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25話


 剣の柄がカズユキの背中にある。

 つまり、「ソレ」はミナトの正面から歩いてきていた筈だった。

 しかしカズユキが負傷した今もなお、ミナトはソレを目視することが出来ない。


 剣を扱うということは人間のはずだ、とカズユキは激痛のなかで判断する。引き抜かれそうになった武器を、両手と腹筋でしっかり固定する。剣に鮮血が伝っていく。


 肺は無事のはずだが、呼吸がうまく出来なくなっている。開けっぱなしになる口内に、血の混じった唾液が溜まっているのを吐き出す。無理矢理に大きく息を吸い込んだ。

 それでも呼吸が整わない中、掠れる声で呪文を唱えだす。

 

「カ、カズ……」


 目の前に広がる光景に、ミナトはようやくそれだけ口にする。

 浅い呼吸を繰り返し動けないまま、ただその場でハルの頭を自分の胸に押しつけた。心の傷の癒えぬ女の子に、これ以上残酷な景色を見せないようにすることが精一杯だった。

 

 カズユキの周りを魔法陣が囲む。

 が、一瞬だけ光って消えてしまった。


「は、やべ……っ魔力、つーか体力切れ………」


 魔術を行使すると、体内の魔力と体力、精神力を消耗する。

 人として瀕死の重症を負った今のカズユキには、魔術に回す全ての力が残っていなかった。


(多分、今後ろにいる……魔術か? それとも魔術道具? いや、そんなことよりまずミナトたちを)


 見えない敵を倒すために、動きの悪い頭を巡らせる。


(な、何か出来ることないのか? 俺、何も出来ないのか?)


 ミナトもまた、震える体を叱咤してなんとか動こうとしていた。

 

 ゴキッ

 

 絶体絶命かと思ったその矢先、鈍い音がその場全員の耳に届く。

 

 何かが倒れる音と共に、白目を剥いた一人の男がそこに姿を現した。

 

 しかし、カズユキとミナトはそんな男のことはどうでも良かった。

 

 獣のような殺気を放ったコウが、息を乱してその場に立っている。

 鈍く光る魔獣の血液を全身に浴びたその姿を、月明かりが異様なまでに恐ろしく照らす。

 

 ミナトは、追われていた時よりも怪鳥よりも、その姿に恐怖を覚えて全身に鳥肌が立つ。

 

 コウはその大きな手で既に気を失っている男の首を持って掴み上げる。そして無言のまま、地面に叩きつけようと腕を振り下ろした。

 

「コウ!!」

 

 振り絞ったカズユキの声に、ピタッとその動きは止まる。


「子どもの、前だ。落ち着け、お前らしくも……っない……」


 掠れてしまい息も絶え絶えな声を聞きながら、コウは力なく腕を下ろして男を離す。


 ゆっくりと上げた顔からは、先程までの獣のような表情は消えていた。まるで、自分が傷つき痛みを感じているかのように顔を歪ませた男がカズユキを見つめている。


 腹部の剣を抑えながら、カズユキはよろよろと覚束ない足を動かしてコウに近づいた。


「大丈夫、大丈夫だから」


 重く動かしにくい腕を伸ばすと、自らの血の付いた冷たい手で真っ青な頬を撫でる。しかし、そこで限界がきて足から崩れ落ちた。


 倒れる前にコウが受け止める。傷に触れないよう、大事に地面に座らせて支えた。

 痛みに顔をしかめながら、カズユキはなんとか口角を上げたまま声を絞り出す。


「悪りぃミナト、……っ、水持ってきてくれるか? 傷薬飲めば治るから……」

「っあ、ああ……!」


 名前を呼ばれて、驚くほど素早く立ち上がる。

 薬でなんとかなるものなのかという疑問が頭を掠めるが、問答の時間が惜しい。ハルを抱きかかえたまま大慌てで裏口から室内に入っていく。

 

 バタバタと走る後ろ姿を見送ると、カズユキは目を閉じてコウに体重をかける。頬に色はなく、脂汗が額に浮く。


「こ、コウ……剣を抜いてくれ……も、力が入らねぇ。あと、耳の魔石……飲んじまえば、こんくらいの傷はなんとかなる……」


 ピアスを取ることすら億劫になってしまっているカズユキの手はダランと地面に着いている。


 以前ミナトに渡した「守護」の魔石とは反対の耳には「治癒」の魔石をつけていた。

 通常はそのまま外側から魔術を施すのだが、今回は重症過ぎた。魔石の魔力そのものまで体内に取り込む方が、回復も早く効果的だ。


 コウは指示通り慎重に剣を腹から抜く。カズユキは奥歯を噛み締めて激痛に耐える。

 必要なこととはいえ、血が溢れる様子を子どもたちに見せるわけにはいかなかった。ミナトが戻る前に治癒を進めなければならない。


 コウは丁寧な手つきでピアスを外すと、金具部分を取り除く。


 そして、青い石を口に含んだ。


「って、なんでお前が……!? っんぅ……っ」


 驚いて抗議の声を上げかけたカズユキの唇を、コウのソレが塞ぐ。温かい舌が丸い魔石と共に口内へ侵入してくる。

 抵抗することも出来ないまま、喉の奥まで魔石を押し込まれた。

 えづきながらも、飲み込むしか選択肢はない。


「……っハ……! ばか、おま、荒療治すぎ、……っ、んんッ」


 息をつく間もなく、まともに文句を言うことも出来ないまま、再び言葉ごと唇に飲み込まれる。柔らかい唇が、体温を確かめるように喰む。強く抱きしめたい思いを押し殺した腕は、慈しむように優しくカズユキを包んだ。


 魔石が体内を癒していく。少しずつ、カズユキの顔に血の気が戻る。


 そうしている内に動かせるようになった腕をコウの首に回すと、重なっている唇を強く吸う。

 突然のカズユキからのアクションに戸惑ったコウが顔を離す。今にも涙が溢れそうな目元を見て、濡れた唇の片端が上がる。


「なんつー顔、してんだよ」


 緩く頭を抱き締めると、治り掛けの体を強く引き寄せられた。


「カズユキ、……カズユキ……」

「デカい図体してお前……もう、本当に大丈夫だ」


 ずっと声を出す余裕すらなかった男の震える声に微笑みながら、もう一度、触れるだけのキスをした。


お読みいただきありがとうございます!

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