第9話 封印された小瓶と契約
翌朝、朝食を終えた俺は、机の上に並べた品々を確認していた。
今日、持ち出すのは回復薬だ。
冒険者をしていた頃から、ポーションには何度も助けられてきた。自分が怪我をしたときだけでなく、仲間が傷を負ったときにも使っていた。冒険者にとっては、武器や防具と同じように、あって当たり前の道具だった。
今回持ち帰るものも、特別な品というわけではない。いつも使っていた回復薬の一つだ。
ただ、こちらの世界の技術で調べれば、異世界で当たり前に使われている薬について、別の角度から知ることができる。
小さなガラス瓶は封をした状態で、緩衝材を詰めた容器に収めてある。さらに外側も封印し、持ち運びの際に破損しないようにしていた。
大学へ持ち込むからといって、その場で開封して渡すつもりはない。試料の取り扱いや保管方法、分析に必要な量などを確認してから、正式な手続きを進めるつもりだ。
こちらで確保できる量にも限りがある。最初の検査で使い切ってしまうのは避けたい。
机の上には、回復薬のほかに、大学側に確認しておきたい事項を書き出したメモが置いてあった。
今日の話し合いには、桐生弁護士にも同席してもらう。
研究内容については三浦直樹准教授に相談するが、試料の取り扱いや契約、情報管理については専門家の目を通しておきたい。研究が進めば、分析結果の権利や公表の扱い、将来的な知的財産の問題も出てくる可能性がある。
今の段階ですべてを決める必要はないが、最初に確認しておくべきことはある。
「アレンさん、今日はお出かけですか……?」
荷物を確認していると、ナギが隠れ家の奥から顔を出した。
「ああ……。少し人に会ってくるんだ。薬のことで相談したいことがあってね。」
「そうなんですね……。いつ頃お帰りになりますか……?」
「少し時間がかかると思う。夕方までには戻るつもりだよ。」
「分かりました! 気をつけて行ってきてくださいね。」
「ありがとう……。昼食は二人で先に食べておいて。俺のことは気にしなくていいからね。」
「はい、ミナと一緒に食べます。」
ナギが頷くと、その後ろからミナもやって来た。
「アレンさん、今日は何を相談するんですか……?」
「前に話した回復薬のことだよ。詳しい人に、成分を調べてもらおうと思っているんだ。」
「あの傷を治す薬ですね……!」
「そう。俺が使ってきたものだけど、専門の人に調べてもらえば、もっと詳しいことが分かるかもしれないからね。」
「ちゃんと調べてもらえるといいですね……!」
「ああ……。俺もそう思っているよ。」
ミナは机の上に置かれた容器に目を向けた。
「それを持っていくんですか……?」
「そうだよ。壊れないように包んだから大丈夫。心配しなくていいからね。」
「はい。気をつけてください。」
「ありがとう……。二人とも、俺がいない間に何かあったら、無理をしないでね。困ったことがあれば、二人で相談して、それでも駄目なら帰ってきた俺に話してくれればいいから。」
「分かりました。」
ナギが答えると、ミナも頷いた。
「それじゃあ、行ってくるよ。夕方には戻るからね。」
「いってらっしゃい、アレンさん……!」
二人に見送られ、俺は隠れ家を出た。
すぐに次元渡りを使うことはしない。隠れ家の場所を知られないよう、周囲に気を配りながら森の中を歩き、十分に距離を取ってから足を止めた。
気配を探っても、近くに生き物がいる様子はない。
荷物をもう一度確認し、次元渡りを発動させた。
◇
視界が一瞬揺らぎ、次の瞬間には見慣れた東京の自室に立っていた。
異世界の森とは違い、ここには家電の待機音や、窓の外を走る車の音がある。いつもの部屋に戻ってきたという感覚は、何度経験しても不思議だった。
荷物を置き、回復薬の容器に異常がないか確認する。
封印はそのままだ。緩衝材にも問題はない。
持ち運び用の鞄に入れ直し、大学へ向かう準備を整えた。
今日の話し合いでは、研究の相談だけでなく、今後の試料の扱いについても確認することになっている。
研究者が判断するために必要な情報は、できるだけ正確に伝えたい。一方で、回復薬をどこで手に入れたのかについては、簡単に話せることではない。
どこまで伝え、どこから先を伏せるのか。その線引きも、今日の話し合いで確認しておきたい。
約束の時間より少し早く大学に到着した。
東都理工大学・先端物質分析研究センター。
事前に連絡を取っていた三浦直樹准教授との面談場所だ。
受付で来訪を伝えると、ほどなくして三浦准教授が姿を見せた。
「東雲さん、お待ちしていました……。今日はお越しいただきありがとうございます。」
「こちらこそ、お時間を取っていただいてありがとうございます。」
「桐生先生も、遠いところありがとうございます。」
「いえ。今日は研究試料の取り扱いや契約面についても確認したいので、同席させていただきます。」
「承知しています。研究の話と契約の話は、分けて整理した方がよさそうですね……。こちらへどうぞ。」
三浦准教授に案内され、俺たちは会議室へ向かった。
部屋に入ると、机の上には資料が用意されていた。壁際には分析装置の説明資料が掲示され、研究センターらしい雰囲気がある。
その机の一角で、ノートパソコンを開いていた女性が立ち上がった。
「こちらは私の研究室に所属している大学院生の一ノ瀬澪さんです。今日は記録と技術的な補助をお願いしています。」
「一ノ瀬澪です。よろしくお願いいたします。」
「東雲です。よろしくお願いします。」
一ノ瀬さんは丁寧に頭を下げた。
年齢は二十代前半くらいだろうか。落ち着いた雰囲気で、こちらの荷物や資料にも目を向けている。研究内容に関心を持っているようだった。
「それでは、始めましょうか。」
三浦准教授が着席を促した。
俺と桐生弁護士が並んで座り、向かい側に三浦准教授と一ノ瀬さんが座る。
最初に、三浦准教授から今回の相談内容について確認があった。
「事前に伺ったお話では、傷の回復を促す作用を持つ液体で、今回はその成分分析を依頼したいということでしたね。」
「はい。実際に使用した経験があります。傷口に塗布すると、通常よりかなり早く回復します。冒険者をしていた頃から使っていたものです。」
「効果そのものについては、東雲さんが経験されているわけですね。」
「そうです。浅い傷なら短時間で目立たなくなりますし、ある程度深い傷でも回復は早いです。今回は、その薬をこちらの分析技術で調べてみたいと思いました。」
「なるほど。まずは、どのような物質が含まれているのかを確認するところからですね。」
三浦准教授は手元の資料に目を落とした。
「成分分析についてはいくつかの方法が考えられます。ただ、試料の性状によって適した分析方法は変わります。最初は少量を使って、外観や物性を確認しながら進めるのがよいと思います。」
「こちらで用意できる量には限りがあります。できれば、最初から多く使わずに済む方法を検討していただきたいです。」
「分かりました。分析に必要な量と、検査ごとに消費する量を整理してみます。」
一ノ瀬さんがパソコンに入力しながら口を開いた。
「試料の量については、初期分析に使う分と、追加検査用に保管する分を分けて考えた方がよさそうですね。成分分析だけでなく、後から別の検査が必要になる可能性もありますから。」
「そうですね。最初の段階で使い切ってしまうのは避けたいです。」
「それなら、分析方法ごとに必要量を見積もって、優先順位を付ける形がよいと思います。」
一ノ瀬さんの言葉に、三浦准教授も頷いた。
「まずは必要最小限の量で、可能な分析を検討しましょう。試料を消費する検査については、内容と必要量を事前に説明し、東雲さんの同意を得てから実施する形にしたいと思います。」
「そのようにしていただけると助かります。」
俺は鞄から、回復薬を収めた容器を取り出した。
机の上に置く前に、外側の封印を確認する。
「こちらが今回持参した試料です。小瓶に入れたまま封をして、その外側をさらに保護しています。まだ開封していません。」
三浦准教授は、すぐには手を伸ばさなかった。
「ありがとうございます。まずは容器の状態を確認させていただいてもよろしいですか……?」
「もちろんです。ただし、今日はこの場で開封することは考えていません。」
「分かりました。無理に開ける必要はありません。外側から確認できる範囲にとどめましょう。」
一ノ瀬さんも容器に目を向けた。
「試料の容器自体も、分析結果に影響する可能性があります。ガラスの種類や封止方法が分かれば参考になりますが、現時点では無理に確認しなくても大丈夫です。」
「容器の材質については、こちらで詳しく調べたことはありません。今の状態のまま扱っていただければと思います。」
「承知しました。では、容器の情報も未確認として記録しておきます。」
一ノ瀬さんは、試料の外観や封印の状態を記録していった。
「ちなみに、回復薬を使った際の記録はありますか……?」
三浦准教授が尋ねた。
「正式な実験記録ではありませんが、使ったときの傷の状態や回復の様子なら説明できます。以前使ったことがあるので、一般的な使い方や効果については把握しています。」
「それは参考になります。使用経験に基づく情報と、今回の分析で得られるデータを分けて整理しておきましょう。」
「お願いします。」
一ノ瀬さんが資料に目を通した。
「傷の種類や深さによって回復の程度が違うということですね。分析の結果によっては、細胞や組織の修復に関係する作用についても検討できるかもしれません。」
「そうですね。そこまで分かれば面白いと思います。」
「ただ、成分が分かったとしても、人体への安全性が確認できたことにはなりません。毒性や副作用、薬理作用については別の評価が必要になります。」
「その点は理解しています。今回の目的は、まず成分を調べることです。人に使ったり、販売したりすることを考えているわけではありません。」
「分かりました。研究目的としては、まず組成や物性の把握を目指す形ですね。」
三浦准教授が話をまとめた。
「その後、分析結果を踏まえて必要な安全性評価を検討することになります。毒性や薬理作用については、専門の先生方にも相談する必要があるでしょう。成分分析と安全性の評価は、別の段階として進めるのが適切です。」
「お願いします。こちらも、無理に急いでほしいとは考えていません。」
「その方がよいと思います。研究センターとして、今回の試料を研究材料として受け入れられるか、前向きに検討したいと思います。ただし、正式な受け入れには、試料の安全性や保管方法、契約上の条件を確認する必要があります。今日は予備的な分析計画を作成するための相談ということで進めましょう。」
「ありがとうございます。こちらとしても、その手順でお願いしたいです。」
「分析計画には、想定する検査方法、必要な試料量、試料を消費する可能性、保管条件などをまとめます。安全性の確認が必要な項目については、専門の先生方にも相談することになるでしょう。」
「分かりました。」
大学側も、興味本位で試料を扱うつもりはないようだ。研究として必要な手順を踏み、できることから進めようとしてくれている。
桐生弁護士が、そこで話を引き継いだ。
「研究の進め方については、今のお話で理解できました。ここからは、試料の取り扱いと契約について確認させてください。」
三浦准教授が頷く。
「もちろんです。大学側の契約担当にも確認する必要がありますが、まずはご希望を伺います。」
「最初に、試料の所有権についてです。今回の試料は依頼者が所有するものであり、大学へ提供する場合も、研究目的に限った一時的な預託を基本に考えています。大学側へ所有権を移転することは想定していません。」
「その点は、契約書で明確にする必要がありますね。」
「はい。また、使用できる試料の量、追加使用の条件、残余試料の保管や返却、研究終了後の処分方法についても、事前に定めておきたいと考えています。」
「分かりました。研究室だけで判断できる内容ではありませんので、契約担当と相談します。」
「情報管理についても同様です。試料の由来や依頼者に関する情報、分析結果の取り扱い、学会発表や論文などで公表する場合の条件を確認したいと思っています。」
三浦准教授は、少し考えてから口を開いた。
「大学の研究活動には、研究成果の公表に関する規程があります。完全に公表を禁止するという条件を、そのまま受け入れられるとは限りません。ただ、研究の性質や契約内容によって、公開する情報の範囲や時期について調整できる余地はあると思います。」
「承知しています。こちらも、大学の規程を無視して一方的な条件を押し付けるつもりはありません。ただ、試料の由来や依頼者の情報など、研究結果とは別に保護すべき情報があります。その点は明確にしておきたいのです。」
「それは当然の確認事項だと思います。」
桐生弁護士は、手元の資料を見ながら続けた。
「もう一点、将来的に分析結果をもとに知的財産や事業化の可能性が生じた場合についても、あらかじめ整理しておきたいと思います。現段階でそのような計画が決まっているわけではありませんが、研究成果の権利帰属や、出願が必要になった場合の取り扱いについて、後から問題にならないようにしたいのです。」
「その点も、大学の規程と照らし合わせる必要がありますね。研究に関わった人の貢献や、研究成果の内容によって扱いが変わる場合があります。」
「承知しています。ですから、現時点で結論を出す必要はありません。どのような条件が必要になるのか、契約担当と確認していただければと思います。」
「分かりました。こちらで整理してみます。」
桐生弁護士は、さらにいくつかの確認事項を伝えた。
試料の受け渡し記録を残すこと。保管場所と管理責任者を明確にすること。研究目的以外に使用しないこと。別の研究者や外部機関へ試料を移す場合には、事前に協議すること。
どれも、今後の研究を考えれば必要なことだった。
回復薬は、こちらにとって貴重なものだ。入手した経緯を詳しく説明できない以上、管理方法まで曖昧にしてしまうわけにはいかない。
もちろん、大学側にも研究機関としての規則がある。こちらの希望がすべて通るとは限らない。
だからこそ、双方で確認し、合意できる範囲を契約に落とし込む必要がある。
「本日のところは、研究内容と契約上の確認事項を整理できたと思います。」
三浦准教授が資料をまとめた。
「こちらで予備的な分析計画を作成し、必要な安全確認や契約上の条件と合わせて、改めてご連絡します。試料の正式な受け入れと本格的な分析開始は、それらの確認が済んでからということになります。」
「よろしくお願いします。」
「今後の窓口は、私が担当します。研究室内の技術的な検討については、一ノ瀬さんにも入ってもらう予定です。必要に応じて、毒性や薬理学の専門家にも相談します。」
「一ノ瀬さんにも、よろしくお伝えください。」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
一ノ瀬さんは、記録した内容を確認しながら頷いた。
「分析方法を検討するうえで、追加で確認したいことが出てくると思います。その際は、三浦先生を通じてご連絡します。」
「分かりました。こちらで答えられることなら、できるだけ協力します。」
「ありがとうございます。」
面談は、そこで一区切りとなった。
その後、試料の扱いについて改めて確認した。
「一時保管中であっても、試料の状態や取り扱い上の危険性については確認しておく必要があります。まずは容器を開けずに可能な検査を行い、その結果を踏まえて、必要であれば少量を使った予備分析を検討したいと思います。」
三浦准教授が説明した。
「成分分析も行うということですか?」
「はい。ただし、正式な研究としての分析とは分けて考えます。未知の物質ですから、まずは安全に取り扱えるかどうかを確認することが先です。試料を消費する検査については、必要量や方法をご説明し、東雲さんの同意をいただいてから実施します。」
「分かりました。それならお願いします。」
「予備検査で分かることには限界があります。成分の一部が判明しても、それだけで人体への安全性が確認できたことにはなりません。必要に応じて、専門の先生方にも相談しながら進めることになります。」
「その点は理解しています。まずは、安全に扱えるものなのかを確認していただければと思います。」
「承知しました。検査の内容や結果については、記録を残してご報告します。」
桐生弁護士も確認するように口を開いた。
「予備検査についても、試料の所有権が東雲さんにあること、検査の目的と使用量、実施内容を記録に残しておきましょう。正式な研究契約とは別に、一時保管と予備検査に関する取り決めが必要になると思います。」
「分かりました。契約担当にも確認します。」
三浦准教授は席を立ち、しばらくしてから戻ってきた。
「一時保管と予備検査については、今日の段階でも対応できることになりました。まずは試料を預かり、容器の外側から確認できる範囲の検査を行います。開封や試料を消費する予備分析については、検査内容と必要量を改めてご説明し、同意をいただいてから実施します。」
「それでお願いします。」
一ノ瀬さんが、試料の受け渡しに関する記録用紙を用意した。
容器の外観、封印の状態、受け取った日時、保管場所、保管責任者。必要な項目を一つずつ確認し、俺と大学側の双方で内容に間違いがないことを確かめる。
最後に、俺は持参した容器を三浦准教授に差し出した。
「それでは、こちらをお願いします。」
「確かにお預かりします。封印を保ったまま、指定した場所で保管します。」
三浦准教授は容器を受け取り、一ノ瀬さんと一緒に記録を確認した。
これで、回復薬は俺の手を離れ、大学側の管理下に置かれることになった。
ただし、まだ正式な研究試料として受け入れられたわけではない。まずは容器を開けずにできる予備検査を行い、開封や試料を消費する検査については、改めて説明を受けてから判断することになる。
それでも、こちらの世界の研究機関に回復薬を預けることができた。俺にとっては、大きな一歩だった。
◇
会議室を出て、大学の建物を後にする。
外へ出ると、午後の陽射しが思ったより強かった。時計を見ると、予定していた時間をかなり過ぎている。
「ひとまず、話は前に進みましたね。」
隣を歩く桐生弁護士が言った。
「そうですね。もっと簡単に引き受けてもらえるとは思っていませんでしたが、慎重に進めてもらえそうで安心しました。」
「薬としての効果があることと、大学で研究試料として扱えることは別ですからね。研究機関として必要な確認をしてもらえるのは、こちらとしてもありがたいことです。」
「一ノ瀬さんも、かなり詳しそうでしたね。」
「研究室の大学院生ですからね。分析に関する話は、今後も彼女が関わることになるでしょう。ただし、契約や権利関係は大学の正式な窓口を通す必要があります。研究者個人との口約束で進めるのは避けた方がいいでしょう。」
「分かっています。三浦先生を窓口にして、必要なことは書面で確認するようにします。」
「それがいいと思います。」
桐生弁護士は、少し間を置いてから続けた。
「今回の件は、回復薬の分析だけで終わるとは限りません。もし今後、別の物質や素材を調べることになれば、同じように試料の管理や輸送、契約の問題が出てきます。最初に手順を整えておくことは、決して無駄にはなりません。」
「そうですね。」
その言葉を聞いて、俺は今日の話し合いの意味を改めて考えた。
これまでは、異世界で手に入れたものを自分で確かめ、必要なら東京へ持ち帰る。それだけで済んでいた。
しかし、これから先も同じやり方でよいとは限らない。
回復薬だけではない。異世界には、こちらの世界では珍しい素材や道具、薬品、技術がある。逆に、東京には異世界で役立つ物資や知識がある。
両方の世界を行き来できるというだけなら、俺一人で運べる量には限界がある。物を運ぶだけでなく、何をどこへ持ち込み、誰に調べてもらい、どのように管理するのか。そうした仕組みが必要になってくる。
今日の大学との話し合いは、その最初の一歩になるのかもしれない。
ただし、今すぐ何もかも広げるつもりはない。
まずは回復薬の分析を進め、こちらの世界でどこまで調べられるのかを確かめる。それから次の段階を考えればいい。
「桐生先生、今日はありがとうございました。」
「いえ。こちらこそ、今後もよろしくお願いします。大学から連絡があれば、契約面はこちらで確認します。」
「助かります。研究の話は三浦先生に、契約の話は先生に相談させてください。」
「分かりました。窓口を分けておけば、話も整理しやすいでしょう。」
桐生弁護士と別れ、俺は帰路についた。
大学での話し合いは、想像していた以上に実りのあるものだった。
すぐに結果が出るわけではない。試料を正式に預けるまでにも、まだ確認しなければならないことがある。それでも、専門家に相談できる体制ができたことは大きい。
あとは、三浦准教授から届く分析計画を確認し、こちらの条件とすり合わせていけばいい。
人目のない場所まで移動し、周囲を確認する。
次元渡りを発動させると、東京の街並みが消え、再び異世界の森が目の前に広がった。
◇
隠れ家までの道を歩きながら、俺は時計を確認した。予定より遅くなってしまったが、まだ夕方には少し早い。
入口に近づくと、食事の支度をしている音が聞こえてきた。
「ただいま。」
「あっ、アレンさん……!」
先に気づいたのはナギだった。
「お帰りなさい。お疲れさまでした。」
「ただいま。二人とも、変わったことはなかったかな……?」
「はい。大丈夫でしたよ。お昼もミナと一緒に食べました。」
「そうかい。ありがとう。待たせてごめんね。」
「大丈夫ですよ。アレンさんもお仕事だったんですから。」
ミナも顔を出した。
「お帰りなさい。相談はうまくいきましたか……?」
「ああ。まずは詳しい計画を作ってもらうことになったよ。少し時間はかかりそうだけど、いい話ができたんだ。」
「よかったですね……!」
「ありがとう。二人とも、留守番してくれて助かったよ。」
そう言うと、ナギは少し照れたように笑った。
「私たちは大丈夫です。ミナと一緒にいましたから。」
「それならよかった。何か困ったことがあったら、いつでも言ってね。」
「はい。」
ミナも安心したように頷いた。
「さて、夕食にはまだ早いかな。何か手伝うことはあるかい……?」
「大丈夫です。もう片付けるところですから。」
「そうかい。じゃあ、終わったら少し休もう。俺も荷物を片付けてくるよ。」
「はい。お茶を用意しておきますね。」
「ありがとう。楽しみにしているよ。」
二人の声を聞きながら、俺は荷物を置きに奥へ向かった。
東京では、これから回復薬の分析に向けた準備が始まる。大学との調整や契約、試料の管理など、考えなければならないことは多い。
それでも、今すぐに答えを出す必要はない。
一つずつ確かめ、無理のない形で進めていけばいい。
異世界で手に入れたものを東京で調べ、東京で得た知識や物資を異世界へ持ち帰る。
その往復を、個人的な行き来だけで終わらせないための足掛かりが、今日できた。
だが、俺にとって今いちばん大切なのは、目の前にいる二人との暮らしを守ることだった。
荷物を片付けて戻ると、ナギが湯気の立つカップを用意してくれていた。
「アレンさん、どうぞ。」
「ありがとう。二人も座って。一緒に飲もうよ。」
「はい。」
俺は二人と向かい合って腰を下ろした。
東京での話し合いを思い返しながら、しばらく三人でゆっくり過ごした。




