情報戦
楽しい時間はいつまでも続かないもので――
「っ! この音……ど、どうしました!?」
――ソラと話していると、突如区域内に警告音が鳴り響いた。あまりの大音量に、ソラが右往左往している。
「侵入者だな。誰かがここの防壁を破ろうとハックしている」
タイミングから考えて、AI撲滅班の連中だろう。
「ばれるのが早いな……何か埋め込まれたか?」
いつの間にか、俺の位置情報を外部に送信するウイルスを仕込まれた可能性があるな。考えられるとすれば……交差点で戦闘したとき、か?
「もしかすると……私と同じトレーサーかもしれません」
「トレーサー?」
そういえば、ソラがスカイブルーから逃げるときに、埋め込まれたって言ってたな。
「陸さん、私に電脳をチェックさせてください。何かわかるかもしれません」
「……わかった」
俺はソラと手を繋ぎ、電脳のアクセス権限を一時的にソラへ譲渡する。これでソラは、俺の電脳を隅々まで確認できる。見られると恥ずかしいデータは……あるにはあるが気にしている場合でもないな。
「――やっぱりです。陸さん、ここに」
一分ほど俺の電脳をスキャンしていたソラが、立体ホログラムとして電脳内部を可視化する。
「隠しファイルの何層も下……見えますか?」
「ステルス・トレーサーか……気がつかなかったな。すまん、助かった」
俺は即座にトレーサーを削除。これで、これ以上追跡される心配はない。できることなら、プライベート区域の場所を知られる前に削除したかったが……仕方ない。
「私と同じ位置に埋め込まれていたので、すぐわかりました……でも、これからどうしましょう。逃げますか?」
「いや、今下手に出て行ったら狙い撃ちにされそうだ……ソラ、AI撲滅班ってハック能力高いのか?」
「情報戦を主としていますので、一般人よりは遙かに」
「そうか……俺の防壁がすぐに破られるとは思えないが、少し準備するか」
情報戦とは、突き詰めれば『情報量』の競い合いだ。どれだけ数多くの情報を集めたか、情報を解析するのに要した時間はどのくらいか――『処理速度』と『時間』が鍵を握る。
防壁というのは、構築する『時間』をあらかじめかけておくことで、『処理速度』に対抗しようとする物だ。
例えば、防壁の厚さが『60』で、相手の処理速度が『分速1』だとすると、防壁だけで六十分は安全が守られる。だが当然、防壁破り(アイスピックや攻性防壁なんかも絡んでくるので、実情はかなり複雑だ。そして、区域にもデータ容量の上限があるので、防壁を無限に重ねることはできない。どの防壁をどの程度重ねるのかが、情報防衛戦ではカギを握る。
「リアルタイムで防衛する。ソラ、処理能力の助力を頼めるか?」
「は、はい。ですが、防壁に関する知識はそれほどないので、お役に立てるかどうか……」
「心配ない。構築は俺がやる。純粋な力だけ貸してくれ」
「わかりました。それなら得意です」
頷き合い、俺とソラは再度手を繋ぐ。彼女の温もりを感じながら、俺はプライベート区域へとアクセス。区域のステータスが次々とホログラムウィンドウで表示される。
「ふむ……ゆっくりとだが、確実に防壁を破っているな。再利用できないように、ボロボロにされてる」
数種類の防壁破り(アイスピック)も一気に使われているな。これは、気づかれること前提での、短期決戦だろう。
「一番時間かかっているのが……LS防壁か。同種の防壁を増やそう」
早々に突破された防壁は全て取り除き、その分敵が苦手とする防壁を多くする。こうすることで、少しは時間が稼げる。
「しかし、このままだとジリ貧だな……」
相手の処理能力は思った以上に高いらしく、このままだと侵入されるのは避けられないだろう。侵入までの予測時間はおよそ一時間だ。
「思ったより厄介なんだなAI撲滅班」
「苦労してます」
詩織はまだ時間がかかるだろうし、もう少しここで持ちこたえる必要がある。となれば、
「思い切って攻めるか」
俺たちは籠城し、防衛戦を行っているわけだが、相手を責める手立てがないわけじゃない。俺らしいやり方でいこうじゃないか。
「陸さん? どうするつもりですか?」
「防壁を薄くして、その分攻性防壁をステルスで配置する。相手が一気に攻めて来るだろうから、攻性防壁に引っかかることを祈る」
「……もし、攻性防壁に引っかからなければ?」
「ここに入られるな。もしそのときは、俺が武力行使でなんとかする」
「だ、大丈夫ですか?」
「安心しろ。やつらの使っているハックツールがようやくわかった。俺も使ったことがあるタイプだ。うまいこと罠を張れば引っかかるさ」
俺はすぐさま、防壁をいくつか消し去り、攻性防壁を潜ませる。用心深いやつなら、ここで罠を張られたことを察して、引くこともあるが……AI撲滅班の連中なら突っ込んで来るだろう。
「さぁて……あとは待つばかりだ」
念のため、仮想兵器の自動拳銃を一丁取り出し、右手で強く握る。
「…………」
「…………」
危機感を煽る警告音だけがプライベート区域に鳴り響く。ソラと繋いでいる左手
に、少しだけ力を入れる。
「私は……」
「ん?」
「私は、陸さんを信用します。きっと大丈夫ですよ」
笑顔と共に、力強く握りかえしてくるソラ。自分も不安だろうに、俺を気遣ってくれる。
「……ありがとな」
この笑顔がAIのプログラムによって形作られた物だとしても、
この笑顔が電子で構成された偽物だとしても、
俺は彼女の心を信じよう。例え彼女に魂がなかったとしても。
「――ヒット!」
仕掛けた攻性防壁が犯人の尻尾をつかむ。すぐさま逆探知がスタートし、犯人の情報が俺まで送られてくる。
「ソラ、やっぱりAI撲滅班のメンバーだ」
逆探知で送られてきた情報をさらに詳しく解析する。
「……五人での同時ハックか。五つの電脳を並列化させたわけだ。道理で早い」
一人の電脳が出せる能力にはどうしても限りがあるため、ハック時に数人の電脳を並列化し、処理能力を底上げする場合がある。速度と精度が向上するというメリットもあるが、攻性防壁などのトラップを踏む可能性が上がるというデメリットもある。そしてなにより、複数の電脳を一まとめにしているわけなので――
「――誰か一人が引っかかれば、五人全員さようなら」
引き出せるだけ情報を引き出し、俺は五つの電脳をまとめて焼き切った。
月霧陸のプライベート区域をハックしていた五人の部下が、同時に頭を抑えて苦しみだし、やがて全員アウェイクした……というよりさせられてしまった。
恐らく、攻性防壁でも踏まされたのだろう。時間短縮のために、電脳を並列化させていたのが仇となったようだ。
「……やはり一筋縄ではいかないか」
先ほどの電子体戦闘といい、五人同時のハックを凌いだ点といい、あの便利屋、ただ者ではない。念のため、ハックには参加しなくて正解だった。
「今の五人は一週間は電脳が使えないだろうし、新しい部下を招集しなければ」
とはいえ、しばらくは僕一人だし、うかつなマネはできないな。彼のプライベート区域の場所は特定できたし、一度引くのも手だろう。
「月霧陸……少し調べて見るか」
「なんとかなったが……場所が割れた以上、いつまでもここにはいられないな」
こうなった以上、さっさと適当な区域に逃げた方が賢明だろう。最悪、このプライベート区域を売り払うことになる。気に入ってたが、仕方ない。今度は海の見えるところに住もう。
「ですが、どこに逃げます?」
「事情を説明して、知り合いのプライベート区域にでも逃げるさ。とりあえず、交差点へ……」
壁に設置された交差点への扉に手をかけるが――溶接されたかのように扉は動かなかった。
「……行けない、と。やつら、ぎりぎりでここにジャマーを張ったな。交差点に行くことも、現実にアウェイクすることもできない」
公園での一件といい、ジャミングが好きな集団だ。
「ど、どうします? ここに閉じ込められたんですよね?」
「その通りだ。時間をかければジャマーを除去できるだろうが……」
作戦のためにも、俺は一度現実へ戻る必要がある。詩織が役目を終えれば、ここにジャマーが張られていても問題はない。
となれば、
「詩織に引っこ抜いてもらうか」




