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【供養版】嘘告を仕掛けた奴らを助けようとする度に大炎上。彼女は曇るし、俺はどうすればいいんだ?  作者: 歩く魚


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1/8

1.親切な男

 放課後の路地に、革靴の音が響いていた。


 俺——円城温(えんじょう のどか)がその角を曲がったのは、単に家までの近道だったからだ。

 何もない日くらい、いつもと違う道を通ってみたくなる。


 それだけの、本当にどうでもいい理由だった。


 曲がった先には四人の男がいた。


 三人は背が高くて、髪が明るい。

 学ランはだらしなく着崩されているし、ボタンをほとんど留めていない。

 いかにも、という感じの三人組。


 そして残る一人は小柄で、俯いていて、鞄を胸の前で抱えていた。

 うちの制服じゃないな。他校の子らしい。


 その小柄な男子が、背の高い男に胸ぐらを掴まれて爪先立ちになっていた。


「た、だから……金なんて持ってないって言ってるだろ」

「その鞄の中、見せてみろよ。無かったら次はポケットだ」


 あー……これはよくないやつだ。

 俺は足を止めた。危ないから引き返すのが正解だと、頭の九割はそう言っているが、困っている人を見過ごすわけにはいかない。


「あの、ちょっと良いですか?」


 四人の視線が一斉にこっちを向いた。

 掴まれていた子が、助けを求めるより先に、驚いた顔で目を見開く。


 俺は二人の男子の間に身体を割り込ませた。

 掴んでいた手が緩み、背の高い男が眉を寄せて俺を見下ろす。


 近くで見ると、想像の一・五倍はデカいな。

 頭一つ分どころじゃない。

 肩幅は倍くらいあるし、腕もたぶん俺の太ももより太い。


 勝てる要素はゼロである。


「おい、なんだよお前」

「カツアゲなんて、今時流行りませんよ」

「はぁ?」


 男の声が一段低くなった。

 同時に、俺の胸ぐらへ手が伸びてくる。

 シャツごと引き寄せられて爪先が浮きかけた。


「関係ねぇやつが首突っ込んでんじゃねぇよ。それとも何だ? こいつの友達か?」

「いえ、知らない人ですけど……」


 男の手が止まる。


「……はぁ? なら、どうしてこんな、勝ち目がないって分かってる相手に向かってきたんだよ」

「どうしてって、困ってるみたいだったんで……」


 沈黙。背の高い男も、後ろの二人も、掴まれていた子まで、全員が俺を見ている。


「知らねぇやつのために、この状況に突っ込んできたのか、お前……」

「は、はい……」


 頷くことしかできない。

 誇張でも皮肉でもなく、困っている人がいたら助ける。


 俺の中ではそれがごく当たり前で、知り合いかどうかは関係ない。


 しかし、彼ら三人——いや四人——にとっては当たり前じゃないらしい。


 四人ぶんの「こいつ何言ってんだ」という視線が刺さってくる。


 背の高い男が、俺を掴んでいた手を離した。

 男は数秒こっちを睨んでから、後ろの仲間へ振り返った。


「……なんだこいつ」

「し、知らねぇよ」


 仲間の一人が肩をすくめる。

 よかった。殴り合い寸前の空気が、なんとか気の抜けた方向に傾き始めている。


 俺はその隙に、小柄な子の腕をそっと引いて自分の後ろへ移した。

 抵抗はされなかったというか、されるがままだった。


「で、お前」


 背の高い男が、改めてこっちに向き直る。

 染めた髪の下の目が、上から下まで俺を値踏みしている。

 制服を確認して、ふん、と鼻を鳴らした。


「三鷹高か、真面目そうな顔しやがって。財布出せよ」

「財布ですか?」

「庇うんなら、そいつの分もお前が払え。それで手打ちにしてやる」


 理屈がめちゃくちゃだが、それで丸く収まるならいいか。

 俺はため息を吐きながらも、素直に鞄へ手を入れた。


 財布、財布……と探しながら、ふと男の腕が目に入った。

 学ランの袖。肘のあたりに縫い目があった。裂けた布を継ぎ合わせた跡だ。


 糸の色が生地とちょっと違うし、縫い目の間隔が均一じゃない。

 最初は細かいが、途中から粗くなって、また細かくなっている。

 手縫いだ。あまり慣れていない手つきの。


「それ、自分で縫ったんですか」

「……あ?」

「その袖の縫い目です。ミシンじゃなくて手縫いですよね。糸の引き方的に」


 男の目が泳いでいる。

 後ろの仲間二人が「なんの話?」という顔で袖を覗こうとして、男がとっさに腕を引っ込めた。


「うるせぇ。関係ねぇだろ」

「破れたのを直すのって、大変ですよね。学ランの生地って厚いから、針が全然通らなくて」


 俺は続ける。悪気はまったくないし、むしろ感心していた。

 裂けた学ランを、店にも出さず自分で繕う。

 それがどれだけ面倒か、ひと通り針を握ってきた俺には分かる。


 しかし、男にとっては違ったらしい。


 仲間の前で、隠していたものを暴かれたという顔をしている。

 それも、財布出せと凄んだ相手に。


 虚勢が袖の縫い目からぺりぺりと剥がれていくようだ。

 男の首から上が、じわじわ赤くなっていった。


「てめぇ……!」


 男の手が、もう一度俺の胸元へ伸びてくる。

 今度は本気の勢いだ。避けられない。


 だから——俺は避けなかった。


 避ける代わりに、鞄から別のものを取り出して、両手で男の前に突き出した。


「お前……これは……」


 俺が出したのは財布じゃなく、ケースだ。

 中には糸巻きが数種類、針山、小さな鋏。裁縫セットである。


「ここで直せますよ、五分あれば」

「……直せるって……」


 男は、差し出された裁縫セットと俺の顔を、二、三度見比べた。

 振り上げかけた手が、行き場をなくして宙に浮いている。


「マジで言ってんのか」

「マジです。糸の色は黒でいけますよね。それとも紺のほうがいいですか?」


 俺は返事を待たず、ケースから糸巻きを選んで針を抜いた。

 路地の隅にしゃがみ込み、男の袖を光の差すほうへ引き寄せる。


 男は抵抗しなかった。

 というより、抵抗するきっかけを見失ったのだ。

 腕を引かれるまま、助けを求めるみたいに仲間を見た。


「お、おい兄貴、どうすんだよこれ」

「知らねぇよ……! こいつ、勝手に始めやがって」


 兄貴と呼ばれた男——背の高い男は、しゃがみ込んだ俺を前に、突っ立ったまま動けずにいる。

 

 殴るに殴れず、かといって逃げれば格好がつかない。

 カツアゲ相手に道端で裁縫を始められて、正しい対処を知っている人間は、この世にいないだろう。


 俺は針に糸を通した。夕方の光は斜めに差して針穴が見えにくかったが、それでも一度で通せた。家でさんざんやってきたからだ。


 ほつれた制服、妹のスカートの裾上げ、母のエプロンの肩紐。

 縫い物はいつのまにか俺の担当になっていた。


「これ、破れたのけっこう前ですよね」

「な、なんでそんな事まで分かるんだよ」

 

「糸が褪せてるじゃないですか。直したあとも何回か引っかけたでしょう。継ぎ目の横、生地が薄くなってるんで」


 破れの周りを指でなぞる。

 肘の継ぎ目のすぐ横が、擦り切れて毛羽立っていた。

 何度も同じ場所を庇いながら着てきた跡だ。


 男は答えなかった。

 その代わり、俺の手元をじっと見ている。

 値踏みするのとも睨むのとも違う。


「なんでお前、俺の制服を直そうとしてんだよ」


 声から、先ほどまでの凄みが抜け落ちていた。


「なんでって、直せそうだったから……」

「そうじゃねぇ。俺は、お前からカツアゲしようとしてたんだぞ?」

 

「あー……でも、破れた袖とカツアゲは、俺の頭の中では別々の場所にあるっていうか……」


 目の前にほつれがあって、直せる道具が手元にある。

 だったら直すしかない。


「……意味がわかんねぇ」


 男が力なく吐き捨てる。

 怒っているというより呆れ果てている、毒気の抜けきった横顔だ。


 俺は、ついに縫い進めることにした。男の粗い針目を一度ほどき、間隔を整えながら継ぎ直していく。

 

 裂けた布の端を内側へ折り込んで、表に響かないように始末する。

 こうしておけば、次に引っかけても簡単には広がらない。


「……こういうの、母さんがやってくれてたな」


 ぽつりと男が言った。

 俺は針を動かす手を緩めず、続きを待つ。


「昔の話だけどな。今は仕事で夜まで帰ってこねぇ。だから、破れたなんて言えねぇんだよ。くたくたになって帰ってくるババアに、こんなことで手間かけさせられるかよ」

「それで、自分で縫うことにしたんですね」

「見よう見まねってやつだ。上手くいくわけがねぇ」


 俺が解ききれずに残した粗い針目が、まだ半分ほど残っている。

 不格好で歪んでいるが、誰かに見せるために縫ったわけじゃない。


「上手いと思いますよ」


 そう言うと、男は顔をしかめた。


「はぁ? どこがだよ、ガタガタじゃねぇか」

「ガタガタでも、直そうとして形になってるじゃないですか。破れたまま着るより、俺はずっといいと思います」


 後ろの二人も、いつのまにか口を閉じている。

 狭い路地で、俺が作業する音だけが流れていく。


「……変わってんな、お前」

「ありがとうございます!」

「褒めてねぇよ」


 突き放すような言葉とは裏腹に、男の口元は、ほんのわずかに上がっていた。


 最後のひと針を留めて糸を鋏で切ると、継ぎ目は、どこが裂けていたのか分からないくらいに平らになっていた。


「はい、できました。しばらくは引っかけても平気だと思います」


 男は袖をまじまじと見つめた。継ぎ目を指でなぞり、試すように軽く引っ張って、それから「へえ」と間の抜けた声を漏らした。


「……いくらだ?」

「え?」

「金だよ。直してもらった礼だよ。いくら払えばいい?」

「いらないですよ、そんなの」


 俺が笑うと、男はガシガシと頭をかく。


「……猪狩だ。俺の名前は、猪狩豪(いかり ごう)……お前は」

「円城温です」


 猪狩は俺の顔をしばらく眺めてから、片手を軽く上げた。


「覚えとくわ、円城」


 背を向けて歩き出す猪狩を、二人の子分が慌てて追いかけていく。

 

 その背中を見送っていると、さっきまで縮こまっていた小柄な子が、いつのまにか俺の隣に立っていた。


「あ、あの……ありがとうございました!」

 

 深く頭を下げて、その子も駆け去っていく。


 路地に一人残されて、俺は裁縫セットをケースに戻した。

 なんだかんだで丸く収まった。


 悪い人じゃなかったのかもな、猪狩。

 カツアゲはいただけないけど。


 ケースを鞄にしまい、俺は家路についた。

お久しぶりです。歩く魚です。


とにかく親切な主人公が嘘告されたらどうなるのか…的な話です!


書いていて思いましたが、猪狩がヒロインになりそうな気がしています。ちゃんとしたヒロインもいますが。


以下追加↓

今作は二ヶ月以上前に八話まで書いたのですが、多忙のため全体的な執筆スケジュールを見直すことにし、供養版となりました。


めっちゃ伸びたりしたら連載しますので、ワクワクすっぞという方は評価ポイント等いただけると幸いです!

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