軍人さんと街の危機
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──軍人さんと街の危機
事前に襲撃の可能性があることを把握していたのは正解だった。
俺は周囲に油断なく目を配らせ、すぐに襲撃者の姿を見つけた。屋根の上に登った男がクロスボウをこちらに向けていた。距離は50メートルほど。この世界のクロスボウの性能は知らないが、軍用クロスボウならば十分な射程距離だ。
「エステル、伏せろ!」
その狙いがエステルであることが疑いようもなく、俺はエステルを押し倒して、地面に伏せた。クロスボウはやはりエステルを狙っており、彼女がいた場所に矢が地面に弾かれて転がった。
「3時の方向! クロスボウを持った男が屋根にいる! ゾーニャ君、警戒しろ!」
「分かりました!」
俺はすぐさまゾーニャ君に指示を出し、クロスボウを構えた男が再装填を行う様子を確認する。こういう時には銃が欲しくなるがないものは仕方ない。
「やってくれるじゃないか。ヒビキ、敵はどこだい?」
「あのオレンジの屋根の上だ。君は──」
「やり返してやるよ。<<爆裂槍>>」
エステルはそう告げるとすぐさま詠唱し、屋根の男に向けて炎の槍が飛翔していった。その槍は逃げようとした男に命中し、炸裂すると男を地面に向けて吹き飛ばした。あの高さから落ちたならば生身の人間は戦闘不能だろう。
「ゾーニャ君。周囲に警戒だ。これで襲撃が終わったとも思えん」
「ええ。まだ刺客が潜んでいる可能性はあります」
俺はエステルを抱きかかえるようにして起こすと、ゾーニャ君とふたりでエステル、レーズィ君、そしてリーゼ君を守るようにナイフと剣を構える。
「死ねや、おらあっ!」
案の定、刺客はクロスボウの男だけではなかった。人ごみの中からナイフを腰だめに構えた男が飛び出し、俺に向けて突き進んでくる。
「ふん」
「あぐっ!」
俺は男の手首を掴んで骨をへし折ると、そのままの勢いで男の顎に拳を叩き込んだ。これでしばらくは動けまい。
「ガルゼッリ・ファミリーだっ!」
「逃げろ、逃げろ! 巻き込まれるぞ!」
群衆たちは悲鳴を上げて逃げまどい始め、人ごみの中から逃げ出さないものたちが現れる。それがガルゼッリ・ファミリーの刺客であることは言うまでもない。
相手は9名。まだ伏兵がいる可能性は否定できないが、今は9名だ。
「くたばってもらうぜ、クソ錬金術師!」
刺客の中のひとりが導火線の付いた瓶をこちらに向けて投擲する。爆裂ポーションか。また面倒なものを準備したものだ。さっきの人込みで民間人の被害を気にせずに使用されていたら、些か面倒なことになっただろう。
いや、人がいた方が肉の盾になって生存できる可能性は上がったかもしれないな。
俺はそんなことを考えながら、ナノマシンで体を、脳をホットにする。緊張状態が引き上げられ、アドレナリンが分泌され、更にスローモーの効果が加わる。
俺はゆっくりと進む時間の中で瓶をキャッチすると、導火線の火が中の爆裂ポーションに達する前に男たちに向けて投げ返した。
「生憎だが、受け取り拒否だ」
「なっ……! 馬鹿──」
爆裂ポーションが炸裂する寸前に俺は顔を両腕で庇い衝撃に備える。
炸裂。
爆裂ポーションはかなりの威力で周囲のものを吹き飛ばした。刺客の中でも直撃を食らったものは上半身がズタズタになって血をまき散らしながら地面に倒れ、その周囲の刺客たち2名も爆風の衝撃と飛び散ったガラス片などを受けてよろめいている。
「ゾーニャ君。可能な限り生け捕りにした方がいいか?」
「可能ならば。奴らには聞きたいことが色々とありますから」
「では、努力しよう」
俺はコンバットナイフを構え、まだ無傷の刺客たちと対峙する。
「殺るぞ、おらっ!」
「死にやがれ!」
ガルゼッリ・ファミリーの刺客たちの質は街のチンピラ程度でしかない。この世界に来てから様々な人物の戦い方を見てきたが、こいつらの戦い方はその足元にも及ばない残念な代物であった。これならば容易く捻れる。
「ふん」
俺はまずてんでバラバラに突っ込んできた刺客のひとりの腕を掴むと腕を捻りあげてナイフを奪い、そのナイフを後方から迫った別の刺客の手首に向けて投擲する。近接格闘戦は軍で叩き込まれている。軍用義肢とサイバネティクス技術の優位があれば、まず近接格闘戦で負けることはない。
「畜生! 死ね!」
ガルゼッリ・ファミリーの刺客のひとりは長剣を振りかざして俺の方に突っ込んでくる。こうも素直に俺を狙ってくれるのは俺としても助かる限りだ。俺を狙ってくれればリーゼ君たちを守りやすい。
「温い」
「!? 受け止めた!?」
俺は振り下ろされた長剣を腕で受け止めるとそのまま弾き返し、腕を捻ったまま掴んでいた男を思いっきり放り投げ、長剣の刺客に叩きつけた。
「おがっ……!」
刺客たちは口から血を吐いて倒れる。肋骨が何本か折れて、内臓にも損傷が加わったかもしれないが、この世界のポーションならば治療できるだろう。
「残りは3名だが」
「こちらは押さえました」
俺の背後にいた3人の刺客はゾーニャ君が片付けていた。的確に腕と足を斬られた刺客は戦闘不能に陥っている。
「……まだいるな。レーズィ君、支援を頼む」
「了解ですよう! <<速度上昇>>!」
レーズィ君は魔術による支援を行い、俺は次の攻撃に備える。
「! 2時の方向、建物の窓にクロスボウを持った男がいる!」
「<<火球弾>>」
俺の索敵と同時にエステルが赤魔術を叩き込んだ。
「うおっ……!」
火球の直撃を受けた刺客が窓から落下して地面に落ちる。首の骨はへし折れており、流石にこれは蘇生されるのは無理だろう。
「これで終わりでしょうか?」
「いや。まだだ。何か不味いものが存在している」
俺の軍人としての直感はこの場に危険な脅威が存在していることを察知していた。
そして、その脅威は姿を見せた。
「エリス、だったか」
「目標認識」
あの違法ポーションの製造場所で交戦した素性不明の少女。それが俺の目の前に立っていた。歳はリーゼ君と同じくらい。体は華奢で触れれば壊れてしまいそうなほどだ。これが何故俺の肝臓へのコンバットナイフによる刺突や最大級の出力で叩き込んだ打撃にも関わらず、平然と俺の前に姿を見せているのか理解できない。
「目標認識。排除開始」
エリスという少女はナイフを構え俺に向かってくる。
子供兵を相手にしたのは初めてのことではない。その手の経験は豊富に積んでいる。だが、俺がエリスを殺すと選択しても驚くべきことはない。
俺はエリスの突撃を紙一重で回避すると、今度は確実に息の根を止めるためにその薄い胸に向けてコンバットナイフを深々と突き立てた。エリスは口から大きく吐血し、その姿勢がやや崩れる──かのように思われた。
「損傷発生。戦闘続行可能」
エリスはそう告げると、そのナイフを握り締めた手で、俺のわき腹を狙ってくる。肝臓を狙った攻撃だろうが、そう簡単にはその手の攻撃は受けない。俺は自由な手でエリスのナイフを掴むとそのまま砕き切り、エリスの喉を掴む。
「……損傷、発生。戦闘継続可能」
エリスは死の淵にあっても任務を果たそうとしている。
「諦めろ。もう打つ手はない」
「<<爆裂槍>>」
エステルの使っていた魔術をエリスも行使した。
俺に向けて炎の槍が叩き込まれ、爆発で俺とエリスが弾き飛ばされる。
「やってくれる」
これはもう子供などとは思うべきではない。怪物だ。
「レーズィ。同時に仕掛けるよ」
「お任せください!」
その間にもエステルとレーズィ君が戦闘準備に入っている。
「<<爆裂槍>>」
「<<速度低下>>!」
エステルとレーズィが同時に詠唱する。
「<<対抗魔術>>」
レーズィ君の効果は相手に影響を与えられなかったが、エステルの一撃は届いた。そのはずであった。
「消えた……」
またしてもエステルの起こした爆発の後にエリスの姿はなかった。
「ちっ。面倒だね。恐らくは空間操作系の青魔術だろう。面倒な」
エステルが愚痴るようにそう呟く。
「空間転移とは?」
「文字通り、ある場所から別の場所まで転移する魔術だ。詳しい仕組みは私も知らないよ。ただ、あれにはそれなり以上にリスクと負担があるって話だ。1回転移するごとに寿命を1年縮めるとな」
「ふむ。奇怪な……」
どのような仕組みで魔術が動いているのか俺には分からないが、現地の人間にも分からないとなると本格的に謎だ。
「青魔術ということはレーズィ君は何か知っているのではないか?」
「空間転移ですか? あれは危険な魔術ですよう。一旦、人体の全てを分解し、それから転移先で組み立てるんです。多少、壊れても大丈夫なものをやり取りするには問題はないですけど、人体のような精密なものを送信するのはとても危険です」
昔のSF映画でそのような話が出て来たことがあったな。その時も転送時に人体に欠損が生じて、最終的には死に至っていた。
「ゾーニャ君。他に敵はいないようだが、どうする?」
「応援を呼びます。ここにいる連中を連行しなければなりませんので」
俺たちの周囲には10名の負傷したガルゼッリ・ファミリーの刺客が転がっている。一部は今にも死にそうだが、ポーションがあれば治療できるだろう。これからゾーニャ君が連行して、尋問することは不可能ではないはずだ。
「では、念のため俺は付き合おう」
「助かります、ヒビキ」
また襲撃がないとも限らない。ここにいる連中の口封じのために刺客が送り込まれる可能性はあったし、俺たちを再び狙って刺客がやってくる可能性もあった。
「あんたがここにいるとあたしたちもここにいなくちゃいけないわけだが」
「すまない。付き合ってくれ、エステル」
「仕方ないね。どのみち、騎士殿にも同行してもらわなきゃならないからな」
エステルは些か不満そうだったが、俺の言葉で納得してくれたようだ。
「それにしても徹底的に狙われるようになっちまったね。これじゃうかうかトールベルクで買い物もできないよ。どうしたものやら」
「ふむ。それには相手を壊滅させるしか手段はないだろう」
「できるのかい?」
「時間が貰えれば」
不可能なことではない。ゾーニャ君たちの強力が得られれば、この街から犯罪組織を一掃することは可能なはずだ。俺も都市ゲリラを相手にした作戦は何度も経験している。都市から敵性勢力を殲滅する作戦の指揮を執ったこともある。
「時間というとどれぐらい?」
「2、3週間だ。それでケリがつく」
「なるほど。2、3週間ね……」
俺の言葉にエステルが考え込む。
「ヒビキ!? 本当に2、3週間でこの街からガルゼッリ・ファミリーを殲滅できると!? 我々は既に何年も……」
「やり方の問題だろう。警察行動として行動していてはこの手の問題は何年経っても解決はしない。軍事作戦として行動すれば速やかに都市部から組織を排除できるはずだ。そのためには些かの強権も必要になるが、騎士団にはあるのだろう?」
「そ、それは一応は……」
都市ゲリラは軍事的に活動する。それに警察力で応じようとしてもきりがない。相手が軍事的に行動するならば、こちらも軍事的に行動するのみだ。
「まずは頭を潰す。相手がフラット式の組織を取っていようとも、頭はある。それを叩いて敵に動揺を与えて、それから残党を確実に始末していく。都市全体に戒厳令を布告し、市民の外出を制限し、都市の人間の出入りも制限する」
「そこまでしなければならないのですか?」
「既に敵の活動で通常の商業活動は行えていないのだろう? ならば、多少の経済的損失には目を瞑るべきだ。敵が掃討されれば、また通常の経済活動に復帰できると考えれば、メリットとデメリットは釣り合っている」
まずは都市全体を包囲してしまうことから始めなければ。
「都市を包囲したら、敵は尻尾を見せるだろう。この交易都市を拠点に資金調達を行っているとなれば、件の違法ポーションの出荷も制限されることになるのだからな。その尻尾を掴み、頭を引き摺り出す」
敵はこの都市で生じる需要だけで儲けを計上しているとは思えない。恐らく都市の外にポーションを出荷して、利益を計上しているはずだ。都市が包囲されれば、敵はどうにかして包囲網を突破しようとして、尻尾を見せる。
それが機会だ。尻尾を掴み、慎重に引きずり出し、頭まで行き着く。そして、頭を叩けば前に述べたように組織に混乱が生じる。そこを一挙に叩き切る。
日本情報軍が世界各地で繰り広げた対都市ゲリラ戦でも、この手のメソッドが使われている。都市を包囲して敵の兵站経路を断ち、敵が都市に籠るのを止め、外に出て来たところを叩き、都市ゲリラの指揮官を暗殺する。
「では、そのように準備しましょう。いつから始めますか?」
「これはクエストという形にしてもらいたい。そして、クエストが発注されたら、ヴァルトハウゼン村から応援を呼んで共に対処する。明日、明後日には始められるだろう」
レーズィ君はもちろんユーリ君やミーナ君も必要になる。彼らがいなければ、俺は全力では戦えないだろう。
「ヒビキ。明日からガルゼッリ・ファミリー狩りを始めるのかい?」
「できればそうしたい。時間が経過すればするほど、敵の尻尾は掴みにくくなる。エステルはそれで構わないだろうか?」
「あたしは構わないよ。好きにやりな」
暫くの間、ヴァルトハウゼン村を留守にすることになるが、エステルがいいのならば大丈夫だろう。トールベルクでは灰狼騎士団の宿舎にでも泊めてもらえばいい。
「……ヒビキさん。本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ、リーゼ君。このトールベルクを安全にしたら必ずヴァルトハウゼン村に戻ってくる。そう約束しよう」
リーゼ君の縋るような視線に俺はそう告げて返す。
「分かりました! ユーリ君たちには上級ポーションを渡しておきますから、だから絶対に死んだりしないでくださいね!」
「ああ。死ぬつもりはない」
こうして俺はトールベルクの街からガルゼッリ・ファミリーを一掃するというクエストを受注することになった。
多少の困難はあれど、俺の思うようにいくはずだ。俺にはそれを成し遂げるだけの能力と経験があると自負しているのだから。
ある意味ではそのようなことにしか能がないとも言える。
所詮はスマートな殺し屋なのだろう。
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