表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/21

欧米人の言う「社会」とは「キリスト教共同体」のこと

いつもの旧約聖書学の名物講義が売りの教授は「社会」の起源について語った。日本には「世間」があっても「社会」はない。欧米人にとっての「社会」は家族や地域と同じ次元にある地続き空間で、日本では「社会」というのは一般人には畏れ多い人の一段上に存在する、立派な人のみが所属できる共同体の事である。


そこは、時々女性やマイノリティなどは排除されると。それに「社会人」という言葉にしろ、日本にとって「社会」というのを指すのは、会社の事で、全ての人を包括する全体の事でもないと。


そのような話だった。


「あのねぇ、言葉の前提知識が足りてないのだけど、欧米人の言う「社会」というのもののイメージの前提にあるのは、「キリスト教共同体」の事なんだよ。つまりイメージ的に地元の教会に集う仲間的なものでね。日本人は、キリスト教徒が極端に少ないからさぁ、キリスト教の「教会共同体」みたいなものが想像できないんだよ。そこがわかんなきゃ、社会の意義も、そこからの排除が問題視される理由もわかんないよ。


教会共同体の「教区」という単位も、元々はローマ帝国の行政管区から来てるからねぇ。すごい話なのだけど、民族大移動などが活性化すると、農村から逃げ出す人が続出したのだけど、その後に、ローマ帝国の行政管区を中心に農村などの地域共同体を作り直したんだよ。まったくもってどうやったら、そんな凄い芸当ができるのやらだよ。」


「そもそもさ、普通に考えると排除されやすい人も含めて全部を包括する共同体って価値観がさ、欧米以外の地域の人にはわかりづらいよね。それは、古代末期から中世にかけての、キリスト教の教会の政策がそうしたからなんだよね。その歴史的経験がない日本人にわかんないのも無理ないってもんさ。だって、日本人には「教会共同体」が生活の中心だった事は一度もないんだもの。


戦前まではお寺が、そのコミュニティ機能を担っていたのだろうけど、もうここ50年仏教もサッパリだよね。今や墓仕舞いまでやってるし。まぁ、日本のキリスト教も勢いないのでは似たようなもんだねぇ。私の友達がやってる教会も無牧教会(羊である信者がいない教会)が増えてるからねぇ。時流には逆らえないねぇ。」


「日本では「社会」ってのは、立派な人だけが所属できる一段高いもので、引きこもりやニートは最初からお断りなんだけど、欧米ではそうではないのは、何でだと思う?それは、キリスト教が勢いを伸ばした3世紀以降のローマ帝国の社会情勢と関係があるよ。


それは、ローマ帝国は帝国の版図内外に関わらず色々な人が流れ込んで来るんだよ。戦争捕虜や奴隷(というよりも労働者)や仕事を求めての移民のみならず、ローマ軍団に志願して市民権を取りたい流れ者も含めて、様々な人がいるわけ。


そういう人達は、元いた部族から切り離されて根無し草になっているわけよ。さらには、従軍すれば給料も出て一定期間勤めれば市民権も取れるローマ軍団ではねぇ、同じ部族や同郷人が固まって叛乱を起こされると困るから、わざと同じ部族や同郷人が固まらないように配属するわけよ。


そしたら何が起こるか?と言えば、部族や故郷から切り離されて根無し草になってしまった全員を抱え込む必要が出てくるわけよ。その受け皿が、ローマ軍団の人が多かった密儀(秘密)宗教のミトラ教とかね。


それに、ディオクレティアヌス帝(在位284年-305年)辺りまでは、キリスト教は時々弾圧されてたけどさぁ、割りかし他の多神教の信者は宗教が自由だったんだよ。まぁ、ローマ帝国が凄いのは古代から宗教の自由を認めていた近代性だよね。一応大神祇官という役職の人が、ローマの神と属領の神を合祀する形でね。これに反発したのはユダヤ人なんだけどねぇ。


今考えると不思議な話なんだけどさぁ、多神教を認めない(ユダヤ教からの派生新興宗教)キリスト教徒は、古代社会では「無神論者」扱いされていたんだよね。


でも3世紀の危機といって、色んな異民族が流入して政治不安が続くとさ、いくら宗教の自由は認めていてもさ、蛸壺化した宗教共同体が反政府勢力の拠点になるのはよくわかるよねぇ。日本で言ったら「一向宗」の弾圧のような話だよね。


そこで311年(313年のキリスト教を認めたミラノ勅令が有名)にコンスタンティヌス大帝がキリスト教の迫害を終了して、その後歴史教科書にも載ってる有名な「ニケーア公会議(325年)」を開いて、キリスト教の正統教義を決定するんだよ。


キリスト教が国教になるのは、その後の394年(正確には、ユダヤ教とキリスト教以外の宗教を非合法化)のテオドシウス帝(在位379-395年)の時代だけど、キリスト教の国教化に向かう流れは、ローマ帝国がそもそも多様な人を抱え込んでしまったからこそ、その人たちを漏らさず全部、「市民社会」に帰属させる必要があったわけよね。


古代末期から中世までに続く全員包括の流れは、ローマ帝国がキリスト教を国教化しないといけなかった政治状況から来てるわけよ。日本は、残念ながらそんな歴史的経験がないわけよね。


だから湯浅誠などが言ってるように排除されたら終わりで、「滑り台社会」ってやつなんだよ。


そこの歴史を見ないと始まんないからねぇ。」


今日はそのような話だった。教授の授業がわかりやすくて人気があるのは、そういった歴史的「前提」など、全ては「前提の解説」から入るからだ。全く面白くて時間を忘れてしまう何かがあるものだ。


今日の講義も面白かったと、主人公は教室を出ていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ