水浴びで汗を流そう!
───ここからの記録は、ボクたちがティエルの町〜サブライア砂漠の入口の宿場町までに起きた出来ごと。
ティエルの町を発ってから5日ほど経過したとても気温の高いある日の正午頃。 スライムの群れが街道を塞いでいたのだった。
「てりゃあああッ!」
前線に躍り出たチキさんが自身の身長よりも長い槍を豪快に振り回し、残った最後の3体のスライムを同時に葬る。 真円の軌道を描く槍の閃きは、穂先と同じ桃色に輝いており、前世のニチアサで見るような女児アニメのピンクな主人公の攻撃が如くキラキラしていた。
鮮やかな桃色のポニーテールをたなびかせながら仲間たちを奮い立たせるその小さな背中は、さながら妖精のようにボクの目に映ったのだった。
「ひゅい〜終わった終わった」
「相変わらずとんでもねぇ切れ味だよなその槍。 ふざけた色してるんのに、ホントどうなってんだか」
「ふふん、あんたにはこの桃色の槍の良さがわからないでしょうね!」
「いや、まだ銘も決めてねぇ槍っつってもそいつの強さはホンモノだ。色は気に入らねぇが強さは馬鹿にしねぇよ」
「そ、そう……わかればいいのよ」
たまに変なことで言い争うことも多いけど、なんだかんだふたりは仲が良いと思う。
それにしてもさっきから言っているけど、チキさんの槍は穂先がピンク色で、たまに光るから面白い。 いや、面白いなんて言ったら失礼かな。 とてもかわいらしい色に対して凄い切れ味になっている。
槍が物凄く強いのか振り回すチキさんの腕力がとてつもないのかそれともその両方なのかわからないけど、思っていたよりもあっさりと戦闘が終わった。
周りの木々は少し減ってきており、森沿いの街道を抜けるまでもう少しのところでまさか道のど真ん中にスライムが居るなんて。
チキさんは槍で蹴散らし、キングさんは冷静に周りに指示を出していて、ソルさんは風の魔法でスライムを1箇所に纏めていました。 ちなみにほとんど戦闘力のないリップさんとボクは基本的にはみんなに守られる形になっています。
戦いが終わったチキさんはスライムの体液が付着した槍を払って背負い直している。
「チキさーん! かっこよかったです!」
「えっへん! ユズちゃんに褒められると照れるわね……っ! ユズちゃんッ!!止まって!!」
「え? うわっ!」
突然大声で叫ばれてもボクは急には止まれない。 むしろびっくりしたボクはそのまま躓いてしまった。
「いたた……どうしたんですか突然……わっ!」
「フッッ!!」
転んだ姿勢から前を見上げると、さっきよりも強く桃色の閃光を放つ槍を構えたチキさんが見たことも無い速度でボクに突進してきた。 驚いて目を瞑った!!……あれ、どこも痛くない。どういうこと……?
恐る恐る目を開けると、チキさんの槍はボクの真上の木の枝を刺しており、そこにはさっきのスライムが1匹残っていた。
「QUUUUU!!」
パンッ!
桃色の一撃で魔物の核となる魔石をぶち抜かれたスライムはそのまま爆散しました。チキさんが気付かなかったら頭からスライムに覆いかぶされてたかもしれないと思うとゾッとする……。
……ちなみに、真上でスライムが爆散したらどうなると思いますか? 答えは…。
「ユズちゃん、大丈夫……じゃないわね」
「あはは……ドロドロです…。 でも、かっこよかったです!」
「……ありがと。太陽もあんなに高く昇ってるしちょっと休憩しようか」
問題の答えは、当然真下にいるボクはスライムの体液でドロドロになってしまいました。 うぅ……気持ち悪い…。
◇
シャアアアァァァ……
「男組はこっち見ないでよねー」
「見ねぇよ! なぁソル」
「な、何故私に振るんだキング!」
ドロドロのスライムを流すため、インベントリで上から水をシャワーのようにかけ流す。 インベントリの出入口は小さくたくさん作ったり、ボクから離れすぎない程度なら空中に開けたままにも出来るみたいで、こんな風にも使える。なにかに応用できるかな…。
あっ、巫女服は水浴びするので当然脱いでいる。なぜか手でばさばさと払っただけで何事も無かったかのように汚れが落ちました。 自浄作用みたいな効果が付いてるのかもしれないし、シワも出ない。最初は少し恥ずかしかったけど一生この服着てようかな……。
とはいえ巫女服がいくら綺麗でもボク自身がドロドロなのはつい我慢できず、水で流しているのです!
「それにしても便利ね〜……後で私にも水浴びさせてくれる?」
「スーハースーハー……あっリーダーずるい! 私もー!」
「いいですけど……なんでリップさんはボクの服を嗅いでるの?」
「だっていい匂いなんだもん! ずっと着てるのになんでこんなにいい匂いなんだろう。……くんくん、エンクの実みたいないい匂い……いやでももう少しさっぱりした感じの…うーん……」
「勝手に人の服の匂いを考察しないで下さい! なんかいやです!」
リップさんのキャラがわからない……人見知りかと思いきや実は人懐っこくて、大食いでオシャレ好きで匂いフェチ? ほんとに神官なのかな。
それと、今更感はあるけどチキさんとリップさんがこっちを見ています。 裸のボクを。 女の子に見られて恥ずかしいのとボク自身が女の子になっちゃってるから複雑な気分……。
「真っ白な肌……転生する前からなのかな、ちょっと羨ましいよ…」
「どーでもいいけど大事な水使い過ぎんなよー!」
「いつもの事だがうちのパーティには水魔法を使える者が居ない。 いくら町で汲んできた水が沢山入ってるとはいえ使い過ぎはあとから自分たちの首を…」
「うるさーい!! 女子が汗とか汚れを気にしてるんだから男組は大人しく何も来ないか見張ってるの!」
「へーい…」
◇
あの後女子2人もシャワーで汗と汚れを流したけど、結局男組2人も水浴びをしたので全員がクールダウン出来て今度こそみんなで休憩をしています。ここは異世界だけど、今は9月の半ば。まだまだ残夏が熱いことには変わりない様です。
ある程度体力が回復したボクは、水を飲んでいたチキさんに近寄る。元々戦闘の後に聞こうとしていたことがあったんだ。
「そういえばチキさん、聞きたいことがあったんですけど」
「うーん……その『チキさん』っていうのやめない? 私たちもう仲間なんだし、呼び捨てで構わないのよ別に」
「えっ、あ、でもそれは…」
「それともなーに? あの店主は良くて私たちはダメなの?」
「そそそんなこと! レ、レイは関係ないでしょ! ……うう、わかりました……」
「そこ! 敬語もやめてみよう!」
「ぁう……わかったよ、……チキ」
「ふふ、それでよーし! それで、ユズちゃん何か用?」
「待って! それならチキ…もボクをユズって呼んでよ!」
あの日のレイにも同じ提案をしたっけ、あの時は自然に言われてこっちが自爆しちゃったけど今回は心の準備が出来てる! さあドンと来い!
「嫌よ、ユズちゃんはユズちゃんだもの」
「えぇ!? なんで!」
「ユズちゃんって呼んだ方がかわいいから! 私は変えるつもりはないわ」
「そんなぁ…」
心構えもなにも無駄になっちゃった! そんなのってないよ……。 ふと首を横に向けるとソルさんとリップさんが某ネコ型ロボットのする様な生温かい目でボクを見ていた。
む………なんかイラッとするから後でみんなも呼び捨てで呼んじゃおうかな…?
「うふふ……ユズちゃん弄り甲斐があって本当にかわいい。 えぇとそれで何を言おうとしてたんだっけ?」
「話がややこしくなったのはチキのせいだよ! もう! ……聞きたかったのはその槍のこと。なんで光るの?」
そう、ここまで特に理由も聞いてなかったけどチキの槍は意味がわからないくらい光る。 戦闘中はもちろん、歩きながら話している時や一昨日石に躓いたボクに手を差し伸べた時も背中に見える穂先は煌々と輝いていて、果てには野営中……彼女と一緒に夜の見張りをしてる時なんてたまに目が冴えるほど照っている。 正直眩しい。
あまりに所構わずピッカピカのテッカテカなのはどういう事か、遂にこうして突撃取材させて貰おうと考えたのです。
「ああこの槍ね、ちょっと特殊な金属で出来てるのよ」
「特殊……っていうと?」
「この金属の性質らしいの。これ里では『ラヴァライト』って名前で伝わってる金属なんだけどね、ドワーフの鉱山でも魔導鉱脈の魔力が溜まるのが遅い関係で殆ど採れなくて、百年単位でようやくインゴットになる量なの。これだって私、里長の娘だったからうちに今代のラヴァライトが保管されてたのよ」
「そんな大事な金属を任されるなんて……やっぱりチキさんはすごいです…!」
「そこ、また口調が戻ってるわよ。 それと私なんて別に凄くないのよ? 前言ったけど私って里長の娘と言っても人間のメイドとの間に生まれたちょっとワケありのハーフドワーフだったし、そもそもこの金属だって任されたんじゃなくてあそこの生活が嫌になった私が里から逃げるついでに幼馴染から借りた強力な魔導ハンマーで金庫ぶっ壊して盗んだものだもの」
「ワケあり……ぶっこわ……ぬす……待って、情報量が」
恐ろしいほどの情報量で押し潰されそう……そんなにワケありな家庭の事情に重ねて更に里から逃げたなんて…物語の主人公レベルの過去だよ……。
「あら、母親がメイドで血縁がごちゃごちゃしてることはまだ言ってなかったかしら」
「話がややこし過ぎるからその辺はまた今度聞かせて…… それで、どうして光るんですか?」
「…………え?」
「だから、どうしてその槍は光るんですか?」
「あはは……」
「無駄だぞユズ」
「わっ、キング!……さん」
体が鈍ると言って周辺を見回りしていたキングが突然後ろから話しかけてきました。 無駄って…?
「なんだその呼び捨てと思いきや取って付けたようなさんは……まあいい、槍がアホみたいにピッカピカ光る理由はどうしても教えたがらないんだよリーダーは」
「えっ、そうなの!?」
「ごめんねユズちゃん……ただ私が個人的に話したくないだけなの。 いつか、いつか心の準備が出来たらみんなにも話そうと思うの…」
「いっつもこの調子なんだよ。強いのは嬉しいんだがせめて寝る時くらいどうにかならねぇのか……」
結局、うやむやにされて話は終わっちゃった。これもいつもの事のようで、キングたちは特になにか突っかかるわけでもなく残りの休憩タイムを過ごしていたのでボクも気にしない事にしました。
ラヴァライトの部分を布で巻いたり鞘を付けるのはどうかと提案してみたけど、案の定そんなことはとっくの昔に試していたみたい。いくら布を巻いてもどういう訳か輝きは布を貫通するし、鞘を付けても殆ど変わらなかったのだと言います。
チキが話したがらないからいくら考えてもどうしようも無いし、休憩も終わったのでそのまま旅を続けることにしよう。そのうち話してくれると信じて。
レイの時みたいにボクの祈りで目と思考能力を強化すれば分かるのかとも考えたけど、あれ無理やりチカラを引き出してるせいか目も頭も疲れるからどうしてもの時と緊急時以外は嫌です。
暑さでどうしようも無い街道を進むと前方から大きな声が聴こえてきた。 あれは……女の子?
「あら〜っ!! そこにいらっしゃる冒険者がた〜〜!!」
「あれ?リーダー、誰か呼んでるよ?」
「見る感じ武器もなにも持っていないようだから盗賊の類ではなさそうだけど……みんな、念の為用心してね」
「「「はーい!」」」「ういい〜」
「キング!返事はしっかり!」
「へ〜い」
暑さででろでろなキングは置いておくとして、あの両手をぶんぶん振って喜んでる変な言葉遣いの女の子は何者なんだろう……。
───この少女との出会いがボクの…ボクたちが旅を初めて最初の波乱を巻き起こす事になるのだった……。
柚流 (ユズ)
「ラヴァライト……地球では聞いたことないよね…それともボクが知らないだけ?」
チキ
「あんな理由で光るなんて、恥ずかしくて言えないわよ!」
少女
「ようやく人が来ましたわ…! お母様、やりましたわ!」
これからも柚流の祈りが読者様に届きますように!
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