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あれから。目の前にそびえる雄大な山脈を目指して、僕達は広大な荒れ道を数日間歩き続けた。途中、野生の魔物に襲われた事も何度かあったが、ミレナとフォドが難なく倒してくれた。遭遇したのは野生の狼の群やゴブリンなどで、どうやらロルダ山脈に近いからといって強力な魔物が住み着いているというわけでもないらしい。
四人旅となった事で僕は食料が切れる事を心配していたのだが、すぐにそれが杞憂だった事を知った。フォドはずっと外で暮らしていた為か、僕らの誰よりも現地での食料調達に精通していたのだ。食べられる木の実を見つければ少しだけ頂戴し、毒のある茸を見つければ僕らに注意を促し、川ではミレナよりも多くの魚を捕った。料理の腕前もなかなかのものだった。
そんなこんなで大きな障害もなく、僕らの旅はむしろ以前よりも快適なものとなっていた。ごろつき達に発見されないかどうかという危惧はあったのだが、全く姿を見かけない事からして、恐らくはフォドの言った通りに人通りのある道を重点的に探しているのだろう。時間が経つにつれて、僕の抱いていた心配もだんだん薄らいでいった。
そして、ついに僕達はロルダ山脈の麓まで到着したのであった。
「こうして、改めて見ると」
目の前にそびえ立つ山脈を見上げながら、エリシアが感慨深げに口を開いた。
「やっぱり凄い高さですね」
「うん、そうだね」
僕は同意の言葉を発する。彼女と同様、僕もまた目の前に広がる雄大な景色に圧倒されていた。切り立った岩壁が延々と連なり、その頂上はむくむくと広がっている雲が覆い被さっている為に確認する事が出来ない。今までこの世界を旅してきた中でいくつもの山岳を目にしてきたが、これほどまでの高さを誇る山はなかったし、何より比較する事すらおこがましく思える程のデカさだ。ましてや、目の前のそれは連山なのである。たとえ魔物が現れないとしても、まともに越えようとすれば屈強な大人ですら苦戦するだろう。
そして、そんな場所に僕達は今、足を伸ばそうとしている。
「ちょっと、何ぼーっとしてんのよ」
「そろそろ登ろうぜ」
ぼうっとしている僕達に痺れを切らしたのか、いつの間にかずっと前にいるミレナとフォドが声を掛けてきた。
「あ、ごめん」
「今、行きますね」
慌てて二人の元に僕とエリシアは駆け寄る。僕達が追いついた後、フォドとミレナは再び歩き始めた。
「さてと、まず最初の関門だな」
「そうね、出来るだけ早く登りきらないと。目に付いたら面倒だし」
「え、何が面倒なの?」
僕の質問に対し、ミレナは呆れ気味に答える。
「アタシ達がこの山を登る目的は、あのごろつき達の追っ手を避けて身を隠しながら進む為でしょ。その前に見つかったら話になんないじゃない」
「あ、そうか」
彼女の言葉を受け、ようやく僕は合点がいった。
「じゃあ、まだ油断は出来ないんだね」
「ま、ここは道から大きく外れた場所だから、まさか見つかるとは思えないけどな。けど、警戒し過ぎて悪い事も無いし。ちゃちゃっと登ってしまおうぜ」
「私、皆さんについていけるか不安です」
暗い表情を浮かべているエリシアの手を、元気づけるようにミレナが握る。
「大丈夫よ。アンタ達に合わせて、休みながら登っていくから」
アンタ達、という事は恐らく僕も含まれているのだろう。女の子と同列に扱われているのが、少し情けなく感じられて僕は心臓が落ち込む。
――でも、本当の事だしなあ。
「そうだ、ミレナ」
何かを思い出したように、フォドが口を開き、そして僕を指さす。その眼差しも口調も、やけに真剣だった。
「山登りの最中はコイツの荷物、お前が持てよ。流石に今は男だ女だの言ってる場合じゃないんだからな」
「あ、そうね」
一悶着起きるかと心配したが、彼女は意外にも彼の言葉にすんなりと応じた。そして、
「ほら、早く渡しなさいよ」
と、足を止めると僕に向かって両手を差し出す。からっていたバックパックを卸した途端、僕の体はまるで羽が生えたかのように軽くなった。僕から荷物を手渡されたミレナは無造作にそれを背負い込む。それはあんまり平然過ぎる動作で、何故だろう。その様子を側で眺めていた僕は心苦しくて仕方がなかった。その視線に気がついたらしいミレナが不思議そうな顔つきで、
「何? アタシの顔に何かついてる?」
と、問いかけてくる。僕は慌てて作り笑いを浮かべ、首を横に振った。
「ううん、何でもない」
ミレナは怪訝そうに眉を潜めたが、やがて肩を竦める。
「そ、ならいいけど」
会話がひと段落したのを見計らって、フォドがうずうずした様子で元気よく口を開いた。
「それじゃ、行こうぜ」
「何よ、アンタさっきまで真面目だったくせに」
彼に従うようにして歩き始めながら、ミレナが苦笑を洩らす。
「だって俺、山登りなんてした事ないし」
「私、ありますよ」
エリシアが楽しげに言った。
「故郷の近くに、美味しい山菜が沢山採れる山があるんです」
「へえ、じゃあエリシアちゃんは俺よりこういう所を歩くの慣れてるわけだ」
フォドの賛辞に彼女は照れ笑いを浮かべながら、
「いえ、慣れてるって程でもないです。あまり険しい所でもないので」
「それでも十分凄いって」
「えへへ、ありがとうございます」
楽しげな会話を弾ませながら、僕達の登山はこうして始まりを告げたのだった。




