軍人さんと子爵家令嬢
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──軍人さんと子爵家令嬢
俺がここに来てから3ヵ月が経とうとしている。
ここでの生活には随分と馴染んだ。冒険者ギルドでもどこでも顔見知りができ、クエストでは世話になったなどと理由を述べてくれる。
街道はレーズィ君のゴーレムが猛スピードで建設しており、エステルは毎日のようにレーズィ君のゴーレムのための上級魔力回復ポーションを作っている。そんなエステルは些かうんざりしているようにも見えた。
さて、それはそうとして、問題が発生した。
問題は今日の朝食後に届けられた1枚の書状だ。
「冒険者ヒビキと錬金術師アンネリーゼに城に来ていきたい。迎えの飛行船を送る、と」
「ファルケンハウゼン子爵かい?」
「その通りだ」
ファルケンハウゼン子爵というこの地方の有力者から招待状がきた。
理由は想像できる。俺はあのフィーネという少女にあまりにも夢を持たせてしまったのだ。こうなると分かっていればもっとぼかして喋るべきだったな。
「で、行くのかい?」
「行かなければ機嫌を損ねられるだろう。俺は地方の有力者と揉め事を起こしたくはない。なるべくなら友好的な存在であってもらいたい」
それが生き残る術なのだから。
「リーゼ君も招待されているがどうする?」
「美味しいものが食べられるならいきます!」
「いや、それは分からないが……」
リーゼ君はどうしてこうも飢えているのだろうか。
「菓子ぐらいはでるんじゃないかい? どうせやることはないんだから、行ってきな。子爵に顔を売っておくいい機会だ。下手に招待を無視しても、相手の気分を損ねるだけだ。貴族様のご機嫌を損ねると面倒なことになる」
「では、行きます!」
確かに相手は貴族という有力者だ。機嫌は損ねたくはない。
地元の有力者とは可能な限り友好的な関係を保て。それが日本情報軍における非対称戦の鉄則だった。金を使って買収し、敵対者を殺して保護し、あらゆる手段を使って地元の有力者を自分たちの味方に付けて、戦争を優位に進める。
もっとも、どうやっても味方に付けるのが無理だと分かれば、徹底的に排除するという方針に転換するのだが。そういう時にはもっぱら俺たちが動員される。
「しかし、飛行船とは個人で持てるものなのか?」
「貴族様は馬車代わりに持っていることはあるね。こういう僻地の視察のために。小型の飛行船なら貴族様には安い買い物だろうし」
「ふむ」
大企業のCEOがプライベートジェットを持っているようなものだろうか?
「では、いつものように飛行船の離発着場で待っていればいいのだろうか?」
「そうさね。あそこ以外に飛行船が安全に離発着できる場所はない」
確かにこの周囲は山が多く、平坦な場所は少ない。飛行船が風に流されて山に衝突する可能性などを考えれば場所はあそこぐらいしかないだろう。
「それじゃあ、一緒に行きましょうね、ヒビキさん!」
「ああ。そうしよう」
そういうことで明後日はファルケンハウゼン子爵という人物の下に行くことになった。今は開拓局のクエストもあって生活できるだけの稼ぎを得ているからいいものの、これから依頼が少なくなり、生活に困って様々なクエストを受けなくならざるえない時期に呼び出されないといいのだが。
一応、エステルには生活費を納めている。ここでの家賃はタダ同然だが、食事などの費用は負担するのが義務だと考えているし、エステルには身元引受人になってもらった恩がある。その恩のために僅かではあるが、なるべく稼ぎは納めている。
エステルはもういいと言っているのだが、そういうわけにはいかない。受けた恩は返しておきたいし、友好的な現地住民とはそのまま友好的な関係を維持しておきたい。
それに、金を貯めたところですることはない。
家を買ってこのヴァルトハウゼン村に本格的に暮らすことも考えたが、それはリーゼ君が嫌がっている。確かに女手しかない家なら、ひとりぐらいは男手があった方が便利ではあるだろう。
そして、未だに俺はどこからか救助が来てくれることを期待している節がある。このままこの世界に暮らし続けることに僅かながら不安を覚え、元の世界──インターネット通販とファーストフードと電子書籍の世界──に帰れる可能性があるのではないかと、心のどこかで考えている節がある。
そんな可能性は限りなく低いと分かっているのに、その考えを完全には捨てきれない。未だに俺はあの世界に、戦争と戦争に準じた行為を繰り返しているあの世界に、未練を持っているのである。
まあ、今は深くは考えないでおこう。長期的なサバイバルの戦略としては、この友好的な現地住民との関係を保って生存環境を維持し、いつの日か帰還する方法を見つけるか、助けが来るのを待つ。
それからどこかにいるかもしれない部下とも合流したい。あの輸送機には俺を含めて8名の日本情報軍特殊作戦部隊のオペレーターと2名のパイロット、1名のロードマスターが搭乗していた。墜落時にパイロットやロードマスターの生存は絶望的だっただろうが、部下は生きている可能性がある。
既に3ヵ月が過ぎようとし、この付近にいる可能性は低くなりつつあるが、どこかに漂着しているかもしれない。何せ、この世界に来た時の理論が滅茶苦茶であり不明だ。どこにどう迷い込んだのかは分からないだろう。
既に部下は帰還の術を持っていて、帰還しているか、生き残りを探しているかもしれない。そう考えるとなおのこと部下との合流を目指したい。
近いうちにどうにかして現地のメディアに広告を出して、俺の生存と部下の行方を探しているという旨を広めるべきかもしれない。
何にせよ、現地住民とは友好的な立場を維持するべきだ。俺は見るからな異邦人であることに加えて、いろいろとこの世界にはないものを有しているし、この世界にあるべきものを有していない。それは迫害の対象となりえる。
さて、そのために子爵のところにいかなければ。レーズィ君はゴーレム作りがあるからいいものの、ユーリ君の階級を上げるにはもっと依頼をこなしたほうがいいのではあるが仕方ないことだ。
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ファルケンハウゼン子爵の飛行船はその日の朝に村の離発着場に到着した。
いつも俺たちが利用している飛行船よりも小型であるものの、飛行船にはファルケンハウゼン子爵の家紋だろう十字に交錯した双剣と盾の紋章が刻まれ、内装もいつもの飛行船より明らかに高級であった。
「ヒビキさん、ヒビキさん! 凄いですね! 飛行船にソファーがありますよ!」
「そうだな。豪華な内装だ」
リーゼ君はこの豪華な飛行船の内装にはしゃいでいる。微笑ましいものだ。
かくいう俺はと言えば、些かの不安を抱いていた。
こうまでして俺たちを城に呼びたい理由は何なのだろうかと。
騎士の件は明確に断っているのだが、フィーネ嬢は俺の答えにはあまり納得していない節があった。俺たちを城に呼んでまた騎士の話をするのではなかろうかと些か心配している。
俺は騎士にはなれない。その素養がないし、今はヴァルトハウゼン村を離れるつもりもない。それにいつ日本に帰還できるか分からないのに、この世界の誰かに忠誠を誓うだなどという無責任な真似はしたくはない。
俺の忠誠は今も日本に向けられている。その忠誠への見返りがないとしても。
見返りのないことに忠誠を示し続けることをエステルは愚かだと言ったが、俺は忠誠と義務の名の下にあまりに多くのものを手にかけている。今更その責任の全てを被れるほど俺はタフでも、無神経でもない。
「リーゼ君。それは?」
「エステル師匠から子爵閣下に手土産にしろって上級ポーションを。エステル師匠的には子爵閣下のところにもポーションを売り込みたいみたいです」
「ふむ。興味を示してくれるといいな」
エステルはインゴの店だけではなく、灰狼騎士団など販路を拡大しようとしているように見える。だが、金が稼ぎたければ、それこそインゴの言っていたようにトールベルクにでも店を構える方が早いと思うのだが。
エステルはあのヴァルトハウゼン村に何かの思い入れがあるのだろうか?
エステルの過去についてはほとんど知らされていない。この間、帝国錬金術学校を優秀な成績で卒業したと聞いたばかりだ。その帝国錬金術学校についても俺はよくわかっていないし、学校以前に何があったのか、学校を卒業してどうしてリーゼ君を拾ったのかについても分かっていない。そして、インゴの言うように優秀な成績で卒業し、もっと高位な立場に就くこともできただろうに、ヴァルトハウゼン村で錬金術師をやっているかも。
エステルは謎が多い。人は好さそうだが、何かを隠してるように思える。
だが、今エステルを疑ったところで俺には何のメリットもない。弟子であるリーゼ君がエステルを信頼しているならばそれでいい。
「あっ! 城が見えてきましたよ! 到着ですね!」
「あっという間だな」
飛行船の窓からファルケンハウゼン子爵の城が見えてきた。飛行船はゆっくりと城の外れに作られた離発着場に着陸していく。
「ようこそ、ヒビキ様、リーゼ様。城までご案内いたします」
「お願いします!」
離発着場では馬車が待っていた。そこまでの距離はないから歩きでもよかっただろうに、この厚遇には裏があるような気がしてならない。情報軍時代の癖か、物事を疑ってかかるのが身についてしまっている。
情報軍で任務に就いていたときにはあらゆるものを疑わなくてはならなかった。友好的な現地住民が裏ではテロリストと手をつないでいる可能性や、金で雇った協力者がもっと高額の報酬を約束した第三者に都合のいい情報を俺たちに提供しているかなど。
情報軍のいた世界はあの世界のごみ溜めだった。あらゆるものが嘘で塗り固められ、嘘を嘘で殺し、殺される、そんな場所であった。
俺も何度が裏切りに遭い、そのことから相手の嘘には敏感になったものだ。
だが、今のところ、俺を壮大な罠にかける理由はそうはないはずだ。騎士になって欲しいという案件があるぐらいで、俺を嵌めて得をすることはない。
疑りに疑れば、このファルケンハウゼン子爵があのネッビアという薬物を生産していたガルゼッリ・ファミリーと密通していて、秘かに邪魔な俺たちを排除しようとしているとも考えられる。だが、それは根拠のないただの陰謀論だ。
今は素直に歓待を受けるとしよう。
俺たちは馬車で揺られて、城に進む。
城はこの間フィーネ嬢を送っていたときにも訪れたが、軍事的な目的というよりも屋敷としての機能が優先されているように思える。城壁は些か低いし、その城壁は家畜が外に出ないようにする役割として使われている。
警備の兵士も1個小隊程度で、簡素な鎧を纏い、剣を腰に下げて所在なさげに城壁の上でぼんやりとしているだけである。
ここら辺の治安はいいのだろう。言っては悪いが、ヴァルトハウゼン村や近隣の村は酷い田舎だ。犯罪者が跋扈するほどの人口があるとは思えないし、何かしらの経済的価値のあるものが流通しているようにも思えない。
これがトールベルクの付近となると事情も大きく変わるのだろうが。いかんせん、ここは田舎過ぎる。
「おお。よく来てくれたな、ヒビキ殿、アンネリーゼ殿」
「…………」
城に到着して、メイドの女性に中に通されると応接間ではファルケンハウゼン子爵が待っていた。その脇にはフィーネ嬢が無言で座っている。無口なのは不機嫌だからというよりも人見知りが激しいためだろう。
どうにもフィーネ嬢は対人コミュニケーションに障害を抱えているように思える。これが日本ならばいろいろな病名がつけられ、ナノマシンとカウンセリングによる精神科の治療のコースになるのだが、異世界にはそんなものはない。
リーゼ君にポーションの効能が載っている一覧を見せてもらったが、この世界では精神医学に関する技術が発展途上なのか、向精神薬の効果のあるポーションなどはなかった。あるのはせいぜい睡眠薬ぐらいである。
フィーネ嬢は薬物も、ナノマシンも、精神科医やカウンセラーの手助けもなく、自分の障害を乗り越えなければならないわけだ。
それは現代日本で徹底的に精神的医療を受けて、脳神経工学の技術によって甘やかされてきた俺たちには酷く過酷なもののように思えた。
「この度はお招きいただき感謝します、子爵閣下」
「こちらこそ無理に誘ってしまってすまなかったな」
俺が頭を下げるのに、ファルケンハウゼン子爵が笑ってそう返す。
「今日はどのようなご用件で?」
「うむ。それがこの子がどうしても君から話を聞きたいと言ってな。またいろいろと話してやってくれないか。それから──」
俺の問いに、ファルケンハウゼン子爵の目が僅かに輝く。
「トールベルクに根を張っているというガルゼッリ・ファミリーという者たちについての情報を提供してくれないか。灰狼騎士団に問い合わせたのだが、捜査中の案件だとして回答を得られなかったのでね」
ふむ。ファルケンハウゼン子爵がガルゼッリ・ファミリーに興味を示すか。
これは俺が陰謀論として片付けたガルゼッリ・ファミリーとのつながりを示すものかもしれないし、ただ近隣の治安が悪化していることを懸念しているだけかもしれない。
少し、確かめてみよう。
「我々がどうしてガルゼッリ・ファミリーのことを知っていると?」
「トールベルクの市長は私の友人だ。そこからヴァルトハウゼン村から出て来た錬金術師と冒険者の手で違法ポーションが摘発されたとの情報が入った。そこでピンと来たのだよ。これは間違いなく、ヒビキ殿たちのことだと」
観察した限り、ファルケンハウゼン子爵は嘘を吐いてはいない。脳に叩き込んだナノマシン群にプリセットされている表情筋を読み取る判断プログラムの結果を見ても、ファルケンハウゼン子爵が語った内容に嘘は混じっていないと示している。
もちろん、ファルケンハウゼン子爵が意図的にこの手の観察手段を回避する術を有していた場合は、この観察は無意味なものになる。だが、この世界には未知の技術である表情筋の動きから相手の発言の真否を確かめる術をファルケンハウゼン子爵が知っているとは考え難い。
「では、お話ししましょう」
「ああ。座ってくれ」
ここで下手にファルケンハウゼン子爵を疑っているような素振りを見せることの方が面倒だ。ファルケンハウゼン子爵が疑われていることに気付けば、強硬手段に打って出ないとは限らないのだから。
俺だけならばどうとでもなるが、リーゼ君がいるとなると難易度は上がる。それを狙っていたとしたら、ファルケンハウゼン子爵は大したものだが、これは俺が疑りすぎなだけだろう。
全く、他人をここまで信用できないとは。
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