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一枚足りない

 私の叔母さんに、温泉宿を経営してた方がいました。

 一度家族で泊まりに行った記憶があるんですが、なにぶん子どもの頃の話で。

 温泉も食事のことも何にも覚えていなくて、泊まった部屋の記憶しかありません。それも断片的。

 最近久しぶりに帰省して、その温泉地に遊びに行きました。



 最近は道の駅も出来て、わりと東京からの取材も多いそうですが、雪降るこの時期ではあまり混雑感もなく。

 叔母さんの温泉宿はとうの昔に廃業し、跡地は高齢者向けの介護施設になってます。今、そういう転用の仕方、多いんだそうですね。

 先代の女将さん、つまり叔母さんのお姑さんだった方も、最期にはその施設にお世話になったのだそうです。


 叔母さんは、温泉宿を廃業したあとは、その介護施設の食堂で働いています。というか、そういう条件で土地を売ったみたいなんですけどね。

 施設の人の食堂の半分が一般のカフェスペースになってて、関係者じゃなくても食事とお茶を楽しめます。

 私もお昼を頂きましたが、とても落ち着いた雰囲気で、食べ物だけでなく食器にもこだわったよいお店でした。売店スペースでそうした雑貨を売ることで、地元の職人さんの支援も兼ねてるみたいです。


 叔母さんは、作る側の人なので、普段は普通に料理だけを作ってます。

 ただ、女将時代に宿で出していたお茶菓子を懐かしがる人が入居者の中に何人かいるそうで、たまにおやつを頼まれるんだそうです。

 叔母さんのお菓子は焼き菓子なので、個包装した後、フードコンテナっていうのかな、独特のクリーム色のプラスチックの箱にそれを入れて、入居者の分は調理室に持ち込みます。職員分は職員の控え室に届けます。

 で、決められた時間に配るんですが、

 入居者に配る分が、必ず一つ足りない。

 しかも、数が足りなくなるのは決まって、叔母さんが作ったときだけなんだそうです。


 足りなければ職員用から回せば済むけど、ちゃんと数えて持ち込んでるのにどうにも腑に落ちない。

 それに、自分の数え間違いならまだしも、入居者の中には食べるものが制限されてる方もいます。

そういう方が職員の目を盗んで食べていたとしたら、ちょっとまずい。


 ということで、自分がお菓子を作った日は、入居者の様子にちょっと気をつけつつ、普段は使わない時間に厨房の様子を見にいったりしました。

 灯りを消したまま、扉を静かにあけて中をのぞき込みましたが、もちろん誰もいません。

 フードコンテナは、厨房の作業台に置かれてます。

 扉を閉じようとして、叔母さんは、作業台の下からひょいと手が伸びたのを見てしまいました。

 細くて小さな、子どものような手でした。

 お菓子をひとつ掴むんで手が引っ込むと、すぐに包みを開ける音、菓子をかじる音。

 やっぱり誰かがつまみ食いしてたんだ、と思う一方で、不用意に声をかけて混乱でもさせたら困るかも知れない、と叔母は思い直し、灯りをつけないまま静かに奥に歩いて行きました。

 そっと作業台の陰をのぞき込むと、





 亡くなったはずの先代女将が、床に体育座りをする形で、大事そうにお菓子をかじっていました。


 叔母さんは、最初は驚いたものの、すぐに落ち着いて、

「ああ、食べられるようになったんだね」

 そう声をかけられ、先代女将は嬉しそうににやりと笑い、あとはずっとお菓子を食べていました。

 大事そうにお菓子を持つ、やせ細って小さくなった白い手が印象的だったそうです。


 先代女将は、咽頭ガンを摘出した後、ずっと胃瘻いろうのまま、口からものを食べることなく亡くなったそうです。

 亡くなったのは、自分の温泉宿の跡地でもあった、その施設ででした。


 その後、叔母さんがおやつを作るときは、入居者用のをひとつ多く作ることで、問題は解決したそうです。



「散々いびり倒されて嫌なお姑さんだったけど、私がお菓子を作ったときだけは、美味しいって言ってくれたのよね」

 と、叔母さんは言ってました。

 ちょっといい話かな、とも思いましたけど、



「だからって、許されたと思ってもらっても困るんだけどね」

と苦々しく付け足されたので、撤回しておきます。

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