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ゼロとイチのソラ  作者: 黒河純
第二章 人とAI
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仮想食事

 防壁破り(アイスピック)を購入した俺と詩織は、残った金で食事するために、交差点(スクランブル)でも食事処が多く立ち並ぶエリアを散策していた。


「金はまだ結構残っているしな……いつもより豪勢にいけそうだぞ」

「いいねー。どうする? 肉? やっぱり肉?」

「女のくせに肉好きだよなお前」

現実(リアル)で手に入れるのが一番難しいからね。陸って現実(リアル)で牛肉食べたことあるの?」

「ガキの頃に一度だけな。母親がもらっただか奪っただかで、牛肉持ってきたんだよ。焼いてソースをかけただけの雑な食べ方だったが、うまかったぞ」

「相変わらず陸のお母さんはエキセントリックしてるね。現実(リアル)で食べた精肉なんて、わたしは鶏肉が精々だよ」


 一応今でも動物の肉は流通しているが、金額故に、口にするのは富裕層ばかりだ。

「今時の人間なんてそんなもんだ。――それより、行くのは焼肉でいいのか?」

「んー……やっぱり色々食べたいし、普通のレストランにしようかな」

「はいよ。んじゃあちょっと調べるか」


 この近くにあって、評判のいい店をネットで調べる。

「――ここでいいか?」

 すぐ近くにあるそこそこ有名なレストランの情報を、ホログラムウィンドウに映して詩織にも見せる。


「いいんじゃない? わたしも行ったことないし」 

「よし。それじゃあ行くか」


 ホログラムウィンドウを消し、代わりに電脳のルート案内機能(ロケーター)を起動させる。目的地(レストラン)までの案内をするため、俺の目の前に3Dホログラムの矢印が浮かび上がる。あとは、この矢印に従って歩くだけだ。


「全メニュー制覇してやるぞー」

「ほどほどにしろよ」


 天高く拳を突き上げる詩織の頭を、俺は乱暴に撫でる。現実(リアル)と変わりない触り心地に、どこか安心させられた。



 レストランの内装はクリーム色を基調とした落ち着いた空間だった。席もほぼ満席で、なかなかに賑わっている。


『いらっしゃいませ。二名様でしょうか?』


 入店した俺と詩織を出迎えたのは半透明の人間型ホログラム――要するに人工知能だった。


「ああ。席は空いてるか?」

『はい。すぐにご案内できます。どうぞこちらへ』


 少しカタコトな電子音で、俺と詩織を案内するホログラムの店員。見晴らしのいい窓際の席へ通され、二人そろって席に着く。同時に、テーブルの上にメニューが現れた。


「陸、どのくらいまで食べていいの?」

「一人二万ゴールドまでだな」

「おー。いいねいいね。色々食べられそう」


 詩織はうきうきしながらメニューを開く。


 俺はメニューを開く前に、さらっと店内を見渡す。先ほど俺たちを案内してくれたAIの店員は、霧のように薄まり消えてしまった。


 ◆ ◆ ◆


 AI――学習・推論・判断と言った人間の知能をコンピュータで模倣したシステムやプログラム。人工知能。

 現実(リアル)・仮想問わず、様々な場所で人間のサポートをしている。


 ◆ ◆ ◆


「んんー。うまうま」


 流れるように、詩織はオムライスをぱくぱくと食べる。テレビCMでも撮影しているのかと疑いたくなるほど、それはもう美味しそうに。


「仮想だと、いくらおいしい物食べてもお腹膨れないから、いつまでも食べていられるねー」

 幸せそうな顔をしながら、今度はハンバーグを頬張っている。


 詩織の言う通り、仮想での飲み食いで腹が満たされることはない。現実(リアル)の胃袋にはなんにも入っていないのだから当然だ。あくまでも味や食感を楽しむのことに主眼が置かれている。


「次は……これとこれ」

 詩織がメニューを指でタッチすると、テーブルの上に選んだ料理が現れる。仮想なので、料理を作って運ぶ必要などもない。料金も頼んだ瞬間に電脳からゴールドが差し引かれる仕組みとなっているので、食い逃げなどは絶対にできない。このシステムは、政府公認の料理店である証でもある。


「おいしくて便利で早い……仮想の食事は最高だね」

「まあ、確かに便利だよな」

 料理関係は、仮想の中でもメインの娯楽なので、利便性などはかなり優遇されている。店に入るまでは歩いて行く必要もあり面倒だが、店の中では高度に自動化されている。

 ちなみに、仮想でも食材を買って料理をすることは可能だ。政府非公認の個人経営店なんかは、手間をかけて一から作っている。


「相変わらず、景気よく喰うやつだ」

「そりゃあねー。わたしにとっては仮想食事(これ)が一番の娯楽だし。――陸、食べないならそのアップルパイもらうよ」

「やらん。手を伸ばすな。卑しいやつめ」

 詩織からアップルパイを守り、それにかじりつく。本物と遜色のない甘さが口いっぱいに広がり、舌の奥から唾液があふれ出す。


「けちー。……ま、いいや。わたしもデザート頼もう」

 詩織は即座にアイスやらパフェやらを注文し、大きなスプーンで食べ始めた。


「仮想なら、太ることを気にしなくていいから楽だね。昔の女の子は甘い物とか炭水化物をひかえてダイエットとかしてたんでしょ? すごい苦労だね」

「今じゃ現実(リアル)でダイエットしてる人間なんて数えるほどしか居ないしな……富裕層くらいか?」

 主な食事がパサパサのソイレントじゃあ、太りたくても太れないのが現代人だ。


「……偏ってるよな……ホント」

「? 何が?」

「食事についてだよ。現実(リアル)では同じ味のソイレント、仮想では豊かな料理……極端すぎる」

「今さらじゃん、そんなの。仮想で味の再現度が増して、現実(リアル)での食事が疎かになって、そんな悪循環がどんどん加速して……寂しいと思わないでもないけど、わたしは今の現状嫌いじゃないよ」


 言いながら、今度はたこ焼きを注文したようで、テーブルの上にはおいしそうな湯気をのぼらせる六つの球体が現れる。デザートのあとにたこ焼きというのも詩織らしい。


「注文してできあがるのを待つ必要もないしね」

 たこ焼きの一つに爪楊枝を刺し、自分の口の中へ。熱そうにしながら、時間をかけて(えん)()していった。


「もちろん俺だって仮想が嫌いなわけじゃない。仮想がなくなると、俺の仕事もほとんどなくなるしな」

 一応現実(リアル)での仕事もあるが、それだけで喰っていくのは厳しい。


「仮想そのものを否定したいわけじゃないが……さっきのKの話が妙に引っかかるんだよ」


 ポイント・オブ・ノー・リターンを通り過ぎたとされる地球。そのことが、どこか引っかかってしまう。


「もう手遅れなんだろうけど……俺たちは道を間違えた気がするんだよ」

「まあ、陸の言いたいこともわかるよ。数年前までは環境改善を(うた)った人とか、仮想空間に対して功罪を論じる人も大勢居たしね……でもいつの間にか居なくなってたよね。なんでだろ?」


「悟ったんだろ……『もう何をしても無駄』だって」

 地球環境に目を覆いたくなるのも無理はない。どこもかしこも汚れ、(ただ)れ、(けが)れている。


「うーん、こうして人類は衰退していくんだね。でも大丈夫だよ、わたしは最後まで陸と一緒に居るから。そう約束したもの。だから陸は大丈夫。ねー」

「……何が大丈夫なんだか」


 詩織はにこにこしながら、今日も脳天気に仮想での食事に舌鼓を打っていた。

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