジョン探索に行くかな。
「さて、食事も済んだことですし、お化けアンズの実を採取してから、家に帰りましょう。残りの素材は後日にまた依頼します」
「うむ。では、そうしよう」
ボクたちはお化けアンズの実を採取して山を下りることにした。
高いところにある実はヒビキさんが取るのを手伝ってくれた。ヒビキさんはとても背が高いから、楽々に実を取れる。
それからボクたちは山を下りた。山を下りるときに遠くで狼の遠吠えが聞こえた。きっとハティさんだ。ハティさんがエルンストの山を見守っているのだろう。
そんなに危険な魔獣にも出くわさなかったし、これもハティさんのおかげだね。
さて、これからの冬を無事に越せますように!
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