錬金術師さんと聖アンデレ祭
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──錬金術師さんと聖アンデレ祭
やってまいりました、聖アンデレ祭!
今年はボクが考えた案により劇が行われます!
とはいっても10分程度の短い劇である。出演者のレーズィさんがそこまで練習に時間が割けないし、カルラさんもそこまで長いシナリオを書いてる時間はないしで、そういうことになりました。
まあ、バーベキューパーティー以外の催しものがあるだけ、今年は進化したよ! これからちょっとずつ発展させていけばいいだけの話さ!
というわけで、まずはいつものように出店の出番だ。
「おっ。リーゼちゃん、いつものやつ?」
「いつものやつですよ! 皆さんおなじみの疲労回復ポーションのワイン割りです! あったかいですよ!」
冒険者の人が早速やってくるのに、ボクはボトルに納められた疲労回復ポーションのワイン割りを示す。いつも定番の人気メニューである。ボクは飲めないので、実際に美味しいのかどうか分からないけれどね!
「ひとつ貰おうか」
「はいはい! どうぞ、どうぞ!」
お祭りなので利益は度外視。格安価格でご提供。いつも村の安全を守ってくれている冒険者の人たちにちょっとは恩返しをしなくちゃね!
「おや。リーゼちゃん、今年も頑張っているね」
「オスヴァルトさん! オスヴァルトさんも1杯いかがです?」
「そうだな。いただくとしよう」
オスヴァルトさんにも健康を祈って1杯!
「しかし、今年は劇をすることになったが上手くいくのだろうか?」
「きっと上手くいきますよ! レーズィさんもヒビキさんも練習してましたし!」
そうなのだ。この劇にはヒビキさんも出演するのだ。
カルラさん曰く、観衆に劇的な印象を与えるためだそうだけど、ヒビキさんはほんのりと嫌がっていたな……。
ちなみにボクは出演しません! 裏方です! 道具係になります!
「そうなるといいね。いつもと同じように村の人間でバーベキューを囲むのも連帯感を維持できていいのだが、たまには新鮮な空気も必要だろう。これから冬が訪れる。冬は寂しいものだ。乗り切るには村の人間が力を合わせなければ」
オスヴァルトさんはそう告げて疲労回復ポーションのワイン割りを口にする。
これから秋が過ぎて、寒くて、寂しい冬がやってくる。冬は雪が積もって街道があっても交通は滞る。ダンジョンの存在を明かすのは冬が開けてからかな。もう街道はさりげなくほぼ完成してるし、春になったら冒険者の人たちが詰めかけるだろう。
そうなると村はまた賑やかになるね!
「ダンジョン、どうなりますかね」
「10階層以上だ。それなり以上の凄腕たちが来るだろう。彼らがこの村の発展に貢献してくれるといいのだが」
シュトレッケンバッハの山のダンジョンは10階層以上。これだけのダンジョンが見つかるのは稀なことだとミーナさんは力説していた。普通は4、5階層のもので、それ以上の深さがあるようでも、実際に潜れるのはそれぐらいなんだとか。
ダンジョンにはどんなお宝が眠っているんだろう。楽しみだな。
「リーゼさん。そろそろいいですか?」
「あっ。カルラさん。もう始めるんですか?」
「ええ。ちょうど、バーベキューパーティーの準備が終わったところですから。これを逃すと後は酔っ払いだけになります。劇をまともに見てもらうには今しかないでしょう」
「そうですね。では、レーズィさんとヒビキさんを呼んできます!」
ボクの出店もそろそろ在庫が底を尽きようとしていたところだ。
「レーズィさーん! ヒビキさーん!」
あれれ? ふたりはどこにいるんだろう?
「あっ。そんなところにいたんですか、ふたりとも。どうしたんです?」
レーズィさんとヒビキさんはふたりで広場の隅におり、何やら話し合っていた。
「リーゼさん……。本当に舞台に立たなくちゃダメなんですか?」
「その、やってくれるんじゃなかったんです?」
「いざ本番になったら不安になってきて……」
レ、レーズィさん、練習の時はノリノリだったのに……。
「レーズィ君。練習した通りにやればどうにかなるものだ。下手に恥ずかしがる方が失敗を招くことに繋がってしまう……とカルラ君が言っていた」
「ふええ。自信ないですよう……」
ヒビキさんも今日は自信なさげだ……。
「レーズィさんならやれますって! 今日は青魔術師のお祭りなんですから!」
「そうでしょうか……」
「そうです、そうです」
今日は青魔術師のためのお祭りだ! レーズィさんような人に感謝する日なのだ!
「あまり気負わず、軽い気持ちでいこう。集まっているのはいつもの顔なじみだ」
「そうですね! 頑張りますよう!」
よしっ! レーズィさんがやる気になってくれたぞ!
「じゃあ、行きましょう、レーズィさん、ヒビキさん。カルラさんが待ってますよ!」
「うむ。行くとしよう」
そんなこんなでボクたちは舞台に向かう。
「皆さん。今年もいよいよ冬の季節を前にしました。ここまで無事に過ごせたことを感謝し、来たるべき冬に備えて英気を養いましょう」
舞台では今はオスヴァルトさんがバーベキューパーティー前の挨拶をしている。
あれ? 今回もフィーネさんが来てるけどフィーネさんの挨拶はなし?
「では、今年の聖アンデレ祭はひとつ変わって、劇が行われます。演題は“聖アンドレの系譜に連なるもの”です。どうぞ拍手でお迎えください」
そして、いよいよレーズィさんの出番が!
「わ、私はレーズィ・ローゼンクロイツ! 名高き青魔術師なりー!」
話の内容はこんな感じだ。
主役はレーズィさんで、レーズィさんが青魔術を極めるために修行にでるところ始まる。それからレーズィさんはシュトレッケンバッハの山でひとり修行し、そこでジーオ様から言葉を授かり、究極の青魔術に目覚めるのである。
そして、それを武器にして頼れる仲間──ヒビキさんと共に冒険に出かけ、危険な魔獣をやっつけて、村の人から感謝されるのである。
これ、実際にレーズィさんが青魔術を使うし、ヒビキさんもいつも通りに動くしで、かなりというかほぼ実戦に近い感じである。
ヒビキさんにはセリフはほぼないけれど、ヒビキさんが活躍する場面はあるよ!
そして、ボクの出番も!
「ああ! あれは危険な魔獣ミノタウロスだー!」
ボクの出番はこの等身大ミノタウロス人形を動かすところ! それから背景の書割を変更するところ! ……言い出しっぺなのにあんまり仕事してないな、ボク。
「ここは君に任せよう、レーズィ君」
「はい! <<究極心身上昇>>!」
この究極心身上昇がレーズィさんがジーオ様から授けられたことになっている青魔術だ。何というか安直なネーミングセンスな気もするのだけれど。
「ふん」
そして、その青魔術を受けたヒビキさんがミノタウロス人形に蹴りを叩き込む。
ミノタウロス人形の上半身が蒸発するようにはじけ飛び、ミノタウロス人形は哀れにも爆発四散。本当に凄い勢いで吹き飛び、傍にいたボクはびくっとした。これをまともに受けて無事な魔獣なんていないんじゃないだろうか。
「見事魔獣は撃退された! 村の平和は守られたのです!」
レーズィさんがそう告げ、劇は閉幕。
「おー! すげえぞ!」
「流石はチーム・アルファ!」
既に観客の皆さんにはお酒が回っていて、やいのやいのと騒々しく歓声を上げる。
ヒビキさんたちはこのヴァルトハウゼン村のエース冒険者だからとっても人気があるのだ。だって2ヶ月でB級冒険者にまで昇格したんだからね。これだけ早くB級冒険者になる人はいない……らしいよ!
「ああやってミノタウロスや新生竜を蹴散らしてきたんだろうな」
「流石だなあ。俺たちじゃミノタウロスの相手は無理だ」
ヒビキさんたちの実力は知れ渡っていて、誰もがいざという場合には頼りにするぐらい。そろそろA級冒険者に昇格かもと言われていて、ボクも鼻が高いよ。
「チーム・アルファに乾杯!」
「ヴァルトハウゼン村のエース冒険者たちに!」
村の人たちはそう告げてジョッキを掲げる。
「さあ、余興は終わりだ! 肉を焼け、肉を!」
「たんまりとあるぞ!」
村の人たちがわいわい騒ぎながら、待ちに待ったバーベキューパーティーを始める。お肉がたんまりと運ばれてきて、鉄板の上でジュ―と音を立てて焼かれていき、村の人たちはエールやワインを呷って乾杯する。
「上手くいったのだろうか?」
「盛り上がったと思いますよ! 大成功です!」
ヒビキさんが舞台を下りて尋ねるのに、ボクがサムズアップしてそう返す。
「はわあ……。緊張しました……」
「レーズィさんもお疲れ様です!」
レーズィさんが舞台を下りるのにボクがそう告げる。
「いいものでしたでしょうか?」
「いいものでしたよ! 迫力満点で!」
ボクたちがそんな会話をしていたときだ。
「新生竜だ!」
「あれはブラウだな」
ブラウ君が広場の上空を旋回し、ゆっくりと地上に下りてきた。
「人間、何してる?」
「お祭りだよ、ブラウ君。聖アンデレ祭のお祭り」
「お祭り?」
ボクの言葉にブラウ君が首を傾げる。
「お祭り、何?」
「ええっとね。みんなでわいわい騒ぐの。今からバーベキューパーティーをするから、ブラウ君もお肉食べていく?」
「いや、いい。さっき食べた。それに、自分、食う、大量。肉、なくなる」
「それもそっかー」
ブラウ君のお腹が満たせるほどのお肉は流石にないかなー。
「ハティ、来てる」
「え? どこに?」
「そこ。姿、消してる。まだ月がないから」
ブラウ君は頭を向ける方向を見るが、ボクには何も見えない。
「ハティ、お祭り、参加?」
ブラウ君がそのようにハティさんがいるらしい方向に向けて問いかける。
「うむ。面白そうなことをしていたので覗きに来た。なかなか面白かったぞ」
おおっ! 本当にハティさんがいるらしい! 声がする!
「レーズィ、ヒビキ。お前たちの力は凄まじいものだな。感心させられる。人間の力でありながら我を打ち破っただけはあるものだ」
「ありがとう、ハティ。君に褒めてもらえるのは光栄だ」
ハティさんが告げるのに、ヒビキさんがそう返す。
「レーズィ。お前の青魔術の腕前も素晴らしいものだな。あれならば赤子でもオークを取って食うだろう。さては見た目以上に歳を重ねているな?」
「ど、どーでしょうねえ?」
レーズィさんの年齢がハティさんにばれかかっている!
「まあ、いい。そういうことを気にするのは人間だけだ。我は気にせぬ。かつては魔術に違いなど存在しなかった。全ての魔術は等しく与えられた奇跡であった。今はどの魔術は邪悪かなどとやっているそうだが馬鹿らしい」
ハティさんは黒魔術に理解があるみたい。
「ハティ。君は魔術を使えるのか?」
「我か? 我は魔術などには頼らん。我は己の肉体さえあればいい」
ヒビキさんが尋ねるのにハティさんがそう返す。
「魔術は奇跡だが、誰しもが神の奇跡を必要としているわけではない。弱く、力ないものは魔術に頼らなければならないだろうが、我は己の肉体によって困難を乗り越える。無論、魔術を使うものを卑怯とは言わん。魔術も力のひとつだ」
ハティさんは自分の肉体に自信満々だ。まあ、凄く大きな狼らしいしね。
「自分、魔術、興味ある」
「ほう。新生竜が魔術に興味を持つか。面白い。だが、魔術を獲得するのは肉を食らって己の体を鍛えるのとは異なるぞ。魔術を獲得するための道のりは険しい。特にお前たち魔獣にとっては至難の業だ」
ブラウ君がここでそんなことを告げる。
ラインハルトの山のレッドドラゴンも賢くはあったけど魔術は使わなかったな。ブラウ君は魔術を取得することができるのだろうか?
「難しい?」
「とてもな。何十年、何百年もの修行が必要になる。お前は魔術よりも己の肉体を鍛え上げる方がずっといいぞ。それから言葉を覚えることだ。人間たちと円滑なコミュニケーションが取れれば、魔術など必要もあるまい」
ハティさんがブラウ君に言葉を教えたんだよね。ブラウ君は新生竜だけど既に片ことながら言葉を使ってコミュニケーションできる。
「言葉、喋る、大変。覚えるの、大変」
「努力しろ。いずれはお前の親のように雄弁に語ることができるようになるだろう」
「分かった。頑張る」
「うむ。努力せよ」
ハティさんがそう告げると去っていったらしく、声は聞こえなくなった。
「ヒビキ。お喋り、しよう。お喋り、する。自分、会話、上手くなる」
「そうだな。人間も実際に会話してみれば外国の言葉も覚えられるものだ」
ブラウ君が尻尾を振りながら告げるのに、ヒビキさんが頷く。
「ヒビキ! 何、新生竜と話し込んでるんだい! こっちきて飲みな!」
「……ヒビキさん。お話をしませんか……?」
そんなところに酔っぱらったエステル師匠とおどおどしたフィーネさんがやってくる。ヒビキさんってばモテモテだね。
「エステル。そんなに飲んでるとまた翌朝がつらいぞ。フィーネ嬢、お話というのは何のことでしょうか?」
ヒビキさんは面倒くさいふたりに絡まれて、困った顔をしている。
「ヒビキ。お喋り」
「ヒビキ! 明日のことなんて心配するな! 飲め飲め!」
「……先ほどの劇にあったミノタウロスの討伐について……」
みんなが一斉に喋って収拾が付かなくなってきたよ。
「う、うむ。では、向こうで飲みながら喋るとしよう。それでいいだろう?」
ヒビキさんは心底困り果てた表情でボクに視線を向ける。
「そうしましょう。ささ、エステル師匠もお肉食べないとなくなっちゃいますし、フィーネさんもせっかく来たんですからお肉食べましょう」
「そうだな。冬の前に食っておかないとなー。冬はろくに食えないし」
ボクがエステル師匠とフィーネさんを連れていくのに、ヒビキさんが安堵の息を吐く。ボクはただウィンクしてそれに返しておいた。
さあ、今日は聖アンデレ祭。思いっ切り楽しまなきゃね!
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