音楽でしか救えない人たち
レイスの話が終わる。屋上には強い風が吹き付けていた。
レイスの話を聞いて、彼もずっと苦しんでいたんだと知った。いや、それは当然なんだけど、あたしが思っているよりも遥かに、レイスの抱えている心の傷は深かったということだ。
「なあ、俺はどうしたらいいんだろうな。自分でも、正直何が正解なのか分からないんだ」
そう言ってレイスはタバコを取り出す。風が強すぎるのを見て、火をつけずに箱に戻した。
「あたしは……」
知らぬ間に口が動いていた。それがなぜなのかは自分でも分からない。
「あたしは、キールの遺した音を届けるべきだと思います」
強い風が吹く中、レイスはあたしをじっと見つめていた。
「あなたの言う通り、クリエクの音楽にはキールの声が不可欠です。誰だってそう思うだろうし、だからこそ今のクリエクは翼をもがれたみたいな状態でもあります」
「……そうだな。まさに飛べない天使みたいなものだ」
「それでも、あたしはファンたちにクリエクの曲を届けるべきだと思います」
レイスが真意を確かめるような顔であたしを見つめている。続けろという意味だと解釈して、あたしは言葉を繋いだ。
「あたしもそうだったけど、クリエクの曲に救われてきた人たちの数はレイスさんが思っているよりもずっと多いはずです。クリエクの存在が無ければ、今頃この世には存在していなかったかも……そう思った瞬間が何度もありました」
「……」
「だけど、そういったファンたちも今は絶望の淵に立たされている。それは、生きる希望を失ってしまったかのように思えるからです。でも、だからこそ、クリエクはそんなファンたちに手を差し伸べることができると思うんです。たとえ、翼をもがれていたとしても」
自分で言っておいて涙が出てきた。だけど泣いている場合でもない。あたしの……いや、キールの想いを、今こそレイスにぶつける時。その結果レイスの拳が飛んできたところで構いやしない。
「だから、その手を引っ込めないでください。どんなに絶望的な気分になった時でも、救ってくれたのがクリエクの音楽だったから」
そう言うと思わず涙が溢れてきた。嗚咽しそうになって、必死に堪える。
「俺は」
レイスが口を開きはじめる。
「俺にとっての音楽は、救いでも何でもなく、ただの呪いだった。幼少期から音楽の世界しか知らなかった俺は、いつだってこの呪いから逃げたくて仕方がなかった。初めて楽しいと思えたのが、今やっている音楽だった。だから俺は誰かのために演奏したことなんてなかったのかもしれない。すべては自分のためにやってきたことだし、それが結果として誰かを救っていただけなのかもしれない」
レイスは暗い目をしたまま、じっとアスファルトの床を見つめていた。もしかしたら、その言葉さえも自分に向けたものなのかもしれない。
「だけど」
レイスがふいに顔を上げる。
「それじゃあダメなんだろうな。幸運なことに、今までは上手くいっていただけの話で」
その目には数秒前に見せた闇は無かった。
「ファンが俺たちを支えてくれたように、今度は俺たちが彼らを助けないといけないのかもしれないな」
「……それじゃあ」
「もう無理だと思っていたけど、やるか――武道館」
そう言って、レイスが今日初めて笑顔を見せた。
それはあまりにも感動的な光景で、思わず大量の涙が流れ出てくる。その場で叫びそうになって、あたしは必死で自分を抑える。
レイスが青空を見つめながら言う。
「そうだよな。これしきのことで折れていたらさ、キールの野郎にまたバカにされるからな。そうなるぐらいなら、向こう側へ行った時に悔しがらせてやるぐらい活躍してやらなくちゃな。お前のいないライブは最高だったぜってな」
憎まれ口は叩いていても、レイスなりにキールへ誓いを立てているのは間違いなかった。
ふと横を見ると、キールも宙に浮きながら泣いていた。幽霊でも泣くんだって思ったけど、まあそうなるよね。あんな話を聞いたらさ。
武道館でのライブっていうのは、ただでかいハコで音を鳴らすっていうだけじゃない。それはきっと、生きる希望を与え合うための素敵な場所なんだ。
明日死のうと思っていても、音楽がその人を救うことだってある。これが聴きたいから、まだもう少し生きようと思わせる瞬間がある。きっと、音楽にしか救えない人っていうのはたくさんいる。
だからこそ、次の公演では本当にたくさんの人が救われることになる。あたし自身も、きっとその瞬間を目撃することになるんだ。
「それじゃあ行こうか。まずはメンバーに武道館のライブはやめないと伝えないとな。きっと驚かれるだろうけど」
そう言ってレイスが笑う。その姿は、ちょっとだけステージで見せる時の姿を取り戻したようだった。
まあ……まさか武道館のライブをメンバーの誰一人として諦めていなかったなんて思ってもみなかっただろうけどね。
どちらにしてもクリエクには時間が無い。きっと彼らはプロだから、感傷にも浸らずに猛烈な勢いで公演の実現へと取り組むだろう。




