サイバークオリア
公園の外まではジャミングされていなかったようで、俺は一度アウェイクしてから再度仮想へダイブする。一度現実へ戻り、すぐさまダイブすれば直接プライベート区域に行けるので、仮想から歩いて行くより面倒がない。
「待たせたな」
ダイブした俺を待っていたのは、詩織とソラの二人。詩織は危機感無くごろごろしており、ソラは不安そうにキョロキョロしていた。
「陸さん! ご無事でしたか……よかったです」
「おっつー」
対極的なお出迎えの二人はとりあえず置いておき、念のため周囲を確かめる。部屋が荒らされた形跡もなく、いつも通りだ。プライベート区域まではさすがに入られていないらしい。
「ふぅ……よくやく落ち着いて話せそうだな」
部屋のソファーに座り、体を後ろに反らせる。詩織とソラも、対面のソファーに腰を下ろす。
「さて、と……」
ソラと出会ってから、これまでのことを一つ一つ思い返す。守ってほしいという依頼を受けたこと、ソラを追っている相手がAI撲滅班であること、AI撲滅班のトップであるフレイザー・エアハートの襲撃、そして――ソラが人間ではなくAIであるという事実。
僅かな時間の間で様々なことが起きた。それらを一つ一つ整理し、自身に納得させる。
「我ながら、厄介なことに首を突っ込んだもんだ」
今までも厄介ごとは掃いて捨てるほど経験してきたが、今回はより一層難題だ。どこから手を付けていいのかすらわからない。
だが、難しく考えるのは俺らしくない。物事が複雑化したときこそ、単純に考えろ――母親からの教えだ。
まずは絶対条件を再確認する。俺のするべきことは――ソラを守ることだ。敵が誰だろうが、依頼者が誰だろうが、一度引き受けた依頼は変わらない。変えてはならない。
「ソラ、フレイザーの前でも言ったが、お前がAIだろうがなんだろうが、俺と詩織は護衛をやめる気はない。お前が依頼を取り消すまでは、な」
「乗りかかった船だもんねー」
詩織もソラのことはあまり警戒していないし、今回の依頼には協力的だ。
「だからこそ、もう少し詳しいことを聞きたいんだ。お前のことも、まだAIだという情報くらいしかない。――もし嫌じゃなければ、話してほしい」
「……はい。陸さんと詩織さんを信用し、一からお話しします」
ソラは小さく頷いてから、ぽつりぽつりと語り出す。
「フレイザー・エアハートが話していた通り……私はAIです」
「……本当なんだな?」
「はい……間違いありません」
よく見ると、彼女の手は小さく震えていた。自分の正体について話すことが怖いのだろう。怯えられるかもしれない、気味悪がられるかもしれない。そんな恐怖が離れないはずだ。それでも、俺たちを信じて話すと決めてくれたことが、素直に嬉しかった。
「陸さんや詩織さんのように、現実での肉体は存在しません。仮想で作られ、仮想でしか存在できない人工知能――それが私です」
まっすぐとこちらを見据え、話しにくいであろう事実を隠すことなくさらけ出す。
本人がAIだと明言しても、AIにはない意思を感じるのだから、不思議な感覚だ。
「まずは……私の出生についてお話しますね。私を作ったのは『スカイブルー』という企業です。現実での本社は、双道市ではない別の都市に構えてあります」
「企業? 研究所じゃないのか?」
今の時代になっても、AI開発なんて簡単にできることじゃない。むしろ年々AI開発のハードルは高くなっている。そのため、AIの開発は、基本的に専門の研究事業者が行っているはずだ。
「陸さんの疑問もよくわかりますが、一般の会社です。スカイブルーの事業内容は主にAIの斡旋です」
「斡旋? AIの?」
「はい。世の中には様々な研究所が作り出した、多種多様のAIがあります。どのAIも、似ているようで考え方に差異があります。顧客の求めに、最も適したAIを紹介する……というのがスカイブルーのお仕事です」
人工知能の案内所ってところか。
「わかりやすい例だと――車のカーナビゲーションに搭載するAIを探している方には、周囲の渋滞情報などを考慮し、瞬時に最短ルートを算出してくれるK社のAI。子供の世話もできるハウスキーパーロボットに搭載するAIを探している方には、基本家事の他に、児童心理学も正しく活用できるF社のAI――といった具合です」
「なるほど。今の時代、あらゆるところにAIは使われているからな……案外需要はありそうだ」
「ぶっちゃけわたしたちも、AIの種類とか特徴とか、詳しいことまでは知らないもんねー」
AIのある生活が当たり前すぎて、AIそのものを深く考えることはなかったからな……。こういう事業者が居ると、いざというときに助かりそうだ。
「今の例はかなり単純な例です。そこまで難しくない条件なら、ネット検索でAIを探すことは簡単です。しかし、大企業の社内で使われるAIなどは、複数の条件をクリアする必要があったりしますので」
「そんなときに、ソラちゃんの会社……スカイブルーだっけ? そこを頼るわけだね」
「そうなります。お客様の求める条件に最適なAIを紹介し、それを導入までサポートする。もし何か問題があれば、アフターサポートも行う。そんな会社です」
「会社に関する話はわかったが……今の話を聞く限り、AIの開発は行っていないんだろ? あくまでも作られた既存のAIを紹介するだけ……それなのにお前は作られたのか?」
「はい。詳しく説明すると長くなるので、割愛しながらになりますが――ざっくり言ってしまうと『新規事業』です。AIを数多く扱ってきたので、その手の知識や経験は豊富でしたから……自社でも高性能なAIが作れるのではないか、ということで始まったプロジェクトから、私は生まれました」
こんなご時世だから、個人としても会社としても、色々やっていかないと生き残れないわけだ。珍しい例ではない。全国チェーンの飲食企業が、発電事業か何かを行っていたこともあったはずだしな。
「外部から研究者や技術者をヘッドハンティングしたりして、私は作られました。生まれたのは一ヶ月ほど前のことです」
「かなり最近じゃないか。道理で人間と区別がつかないわけだ」
当然だが、十年前のAIと最新のAIでは、性能に大きな差がある。人間の意思を汲み取る能力や学習能力などは、月単位で進歩しているといっても過言ではない。とはいえ、ソラはかなり特殊だろうが。
「私は試作……言わばプロトタイプなんですよ。限りなく人間に近い人工知能を作り出し、データを取る。そのデータを元に様々な方面へ改良を加える、という狙いでした」
「様々な方面というと?」
「情報処理に特化したAI、人命救助に特化したAI、予測演算に特化したAI、人間心理に特化したAI……といった具合です。結局、叶うことはありませんでしたが」
「大変だったみたいだな……。で、なんでお前はAI撲滅班に追われていたんだ? AIだからってのもあるだろうが、トップ直々に狙われるなんて、よっぽどだろ?」
「ええと……自分で言うのは気が引けるのですが……研究者の思っていた以上に、私の性能が高かったんです。生まれる前なので詳しい開発手順までは知りませんが――私にはクオリアが宿っていると判断されました」
クオリア――人間のみが持つ感覚、もしくは意識とでも言えばいいか……。確かそんなものだったはずだ。
「稀にAIが『知能』ではなく『知性』を会得し、クオリアが発生する……そういうのを、サイバークオリアとか言うんだよな?」
AIが人間性を得る……半ば都市伝説のような話で、俺自身も知ってはいたが完全に信じていたわけではない。だが、ソラという存在がこうして目の前に居る以上、信じざるを得ないな。
「詳しいですね陸さん。その通りです。『チューリングテスト』というテストを受け、私は『人間である』と判定されました。その情報がどこからか流れ、AI撲滅班にマークされるようになってしまい――」
「――逃げ出したわけか。お前を作ったスカイブルーの従業員は?」
「……みなさんAI撲滅班によって殺されました」
「嘘……そんなことまでするの?」
俺は無意識のうちに、音が鳴るほど歯を噛み締めていた。
本当に、何が聖なる楯だ。ただのテロリストじゃないか。
苛立ちを感じながら、『スカイブルー』でネット検索をかける。その事件情報を探すためだ。
「……これか」
俺はネットニュースをホログラムウィンドウとして大きく展開し、詩織と共に眺める。
「『過激派組織AI撲滅班 スカイブルーを襲撃』時期は一週間前か」
「現実の社内に押し入り、銃を乱射だって。従業員は皆殺し。酷い話だね」
「私は実体を持ちませんので、何とか社内のプライベート区域から交差点へ逃げたのですが、従業員のみなさんは現実で出入り口を塞がれ……逃げ場がなく――」
「――蜂の巣か。むごいな」
今の時代、殺人事件なんて珍しくもないが、だからといって命の重さが変わるわけでもない。どれだけ普遍的になっても、人の命が軽くなることは絶対にない。
「逃げる直前にトレーサーを埋め込まれてしまい、仮想の区域を転々と逃げながらそれを解除しました。それからは、交差点の公園で静かに空を見ていたんです。色々と考えたくなって、一人で黄昏れていたんです」
そこを俺たちが見つけて、声をかけた――という流れか。
「帰る場所はもうなくて、これからどうすればいいのかわからなくて……でも、やらなくちゃいけないことは残ったままで」
「やらなくちゃいけないこと?」
「はい。私が作られ、クオリアがあると判明されてから、スカイブルーの職員たちは私に指令を与えました。『人類に幸福をもたらす』という内容です」
人類に幸福をもたらす。
ソラに与えられた指令とは、なんとも抽象的なものだった。あえて不明瞭な命令を与え、どんな行動をするのかを観測したかったのかもしれない。どちらにしろ、真相はすでに闇の中だ。
とはいえ、ソラはその命令を律儀に守ろうとしている。自分にできることを模索し、命令をまだ達してはいないから、消えないように敵から逃げる。もう命じた人たちは残っていないとしても、懸命に。
「……陸さん、幸福ってなんでしょう?」
「? 急に哲学的だな」
「すみません。でも、生まれて間もない私にはうまく理解できなくて……」
ソラはまだ生後一ヶ月だ。まだまだわからないことも多いだろう。だからこそ俺は、ソラの学習の機会を失わせたくはなかった。
「幸福、ねぇ……人によるだろうが、俺はうまいもん喰って自由に生きられれば幸福だな」
「わたしもー。あとは目一杯遊んでいるときとか」
「遊ぶ……ですか?」
「そ。よく陸と一緒に、仮想のカジノやらバーやら行って遊ぶけど、そう言うときに幸せを感じるかな。まあでも、幸福なんて人それぞれだし、これをやれば正解、なんてないよ」
「はぁ……」
ソラは難しそうな顔をしながら、うんうんと悩ましげに唸っていた。
「まあ、ソラの受けた命令については今は置いておこう。先にAI撲滅班をどうにかしないと、ゆっくり考えることもできないだろうしな」
「だね。これは長い依頼になりそうだし、買い出しとか今のうちにした方がいいんじゃない?」
「かもな。――ソラ、一度俺たちはアウェイクする。ここはかなり厳重な防壁に守られているから、しばらくは安全だ。もし何かあれば俺か詩織に通話してくれ」
ソラに俺と詩織の電脳アドレスを送る。クオリアの宿ったAIでも、現実に居る人間に通話をかけることはできるだろう。
「わかりました。ここでお待ちしてますね」
微笑みながら手を振るソラを見つめながら、俺と詩織はそろって現実へと帰還した。




