3
「……しっかし、驚いたぜ」
しばらく間を置いた後、フォドが再度口を開いた。
「まさかお前が記憶喪失だなんてな」
旅を再開して最初のキャンプで、僕は自分の境遇を彼に伝えていたのだ。
「うん、エリシアに話した時もそんな風だったよ」
「それで、あの暴力女がお前を助けて手厚く保護してたっていうのは未だに信じられないぜ」
暴力女とは十中八九ミレナの事だろう。僕は自然と苦笑してしまう。
「でも、ミレナには本当に助けられたんだ。ゴブリンに追いかけられて、一人じゃどうしようもなかったんだよ」
「ゴブリンに負けるのは流石にどうかと思うけどな」
ミレナからも幾度となくぶつけられた痛烈な意見が、僕の心にグサリと突き刺さる。
「……うう、だって僕一般人だし」
「でも、これからずっと旅を続けるつもりなら、ああいう低級の魔物くらいは倒せるようになった方が良いぜ。力が強い子供なら武器さえあれば追い払えるレベルだしよ」
まあそれは置いといて、とフォドは話を戻した。
「俺、どうもしっくりこねえんだよな」
「しっくりこないって、何が?」
「だってよ」
彼は先ほどのように声を潜めた。恐らく、前の二人には聞かれたくないのだろう。ふと視線を向けると、ミレナとエリシアは笑顔で何やら楽しげに会話している。お喋りに夢中の様子なので、多分こちらの声は耳に届いていないだろう。
「ミレナって、いつもあんな感じだろ?」
あんな感じ、の意味は何となく理解できたので僕は小さく頷いた。
「なのに、なんで行き倒れのお前を助けて、ずっと連れてるんだろうなって思ってさ」
あまりに予想外な発言だったので、僕は困惑した。それが表情に出ていたのだろう、フォドは慌てた様子で口を開いた。
「いや、俺もアイツが人を見殺しにするような奴だとは思ってないよ。いくら口やかましい暴力女でも。けどさ、おかしいとは思わないか?」
「おかしいって、どこが?」
僕の聞き返しを受けて、だってよ、と彼は首を傾げながら言葉を続ける。
「お前みたいな奴を旅の途中で拾ったら、立ち寄った村とか町で村長さんだとか町長さんだとかに引き渡すのが普通じゃないか?」
僕はハッとした。言われてみれば、確かにそうだ。記憶を失って戦う力もない僕を安全な場所に留まらせようとすれば、今までにいくらでも立ち寄った場所はあったわけだ。それなのに、旅を続けるにあたって足枷になってしまうような僕をずっと連れていたのは、今考えるととても不自然である。幾ら何でも、彼女は僕にそこまでする義理は無かった筈だ。
「それに、何て言うか」
フォドは彼の特長である黒のツンツン頭を手で掻き回しながら、
「まあ、正義感とかそういうのはあるんだろうけど。アイツ、そこまでするようなタイプには見えねえんだよな。エリシアちゃんなら分かるんだけど」
エリシアちゃんが俺の事を誘ってくれた時はあんなに反対してたし、とだんだんヒートアップしてきたらしいフォドはぶつくさと文句を垂れ始める。それを流し聞きしながら、僕はミレナと初めて出会った日の事を思い返していた。今にして思えば、あの時の彼女は普段よりずっと優しげな感じだった気がする。色々と真摯になって話を聞いてくれたり、戸惑う僕に食事を勧めてくれたり。
――というか、彼女の本性に気づかされたのは一緒に旅をするようになってからのような。
「……なーんか、面倒見の良い所でもあるんかね。アイツは」
とても信じられない、とでも言うようにフォドは自らの言葉に首を振り、そして深い溜息をついた。
「ま、そんな性格じゃ俺達をこんな目には遭わせないだろうけどな」
彼の言葉に、僕はふと思い出した事があった。
「そういえばさ、フォドって何か凄いの持ってなかったっけ?」
「凄いの?」
「ほら、大きな皮袋だよ。僕達と初めて出会った時に宝箱の中身を放り込んでた」
ああ、と彼は合点がいった顔つきで自らの懐に右手を入れると、手のひらサイズの皮袋を取り出した。形は一緒だが、大きさがまるで違う。
「これの事だろ」
「え」
僕は戸惑って彼の目を見る。何故か笑っている彼の目には、どこかいたずらっぽい輝きが灯っていた。
「ふふん、これは何と超レアなマジックアイテムなんだぜ」
「どういう事?」
「まあ、見てろよ」
フォドは皮袋を握りしめ、そしてすぐにその手を開く。すると、先ほどよりも大きいサイズの袋が姿を現した。思わず目を見開いてしまった僕に対し、彼は満足そうに笑いかけ、そして解説する。話によれば、この袋は持ち主の意志でそのサイズを自由自在に変える事が出来て、しかも中身の重量も抑える事が出来るのだそうだ。砦でミレナ達二人の鎖を解除した道具も、恐らくこの袋の中から取り出したのだろう。
「うわあ、凄いね!」
僕は感嘆して彼の手に載った貴重品を見つめた。
「だろ?」
しかしその時、僕の頭に素朴な疑問が降って湧く。
「でもさ、何で今使わないの?」
痛い所を突かれたとでも言うように、得意げだったフォドの顔つきがたちまち暗くなった。
「容量制限はあるんだ。俺が色々な場所に置いてた持ち物、今は全部突っ込んであるから」
「……なるほど」
そういえば、出発の前に彼が自らの持ち物を取りに出掛けていた事を思い出す。
――どうやら、魔法の道具も万能というわけではないらしい。




