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ガルゼッリ・ファミリーの困難

…………………


 ──ガルゼッリ・ファミリーの困難



「畜生。どういうことだ」


 男が呻いている。


 場所はトールベルクの高級住宅街の一室。そこに大柄な中年の男がいた。


 この男こそがガルゼッリ・ファミリーの頭領たるガイウス・ガルゼッリだ。


 灰狼騎士団が数年に渡って捜査しても、尻尾のひとつも出さなかった霧のような男が、今まさに追い詰められていた。


「ボス。もう製造拠点を10ヵ所も制圧されました。ネッビアも材料が不足して製造できません。このままでは……」


「黙れ! 分かってる!」


 ガイウスを追い詰めたもの。それはトールベルクの都市の封鎖であった。


 それは突如として始まり、城門は閉ざされ、地下下水道まで兵士が配備された。トールベルクを出入りできるのは騎士団の使用する食料搬入用の馬車だけである。


 これによってガルゼッリ・ファミリーは大打撃を受けた。ネッビアを作っても出荷できないし、そもそもネッビアの材料となるものが調達できない。市場は完全に封鎖され、市民たちは騎士団の炊き出しだけで生活しているような状況なのだから。


 トールベルクは城壁に覆われており、城壁を越えて物資をやり取りするのは非常に困難だ。不可能ではないが、少量しか運べないし、ネッビアのようなポーションは破損の恐れがあるので外にはほぼ運び出せない。


 そこでガイウスは彼の組織に騎士団の馬車を買収して、ネッビアの輸送とネッビアの材料の輸送を任せようとした。それは存外あっさりといき、ガルゼッリ・ファミリーは再びネッビアの出荷を始められるかに思えた。


 だが、それが罠だったのだ。


 馬車を扱う騎士は買収された振りをして、接触してきた人間を上層部に報告し、騎士団は接触してきた人間を追うことでネッビアの製造拠点を突き止め、強襲していった。瞬く間に10ヵ所の製造拠点が制圧され、ネッビアの製造拠点は残り1、2ヵ所になっていた。その生き残った製造拠点も既に材料不足から製造が行えない状況だ。


 そして、ネッビアの製造と出荷が上手くいかず、収入源を断たれたガルゼッリ・ファミリーから錬金術師たちが離反していった。あるものはガルゼッリ・ファミリーに脅迫されて製造を手伝わされたとし、免責と引き換えにガルゼッリ・ファミリーの内情について密告するような状況であった。


 灰狼騎士団の捜査の手は確実にガイウスに迫っている。


「ヘニング! 貴様の転移魔術でどうにかできないのか!?」


「あ、あれは非常に魔力を消耗するのです。使えて1日に2回程度ですし、いざという場合を考えれば物資の輸送よりも避難手段として残しておくべきでしょう」


 ガイウスが睨むように見るのは、スキンヘッドのひょろ長い男──ヘニング・ハイゼンベルクだ。彼はガイウスの視線に自分の視線を伏せるようにしてそう返し、幼子のように萎縮していた。


「使えねえ男だな。宮廷錬金術師の試験に落ちて浪人してたところを拾ってやったのに、まるで使えやしねえ。錬金術師ならもうちょっと何か考えろ」


「す、すみません……」


 ガイウスがため息交じりに告げるのに、ヘニングが更に萎縮した。


「どうやらそちらのビジネスは上手くいっていないようですな」


 ここで声を上げる人物がひとり。


「何だ、ボニファティウス。取引は終わりだとでもいいたいのか?」


「現状、取引を継続することは不可能なのではないですかな?」


 老齢の男。白い髭を長く伸ばし、隠遁者然とした面持ちの人物。白いローブに身を包み、その木の枝のように節くれだった腕は顎髭をさすっている。


 ボニファティウス。そう呼ばれた人物がこの老人だ。


「いずれは騎士団どもも市民から突き上げを食らって封鎖を解除せざるを得なくなる。そうなるまで待てばいいだけだ。今の状況だけ見て、取引をどうこうすると考えるな」


「そうなる前に君たちが残っていればいいのだがね。私にはどうにもその点が不安なのだよ。君たちは利益を上げることを重視しすぎ、隠れることを疎かにしていた。そのつけを支払わされる時が来るのではないかとね」


 ガイウスが告げるのにボニファティウスが肩を竦めてそう返した。


「君はどう思うかね、ペルガモン?」


 そこでボニファティウスがひとりの女性に声をかける。


「多くは望めないでしょう。既に組織は破綻をきたしています。下手に取引を続けてこちらまで捜査の手が及ぶことは望ましくありません。取引については一時的に中断するべきでしょう。彼らが再開できるというのであれば、その時は様子を窺い再開の可否を決めればいいかと思います」


 そう告げるのは黒髪の女性だ。20代前半頃で、顔には優し気な微笑みを浮かべているが、その目は生気がまるでないかのように冷たい。酷くアンバランスな様相に人は酷い違和感を感じるかもしれない。


「つまりはそういうことだ。一時的に取引は打ち切る。君らがこの困難を乗り越え組織を立て直すことを祈っているよ。では、神のご加護を。我らが目指す理想郷エデンの神のご加護があらんことを」


「ふざけやがって。何が理想郷だ。そんなものありはしねえ」


 ボニファティウスが立ち上がるのに、ガイウスが彼を睨む。


「あるのだよ。戦争も、貧困も、差別もない理想郷は。我々はそれを目指している。だから君たちに協力した。君たちはお世辞にも善良とは言えないが、人は過ちを犯すものだ。いずれ諸君の過ちも許される時が来るだろう。そう、全てのものたちが神を前に跪く時が来さえすれば、君たちの罪も許される」


 そう語るボニファティウスの表情は酷く虚ろだった。まるで死人のように。


「俺は告解を求めた覚えはねえぞ、クソ爺」


「告解など必要ないとも。人は全て許され、救われ、癒され、理想郷に迎え入れられるのだ。その前に死にさえしなければ、だが。重々用心したまえ、ガイウス。君は死ぬかもしれない。理想郷を目の前にして死んでしまうなどもったいない」


「はっ。好き勝手言いやがって。ここからただで出られると思ってるのか? 理想郷の前にあの世に行くのはお前の方かもしれないぞ。俺をクソみたいに舐めてくれたお礼をしてやらなきゃいけないからな」


 ガイウスがそう告げると、部屋の中に武装した男が2名入り込んできた。


「やれやれ。君たちは友人すら傷つけるのかね?」


「友人は俺たちと取引を続けてる奴を指す。今のお前たちは友人じゃねえ」


 ボニファティウスの言葉にガイウスがそう返すと、男たちが剣を構えた。


「残念だが付き合いきれないよ。君たちが破滅しないことを祈るが、恐らくは無駄な願いだろう。だが、救いはあると理解しておきたまえ。救いはあるのだ」


 ボニファティウスがそう告げると不意に彼の背後に青い魔法陣が浮かび、ボニファティウスは後ろに倒れ込むようにして魔法陣の中に消えた。そして、ペルガモンと呼ばれた女性もいつの間にかいなくなっている。


「クソ! 逃げやがった! クソッタレ!」


「ボス。どうするんです? 取引を続けないとネッビアの製造は元より、今後の活動にも影響がでますよ」


「知るか! あのクソ爺が──」


 ガイウスはそこまで告げて言葉が止まった。


「待てよ。あの爺の“名前は何だった”?」


「え? それは……」


 不意に湧いた違和感。


 先ほどまで名前を呼んでいた人物の名前がこの場から消える。


「取引、取引ってのはなんだ? 俺たちは何を取引していた? 俺たちは……」


「ボ、ボス。俺たちは一体……」


 そして、何もかもが根底から崩壊していく。


「おかしい。どういうことだ。訳が分からねえぞ。俺たちは一体、何をしていた?」


 そう告げてガイウスはヘニングに視線を向ける。


「わ、分かりません。我々はネッビアを作っていて、それで稼いだ資金を……」


「資金をどうしたんだ? 一体どうなってる? 頭がおかしくなっちまったのか?」


 ヘニングが頭痛がするというように頭を押さえ、ガイウスが混乱したようにうろうろと部屋の中を歩き回る。


「ボス! 大変です!」


 部屋に部下が飛び込んで来たのはこのぞっとする記憶喪失のすぐあとだった。


「どうした?」


「灰狼騎士団の連中が屋敷を包囲してます! ここにも間もなく突入してきそうです! 早く逃げないと!」


「クソッタレ! こういうときに!」


 部下の報告にガイウスが罵り声を上げる。


「脱出準備だ。金目の物を持ってこい。ヘニング、お前は転移魔術を──」


「そうはさせん」


 ガイウスが指示を出し始めたとき、不意に部屋の壁が吹き飛んだ。


「な、なんだ!? 何が──」


「ガイウス・ガルゼッリだな。灰狼騎士団の使いのものだ。君を拘束させてもらう」


 部屋の壁を破壊して現れたのは大柄な男だった。


 まだら模様の奇妙な服装の男は、拳を構え、ガイウスを見つめる。


 ヒビキだ。ヒビキがやってきたのだ。灰狼騎士団と共に。


「ボス! 例の男です!」


「てめえが俺たちの商売を散々邪魔してくれた野郎か! ぶっ殺せ!」


 ガルゼッリ・ファミリーの下っ端が告げるのにガイウスが叫ぶ。


 この部屋の中で武装しているのはガイウスを含めて4名。


「<<火球弾>>!」


 だが、1名は魔術師だ。その人物は火球を生成するとヒビキに向けて放つ。


「<<魔術防御>>!」


 しかし、その火球がヒビキに達することはなかった。火球は見えない障壁に衝突して爆ぜ、そのまま消えてなくなった。


「クソ、青魔術師がいやがる!」


 火球を放った男の視線の先にはレーズィの姿があった。


 魔術防御。青魔術のひとつで、限定的ながら相手の魔術攻撃を阻止する効果がある。対抗魔術と違って魔術そのものを妨害することはできず、また全ての魔術を阻止することはできないが、レーズィのレベルならばほぼ無敵の壁だ。


「助かった、レーズィ君。では、片付けるとしよう」


 ヒビキは拳を構えると、武装した男たちに向けて突進する。


「や、野郎! 舐めるなっ!」


 ヒビキのあまりの速度に男たちが一瞬怯むも、素早く剣を構えなおして応じる。


「ふん」


 男たちが剣を構えて自分を迎え撃とうとするのに、ヒビキは薙ぐように回し蹴りを放った。布地は鋭い剣の刃に裂けるが、その下にある軍用義肢の複合装甲は傷ひとつつかず、ヒビキの放った打撃は男たちの剣をへし折った。


「なっ……! ば、化け物──」


「人間だ」


 剣が失われたことにうろたえる男のひとりにヒビキが拳を顎に叩き込んだ。男の顎が砕ける音が響くと、男は同時に折れた歯をまき散らしながら壁まで吹き飛ばされる。


「て、てめえ! よくも兄貴を──」


「やらせないぜ!」


 男のひとりが脇からヒビキを狙って腰から抜いた短剣を向けるが、その手に矢が突き刺さり男が悲鳴を上げて短剣を取り落とす。


「ナイスだ、ユーリ君」


「これぐらいは楽勝っ!」


 ヒビキの背後ではユーリが矢を番えていた。その狙いは武装したガルゼッリ・ファミリーの男たちに向けられ、再び矢が放たれると先ほど短剣を取り落とした男の膝が射抜かれ、男は悲鳴交じりの嗚咽を漏らして地面に崩れ落ちる。


「ち、畜生……。おい、ヘニング! 転移魔術だ! さっさとしろ!」


「は、はい! ただちに!」


 ガイウスが叫ぶのにヘニングが呪文の詠唱を始める。


「逃がさん」


「やめ──」


 ヒビキはガイウスと自分の間にいた男の襟首をつかむと、思いっ切りガイウスめがけて投げつけた。


「があっ……!」


 男の体重70キログラムと軍用義肢の引き出した強力な腕力がガイウスを襲い、ガイウスは前のめりに倒れ、顔面を地面にぶつけ、気絶した男にのしかかられたまま、口の端から血を流して動けなくなった。


「ヘニング……! ヘニング……! 手を貸せ……!」


「冗談じゃない! もう待ってはいられない! 私は失礼させてもらいますよ!」


「ヘニング、貴様……っ!」


 ガイウスが手を伸ばすのを振り払い、ヘニングは自分が開いた空間転移の魔法陣に向けて飛び込み、この場から姿を消した。


「ガイウス・ガルゼッリ。そこまでだ。これ以上無駄な抵抗をするな。無意味に痛い目を見ることになるぞ」


「クソくらえ! 南部人の意地を見せてやる! かかってこい!」


 ヒビキがガイウスを見下ろして告げるのに、ガイウスは男の下敷きになったまま短剣を抜いて構える。


「警告はしたぞ」


 ヒビキは冷たくそう告げると、ガイウスの手を素早くつかみ、そのまま──。


「アガッ……!」


 短剣ごと握りつぶした。


「てめえ、てめえ、よくも! 畜生!」


「間もなく騎士団が来る。治療してもらえ。彼らもお前から話を聞きたいだろうしな」


 ぐちゃぐちゃに潰れた手を掴んで呻くガイウスにヒビキはそう告げて、後方から近付きつつある灰狼騎士団の騎士たちの足音に耳を澄ませた。


「ヒビキ! やりましたか!?」


「ガイウスは確保したが、ヘニングには逃げられてしまった」


「そうですか。ですが、いずれ狩りだせるでしょう。何せ、我々はついにガルゼッリ・ファミリーの頭領を拘束したのですから」


 後からガルゼッリ・ファミリーのメンバーを切り倒しつつやってきたゾーニャが尋ねるのに、ヒビキはそう告げてガイウスを指さす。


「ふむ。しかし、あの男は転移魔術を使っていた。トールベルクの外に出たかもしれない。そうなると些か面倒だ」


「そうですが、組織と離れてしまえば違法錬金術師のひとりぐらいは脅威ではありません。今はガルゼッリ・ファミリーの完全な壊滅を目指しましょう」


「そうだな」


 ヒビキは何か言いたげだったが何も言わずに口を閉じた。


 かくして、ガルゼッリ・ファミリーの頭領ガイウス・ガルゼッリは拘束され、ガルゼッリ・ファミリーのトールベルクにおける活動は終息に向かっていった。


 ガルゼッリ・ファミリーの主だった幹部とメンバーはガイウスが“自白”したことで拘束されていき、トールベルクに残った下部組織もほぼ壊滅した。辛うじて灰狼騎士団の拘束を逃れた下っ端も、幾分としないうちに密告されて拘束されていく。


 ただ、ヘニング・ハイゼンベルクの行方だけは依然としてつかめていなかった。


…………………

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