10、二人ならきっと大丈夫
「魔導大国として介入したら良いだろう?」
三番目の兄の言葉で、また大きく事が動く。
私は大事にはしたくはなかったけど、他国がすでに絡んでいる現状では難しかった。
最古の国の王の強行で、結婚どころか、私とランドルフが一緒にいることも難しくなったのだから仕方がないと言えば仕方がない。
大きくなる話に少し戸惑う私の手をランドルフはしっかりと握ってくれていた。
【狼男の純情】
最古の国の王の強行を止めるために。そして、剣魔の国との衝突回避?のために。私たちは王都に向かうことになった。
あれよあれよと進む話の早さに、かなり置いていかれている気がするけど……私はランドルフの傍にいることが役目だと言われたのでがんばる。
王都までは馬車で行くことに。
なんでかというと、魔力を使ってすぐに着いちゃうと魔導大国が関与したことがバレてしまうから。まだ知られない方が良いのと、魔導大国の方でも準備があるから、私たちがゆっくり馬車に揺られている間に整えたいという訳だ。
だから、ヘリオもネヴィルも、エトさんまで連れて魔導大国のに行ってしまった。一瞬だよ、一瞬。
確かにそんなに早かったらバレてしまう。
馬車で行くのは、私とランドルフ、カナ王女の三人。
ランドルフの祖母様やウル兄は、私たちが王都に着く頃に魔導大国が送るらしい。祖母様には長旅は辛いだろうからって。ウル兄は「十代の中に四十路一人はねぇ……」と渋ったから、祖母様のついでに送ってもらうことになった。まだ三十代じゃん。
ということで、私たちはカナ王女が来た日の三日後の朝にはコニファーを旅立った。
王都までの馬車旅って思った以上に疲れるもので、大きな町までの五、六時間なんて楽なものだと思い知る。
ランドルフのあの移動方法がどれだけ有能なのかを今更実感する。
良い馬車でも、広くて快適に思えても、ずっと座っているのは私には苦痛だった。身体動かしたい!走り回りたい!
それと食べた後にすぐ乗ると胃にくる。良い馬車だから揺れは少ないようだけど、無くなる訳じゃない。胃を刺激する揺れに襲われて……アレです。
カナ王女は来る時も味わったんだよね。お疲れ様って思うけど、あちこちに行くことが多いから慣れていると言う。
ランドルフも、ウル兄の仕事について行くことがよくあるみたいで大丈夫そう。
どちらも長時間、長期間に十分耐えられるご様子。
私の方が先に音を上げた。
寄り道をせずに約二週間。
その、一週間と三日ほど経った頃に私は寝込んだ。
一日三食に間食もしっかり食べるタイプなのに、馬車の揺れにリバースするし、リバースを怖れて食べる量を減らしたのにそれも結構な割合でリバースした結果、体調を悪くしてしまった。
で、近くの宿屋のベッドの中。
「……ごめん、ランディ」
「謝らなくて良いから、今は休んで」
「ん…………」
気にはしちゃう。
カナ王女は急いでいるって言っていたから、遅れたらもっと相手を怒らせることになるよね?ただでさえ、怒らせに行くのに。
これでもし戦争になったら……。
「エーマ、余計なこと考えずに寝るんだ」
ん、ごめん。
………………。
考えるのを止めたら、案外すぐに眠ってしまえた。
起きたのは……どれぐらい経っているかは何時間かは経っているようだった。まだ日中で明るかったはずが、すでに窓の外は真っ暗に変わっていたから。
身体もだいぶ楽になった。
ランドルフたちはどこだろう?
自分たちの部屋、だろうか?
起き上がって、見に行こうとしたけど、ランドルフの部屋知らない。
廊下を歩く不審者になっていないか?私。
なんて、廊下を行ったり来たりしてから部屋に戻る途中、隣の部屋からカナ王女の声がした。
「急いでいるのよ。彼女のことが心配なのは解るけれど、遅れる訳にもいかないの」
あ……私が足留めさせたから。
「貴方は私と先に向かい、彼女には此処でゆっくり休んでもらってから王都に向かう方が良いでしょう。私も彼女に何かあってはネヴィル様に顔向け出来ませんから、護衛に手練れの者を付けます。それなら、貴方も……」
「何度言われたって、俺はエマが良くなるまでは動くつもりは無い。それに護衛って男だろ?男と残すなんてもっと考えられない」
「ランドルフ、貴方ねぇ……」
「俺がエマと残る。カナリは先に行ってくれ。此処までほぼ予定通りに来れたから、出前の町には後三日もあれば着くだろう。そこで落ち合えば良い」
「落ち合えばって、彼女の回復を待ってからではどんなに急いでも無理だわ」
「ネヴィル師匠に魔力について学んできた。すぐ着く。流石に、王都にそれで入ると何を言われるか分からないから、出前の町だ。そこで待ってくれ、三日後の……昼には着くよ」
「……ネヴィル様の名前まで出されたら、信じるしかないじゃない。必ず三日後の昼よ」
「あぁ」
ランドルフ……。
よし!ランドルフが私のことを考えてくれたんだ。
早く全快しなきゃ!
そのために、まず寝る!!
部屋に戻って、私は寝た。
夜中にランドルフが様子を見に来てくれて、幸せな夢を見た。
現在より少し大人になった私たちが寄り添っている夢。
いつか、これが本当になったら嬉しい。
朝、目が覚めた時にはカナ王女は出発してしまっていた。
回復のために大事なご飯を食べる最中に、昨夜話していた内容をランドルフが聞かせてくれた。そして、二人で少しの間ゆっくりしようって。
食べて満たされたら、気分も良くなった。
「顔色が良くなった」と安心したように言うランドルフにやっと自然な笑みが浮かぶ。
私が体調を悪くしてから、ずっと私が気にしないようにって気遣う笑顔だったから。
ふふ、キラキラも健在。
馬車に乗らなかったら、元気になるのも本当に早かった。
近くに小川や林があるからかもしれない。
久しぶりに走り回ってしまった。ランドルフにはまだ回復し切っていないからダメだって言われたけど、私が楽しく走っていたから折れてくれた。ただし、ランドルフの目に入る範囲内でならと。……保護者?
まぁ、解放感があるから良いけど。
目一杯走った後、別に疲れた訳じゃないけど……林の中で転がった。
土が在って
草が生えて
花が咲いて
木々の葉を揺らす風が吹いて
少し遠くから水が流れる……川の音がする
自然っていいなぁ、と思う。
馬車に乗っている時にはぜんぜん感じなかった、優しい気配。
私を、癒してくれる。
「ここで寝る気か?」
「ううん、気持ちいいなぁと思って」
「そうだな」
寝転がっている私の傍にランドルフは座った。
視線だけ向けると目が合って微笑まれる。
木で少し影になっているのに、キラキラしていた。
「……ランディ、私のせいでごめんね」
ランドルフは私のせいとは言わないけど、後でランドルフに負担かけることになる。
私が寝込んじゃったから。
「むしろ、謝るのは俺の方だろ?俺の馬鹿な身内が仕出かしたことにエマやエマの大切な家族まで巻き込んだんだから」
王さまをバカと言って良いんだろうか?
言いたくなる気持ちはわかるから、否定しない。
ランドルフたちに何の断りもなく、勝手なことしたんだから。断りを入れられても嫌だけど。
身内といっても親兄弟じゃない離れた血縁者ってだけ。それなのに、人の人生を勝手に決めて、縛り付けようとしている。身内でも許されることじゃない。自国内のことじゃなくて、他国とのことなのに何も言わないなんて。例え、王さまでも許せない。王さまじゃなかったら殴っていたね。
そもそも、魔導大国に屈辱的な思いをさせられたというけど、その原因を作ったのは最古の国の方だし。
まあまあ満足してから起き上がると、ランドルフに腕を引かれて、長い脚の間に入り込む。抱き込まれるから、頭を硬い胸板に預けた。
ランドルフはよく抱き締めてくる。……嬉しいけど、恥ずかしい。
でも、ドキドキしているのは私だけじゃない。
「馬鹿は必ずどうにかする。こうやってエマといられる様になったのに、それが奪われるなんて耐えられない」
「私も嫌、ランディと一緒にいられないなんて」
ランドルフが私のことが好きだと知らなかった時は諦められた。だって、ずっと一緒にはいられないと思っていたから。そう想ってくれるとは思わなかったから。
だけど、今はお互いに好きだってわかった。
好きだってわかったのに、離れるなんて考えられない。考えたくない。
「邪魔が入らない様にさっさと結婚してしまえたら良いのにな」
最古の国は成人しないと結婚は出来ないから。後、二年近くある。
私と結婚したいって思ってくれていることが嬉しい。
嬉しいけど……。
じっとランドルフを見上げた。この気持ちわかってくれないかなって思って。
そしたら、こつりと額と額が合わさる。
「……この件が片付いたら、きちんとしよう」
「つまり?」
「正式に婚約して、お前が十八になったらすぐ……」
結婚?
言ってくれないの?
目を閉じて、何故か唸る。「違うな」って。
何が違うの?なんで言ってくれないの?
と思ったら、額が少し離れて手を取られた。
取った手に口を寄せる。
物語でよく見る手の甲じゃなく……手の平。
キス、なのかな?
キスしてから、青い綺麗な目が私を見る。
「エマ、俺と結婚しよう」
あ……。
真っ正面から初めて言われた。
まっすぐに私を見て、欲しかった言葉を……。
「エマ」とまた呼ばれて、ちょっと涙が出そうになった。
嬉しい。嬉しいに決まっている。
もっと早く真っ正面から言って欲しかった気はするけどね。
迷ったりはしないよ。
「うん、結婚する!」
頷いて抱き付いた。
ううん、飛び付いた。
ランドルフの首にぎゅってした。
求婚されて、承諾したら、キスぐらいしてほしいなって思う。
せっかく、顔も近付けているし……。
期待に満ちた目で見たよ。
すぐ近くで見たランドルフの目が輝いて、
そっと私の頬に触れてきて「良い?」って聞いてくる。
聞いてくるのが、ランドルフらしい。
「うん」と目を閉じたら、やや間があってから唇に触れてきた。触れるだけ。
ちょっと目を開けて見たら、……あぁ、キスしているって実感した。
長くはなかったけど、短過ぎることもたぶんない時間だった。
私は、この日、この瞬間を忘れない。
心配も、不安も、まだ続くだろうけど……私たち、二人ならきっと大丈夫。
そう思わせてくれた。
また少し休んでから、王都に向かって出発した。
ランドルフの魔力のおかげで、王都の手間の町までは休み休みでも約束の時には間に合って、カナ王女と合流出来た。
数時間、馬車に揺られることにはなったけど、なんとか耐えきり。
私たちは、王都に乗り込んだ。
第二章……完




