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口頭試験にて没入したもの

私は、口頭試験にて、静謐かつ格調高い空間の控室にて試験の順番を待ちわびていた。ここの空間は薫り高さがありながらも、自らを卑小な存在だと感じさせる程の大きさと、沈黙の中で育まれる偉大さを言葉に出さずとも、入るものは誰一人漏らさず感じさせるものだった。


口頭試験は1人あたり4時間程の時間をかけてじっくり取り組まれる。心臓が高鳴って仕方ない。「マスターの称号」を与えるか否かの精査にしても、カウンセリングを含めた内面的なもの、生活の中でののようなものとのコミットメントの仕方など、実際は口頭試験で割かれる4時間とは程遠い時間をかけて、学生を全人的に見ているものだ。その全ては誤魔化しようのないものであって、「マスターの称号」が与えれるか否か、もしくはここの試験を通過して次の年次に行けるかは、全ては私の知ったことでもなければ及ぶ所でもない。


そのような態度で日々を接しなければ、ここでの暮らしはやって行けるものではない。


だからどちらに転んでもどうでも良かった。ここで長く過ごすうちにそんなメンタリティが染み渡るのだろう。


仮にここを出るにしても、きっと過去を何一つ振り返ることなく「世間一般」に戻るかも知れない。生活はまぁどうにかなるのだろうと漠然と考える。


もうここに来て5年の歳月が過ぎた。最初はなかなか慣れないハードさがあったのだが、3年を過ぎた辺りから「世間一般」よりも随分と心地よく感じる感じるようになった。あらゆる所にゆっくり流れる時間と静謐さがある。


夏休みに帰省して、うっかり3日間の短期バイトでショッピングモールのゲームセンターの清掃のバイトをしたのだが、あのようなけたたましい電子音には耐えられないものを感じて閉口したのだった。


そう感じる程ここに慣れた心身になったのだなと。


「マスターの称号」の是非は、噂によれば5年次辺りの夏休み手前から考察に入るのではないかと噂されている。何故5年次からと言えば、「とある教育ユートピア」こと、この学院では一通り教育内容が完成すると考えられてる年次だからだそうだ。

 

確かに5年次で、一通りカリキュラムを通り過ぎる感じはしないでもない。きっとそこから、本人の地をずっと見てるのだろう。こんなに慎重に見てれば、ボロが出ない事などありえないわけなのだから。


さあ、そろそろ呼ばれる頃だろうな。そう思っていると、キィとドアが開く音がして、案の定名前を呼ばれた。納得して試験会場の中に足を踏み入れた。


部屋の中では自然光が降り注ぐような開けた空間だった。木目調の開けた空間で、まるで教会の長椅子を全てどかして試験官3名と向かい合ってるような気分だ。本当に自然光の注ぎ方が普通の会議室だとは思えない。足元には、慣れない革靴を履いた越しにも、ふかふかの絨毯の質感が伝わってくるのだった。


私はずっとフリーターだったから「就活」なるものをした事ないのだが、大学生のする「就活」はこのようなものなのだろうなと想像する。


何という事か、試験官の教授方も正装で臨んでいた。日頃はデキるOLのような雰囲気の先生方が全く違って見える。異世界に迷い込んだ気分だ。


二、三の注意事項が伝達され、いよいよ口頭試験が始まった。


それから4時間後


相次ぐ意表を突かれる質問に、冷水を浴びせられるような体験だった。屏風の虎を捕まえようとした一休さんも根負けである。


脳内が半分妖精の世界にトリップしそうになりながらも、一通り答えた。こんな目眩のする体験なぞ、滅多にできるものではないし、したいとは思えない。


私はへなへなと椅子に座り込んだ。先生方から試験の終了を宣言された。時計を見渡すと、なんと3時間と45分も経っているではないか。フロー体験のように時間の流れを感じなかった。


そして試験の内容はまぁまぁだったし、結果を待つように伝達されると部屋から退出して、全身脱力しながら自室に退散した。


寝る時のTシャツとハーフパンツに着替えると、まだ夜も来てないのにそのまま寝入ってしまった。日頃はこんなまだ昼を過ぎてない時間から、自室で居眠りすることはないのだが、口頭試験期間中は極度なストレスに晒されるために許可されていた。


そそくさと寝入って、ここ数ヶ月の緊張感全てを捨て去って寝入った。疲れていたので、起きたのが真夜中の2時だった。窓から月光が差し込んでいる。この「とある教育ユートピア」は、東国の山の中なので、星の光も月光も都会より感じることができる。


初夏の夜半の空気はひやりとした。新緑の匂いがほのかにする。茶畑の中にいるようだ。


起きて、これから来る蒸し暑い季節に想いを馳せた。私の実家は西国なので、夏は熱帯雨林のような蒸し暑さが思い出される。エアコンが手放せなかった。それでも暑い。ここの冬は遭難しそうなほど寒いのにも関わらず。


トイレに行って、また再び寝入った。次の日は休みなのでフリータイムなのである。小腹が空いたがまぁ仕方ない。自室では飲料除いて、飲食不推奨なのだが、共有スペースの棚から焼き菓子を拝借して、お茶で流し込んだ。水だけは文句をつけようにないほど美味しい。


そしてまた寝床に転がり込んだのだった。朝焼けが窓から輝いていた。

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