幕間 書いててつらい追体験
どうもこんばんわ。新版「とある教育ユートピアの物語」のほぼ一年弱ぶりの更新です。その間投稿ができなかったのは色々あったのですが、「とある教育ユートピアの物語」は、書いてる当人がこの世界観を追体験していて、それがまた辛いのです。
通常なろう系ラノベは、自分に都合の良い俺つえーものも少なくないですが、この「とある教育ユートピアの物語」はそうではないわけです。
この中に出てくる「共同体的人間」それは、コミュ障にとってはまるで「シベリア送り」にされるような体験です。
「とある教育ユートピア」は「共同体的人間」にとっては極楽ですが、そうではない人間にとってみればソルジェニーツィンの「イワン・デニーソヴィチの一日」の如くなのです。
「なるほどシベリア送りだ。」とは、スターリン氏のネットミームのそれですが、資本主義社会にしんどさを抱える人間にとっては、この生活も悪くないと考える両義性があります。
で、この「とある教育ユートピア」を観察している著者にとっては、脳みそにかかる負担が半端なく、放置してるとハゲそうなくらいです。
単なる群像劇なら、この小説キャラだけは立ってる人達が沢山いるのでいいのですが、群像劇パートの他に、この「とある教育ユートピア」のシステム的な理想主義があって、その両方を動かすと脳味噌がオーバークロック気味になる。
システムの素晴らしさがこの小説のキモのパートになるのですが、キャラが立ちすぎるとそれ見えなくなるのが難点ですので、そこが難しいです。背景と人物のそれぞれの良さを上手く書ける作家は凄いと思います。
ここの登場人物は皆濃いバックグラウンドを持ってますが、書き始めると背景白紙に見えるくらい濃い人達です。
それぞれがここにいる理由があります。書いてないくせに言うなとか言われてしまいますけどね。
ほんと、なろう系ラノベのアニメ化作品って異世界でも全部自分の都合よく進みますけど、この物語は、コミュ障が「共同体的人間」の暮らしを追体験するという悪夢のような恐怖体験となってます。
それでも資本主義社会よりは居心地が良く、毎日きついきついと喘いでいるくせに続いてるという摩訶不思議なものです。
この両義性はなかなか面白いもので、現代は続けられる辛さがなくなってきてるのではないかと思います。
とりあえず脳にかかる負担が半端ないし、「とある教育ユートピア」の生活を追体験する著者も大変なものです。夏休みの間は、全日昼寝しかしない燃え尽き症候群になる事のリアリティがあまりにも生々しく迫ってくるわけです。
夏休みの間、日本文化などを体験する行事に参加する若い子を見て「どれだけ体力お化けなのか」と戦慄したり。
こりゃ、文化人類学の参与観察みたいな感じではないかと。
大変なので、この小説続くか不明です。以上近況報告なのでした。




