錬金術師さんと子爵家令嬢さんの初めての冒険
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──錬金術師さんと子爵家令嬢さんの初めての冒険
「おかえりなさい、ヒビキさん!」
ヒビキさんがトールベルクから帰って来た!
この3週間は気が気じゃなかったよ。ヒビキさんはあんまり手紙も寄越してくれないし、ゾーニャさんも捜査中の案件は話せないって教えてくれないし! ボクはヒビキさんが危ない目に遭ってるんじゃないかと心配そのものだったよ!
まあ、こうして無事に帰ってきてくれたのでよしとしよう!
「ただいまだ、リーゼ君」
「心配してたんですからね? ところで、お仕事は終わったんですか?」
「無事に終了した。残りはゾーニャ君たちに任せてきたところだ」
ヒビキさんは無事にお仕事を終わらせてきたみたい。
「ただ、ヘニングという男だけはまだ捕まっていない。エリスという少女も。それだけが些か気がかりだな」
「ヘニングが逃げおおせたのかい?」
ヒビキさんがそう告げるのにエステル師匠が店舗兼家から顔を出した。
「そのようだ。トールベルクからは逃げたらしい。指名手配されているから、いつまでも逃げられるとも思えないが」
「はっ。錬金術師としても要領が悪かったが、犯罪者としても要領が悪いとはね。さっさと捕まって、身内についてゲロっちまえば減刑されるってのに馬鹿な奴だよ。これから一生お尋ね者として生きていくなんてことがあいつにできるはずがない」
「だといいのだが」
エステル師匠はヘニングが嫌いみたい。でも、帝国錬金術学校の同級生なんだよね?
「で、あんたの方は無事に広告は出せたのかい?」
「ああ。ゾーニャに紹介してもらった新聞社に広告を出してもらった。全国紙に掲載されるのでそれなりに金はかかったが……」
「いいじゃないか。それで仲間が見つかるならば」
「見つかるならば、な」
ヒビキさんの口調はあまり期待している様子ではない。
「でも、これでようやくトールベルクに発注していた苗が届きますね、エステル師匠」
「そうさね。温室のプランターに植えて、冬を無事に越せるのかお楽しみだな」
そうなのだ。ボクたちはトールベルクの錬金術素材を扱っている店に南方の薬草の苗木を注文していたのだ。生憎のところ、トールベルクが封鎖されたせいで今まで届かなかったけれど、封鎖が解除された今では発送されるはずだ。
これで温室もフル稼働! 今年の我が家の実りは大きいぞ!
「苗というのは馬車で届くのか?」
「へ? 違いますよ。まだ街道は半分しかできてないですから、飛行船で送られて来ることになっているんです。届いたらハンスさんが教えに来てくれるはずですよ」
「ふむ。今、馬車の音が聞こえたのだが」
ん? ボクには何も聞こえなかったけどな?
と思っていたら、工事中の街道の方からガラガラと車輪が回る音と馬の蹄の音が聞こえてきた。ヒビキさんはこれに気付いたのか。ボクはようやく気付いたのに。
「街道の方から馬車なんて珍しいですね。夏場は比較的道が安定してるからたまーに行商人の人とかが来てくれるんですけど」
「別に今必要なものなんてないだろ」
「それはそうですけどー。何か珍しいものを扱ってるかもしれないじゃないですかー」
エステル師匠はお金はあるはずなのにケチなのだ。
「どうやら行商人の類ではなさそうだが」
「んん? あれですか? あれは……」
あれはー……。
あれは貴族の人が乗るような豪華な馬車だ。それもファルケンハウゼン子爵閣下の家の家紋が入ったバナーを翻している!
「エステル師匠! ファルケンハウゼン子爵閣下の家の人が来たみたいですよ!」
「はあ? わざわざ馬車で? そりゃまたご苦労なことで」
エステル師匠はてんで興味がないのかさっさと店舗兼家に入っていってしまった。
「なんでしょうねえ、ヒビキさん?」
「さて。俺たちに関係のないことだといいのだが」
レーズィさんが尋ねるのにヒビキさんも肩を竦めて店舗兼家の中に入ろうとする。
でも、やっぱり馬車はうちの方に向かってくるのだけれど……。
「……ヒビキさん……!」
そして、うちの前で止まった馬車から出て来たのはフィーネさんである。
「……フィーネ嬢。今日はどうなされましたか?」
「…………」
そして、黙り込むフィーネさんである。
何しに来たのか言わないと分からないよ!
「…………」
「お嬢様はトールベルクで大掛かりな灰狼騎士団の作戦があり、それにヒビキ殿が関わっていたと聞いて、心配していたと仰っています」
お付きの騎士の人にごにょごにょと告げるのをお付きの騎士の人が伝える。
「それならばこの通り大丈夫です。問題の犯罪組織も壊滅的打撃を受けたのでしばらくは問題は起きないでしょう。ご安心ください」
「……よかったです……」
フィーネさんは本当に心配してたみたいでほっと息を吐き出す。
「そういえば紹介がまだでしたね。彼女がレーズィ・ローゼンクロイツ君。うちのパーティーの優秀な青魔術師です。彼女のおかげでこれまで勝利してこれました」
「よろしくお願いしますよう!」
レーズィさんが元気よく挨拶するのだが、フィーネさんは見てない……。
「……今日は冒険に行かれるのですか……?」
「いや。まだそのような予定はありませんが」
フィーネさんが尋ねるのに、ヒビキさんが戸惑ったような顔をする。
「……では、私の依頼を受けてください……」
「それはどのような?」
「……シュトレッケンバッハの山の散策の護衛です……」
シュトレッケンバッハの山!? あそこは今危ないよ!?
「ふむ。そのことを子爵はご存じなのですか?」
「いいえ。お嬢様が勝手に言い出したこと──いたたた! 私の耳を引っ張ってもダメですよ、お嬢様! これは伝えておかなければ!」
フィーネさんってばまたファルケンハウゼン子爵閣下に内緒でお城を抜け出してきちゃったのか。全く、困った人だよ。そんなにあのお城は退屈なのかな?
「……ダメですか……?」
「ダメとは言える立場にないのですが、危険がありますよ? それに子爵がこのことを知らないことは問題になるかと」
「……大丈夫です……」
何が大丈夫なんだろう。今の会話で大丈夫な点が見当たらない。
「リーゼ君。シュトレッケンバッハの山に用事はあったかな?」
「ええっと。いくつか裏庭の畑では栽培できないものがあるんで、夏の間に採取しておきたいかなと思ってましたけれど」
裏庭の畑も立派になったけれど、やはり自然の環境でしか育たないものはあるのだ。そういうものはやはり採取に行って採取するしかない。
「では、我々は薬草の採取に向かう。そして、それと同時にフィーネ嬢は“たまたま”同じ道を散策される。というのはどうでしょうか?」
ふむ。それならヒビキさんがフィーネさんの脱走に責任を負うことはないのかな?
「……それでいいです……」
「では、そのように。リーゼ君、今回は報酬は俺が負担するから冒険者ギルドに依頼を頼んでもいいかな?」
フィーネさんが渋々というように頷くのに、ヒビキさんがそう尋ねる。
「そういうわけにはいきませんよ。一応はボクの利益にもなるわけですから。報酬はお支払いしますので、ユーリ君やミーナさんも誘ってください」
「すまない。助かる、リーゼ君」
こういうときこそ頼って欲しいよ!
「では、冒険者ギルドに向かいましょう、フィーネ嬢」
「……はい……」
というわけで、ボクたちはフィーネさんを連れて冒険者ギルドに向かうことになった。本当に後で問題にならないといいんだけどね?
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…………………
「薬草採取の護衛、ですか」
冒険者ギルドでボクがクエスト依頼を出すのにクリスタさんが渋い顔をする。
「それはそこにおられるフィーネ嬢とは無関係なのですか、リーゼ?」
「ええっと。複雑な事情がありまして……」
「関係しているのですね」
クリスタさんはすぐさまカラクリを見抜いてしまった。
まあ、フィーネさんが冒険者ギルドのクエスト依頼掲示板を眺めているから、すぐにばれてしまうというものだよ。もうちょっと目立たないようにしてくれないとー。
「フィーネ嬢の本来の依頼は何ですか?」
「シュトレッケンバッハの山の散策の護衛だそうです。けど、どうもフィーネさんはファルケンハウゼン子爵閣下に内緒でお城から出て来たみたいで、ヒビキさんはあまり関係したくないんですよ……」
「それならば護衛は別に手配しましょう」
「え? いいんですか?」
「後で報酬はファルケンハウゼン子爵閣下に請求します」
クリスタさんはファルケンハウゼン子爵閣下相手でも容赦ないや。
「今手が空いている冒険者は……。ああ、“黒狼の遠吠え”がちょうど手すきですね」
クリスタさんが冒険者ギルド内を見渡すのに、ボクもミルコさんたち“黒狼の遠吠え”のメンバーを見つけた。なにやらクエスト依頼掲示板を眺めているフィーネさんを見て、噂話をしているようである。
「では、クエスト依頼の手続きを行いますので、リーゼは彼らに依頼してください」
「ラジャ!」
クリスタさんがスラスラとクエスト依頼書を作るのに、ボクはそれを受け取ってミルコさんたちの下に向かう。
「ミルコさん、ミルコさん。クエストを依頼したいんですけど」
「え? 俺たちに? それってファルケンハウゼン子爵閣下のところのお嬢さんと関係がある感じの?」
「まあ、ありますね」
「そうかー」
ミルコさんもすぐに察しを付けてしまった。受けてくれるかな?
「まあ、こういう時に立ち上がるのも冒険者の務めって奴だろう。みんな、この依頼を受けるが反対意見はあるか?」
「ないよ。受ければいい」
ミルコさんが尋ねるのにパーティーメンバー全員が頷く。
「では、クエストの受注手続きをしてくる」
「助かります、ミルコさん!」
ミルコさんもなかなか頼りになるな。
新生竜討伐ではかなり頑張ってたって話だし、これはもう心配することはないのかも。
「ミルコ君たちは何を?」
「あっ。ヒビキさん。フィーネさんの護衛クエストの受注です。クリスタさんが手配してくれました」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫なんじゃないでしょうか」
クリスタさんのやることだから問題はないと思うけど。
「まあ、こちらとしても護衛対象が増えるのに人数があまり変わらないのは困るので助かるのだが」
そうなのだ。ヒビキさんはボクを護衛し、フィーネさんも護衛しないといけない。
一応フィーネさんには護衛の騎士の人が付いてるけど、ひとりだけ。
まあ、ボクたちが上級魔獣除けポーションを使用しているなら、滅多なことでは魔獣には出くわさないと思うから大丈夫だとは考えられるけど。
それでも魔狼のテリトリーに入り込んだら襲われるし、この間のヒュドラのような奴には効果がない。またヒュドラが現れるということはないと思うけれど、魔狼ぐらいだったら遭遇しかねないんだよね。
それにシュトレッケンバッハの山もダンジョンから流出してくる魔獣のせいで荒れているし、いつもより危険なのだ。ああいう荒れた山では魔狼が溢れ出るラッシュのようなことが起きかねない。数十という魔狼の群れに襲われたら大変だよ。
「こちらもクエストを受注した。暗くなる前に帰るように出発しよう」
「ええ。そうしましょう」
ヒビキさんがそう告げるのにミルコさんが頷く。
こうしてボクたちはふたつのパーティーでフィーネさんの散策に付き合うことになった。何事もなく終わるといいけれど。
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