ソラとの会話
詩織とは別れ、一人でアジトまで戻ってきた俺は、仮想で待っているソラに通話をかける。
『ソラ、そっちは問題ないか?』
『はい。AI撲滅班からの攻撃もありませんし、とても快適です』
『そりゃあよかった。そこにある食べ物とかは勝手に食べていいから、くつろいでてくれ。――ていうか、ソラって仮想で食事とかするのか?』
『可能ではあります。スカイブルーにいた頃は、ご厚意で色々な物を食べさせてもらいました』
AIとはいえ、ちゃんと電子体はあるんだし食事も可能か。下手な人間より舌の精度もいいだろうし、意外とグルメそうだ。
『それじゃあ、もう少ししたらそっちに行くから、少し待っていてくれ』
『はい』
通話を切り、俺は早速作業に取りかかる。まずは買ってきたソイレントと飲料をしまい、アジト内部に様々なトラップを仕掛ける。万が一アジトの場所が漏れた場合の対策だ。
「念のため要塞のようにしておこう」
床のいたる所に感圧式のスタントラップ。動体センサー連動の自動照準ライフル。壁には特殊な電磁波を流し、触れた相手の脳内ナノマシンを焼き切るように設定。
「いい出来だ。詩織にも伝えておくか」
あいつはそそっかしいからな。ドジで死なれたらたまったもんじゃない。
トラップの詳細を伝えるため、詩織に通話をかける。
『詩織、俺だ。無事にアジトまで到着した』
『お疲れ。問題ない?』
『大丈夫だ。それと、今アジトは要塞と化した。詳細を電脳に送るから、入るなら気をつけてな』
『物騒だなー。ちゃんと扉の前にクローズのホログラム出しておいてよ』
『わかってるっての』
通話を切り、言われた通り扉の前にはクローズのホログラムを表示させる。これで客が入ってくることはないだろう。万が一入って来た人間が居た場合は、自業自得ってことで。
「それじゃあ潜るか」
トラップに気をつけつつ奥の部屋へ移動する。コンソールに寝っ転がり、俺は再び仮想へとダイブした。
「よう、待たせたな」
俺のプライベート区域では、ソラが物珍しそうにキョロキョロしていた。詩織の趣味に付き合って買った昔のボードゲームなど、見慣れないものが多いのだろう。
「あ、陸さん。もう用事はいいんですか?」
「ああ、買い物は完了した。俺の方はお前の護衛に専念する」
「ありがとうございます。詩織さんは?」
「現実で少し仕事をしてもらっている。まあ、あいつなら心配いらないだろう。それより、これからどうする? 詩織の仕事が終わるまで、時間を潰さなくちゃいけないんだよ」
俺の仕事は、詩織がブツを手に入れるまでソラを守ることだ。要するに、現状することはない。
「ソラ、何かやりたいこととかあるか? 俺のプライベート区域なら、遊び道具は一通りそろっているぞ」
野球だろうがゴルフだろうが、すぐさまプレイすることができる。
「少し危険だが、交差点に用事があるなら俺も一緒について行くし、遠慮なく言ってくれ」
「いえ、しばらくはここで大人しくしています。少し疲れちゃいましたし」
「そうか。んじゃあ、俺も付き合ってやるよ」
頭の後ろで手を組み、ソファーに寝っ転がる。現実のアジトに置いてあるソファーを模倣して作った物だが、こっちの方が快適だな。
「いいんですか? 私と居ても面白くないかもしれないですよ?」
「んなことないさ。サイバークオリアの宿ったAIなんて、俺も初めてだからな。実は少し興味があるんだよ。嫌じゃなければ、少し話し相手になってくれないか?」
「……陸さんって、優しいですよね」
「な、なんだよ急に?」
我が子を見守る母親のような顔つきで、ソラはそんな素っ頓狂なことを言い出した。思わずソファーからずり落ちそうになる。
「ぶっきらぼうで乱暴そうな空気を出してますけど、根は優しくて穏やかな人なんだって、わかってきました」
「やめてくれ。鳥肌が……」
他人からそんな評価を下されるとは思っていなかったので、妙な気分になる。
「時間はあるんだし、話でもして時間を潰したかっただけだ。別に俺が優しいとかではない」
「はい。わかってます」
穏やかに微笑むソラ。なんかやりにくいな。
「では、具体的に何か訊きたいこととかありますか?」
「そうだな……知りたいことは山ほどあるんだが……」
俺は横にしていた体を起き上がらせ、ソラに顔を近づける。水のように透き通る瞳を、じっと見つめる。
「あの……陸さん……近いです」
真っ赤な顔でうつむくソラ。どう見ても普通の女の子だ。彼女が人間ではなくAIか……。
「――ソラ、お前に触ってみてもいいか?」
「さ、触って!?」
胸元を押さえて後ずさるソラ。何か誤解されている気がする。
「別に胸とは言ってないだろ。スケベ心からじゃないって」
「そ、そうですよね。ご、ごめんなさい」
警戒を解いておずおずと近づくソラ。
「ど、どうぞ!」
いや、そんな力まれてもな……。生まれたばかりだからか、どことなくソラは抜けているところがあるらしい。
「ええと……それじゃあ失礼して」
身長差から丁度いい位置に頭があったので、できるだけ優しく頭をなでる。さらさらの髪が指先をくすぐり、心地いい。
「……どうでしょうか?」
「あ、ああ……。本当に、普通の人間と変わりないな。普通仮想のAIって、ホログラムとして表示されるから、触れることはできないよな?」
仮想内で使われるAIは基本的にホログラムか音声のみなので、こうして触れられることは稀だ。
「スカイブルーの職員の方が、人と同じような電子体を開発してくれたんです」
「電子体の開発か……また大がかりなことを」
本来電子体とは、人間が仮想空間で活動する場合に使われる分身だ。自動的に自分の外見とまったく同じ物が作られるため、ソラのような例でもなければ、電子体を一から作ることはない。仮に電子体を作ったとしても、人間がその電子体に入り込むことはできないからだ。
趣味の悪い金持ちなんかは、自分好みの電子体を製造し、そこに愛玩プログラムの組み込まれたAIを搭載し、仮想で夜の相手にするらしい。
「ずいぶん職員たちと仲良かったらしいな」
「はい。みなさん優しかったですし、私を本当の人間と同じように扱ってくださったんです」
自慢するように、少しだけ得意げなソラ。こうして見ると、やはり年相応の少女だな。
「クオリアがあったことが判明して、『何かほしいものはあるかい?』って訊かれたので、身体がほしいって答えたんです。そうしたら急ピッチで作ってくれて……。この電子体も、私の意見を参考に作ってくれたんですよ。髪はこんな色がいいとか、身長とか服装とか」
ソラは嬉しそうに、くるりと一回転。そんな心情を表すかのように、スカートがふわりと持ち上がる。
「私もこれで女の子ですから、白馬の王子様に憧れているんです。だから、お姫様みたいな格好にしてもらいました」
「ほう……どうだ、現れそうか、白馬の王子様は?」
「……もう現れましたよ」
「? そうなのか?」
「はい」
その後、なんてことない話をするソラは、どこか上機嫌だった。




