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後ろのアスリート

 私は北国の生まれですが、今はおしゃれな神奈川県とは東京湾をはさんで反対側に位置する千葉県の住人です。

 特に千葉県の下側、房総半島とか大好きです。冬でも海が青いって素晴らしい。

 最近は帰りの時間も考えてしまって前ほど頻繁には遊びに行かなくなりましたが。それでもどうしても海が見たくなると、片道三時間とかかけて、鴨川とか、館山とか車を走らせます。基本は下道です。


 関東近辺でよくゴルフに行く方なんかご存じだと思うんですけど、千葉県を縦断する国道297号線は、犬も歩けばってくらいにゴルフ場がいっぱいです。

 ゴルフ場が多いって事は、山だらけで自然も豊か、渓谷もあるしで、下道を通っても休憩場所はたくさん。道の駅も多くてむしろ下道の方が遊びやすい。

 で、山が多いって事は、当然坂道も多いしカーブもあります。すっかりカーブのポイントを記憶して、私は全然平気なんですが、遠くから来るたまにくる方には大変らしくて、慎重に走って渋滞になってることもしばしば。

 そんな、ゴルフ帰りの高級車や、ツーリングのバイクに混じって、最近見るのは競技用の自転車の方。


 ロードバイクって今は呼ぶんでしたっけ? みなさん本格的な装備を調えた、鍛えられた体格の方ばかり。でも、坂道の連続ってやっぱりきついようで、登り坂で必死で立ちこぎしてる方もたまに見ます。

 どこまで行くんだろう。すごいなぁ、頑張れ。と思いつつ追い越しますが。


 で、去年だったかな。

 いつもは私、ほぼ一人なんですが、その当時あたらしく職場に入ってきた女性とちょっと仲良くなって、たまたまお休みが重なったので、私の車で南房総に行こう、という話になったんですよ。

 彼女、生まれは関東なんですが、結婚で私の故郷に引っ越し、その後凄絶な経験をして帰ってきたと言うことで。それも向こうにいるときは、私の実家の近くに住んでたそうで、現地の話がいろいろ通じるんですね。

 で、その時の経験談を聞きながら、晴天の空の下を気持ちよく走ってました。


 そしたらバックミラーに、後ろのわりと近い場所に、ロードバイクがいるのが映りました。

 白い流線型のヘルメットにゴーグル、体にぴったりしたシャツとパンツ姿の、よく見るスタイルの方です。

 私も道に慣れている方なので、わりとスピードを出してたはずなんですが、一定の距離を置いてぴったりついてくる。

 すごいなぁ、自転車ってここまで早く走れるんだなぁ、なんて感心しつつ、その時はすぐに会話に戻ったんですが。


 しばらく経ってふと見ても、同じ位置につけてるんです、同じロードバイクが。

 ここら辺は峠を越えるまでずっと登り坂なのに。

「後ろのあの自転車の人すごいよね、坂道なのにずっと一緒に走ってるんだよ」

 と横の彼女に教えたところ、助手席からではバックミラーに映らないらしく、大きく振り返りました。

「ほんとだ、すごいね」

 と言って、一度は前に向き直ったものの、どうにも腑に落ちないようで、

「さっきから、ずっと坂道だよね、おかしくない?」


 その時乗っていた車は買い換える前で、坂道を走るときはちょっと息切れしてましたけど、それでも腐っても車ですからね、登り坂でも60キロは出てました。

 でも、後ろのロードバイクはまったくスピードが落ちません。それこそ、エンジンでも載せてるみたい。

「おかしいよ? まずくない?」

「まずいって?」

「あんなの普通じゃないって、絶対生きてる人間じゃないよ、逃げようよ」

 自分の言葉に自分で焦らされているのか、だんだん声が切羽詰まってきますが、私はどうもそんな風には思えません。だって昼間なのにはっきりきっぱり見えてるし。

 あれが素足で全力疾走してる老婆とか、下半身が千切れて腕だけで走ってくる冬セーラーの女子だったら、それはまぁ焦っただろうけど。私には、異様に体力と持久力のある人が自転車こいでるだけにしか思えない。

 というか、ロードバイクのプロ(?)の方って、普通に100キロとか出せそうですよね、トレーニングのために走ってるんだろうから、坂道だってこれくらい余裕なのかも知れないし。

 それに、この坂、登り切った先は「七曲がり」と呼ばれる下りの連続急カーブです。ここでこれ以上飛ばすわけにはいきません。


 しかし、横の彼女は「急いで!」「逃げよう!」を連発。

 困ったなぁ。と私は少し考え、


 ウィンカーを出しました、左に。


 停止の合図です。で、左に寄せながら減速。

 普通ならこれを見れば、後続は一緒に減速するか、追い越すためにハンドルを切ります。

 しかし。

 ロードバイクは減速しない。ハンドルも切らない。

 そのままの位置、速度で距離を詰めてきます。


「どうして止まるのー!!」

 いや、どうしてあっちは止まらないの! と心の中で思いつつ、迫ってくるロードバイクをバックミラー越しに凝視してました。

 ロードバイクは、


 運転席と助手席の間を、走り抜けていきました。


 追い抜かれる瞬間ちらりと横顔を見ましたが、運転者はこちらに視線を走らせる気配はなく。

 ただ、なんとなく、むっとしてるような印象を、なぜか感じました。



 こちらはさすがに二人で呆然としてましたけど、先に我に返った助手席の彼女に怒られました。どうして止まったの! って。

 だってあのまま減速せずに走るわけにはいかなかったし。

 というか、身内だったら逆に私が怒鳴りつけてましたよ。今スピード上げたらまずいに決まってるでしょ! って。



 車を駐めた場所の近くに自動販売機の並んだ広場があったので、そこに車を移動させ、しばらく休憩してから再び出発。

 峠を降りた頃には道路も混雑してきて、逆にあのロードバイクはもういませんでした。

 彼女はしばらくの間、ロードバイクを見るとビクビクしてましたけど、朝市でわらび餅を試食した後で定食屋でお刺身食べたら落ち着いたみたいです。

 たまたま同じ速度で走ってただけなのかな、とも思うけど、いくら私だってずっと一定速度で走れてたわけじゃないだろうし。

 まさか自転車に煽られてたのかなぁ。いやぁ、すり抜けられるのなら、煽る必要もなく自分のペースで走れるはずですよね。


 ひょっとして、ペースメーカーに使われてたのかな、とも色々考えましたが、結局判らないままです。

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