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ゼロとイチのソラ  作者: 黒河純
第三章 願いと憎悪
13/33

フレイザー・エアハート

「ソラが……AI?」


 フレイザーの発した言葉が信じられずに、俺はソラを改めて見つめる。


「冗談言うなって。AIがここまで人間的になるかよ」

 ソラの言動は完全に人間だ。さすがに、AIと人間の区別くらいはつけられる。

「そうだよ。ソラちゃん普通に人間じゃん。適当なこと言わないでよ」

 俺も詩織も、フレイザーの言葉を一蹴する。異常者の発言を真に受けるほど、俺たちは優しくない。


「思った通り、自分の正体を隠していたんだね……やはりAIは危険だ」

 にやりと粘着質な笑みを浮かべ、フレイザーが俺たちに向かって一歩近づく。


「おい動くなよ不審者。お前には聞きたいことがあるから生かしているが、妙なマネしたら殺すぞ」

 俺は瞬時に扱い慣れている仮想兵器の自動拳銃を呼び出し、フレイザーに突きつける。


「そこそこの場数を踏んでいるようだね。武器の取り出しが早い。違法の呼び出しツールか何かを使っているんだね」

「……一発で見抜いたのは褒めてやるよ」

 フレイザーの言う通り、俺も詩織もあらゆる違法プログラムを電脳にインストールしている。仮想での戦闘で相手より優位に立てるのは、使っているツールが優れているのが大きい。

 武器の取り回しの高速化、身体能力の強化、五感の鋭敏化など、全て非合法のツールによる恩恵だ。


「気味の悪い男だ。眉間に風穴開けてアウェイクさせてやろうか? 俺の使っている銃弾は特殊だから、一週間は激痛が残るぞ。最悪そのまま脳死(フラットライン)だ」

「まあまあ、落ち着いてほしい。むしろ、僕はキミたちの味方なんだよ?」

「味方だと?」



「そうさ。僕は人間の味方。人々を守る聖なる盾(アイギス)なのだから」



 俺は銃の引き金(トリガー)を引き、フレイザーのこめかみを僅かにかすらせるよう銃弾を放つ。突き刺さるような発砲音が仮想空間に響き渡り、周囲は一瞬の静寂に包まれた。


「…………」

「面白くない冗談は嫌いだ。次は当てるぞ?」

「なかなか理解してもらえないようだね。僕の言っていることは事実だよ。――そうだろう、AI・ソラ?」

「その……ええと……」

「? どうした、ソラ?」

「ソラちゃん?」

 どれだけ待っても、口ごもるソラの口から否定の言葉が出てくることはなかった。



「……はい。……彼の言う通り、私はAIです」



 代わりに出てきたのは、ソラ自身が人間であることを否定する言葉だけだった。


「…………」

「嘘……ホントなの、ソラちゃん?」

「はい……ごめん、なさい」

 イタズラを親に咎められた子供のように、ソラはそれっきり沈黙を保ち続けた。


「ということだよ。月霧君に、星崎君だったかい? わかったら、そこのAIを僕に渡してほしい」

 勝ち誇った顔で、こちらに手を出し出すフレイザー。穏やかに、あくまでも自分は味方であるとでも言いたげに。


「……だってさ。陸、どうするの?」

「ソラがAI、ねぇ……言うまでもないだろ」

 俺たちの依頼はソラを守ることだ。それは、どんなことがあっても変わることがない

 当然――



「今すぐ消えろサイコ野郎。そうすれば命だけは助けてやるよ」



 ――こいつに渡すことなど、できるはずもない。

 となりで「ま、そうだよねー」と、いつも通り脳天気な声が聞こえた。


「……僕の話を聞いていなかったのかな月霧君?」

「それはこっちのセリフだ。俺と詩織はソラに金で雇われ、身を守ると約束した。対象が人間だろうが、AIだろうが、金をもらった以上は仕事を遂行する。それがプロってもんだ」

「便利屋なんて、信用が第一だしね。女の子一人守れなかった、なんてうわさが広まったら、こっちも商売上がったりなんだ。ごめんねー」


 フレイザーはイライラした様子で、こめかみを小さく叩く。

「わからない人たちだな。ソラは危険なAIなんだよ。キミたちにだって嘘をついていただろう?」

 フレイザーのその言葉に、ソラはさらに小さくなりつつ、ごめんなさいと呟いた。


「……別に、ソラは嘘なんてついていないさ。あまりにも人間らしかったから、俺たちが勝手に誤解しただけだ。俺はソラに『お前は人間か?』という問いは投げかけていないし、ソラも『私は人間です』なんて一言も発していない。――だからソラ、お前は俺たちを騙してなんていないんだ。謝る必要なんてない」


「陸、さん……すみません」

「謝らなくていいって言っただろ。気にするな」

 やはり、こんなにも小心者のソラをテロリストには渡せないな。何されるかわかったもんじゃない。


「物は言い様だね月霧君。要するに、ソラを渡すつもりはないと?」

「そういうことだ。それじゃあ――」

 俺は話しながら、電脳からあるアイテムを呼び出す。


『詩織、ソラを俺のプライベート区域(エリア)へ連れて行け』

『了解。陸は時間を稼いでね』

『はいよ』


 手中に仮想兵器のスモークグレネードが現れ、俺はそれをフレイザーの足下に向かって投げつける。


「――交渉決裂ってことで!」


 瞬時に、自然公園は白い煙に包まれる。こちらと相手の距離はおよそ二十メートル。視界が定かではない状態で、すぐさま俺たちを捕捉することは困難だ。


「さ、行くよソラちゃん。要塞みたいな区域(エリア)あるから、そこに逃げよう」

「え、あ……は、はい!」

 ソラの手を引き、詩織は公園から走り去る。あいつも一筋縄ではいかない女だ。女の子を守りながらでも、暴漢の二十人は軽くいなすだろう。心配はいらない。


「くっ、厄介な人間が敵に回ったものだ……」

 口元を手で押さえながら、逃げた二人を追おうとするフレイザーに、


「おいおい、ツレないじゃないの」


 身体能力を引き上げ、銃弾のような速度で跳び蹴りを叩き込む。聴覚も同時に強化したので、煙の中で相手をサーチすることも容易だ。


「ぐっ!」

 攻撃を受け、遙か後方に吹き飛ばされるフレイザー。僅かに遅れて、自然公園には似つかわしくないドンという衝突音が聞こえてきた。樹木か遊具にでもぶつかったのだろう。


「へいへい、どうしたよAI撲滅班(アイギス)のトップさん」

「ぐっ……がっ……」

 煙の向こうから、苦しげな声をあげるフレイザー。

「……そう……か、そっちがその気なら、僕も少し乱暴にいかせてもらうよ」

 相手はテロ行為を平然と行う連中だ。当然、俺と同様に電子体は違法改造されているだろう。先ほどの攻撃を受けて、すぐさま立ち上がれるのがその証拠だ。一般人なら強制アウェイクしていてもおかしくはない。


 交差点(スクランブル)が自然発生させる微風によって、徐々に煙が薄くなる。

 フレイザーは衝撃でひび割れた眼鏡を外し、遠くへ放り投げる。地面に当たるより先に、眼鏡の輪郭がぼやけ、水に溶かした塩のように消えてしまった。


「悪いが、こっちも少し本気で行くぞ。殺す気はないが、死んだらすまんな」

 自動拳銃を再び構え、フレイザーに向かって二発同時に発砲。狙いは肩と腰。

 秒速400メートルの銃弾を、フレイザーはどちらも紙一重でよける。現実(リアル)ではあり得ない動き。かなり改造されているな。


「先ほどは油断していたけれど、真っ向からなら対処できなくもないよ」

「ふむ……それじゃあ追加だ」

 俺は同じ型の自動拳銃をもう一丁呼び出し、両手で構える。同時に、反射速度と身体能力をさらに引き上げる。脳に負荷がかかるので、そこまで長時間身体強化は行えない。さっさとケリを付けよう。


「テロリスト風情に後塵を拝するわけにはいかないんでな。精々、どこまでやれるか見せてみろよ」

 銃撃愛好者(トリガーハッピー)のように、手にした二丁の拳銃を乱射する。聞き慣れた銃声が途切れることなく響き渡り、鼓膜と心を踊らせる。


「――っ」

 間髪容れずに吐き出される銃弾を全てかわしながら、フレイザーは姿勢を低くし、俺へと走り出す。


「くそっ」

 舌打ちをしつつ、地面を強く蹴り後方へと逃げる。低空飛行するロケットのようなフレイザーに向かって再度発砲。しかし、銃弾が敵に当たることはなく、無情にも地面に吸い込まれる。

 息をつく間もなく、フレイザーが距離を五メートルまで詰める。俺は即座に銃を捨て、コンバットナイフを電脳から呼び出す。弾速とナイフを振るう速度では、ナイフの方が早い。もちろん、身体能力を上げているからだ。


 胸ぐらを掴もうと迫ってくる手に向かって、ナイフを横に振るう。敵の手の平を深く斬った――が、さすがにこの程度で止まってはくれないようだ。

 胸ぐらをすさまじい怪力でつかみ上げられ、俺の身体は宙に浮かび上がる。このまま地面に突き落とされると、最悪(けい)(つい)がやられる。


 歯を食いしばり、電脳をさらに加速させる。思考が高速化され、周囲の風景が減速する。網膜に電脳負荷の警告が表示されるが、気にしている場合でもない。

 受け身を取ることは諦め、ある違法プログラムを走らせる。このプログラムは、電子体の重さを五倍に増大させるものだ。


「――っ!?」


 さすがにこれには驚いたようで、体勢を崩すフレイザー。俺は手にしたナイフを相手の肩へ深く刺し、地面を転がるようにしてなんとか間合いから逃げ出す。


「やってくれるね、月霧君」

 楽しそうに笑いながら、肩に刺さったナイフを引き抜く。そこから鮮血が吹き出すことにはまるで頓着せず、ナイフを俺に投擲する。


「元気なテロリストだ」

 飛来したナイフの柄をつかみ、一度電脳にしまう。電子体の重さを元通りにし、身体強化と思考速度もリセットする。これ以上続けていては、脳に障害が残ってもおかしくはない。


「班長! ご無事でしたか!?」

 フレイザーの後ろから、男が二人駆け寄ってくる。恐らくこの二人もAI撲滅班(アイギス)のメンバーだろう。いかにも頑丈そうなボディアーマーを着込んでいることから察するに、荒事専門家ってところか。


「僕は無事だよ。それより、ソラに逃げられた。目の前に居る男を潰し、あとを追ってほしい」

「はい!」

「直ちに!」

 男たちは中型のマシンガンを電脳から呼び出し――


「おいおいっ」


 ――その場でためらいなく乱射してきた。

「思った通りだ畜生! 交差点(スクランブル)で銃ぶっ放すかよ普通!」

 自分のことは棚に上げつつ、大声で文句を言う俺。

 AI撲滅班(アイギス)の連中から距離を取り、公園の木々に身を隠しながら周囲を探る。騒ぎのおかげで、一般人が見当たらないのは(ぎょう)(こう)だ。さすがに、何の関わりもない人を巻き込みたくはない。


「やつら、いつの間にやらジャミング張ってやがるな……アウェイクできねぇ」

 ジャミングとは、電子通信やアウェイクを妨害するものだ。現在張られているのは、アウェイクのみを妨害する種類らしく、外部との通信自体は可能だ。

 ある程度時間を稼いだら現実(リアル)へ逃げようと考えていたが、読まれていたな……。


「警察が来るまであと三分かそこら……さっさと逃げ出さないとな」

 当然、仮想にも警察は存在する。むしろ、最近は仮想の方に人員が割かれるくらいだ。こんな騒ぎを起こせば飛んで来るだろう。腐っても警察だ。俺も叩かれるとホコリが出る立場なので、鉢合わせはご遠慮願いたい。


『陸、こっちは無事にあんたのプライベート区域(エリア)まで避難したよ』

 息を潜めていると、詩織から通話が入る。向こうは無事らしい。ひとまずは安心だな。

『詩織か、よくやった。俺もこいつら振り切って、そっちに合流する』

『こいつらってことは、複数なの? フレイザーとか言うやつだけじゃなかったんだね』

『ああ。背後にもう二人控えていた。まったく困ったもんだ』

『大丈夫そう? なんなら、ソラちゃんここに残して加勢に行こうか?』

『問題ない。一応ソラの近くで周囲を警戒しておいてくれ』

『はいはーい。気をつけてねー』


 お気楽そうな詩織からの通話を切り、俺は仮想兵器のリストを眺める。使えそうな物は……。

「こいつでいいか」

 俺は電脳からスタンドッグを引き出す。スタンドッグとは、自動で敵を補足し、麻痺(スタン)させるという動物型兵器だ。ロボットといった方がいいだろう。フレイザーとの戦闘で電脳がオーバーヒート直前なので、下っ端は戦闘AI任せだ。

 あとから来た二人もフレイザー並に電子体を改造していれば、スタンドッグくらい軽くあしらわれるだろうが……それを確かめるためにもいいだろう。


「さあ行ってこい。お前には三十万もかけたんだから、壊れるんじゃないぞ」

 メタリックな四足歩行の犬型ロボットを、俺は地面に解き放つ。本物の犬そっくりに大きく吠えたあと、スタンドッグは地面を強く蹴り、AI撲滅班(アイギス)の男たちに襲いかかる。


「な、なんだこいつ!?」

 男たちは咄嗟に発砲するも、スタンドッグは銃弾をひょいひょいと避ける。当然カスタム済みなので、ある程度回避能力は底上げしてある。

「くそ!」

 迫り来る鋼鉄の犬を撃ち殺そうと、二つのマシンガンが火を噴く。それによって、次々と公園の大地がえぐれていく。俺は遠くから、芝生の下もちゃんと土があるのだなと、よくわからない感想を抱いていた。


「ひっ!」

 男の足首に、スタンドッグがかみつく。すぐさま男の全身に青白い稲妻が走り、やがて倒れ込んだ。


「くそ! くそぉ!」

 残されたもう一人が、恐怖と怒りを顔に浮かべ、がむしゃらに発砲する。

 その姿をあざ笑うように、スタンドッグは大きくジャンプし、男の首元にかみつく。二人目の男も、電子体を痙攣させながら気絶した。さすがに、フレイザークラスの違法電子体がポンポン出てきたりはしなかったようだ。


「お疲れさん。優秀なワンコだこと」

 一仕事終え、足下にじゃれついてきたロボット犬を撫でる。


「いつの間にかフレイザーには逃げられたか……まあいい。尾行されないように気をつけながら、プライベート区域(エリア)まで帰るか」


 フレイザー・エアハートか……久しぶりに、楽しめそうな相手だ。

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