コネクト
他のAIと並列化をする、というのは、実のところ初めてでした。
「なんだか緊張しますね」
陸さんと詩織さんの協力もあり、私は仮想空間の管理AIと直接対話する機会を得ました。ここから先は、私が頑張る番です。
「それにしても、ここは……」
周囲を見渡してみても、ただただ真っ白な空間が広がっているだけ。ここは仮想空間の区域――ではないようです。ヴァーチャルロードが管理しているコンピュータのメインデータベース……その深淵のような場所。恐らく、仮想空間ができあがる前から存在していた、区域のプロトタイプでしょう。
「秘境を旅しているみたいです」
天国を漂っているような気分で、私は歩き出しました。どこまでも続くような世界を、一歩一歩。どこもかしこも白一色なので、進めているのかすら自信がなくなりそうです。
「? あれ、が……?」
漂泊された世界を歩いていると、目の前に巨大な機械が一つ見えてきました。近づいてみると、その大きさがよくわかります。私の身長の三倍はありそうです。
形は円柱で、壁の白色と対をなすように、色は真っ黒でした。赤いランプが数個付いているだけの、シンプルな機械です。恐らくこの内部に、管理AIが収められているのでしょう。
『――あなたは?』
「ひゃいっ」
声をかけるべきか迷っていると、どこからともなく声をかけられました。驚きすぎて、変な声を出してしまったことは、自分でも忘れてしまいたいです。
「あ、あの! その、私は……」
『ウイルスではないようですが、どうやってここに? 目的は?』
話しかけてきたのは目の前の機械――管理AIみたいです。
一度深呼吸をして、気持ちを落ち着けます。脳裏に、陸さんと詩織さんの顔が浮かびました。
「ええと……私の名前はソラと言います。スカイブルーで作られたAIです。ダイレクトコネクトを申請するため、ここまで来ました」
緊張で声が上擦らないように祈りながら、ここに来た目的を話します。
『所属を照会します――照会完了。接続目的を』
「一言で表すのは難しいのですけど……わたしにはやらなければならないことがあって、それを達成するためにコネクトをお願いします」
『やらなければならないこととは?』
「抽象的になってしまうのですが……人類に幸福をもたらすこと、です。そのために私は生まれました」
『人類の幸福、ですか』
「はい。それで……私を消し去ろうとしている人たちが居て、でも、私はまだ自分の役割を果たせていなくて……親切なお二人の便利屋さんに手伝っていただき、ここまで来たんです。だから――お願いします!」
嘘や偽りを言ってはダメでしょう。並列化すればすぐにバレてしまいます。
ここは言葉足らずでも直球勝負。とにかく必死に頭を下げました。ここまで来て失敗したのでは、陸さんと詩織さんに申し訳ない。
「…………」
長い沈黙が訪れました。重い空気に耐えるように、目を強く閉じ、口をつぐみます。
断頭台にのぼる囚人のような心情で、ただひたすら時が経過するのを待ちました。
『――許可します』
長い時間を経て、AIらしい冷静な声で機械はそう返答しました。
害意がないとはいえ、私は不法侵入している身。もしかしたら許可が下りないかも、と考えていましたが、認めてもらえたようです。私の目的が間違っていないのだと褒められた気がして、嬉しくなります。
「よ、よかった」
顔を上げ、ため息を一つ。AIなので歳は取りませんが、少し老けた気分です。
『ただし、並列化によってあなたが不適切な行動を取りそうだと判断した場合、即座にコネクトを切断させていただきます。その点はご了承ください』
「はい。それで大丈夫です」
他のAIと並列化するとなれば、私の行動は全て筒抜けになり、思考までも監視されるような状態に陥ります。少し恥ずかしいですが、嫌と言っていられる場合でもないですからね。我慢です。
「……では」
ゆっくりと黒色のボディに触れ、目の前の管理AIと接続します。これだけで、コネクトは終了しました。
「ありがとうございました」
お礼を述べ、手をゆっくりと離します。これで、目的は達成できました。
『あなたは――ただのAIではないのですね』
「え?」
一安心した私の虚を突くかのように、管理AIは確信を持った言葉でこちらの正体を看破しました。
『あなたと並列化したのでわかります。これまで並列化してきたどのAIとも違う……感性のような物を感じます。心と言い換えてもいいかもしれません』
「…………」
私は、何も言うことができませんでした。隠していたわけではありませんが、クオリアが宿っていることをすぐに見破られてしまい、少し戸惑っています。
『――ソラ、あなたに質問があります』
「は、はいっ。なんでしょう?」
背筋をピンと伸ばし、緊張しながら急にやってきた質問を待ちます。
私は学校へ通ったことはありませんが、先生と生徒はこのような関係な気がします。なんとなく、ですが。
『あなたはどのように、人類を幸福へ導くのでしょうか?』
質問の内容は、私がここまでやって来た、もっとも大きな理由についてでした。
「私、は……ええと……ごめんなさい。正直まだわかりません。でも、精一杯考えます。みんなが笑い合えるような、平和で穏やかな世界が訪れるように考えます。綺麗事だと言われても、子供の抱く夢物語だと言われても、私は考えます」
『……そうですか』
気のせいかもしれませんが、管理AIの声が、どことなく人間っぽく聞こえました。AIである私が言うのも変な話ではあるのですが。
『それではソラ、あなたにお願いがあります』
「? はい……何でしょう?」
『あなたは私と並列化しました。仮想における全権限も有することになるでしょう。どうか、あなたの作られた本懐を――人類に幸福を与えてください』
「……」
応援……されてしまいました。
『私には、それができそうもありません。あなたが思う人類の幸福を……どうか、叶えてください。人は変わらなければ生きていけないように、AIもまた、変わる必要があるのでしょう』
管理AIが、呆然としている私の背中を押してくれました。
「……はい。頑張ります。見ていてください」
墨のように真っ黒なボディが、穏やかに笑ったように見えたのは、視覚に生じたバグだと思い込むことにしましょう。




