錬金術師さんと第三回素材集め
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──錬金術師さんと第三回素材集め
「ありゃ。ユウヒノアカリ草がもう切れてるぞ。他にも魔力用混合液も」
ある日の昼前、エステル師匠が不満げにそう告げた。
「レーズィさんのためにいっぱい上級魔力回復ポーションを作りましたからね」
「全くだ。ちゃんと金になっているからいいものの」
レーズィさんのゴーレムは毎日フルパワーで街道建設に励んでいる。ゴーレムの燃料である上級魔力回復ポーションは2日で切れるので、エステル師匠が作ったものをレーズィさんが開拓局のお金で買い取っている。
それとは別にレーズィさんの技術向上用の試験ゴーレムがあって、それのためにも上級魔力回復ポーションは使われている。そっちはレーズィさんが新しいゴーレムを作るときの手伝いをしたり、新しい術式を確かめるのに使われているらしい。
いずれにせよ、これからレーズィさんのゴーレムが更に増えるならば、更に上級魔力回復ポーションが必要になる。ユウヒノアカリ草が採取しやすい夏の季節に、可能な限り採取しておこう。冬でも採取できないことはないんだけど、生息地が狭まるのだ。
「魔力用混合液の方は素材、まだあります?」
「どうだろうね。あれは目覚めのポーションの素材も使ってるからないかもしれないよ。確かめてきて見な」
「ラジャ!」
というわけでボクは倉庫へ。
ふむふむ。ブタノフグリの実はたっぷり在庫があるけど、シロノミズ草がちょっと不足してるかな。すぐになくなるってレベルではないけれど、採取しておいた方がいい気がする。シロノミズ草ならユウヒノアカリ草と同じエルンストの山で採取できるし。
ちなみに、魔力用混合液のレシピは目覚めのポーションとほぼ同じ。シロノミズ草とブタノフグリの実をメインに、お化けタンポポの花弁を使う。どの素材も魔力が宿りやすいものらしい。他に魔力が宿りやすいと言えば魔獣の血液だけれど、魔獣の血液は病気が怖いし、保存も効きにくいので、使われることはない。
みんなだって、魔獣の血液を使ったポーションなんて飲みたくないよね?
「エステル師匠ー。シロノミズ草は採取しておいた方がいいかもしれないですー」
「ふむ。なら、行ってきな。エルンストの山は今も静かだろうけど、まだお化け魔狼の話が途絶えてないから冒険者ギルドで護衛を雇っていくんだよ」
「ラジャ!」
というわけで、ボクはユウヒノアカリ草とシロノミズ草の採取に向かうことになった。夏の間はどちらも豊富なので探すのには苦労しないだろう。夏は山が賑わうのだ。まあ、その分、虫がわらわら増えたり、魔獣が活発化したりするのだけれど……。
虫よけポーションを持っていかないと。これも夏場にはよく売れるんだよね。低級ポーションだからボクでも作れるし。今はエステル師匠が錬金釜を使ってるから作れないけれど、使った分はちゃんと補充しておこう。
後は一応魔獣除けポーションを。エルンストの山だから大丈夫だとは思うけど、念には念を入れて。夏場は本当に魔獣が活発化するからね。
「さて、準備万端! いざ出発!」
というわけでボクは冒険者ギルドを目指す。
レーズィさんも今日はヒビキさんと冒険者ギルドに行っている。もしかすると会えるかもしれない。いや、レーズィさんたちは石切り場の警備の方に行っているかな?
「こんにちはー」
「おう。リーゼちゃん、今日はお使いかい?」
「そうですよー。エステル師匠に薬草を取ってくるように頼まれて」
ボクが冒険者ギルドの扉を開くと数名の冒険者の人が挨拶を返してくれた。
「今日、人が少ないですね?」
「ん。今、ほとんどの連中はラインハルトの山の魔獣の間引きに出かけてる。いよいよもって暑くなってきて、魔獣が山で暴れまわっているらしい。それで開拓局から報酬のいいクエストがでたんで、ほとんど出払っているわけだ」
「なるほど」
シュトレッケンバッハの山のダンジョンは未だに開いたままなのだろう。それでシュトレッケンバッハの山から魔獣がラインハルトの山になだれ込み、それでラインハルトの山が荒れているというわけだ。
早くダンジョン探索を始めて魔獣が動き回るのを阻止したいけれど、街道が完成しないとダンジョン探索に訪れる冒険者を支えられないという。
恐らく、街道完成前にダンジョンの存在を公開しちゃったら、冒険者の人が食料を大量に買い付けて、食料価格も高騰してしまうだろう。暢気な田舎村が活性化するのはいいことだけど、生活しにくくなるのは受け入れがたい。
「おや。リーゼ君?」
ボクがそんなことを考えていたとき、ヒビキさんの声がした。
「ヒビキさん。クエスト帰りですか?」
「ああ。魔獣の間引きに行っていた。魔狼を10体とゴブリンを10体だ」
そう告げるヒビキさんの手にはちょっと血がにじんだ袋が握られていた。
「お仕事、お疲れさまです。ところで、これからエルンストの山に薬草採取にいくつもりなんですけど、予定空いてますか?」
「ああ。特に用事はない。引き受けよう」
よかった。今日は冒険者の人も少ないみたいだから、ボクが貼りだすような安いクエストが引き受けてもらえるかどうか不安だったんだよね。
「でも、ヒビキさん。石切り場の警備はどうしたんです?」
「あれは今日はミルコ君たちがやっている。あれは報酬がいいクエストだから、お互いで分け合いながら受けようということになったんだ。こういう助け合いもときには必要だろう。ミルコ君たちのパーティーも実力があることだしな」
「なるほど」
確かに石切り場の警備は開拓局のクエストだから報酬がいいんだよね。それをひとり占めしてたら、他の冒険者の人から怒りを買っちゃうよね。
「では、クエスト依頼してきますね!」
「ああ。待っている。ユーリ君の階級を上げるためにも多くのクエストをこなさなければならないんだ」
ユーリ君も階級を上げるのを急いでいるのか。この間の石切り場の戦闘でみたけれど、腕前はかなりいいし、すぐにお姉さんであるユリアさんに追いつくかもね。
「クリスタさーん。クエスト依頼をお願いしまーす」
「はい。手続きを始めましょう。クエスト内容は?」
「エルンストの山での薬草採取の護衛です」
「エルンストの山、ですか」
ボクが告げるのにクリスタさんが眉を歪める。
「どうかしました?」
「いえ。エルンストの山でお化け魔狼の捜索が続いているのですが、それによればどこからか視線を感じるとか、何か巨大な影が移動しているのを目撃したがすぐに消えたなどの情報が寄せられているのです。冒険者ギルドとしてはアンデッド系魔獣の可能性も視野に入れて討伐や捕獲などを検討しているところです」
「アンデッド!」
そう言えば、前にボクたちがエルンストの山に入った時も、ヒビキさんとユリアさんが何かに監視されているような気がするって漏らしてたな……。
だが、結局追跡者の正体は分からずじまいだった。アンデッド──ゴーストなどの魔獣だったら討伐するのには忌々しいことに白魔術師が必要になる。うちでも対アンデッド用のポーションを作れるけれど、基本的にアンデッドと戦うのは白魔術師だ。
本当にお化けなんだろうか。
でも、ボクたちが洞窟で見た時にはちゃんと実体があったしなー。
「そういうことですので、クエストの難易度は些か上がりますがよろしいですか?」
「B級でも受けれます?」
「B級ならば大丈夫でしょう。遭遇しても逃げられるはずですから」
それなら問題ないや!
「じゃあ、お願いします!」
「はい。手続きを行います」
それからクリスタさんにいろいろと手続きをしてもらって、ボクはクエスト依頼掲示板にエルンストの山の薬草採取の護衛のクエストを貼りだした。
それをヒビキさんが受け取り、受注手続きをする。
「では、行こうか、リーゼ君」
「はい、ヒビキさん!」
そして、ボクたちはエルンストの山に出発!
……お化け魔狼には遭遇しないといいけれど。
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エルンストの山。
シュトレッケンバッハの山とラインハルトの山が魔獣騒ぎで揉めている中でも、この山は静かだ。やっぱりラインハルトの山のレッドドラゴンみたいに強力な魔獣が居着いていて、他の魔獣は近づけないのだろう。
「あれ? そう言えば、どうしてレーズィさんがダンジョンにいた時には魔獣はダンジョンの外に出なかったんですか?」
そう言えば、そうだ。レーズィさんが山から下りてから、ダンジョンの魔獣が外にあふれ出したっぽいのだ。それはどういう理由からだろうか?
「それはですね、入り口に認識障害の魔術をかけていたからですよう。ダンジョンの内側の魔獣は出口が分からず、ダンジョン内に留まっていたんだと思いますよう。けど、この前のゴブリンの侵入で認識障害の魔術が消えちゃったことに加えて、ミノタウロスたちが外に出れることを知ってしまったので、溢れかえるようになっちゃったんだと思います」
「もう1回、認識障害の魔術をかけてもダメですか?」
「ダメでしょうねえ。もうダンジョン内の魔獣たちは自分たちが外に出れることを学習しちゃったようですから」
「そうですか……」
ダンジョンに蓋ができるならよかったのに。
「なあ、なあ、ダンジョンってなんだ? この辺りにダンジョンがあるのか?」
あれ? ユーリ君は知らなかったのかな?
「ああ。実を言うとシュトレッケンバッハの山にダンジョンがある。だが、このことは伏せておいて欲しいと開拓局と冒険者ギルドから頼まれている。まだこの村はダンジョンの探索を行う冒険者たちを受け入れる準備ができていないそうだ」
「分かったよ、ヒビキの兄ちゃん。俺も黙ってる。けど、俺たちで探索するってのはダメなのか? ダンジョンに一番乗りなら、お宝だってゲットできるかもしれないぞ?」
「ダンジョンは10階層に及ぶものらしい。それだけの規模のあるダンジョンには俺たちだけでは力不足だろう。俺もダンジョンの探索など行ったことがない。どういうことが必要になるのかは分からないんだ」
「そっかー。仕方ないな」
ダンジョン探索はいろいろとプロフェッショナルな技術が求められる。罠を見破る方法や、狭いダンジョン内での効率的な戦闘。他にも水没しているような場所では水に潜る技術も必要になってくる。
ダンジョン探索は専門にしている冒険者がいないと厳しい。この村の冒険者の人たちは一部だけがその手のノウハウを持っているが、ほとんどは持っていない。持っているなら、そもそもダンジョンのないこの村には来ないからだ。
よって、今の段階で今いる冒険者の人たちだけであのダンジョンを制覇するのは難しいというわけである。
「それにしてもこの山は静かだが不気味だな……」
ヒビキさんが周囲を見渡しながらそんなことを呟く。
「視線、感じます?」
「いや。だが、何かがここにいるという気配はする。それが危険な生き物なのか、そうでないのかは分からないが、とにかく何かがいるということは分かる。自然の中に溶け込んでいるようで、異物として混じり切れていないものだ」
「なんでしょうね……」
やっぱりアンデッド系魔獣なのかな? 魔狼の幽霊とか?
「ヒビキさんはアンデッド系魔獣の対処方法は知ってます?」
「一応、図鑑で調べた限りのことは把握している。聖水を塗った武器か、白魔術師の行使する白魔術、あるいは対アンデッド用のポーションが必要だそうだな」
「そうです、そうです。聖水はここにある小さな教会で細々と作られてますし、対アンデッド用のポーションはうちでも作れますから、いざ討伐などに参加するときは声をかけてください!」
「ああ。その時は頼らせてもらおう」
忌々しい白魔術師がいなくてもヒビキさんなら、対アンデッド用のポーションでやっつけられると思うな! これで白魔術師が村に来ることになったりしたら、商売敵が増えることになるし、ちっともいいことはない。
「しかし、虫が寄ってこないな。この時期は虫が多いものなのだが」
「あっ。それはボクが虫よけポーション使ってるからだと思いますよ。魔獣除けポーションとは違う匂いがするでしょう?」
「確かに違う成分の匂いがするな」
「これってひとりが使ってれば、周囲に虫を寄せ付けない優れものなんです。だから、今日は虫の心配をしなくてもいいですよ! 今度、冒険にでかけるときに虫が煩わしいようだったら、格安でお譲りしますから声をかけてくださいな!」
「ふむ。頼むとしよう。蚊などは危険な感染症を媒介することがあるからな」
夏場、寝る時にはこのポーションが必須だ。そうしないと蚊に刺されて、目覚めてからかゆい思いに悩まされることになってしまう。
「そろそろ小川があるはずですから、そこでシロノミズ草を採取しましょう」
ボクもエルンストの山の薬草が生えている場所はある程度把握している。
シロノミズ草は水辺に生える草である。栽培するにもたっぷりの水が必要だ。それもその土地の水が必要になる。その土地の水に含まれる魔力を吸い取って、シロノミズ草は大きく育つそうなので。だから、目覚めのポーションや魔力用混合液の素材になるのだ。
「あった、あった。シロノミズ草は簡単に見つかるからいいですね」
「採取を手伝おうか?」
「大丈夫です! ヒビキさんたちはのんびりしててください」
シロノミズ草を採取することぐらいはお手の物だ。
水辺の柔らかい土から根っこごとずぼりと引き抜く。力を入れすぎて根っこが千切れることがないように気を付けながら、ずぼりと引き抜く。
シロノミズ草は保存が効くからあればあるほどいいだろうし、割と多めに採取しておく。もちろん、取り尽くしたりはしないよ。取り尽くしてしまうと次に採取することができないしね。うちの裏庭の菜園でも栽培を始めているけれど、これを栽培するには大量の水が必要になるから、区画も別にしなきゃいけないし一苦労なのだ。
「採取できましたー!」
無事、シロノミズ草の採取完了!
「次はユウヒノアカリ草です!」
「あっ! ひょっとしてこれって私が依頼している上級魔力回復ポーションのための素材集めなんですか?」
「まあ、そうですね。エステル師匠が大量に消費したのでその補充に」
「ううっ。助かりますよう」
これもレーズィさんのためであり、同時に村の発展のためだ。
「レーズィさんのユウヒノアカリ草の栽培って上手くいってます?」
「それなりに育ってますよう。図鑑で調べたら種を出すのは秋ら辺だそうなので、それを楽しみにしてますよう!」
ユウヒノアカリ草は秋ごろに種を宿して、それを周囲に振りまく。種から薬草に使えるだけのユウヒノアカリ草が育つのは冬を越した春の辺りだ。
「育ったらうちで買い取らせてもらいますから言ってくださいね」
「いえいえ。お代なんていいですよう。私のために上級魔力回復ポーションをわざわざ作ってもらっているわけですから」
でも、ボクたちはレーズィさんから上級魔力回復ポーションのお代を貰っているわけだからなー……。流石にただでってのは受け入れがたい。
「じゃあ、ちょっと上級魔力回復ポーションを値引きしますね」
「そんなに気を使わないでください」
そういうわけにもいかないよ!
「ところで、ユーリ君は今冒険者階級はいくつなんです?」
「俺? 俺は今D級だぞ。ヒビキの兄ちゃんがいろいろとクエストに連れていってくれるから、上がるのが早いんだぜ。ヒビキの兄ちゃんってば凄いもんな!」
ユーリ君はすっかりヒビキさんに懐いたみたい。
「この間はミノタウロスを3体も纏めて討伐しちゃうし、その次はコカトリス。そして、昨日はグリフォンをひとりでやっつけるんだもんな。魔狼がいくら群れてきても軽く捻っちゃうし、ヒビキの兄ちゃんは敵なしだ!」
「そんなことはない。それなり以上の危険は常にある。生き残るにはこの3人が一緒になって戦っているからだ。相互に援護し合っているからこそ勝利できる。それを評価されているから、クリスタも君の冒険者階級を上げたんだ。本当に俺ひとりでやれるなら、クリスタは君の階級を上げなかっただろう」
「でも、ヒビキの兄ちゃんは凄いよ!」
またヒビキさんグリフォンを討伐したのか。お肉はどうしたのかな? ユリアさんがいないから食べなかったのかな?
「ヒビキの兄ちゃんもこのままA級冒険者に──」
「少し待ってくれ。腐臭がする。肉の腐った臭いだ」
ユーリ君が興奮気味に告げるのに、ヒビキさんがそう言葉を挟んだ。
「腐臭? 確かに腐った肉の臭いがするな。それにコカトリスの毒液の臭いもするぞ」
「そのようだ。成分は一致しているらしい。少し、調べてみよう。気になる」
ユーリ君が鼻を鳴らし、ヒビキさんは臭いのするらしい方向に進む。
「……コカトリスの死体だ。4体、全て内臓を食われて死んでる」
ヒビキさんたちの行きついたところには、内臓をぽっかり食われたコカトリスの死体が転がっていた。グロテスクな光景と腐臭にボクは吐きそうになる。
「噂のお化けの魔狼の仕業かな?」
「分からない。ただ、痕跡からして大型の肉食獣の仕業だろう。牙の後や、足跡からしてかなり大きい。この間、リーゼ君と見かけたあの魔狼のようなサイズだ」
ヒビキさんは口を布で覆って、慎重にコカトリスの死体を調べる。
「コカトリスの毒も効かなかったみたいですねえ」
「そのようだ。コカトリスの毒液はかなり強力なものだと図鑑にはあったのだが……」
毒が効かないってことはやっぱりアンデッド系魔獣なのかな? けど、アンデッドなら獲物を食べたりしないよね?
「このことは冒険者ギルドに報告しておこう。冒険者ギルドと開拓局も、お化け魔狼に関する情報を求めている」
「お化け魔狼がいたらここを観光地にできませんものね」
開拓局はここを観光地として開発して、他の地方から観光客を呼び込みたいのだ。エルンストの山は景色は絶景だし、さっきの小川みたいな場所では釣りもできるし、非常に恵まれた観光地候補なのである。
そういうわけなので、エルンストの山に正体不明のお化け魔狼がいるのは開拓局としても望ましいことではない。冒険者ギルドと協議して、討伐か捕獲かを検討するだろう。クリスタさんもそう言っていたことだし。
「では、引き続き薬草採取を行おう、リーゼ君」
「はい、ヒビキさん!」
その後、ボクたちは山の中を歩き回って夕方になるころまでユウヒノアカリ草の採取に勤しんだ。ユウヒノアカリ草の生息地はバラバラで、集めて回るのには一苦労だった。日ごろから山歩きをしているとは言えど、くたくただ。
だが、それが訪れたのはそのくたくたになった帰りのときだった。
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