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 知らない学校の女の子たちの笑い声を聞きながら、あたしはマフラーを巻いて塾を出る。

 真冬の空は、気持ちのいいほど青く澄んでいたけれど、バッグに突っ込んだ一枚の紙切れのせいで、あたしの気分は重い。

 やっぱりあたしには無謀すぎたかな……志望校のランク、ひとつ落とした方がいいのかな……。

 冷たい空気の中に、はあっとひとつ息を吐く。

 日曜日の午後。混み合った街。ぼんやりと歩くあたしの目に、いつもの場所に座るあの人の姿が見える。


「どうしたの?」

 あたしを見上げながら聞く奏くん。あたしたちはあの夏の終わりから、こうやってまた時々会うようになっていた。

「模試の成績、最悪だった」

「見せて」

 言われるままにバッグから結果票を取り出し、奏くんの前に差し出す。

「今回はけっこう自信あったのに、それだよ? 受験まで、一か月もないのに」

 もう一度息を吐いて、あたしは奏くんの隣に座る。

「もうやだ。高校なんて、どこでもいい。てか、行かなくてもいい」

「やけくそ言うなよ」

「奏くんは気楽でいいよね。あたしもフリーターになっちゃおうかなぁ」

 そこまで言って、はっと気づく。いつか聞いた佐久間くんの言葉を、なんとなく思い出す。

 ――おれなんかよりずっと、いい学校行けるはずだったのに。

 ひなのさんと佐久間くんと、ずっと上手くいっていたら……奏くんはこんなところでアルバイトなんかしていなかったかもしれない。

 ゆっくりと顔を向けて、奏くんを見る。奏くんはじっとあたしのことを見ていて、そしてふっと口元をゆるませて言った。

「ぼくは今いる場所に、後悔はしてないよ。誰のせいでもなくて、自分で決めた道だから」

 あたしは黙って奏くんの声を聞く。

「だけどゆずちゃんには勧めない。今はまだ、ちゃんと勉強しなくちゃダメだよ」

 そして模試の結果を指さしながらあたしに言う。

「数学苦手なの?」

「え、あ、うん」

「内申はちゃんと取れてるんだし、数学の点数が上がれば、まだランク落とす必要ないよ」

「そ、そうかなぁ」

「そうだよ」

 なんか奏くん、センセイみたい。佐久間くんが言う通り、奏くんってきっと頭いいんだ。

「じゃあ、行こうか」

「え?」

 奏くんはすっと立ち上がって、いたずらっぽくあたしのことを見る。

「行くってどこに?」

「バイトまで時間あるし、図書館で勉強しよ」

 えー、やっと塾、終わって、奏くんと話せると思ったのに。いや、受験生だから、仕方ないけど。

「数学教えてあげる」

「ほんとに?」

 嬉しいような、悲しいような……。

「理科もちょっと頑張った方がいいかもな」

「り、理科もやるのー?」

「任せてよ。ぼく、理系だから」

 なんか奏くん、イキイキしてる。

「もしかして奏くんって、勉強好きなの?」

 しぶしぶ立ち上がったあたしの前で、奏くんはおかしそうに笑う。

「わりと好きかも」

「勉強好きな人って、初めて会った」

「小さい頃、病気のせいで、あんまり外で遊べなかったから。仕方なく勉強ばっかしてたんだよ」

 そう言って奏くんは、視線を遠くに移す。

「だけど本当は、みんなと一緒に遊びたかった。でもちょっとジャンプしただけで、自分の心臓止まっちゃうんじゃないかって、怖くて。何もかも自信が持てなかった」

 あたしたちの間を北風が吹き抜ける。あたしはマフラーを巻き直して、奏くんの横顔につぶやく。

「勉強できたなら、自信持ってよかったのに」

「今だったらそう思えるけど。頭いいのひけらかすのって、なんとなくイヤミっぽくない? だから中学の頃は、わざと手を抜いて、テストの点落としたり」

「うわ、信じられない。頭のいい人って、そういうことできるんだ」

「今思うと、そのほうが感じ悪いよな」

 奏くんがそう言いながら笑う。あたしは小学生や中学生だった頃の奏くんの気持ちを、一生懸命想像してみる。そんなあたしの耳に、奏くんの声が聞こえた。

「でもさ、そんなぼくでも、高校入ってちょっとだけ変われたんだ。自信持てるものがひとつあったって、気づかせてもらえたから」

「あ……」

 ひなのさんだ。奏くんをバンドに誘ったひなのさんが、それに気づかせてくれたんだ。

「だから今でも感謝はしてる。彼女には」

 そう言って奏くんがあたしを見る。あたしはそうっと右手を出して、奏くんの冷えた指先に触れてみる。

 どうしてだろう。手を伸ばせば、こうやってすぐに届くのに。奏くんのこと、ものすごく遠く感じるのは、どうしてなんだろう。

 コートを着た人たちが、足早にあたしたちの脇を通り抜ける。あたしの吐いた白い息が、冷たい空気の中に溶けていく。

「図書館……行くんだったな」

 奏くんの前で、こくんと小さくうなずいた。そんなあたしの震える手を、奏くんが握りしめる。

 歩道橋の階段を下りて、図書館までの道を歩いた。

 あたしたちの上に広がる青い空には、雲ひとつないっていうのに、今のあたしには、それがかえって切なかった。

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