俺と詩織の昔話
突然だが、昔話をしよう。俺と詩織の昔話を。
俺があいつと出会ったのは、もうずいぶんと昔だ。
あれは……俺が電脳化した日のことだ。
「ねえキミ、ちょっといい?」
国立病院で電脳化処置を受け、電脳の扱いやら注意事項やらの講義も受け、ようやく解放されたところで――後ろから声がかけられた。
「実はさっきの講義中、キミのこと後ろから見てたんだー」
振り返り、相手を確認する。声をかけてきたのは一人の女の子。年齢は十歳に届くかどうかといったところ。俺と同じか少し下だろう。
「みんな真剣に講義受けてるのに、キミだけ爆睡してたねー。ダメだよ、ちゃんと聞かなきゃ」
「……うるさいな、余計なお世話だ。……ていうか誰だよお前?」
「わたし? わたしは詩織。星崎詩織。よろしくー」
名を名乗り、屈託のない笑顔と共に手を差し出す詩織という女の子。
「……」
俺はその手を取ることはせず、逆に一歩後ずさる。ポケットに手を入れ、護身用の折りたたみナイフがあることを再確認。
相手は子供。しかも女だ。恐れる必要はない――と、言い切れるほど双道市は平和ではない。全身義体の可能性もあるし、危険性はゼロじゃない。
「酷いなー。そんなに警戒しなくてもいいじゃない」
「面識のない人間から声をかけられれば、誰だって警戒する。で、何の用だ?」
「いや、ちょっとお話しようと思って。わたしも今日電脳化したんだー。電脳アドレス交換しようよ」
「嫌だよ。最初のアドレス登録が見知らぬ誰かなんて」
「見知らぬ誰かじゃないって。さっき名乗ったじゃない。詩織だよ。――あ、ところでキミの名前は?」
コロコロと話題が転がるやつだ。思いついた内容を脳内で吟味する前に、口に出す人間なんだろう。
「……ラングレーだ」
言わないと言うまでしつこいだろうし、本名を言うのも嫌だったため、母親の名前を適当に使わせてもらう。
「よろしくラングレー。で、早速だけど、お願いがあるんだ。いい?」
「嫌だ」
「あのね、お願いってのは――」
ダメだ、この女話が通じない。
「実は、わたしと一緒に仕事をしてほしいの」
「……は?」
仕事? 仕事と言ったのか?
俺は改めて素っ頓狂な少女の姿を確認する。どう考えても仕事をするような年齢ではない。
「……お前、親は?」
「複雑な事情がありまして……保護者が居ない状態なのです」
力なく苦笑しつつ、恥ずかしそうに後頭部をかく。
「ストリートチルドレンか?」
親と家のない子供なんて、この双道市では珍しくもない。人気のない路地裏にでも行けば、ゴミに隠れながら生活している様子が簡単に見られる。
「少し前からねー。何とか偽の戸籍を手に入れて、今日なんとか電脳化までこぎ着けたんだ」
こいつ、生まれてから戸籍すらなかったのか……。
「出生届すら出していない親ねぇ……。何があった? 虐待か? 育児放棄か?」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす、だよ」
「捨て子か。厄介だな」
「ちょっと、ぼかしたんだからはっきり言わないでよ」
何の庇護もない子供が一人、仕事をしないかと声をかけてきた、と――普通だったらすぐさま逃げるのが賢いのだろうが……。なぜかここまで話を聞いてしまったし、微妙に逃げるタイミングを逃してしまった。
「ええと……家がなく、親も居ない。ついでに金もない。で、どうにか電脳化はできたから、それを活かして金を稼ごう、と……そんなところか?」
「そうそう!」
「で、一人だと不安だし、大人相手だといいように利用されそうだから、同い年くらいの俺に白羽の矢を立てたわけか?」
「いやー、話が早くて助かるよ」
「悪いが断る」
「ええとね、仕事内容なんだけど――」
一発殴ろうかこいつ。話を聞かないにも程がある。ここまでくると精神病を疑いたくなる。
「――便利屋をやろーと思うの! どう? なんかわくわくしない?」
「便利屋って……お前なぁ」
双道市では治安の悪さと警察の無能さから、個人の便利屋や探偵が少なくない。うまくいけば、大金を得ることもできるだろう。しかし、子供二人に依頼をこなせるとは思えない。
「電脳化したばかりのガキ二人で便利屋やって、客が来ると思うのか? もし客が来ても、依頼を達成できると?」
「そこはこう、知恵と勇気と愛情を駆使して」
「俺たちにあるのは無茶と無謀と無鉄砲だよ」
「よし! そうと決まれば、まずはアジトを決めないとね!」
「何が決まったんだよ」
「やっふー。便利屋楽しみだなー。えへへ」
「…………」
こっちはまるで乗り気じゃないのに、そんなことお構いなしにはしゃぐ詩織が、本当に楽しそうで……なぜだか俺は彼女が羨ましくなった。
だからなのか、ただの気まぐれか、俺は突き放す気になれなくて――
「…………陸だ」
――気がつけば、俺は本名を教えていた。
「ほい?」
「月霧陸。それが俺の名前だ。さっきのラングレーは偽名」
「あ、あれ嘘だったんだ。なんで嘘なんてついたのさー」
お前が怪しさ満点だったからだよ。
「まあいいや。それじゃあ陸、改めてよろしく」
再度差し出される小さな右手。
「……まあ、仕事は手伝わないが、話し相手くらいにはなってやるよ」
俺はその手を、ゆっくりと握り返した。
「これでわたしたちは友達だね。これから何があっても陸のそばを離れないから。ずっと一緒だよ。約束する」
「いや、それは勘弁してくれ」
こいつの手を軽々しく取ったことを、早速後悔しそうだった。
それからの流れはあっという間すぎて、俺自身あまり覚えていない。
まず俺は詩織を自宅まで連れて帰った。さすがに、家のない子供を放置するのは気が引けたからだ。
で、自宅でだらだらしていた養母であるアガット・ラングレーに詩織の事情を話すと、なぜか大変気に入ってしまい、便利屋を始めるために必要な物を全部用意してくれた。金やら設備やらアジトやら、その他諸々だ。
で、俺が驚いている間に、詩織は本当に便利屋を開業し、半ば無理矢理俺も参加させられた――と、俺と詩織の出会いはこんなところだ。それからは、二人そろって近くの学園に通ったりしつつ便利屋も営むという、二足のわらじ状態に陥ったり、色々と苦労が絶えなかった。
まあ、今だから言えるが……あのとき、詩織を家に招いて正解だったと思う。調子に乗るから、本人には言わないがな。




