第61話 勝負の条件
フォークの穴があいた『勝負だ』の紙を、俺は胸に抱いて、寮の寝台に寝ころんだ。天井の木目を見る。
ライバルと決闘して、親友になる。
やりたいことリストの、二十一番だ。
(来た。本当に来た)
前の世界で読んだ本では、だいたいこうだった。最初はいがみ合う。決闘する。夕日の中で、二人とも倒れる。起き上がったら、もう親友だ。
読むたびに、うらやましかった。前の俺には、決闘を申しこんでくれる相手なんていなかった。
手が震える。怖いのか、うれしいのか、自分でもよく分からない。
窓の外で、こつん、と音がした。
下をのぞくと、いつもの植えこみで、リルが毛布から立ち上がっていた。耳がぴんと立っている。
「ティオ。におい、変。どきどきしてる」
「……決闘状が来た」
「けっとう」
「勝負だ。一対一の」
リルは少し考えて、うなずいた。
「ティオ、かっこいい」
まだ何もしていない。
* * *
次の朝。
十二の間に入ると、レオンがもう待っていた。丸い大机の、俺の席の前に仁王立ちだ。
「おい、0.3。読んだか」
「読んだ。字がでかかった」
「うるさい!」
レオンが机を叩いた。学友たちが、ぞろぞろと集まってくる。
「条件を言う。俺が勝ったら、放課後のあれは解散だ」
「あれ?」
「空き教室の、変な修行会だ!」
ベルントが「ええっ」と声を上げた。
「困るよぉ。ぼく、やっと水が止まるようになったのに」
「知るか。魔力0.3に教わることなんてない。みんな目を覚ませ」
俺は、決闘状を机に置いた。
「じゃあ、俺が勝ったら?」
レオンは、言葉につまった。そこまで考えていなかった顔だ。
「……お前が勝ったら、俺もその修行会とやらに出てやる」
ベルントが、持っていたパンを落とした。
クラウスが、眼鏡を押し上げた。
「論理的に言って、それはどちらが勝ってもお前の損にならない条件だ」
「うるさい!」
セシリアは腕を組んで、窓の外を見ている。
「わたくしは監視しているだけよ。解散されても、別に困らないわ」
「じゃあ来なくていいんだぞ」
「……別に」
机の端に、うっすら霜がついた。
ドミニクが、がははと笑って俺の背中を叩いた。
「いいじゃねえか! 殴れば分かる!」
「殴り合いじゃない」
イリスが、フードの奥から小さな声を出した。
「……がんばって」
ノエルは両手を胸の前で合わせていた。
「だいじょうぶだよ。ティオくん、勝つもん」
みんな、勝手なことを言う。
俺はレオンを見上げた。
こいつは、四月の判定勝ちが、ずっと気に入らないのだ。
分かる。逃げ回るだけの相手に判定で勝っても、勝った気はしないだろう。
「受ける」
「よし!」
レオンの剣の柄に、ぼっと小さな火がついた。本人は気づいていない。
(いや、気づけ。焦げてる)
* * *
昼休み、中庭の木の下で、俺は黒パンをかじりながら考えた。
受けたのはいい。でも、どう戦う。
俺には、隠しているものが多すぎる。
迷宮で仮面のノワールが使う技は、学園では見せられない。
セシリアは、もう疑っている。修行会に「監視」と言って通ってくるのは、そのためだ。
「ティオさま」
横で、リルが干し肉を差し出した。
「ありがとう。……なあ、リル。勝ったほうがいいと思うか」
「勝つ。ティオさまは、勝つ」
「でも、勝ちすぎると目立つ」
リルは首をかしげた。それから、くんくんと鼻を鳴らした。
「レオンさまのにおい、まっすぐ。うそ、ない」
「……だよな」
あいつは、本気で来る。手を抜いたら、すぐにばれる。
まっすぐな奴に、ずるい勝ち方はしたくない。でも、本当の力は見せられない。
(影の強者、初めての二択だ)
答えは出ないまま、昼休みの鐘が鳴った。
* * *
問題は、場所だった。
学園では、生徒どうしの勝手な決闘は禁止だ。演習場を使うには、担任の許しがいる。
放課後、俺とレオンは並んで、先生の部屋の前に立った。リルは後ろで控えている。
「お前が叩け」
「決闘状を出したのはお前だろ」
「……」
「……」
戸が、内側から開いた。
「うるさいわねー。廊下で押しつけ合いしないのー」
マギー先生が、酒瓶を片手に立っていた。部屋の奥には、空の瓶がずらりと並んでいる。
「決闘の許可をください!」
レオンが、廊下に響く声で言った。
先生は、レオンを見て、俺を見た。それから、俺の手の決闘状を見た。
「……ふーん。0.3が受けたの」
「受けました」
「逃げるの、得意なのにねー」
痛いところを突かれた。
先生は酒瓶に口をつけて、長い息をはいた。
「めんどくさいけど、演習場使っていいわよー」
戸が閉まりかけて、すき間から、もう一度だけ声がした。
「三日後の放課後ねー。……ちゃんと、見てるからねー」




