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ゼロとイチのソラ  作者: 黒河純
最終章 未来と終焉
32/33

エピローグ 2

「おーもーいー」

 買い込んだ食材やら飲み物をテーブルの上に広げ、肩をグルグルと回す。


「買いすぎた。か弱い乙女が一人で持つ量じゃないよ、まったく」

 ちまちま買いに行くのも面倒だったので、冬眠するかの如く買い込んでしまった。一人暮らしなので、一週間は保つだろう。


「そのうち助手でも雇おうかな……あだ名はワトソンにしよう」

 まだ見ぬ有能な助手を想いつつ、野菜やらお肉やらお魚やらをどしどし冷蔵庫へお引っ越し。スイカは冷蔵庫に入らないので、近くの川で冷やしている。大量に買った棒アイスは、一本だけ咥えて、残りは冷凍庫へ。


「んー。ちべたい」

 冷たさとみかんの風味を感じながら、近所のおばさんにもらったソファーに寝っ転がる。キィキィと音を立てるスプリングが、年代物の証だ。


「依頼者来ないとやっぱり暇だなー」

 空いた時間にできる内職とか、そろそろ視野に入れ始める必要があるかもしれない。

「田んぼ耕すのでもなんでもいいから、仕事がほしい。お金がない」

 遠くで暮らしている両親からお金を借りるのはできるだけ避けたい。借りを作ると、後々面倒な親なのだ。


「ま、仕方ない。部屋の掃除でもして暇を(まぎ)らわせよう」

 ハズレと書かれた木の棒をゴミ箱へ放り込み。部屋の片付けを渋々開始する。

 奥の倉庫は実家から持ってきた荷物が山のようになっており、異様な存在感を示している。持ってきた……というよりは、両親に押しつけられた物だ。

「捨てるのも面倒だからって、わたしに押しつけないでほしいね、ホントに」

 ぶつくさ文句を言っても始まらない。一つ一つ段ボールを開け、中身を確認していく。


「所持だけで捕まるような旧時代のハイテク装置とかやめてよ」

 中に入っていたのは、大抵が両親や祖父母の思い出の品だった。おもちゃやスポーツ道具なんかがたくさん入っていた。

「野球のグローブ……パパの名前が書いてある……野球なんてやってたんだ」


 それからわたしは、時間も忘れて段ボールを開けていった。掃除という当初の目的は頭の片隅へと追いやられ、月霧家の歴史を振り返ることに没頭していった。

「お、釣り竿だ。今度海まで行って使ってみよー」

 段ボールの中には、生活雑貨や何かしらの道具など、意外と使えそうな物が入っていた。自分の家のものだし、勝手に使っても怒られはしないだろう。

「圧力鍋、アイロン台、目覚まし時計、砥石、殺虫剤……」

 かなり適当に詰めたらしく、統一性はまるでない。月霧家は整理整頓ができない呪いにかかっているのだ。


「ん? なんだろこれ……手帳?」

 書籍やらが入っていた段ボールの中に、古ぼけた小さな手帳が入っていた。取り出して中を見てみる。

「――これ、日記だ」

 裏表紙を見てみると、『月霧陸』と書かれていた。


「月霧陸……ひいおじいちゃんの日記だ」


 これまたすごい物を見つけてしまった。昔はなんでも電子化の時代だったから、紙の日記なんて珍しい。


 ひいおじいちゃんといえば、旧時代を生き、仮想空間消失事件を体験した世代のはず。実際に仮想空間へダイブした経験ももちろんあるらしい。

 残念ながら、わたしが物心つく前に亡くなってしまったので、会ったことはあるらしいが覚えていない。できることなら、色々話を聞かせてほしかった。


「うーん……見ても怒られないかな?」

 少し迷いはしたが、好奇心が勝った。

「旧時代のこととか書いてあるかも」

 わくわくしながら、わたしは日記の最初から目を通してみることにした。



【○月×日】

【仮想空間がなくなり、世界中がパニックになった。これから世界がどうなるのかを、ここに記そうと思う。将来のこと考え、電子データではなく紙に残す。詩織が面白半分で買った紙の手帳が役に立つとは思いも寄らなかった】



「詩織……確かひいおばあちゃんだよね」

 私が生まれるより先に亡くなってしまったので、実際に会ったことはない。家族の話では、わたしはこの詩織おばあちゃんによく似ていたらしい。だからわたしの名前を『詩』にしたんだと、パパから聞いたことがある。

「それにしても、ちょうど仮想空間が消えた日……ちょっと緊張してきた」

 わたしは震え始める指で、日記のページをめくる。



【○月□日】

【一夜明けた。世界は大混乱真っ直中だ。昨日、詩織には詳細を伝えたが、案の定呆然としていた。ヤケを起こしてソイレントを大量に喰ったもんだから、今は腹を壊して寝込んでいる】



「いや、わたしここまでバカじゃないよ。似てないって、私と詩織おばあちゃん」



【○月△日】

【詩織が隠してあったチョコレートを見つけ出し、勝手に食べていた。悪びれずに「甘くておいしいね、これ」とか言うもんだから、電脳に大量のグロ画像を送っておいた】



「あ、やっぱり似てるわ」



【○月○日】

【政治家やらお偉いさんが集まって、会議やらなんやら忙しそうだ。詳細は未だに伏せられているが、仮想空間に関することなのは間違いない。ここが人類の(ぶん)(すい)(れい)だろう。科学技術を捨てるか、縋り付くか……。俺にできることはもうない。しばらくは見守ろう】



 やっぱり、当時の人たちは大変だったみたいだ。



【○月☆日】

【仮想空間が消失してから今日で十日目となる。どうやら人類は()()くことにしたらしい。今後も仮想空間の使用は完全に禁止とし、環境回復に努めるとのことだ。新たな仮想空間を作り出すことも禁止となった。人々の反応は否定的なものが多い。仮想を復活させろ、という意見が過半数だ。あとはAIに怯え始めた人たちも多いようだ。今回の事件で、人間は『AIが人に牙をむく可能性がある』ということを強く意識させられた。仮想空間はAIが管理している。もし仮想空間が再び稼働しても、二度と行きたくない、ということだ。詰まるところ、今人類が抱いている感情は怒りか恐怖だ。これからどうなるのか……あまり考えたくはない】



「うーん……世紀末だねー」

 教科書などで当時のことは最低限知っているが、日記はより鮮明で生々しかった。今となっては想像しかできないが、まさしく激動の時代だったのだろう。



【×月×日】

【久しぶりに日記を書こう。世界は相変わらず……いや、悪化している。簡単に言うと犯罪が増えた。自殺者も増えた。予測はしていたが、無念で仕方ない。最大の娯楽を取り上げられたのだから、当然かもしれないな。俺の方も、元々貯蓄をしていなかったので、金銭的に厳しい状態が続いているが……なんとかやっている】



 世界的な恐慌を体験したひいおじいちゃん。ここには詳しく書かれていないけれど、大変な思いや、嫌な思いはたくさんあっただろう。



【×月☆】

【俺と関わりが浅くもないので、一応AI撲滅班(アイギス)についても書いておく。やつらは未だに健在だ。むしろ前よりその主張を強めている。あんな事件があったあとなので、AI撲滅班(アイギス)に同調する人も増えてきた。これからも規模を拡大していくかもしれない。現実(リアル)で全面戦争をしても勝ち目は薄いだろうし、関わり合いにならないよう祈るしかない。ついでに、この前潜入したヴァーチャルロードに関してだが、つい先日倒産したらしい。責任を一番に追及されていたし、無理もない。槍玉に挙げるきっかけを作った身としては、社員に対して申し訳なさがある】



「ヴァーチャルロードって……仮想空間を管理していた会社だよね? ひいおじいちゃん、そんなところに潜入とかしてたの? なに? スパイかなにかだったの?」

 詳しく聞いたことはないが、ひいおじいちゃんの行っていた仕事はあまりまっとうなことではないらしい。まあウチの家系だし、スーツ着こなしてビジネスマンやってたとか想像していたわけじゃないけど。

「これは面白くなって来ましたねー」

 ドーパミンやらセロトニンやらエンドルフィンやらの脳内物質が、どんどん分泌されているのが知覚できそうなほど、わたしは興奮していた。



【□月○日】

【仮想空間が消えてから数ヶ月が経った。少しずつだが、人類の存続に力を入れる人たちが増えてきた。双道市は相変わらずだが、別の都市では農作業や植林をし始める人も居るらしい。環境浄化ナノマシンが、試験的に使われている地域もあるとの話だ。これが実用レベルまで登り詰めれば、環境は劇的に改善されるとのうわさだ。長い時間はかかるかもしれないが、まだまだ人類も捨てたものではないかもしれない】



 死中に活を求めた人類が、一歩一歩前進した頃の話。

 肉を切り捨て、骨を守った人々。

 夢から現実へ叩き落とされ、剥き出しとなった生存本能で足を進めた人々。

 そういった人々が居たからこそ、今の世界があるのだと……わたしたちは強く教わりながら育ってきた。



【☆月◎日】

【驚くべきニュースがある。なんと詩織が妊娠した。気が動転して「誰の子だ!?」と訊いたら「鏡を見てこいバカ!」と怒鳴られた。……俺の子だった】



「青春してるなぁ、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃん」

 日記越しとはいえ、家族の恋愛話を聞くのは少しむずがゆい。

「ええと……」

 ページをめくると、次が最後のページだった。



【○月×日】

【忙しくてほったらかしだったので、数年ぶりに日記を書こう。たぶん、この日記はこれで最後になるだろう。

 ソラと別れてから、もうずいぶんと長い時間が経った。世界は――少しずつ回復している。治安と環境も、人並みにはよくなった。子供が生まれたので双道市から引っ越しをしたり、全国で電脳化が禁止になったりと、個人的にも世界的にも大きなニュースがあった。息子は変わりなく、元気に俺たちを困らせている。

 多分だが……もう大丈夫だ】



 そして、最後のページの一番下に、こう書かれていた。



【追伸】

【もし電脳化している誰かがこの日記を見たのなら、双道市のアジトにある俺のコンソールから、古い友人を起こしてやってほしい。扉のパスワードは、息子の名前だ】



「古い友人?」

 追伸の横には、双道市という街の、とある住所が書かれていた。ここに行けば、ひいおじいちゃんのコンソールがあるのだろうか……。

「双道市……ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんが生まれ育った街……なんだっけ?」

 一応何度か聞いたことはあるが、実際に行ったことはない。


「……どうせお客さんも来ないよね」


 わたしは簡単に旅の支度を調え、扉にかけられたプレートを「オープン」から「クローズ」へひっくり返した。

次回が最終回です。

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