指輪に込められる意図は恋情だけではなくて。
二日目です。
ここまで見てくださってありがとうございます。
少しずつ進めていく予定ですが遅い!と言われないように気を付けています。
予定では毎日0時頃に一話投稿予定です。
それより早く話が上がってたらその日は複数投稿になるんだと思っていただければ嬉しいです。
先ほどまで熱を帯びていた戦地の生々しい話は、まるで嵐が過ぎ去った後のように、いつの間にか静かに収束したようだった。重苦しい空気が少しずつ薄れ、アイザックもヌルテリア伯爵も、その張り詰めた緊張感から解放されたかのように、ふぅと息を吐きながら、ゆっくりと湯気の立つ茶を嗜んでいた。その視線が、まるで獲物を品定めするかのように、あるいは何かを試すかのように、静かに僕へと向けられる。特に伯爵の視線は鋭く、その深い瞳は僕の微細な反応さえも見逃すまいと、じっと見定めているかのようだった。
「この指輪に属性を、とおっしゃいますか?」
僕は目の前の、見るからに重厚で、鈍い光を放つ指輪に視線を落とし、そのずっしりとした存在感を確かめるように問い返した。その問いかけに、伯爵は満足げに、しかしどこか含みのある笑みを浮かべて頷く。
「うむ。素材は金に魔晶の粉末を丁寧に練り込んだ、世にも珍しい『魔金』と呼ばれる特殊な金属を使っている。その輝きは、ただの金とは一線を画すだろう。石については、どれが最適か見当がつかなかったのでな、あえてシンプルに、水晶亀がまだ何色にも染まる前の、無色透明な輝きを放つ結晶を嵌め込んである。これならばどのような属性にも適合するだろうと考えたのだが、どうだろうか、アレキサンダー殿」
伯爵の言葉は理路整然としており、その声には確かな自信が漲っていたが、僕の心には一抹の不安がよぎった。指輪から放たれる、濃密で重々しい魔力の波動が、まるで生き物の鼓動のように、僕の指先にまでひしひしと伝わってくる。ただの金属が持ち得ない圧倒的な存在感だ。
「端的に申し上げますと、私の未熟な魔力がこの指輪の持つ強大な力に負けてしまわないか、それが心配でなりません。」
僕は正直な気持ちを、少しだけ声のトーンを落として口にした。この指輪からは、まるで生き物のように脈打ち、意志を持つかのような、とても強烈な魔力を感じる。果たして僕の、まだ発展途上にある魔力で、この密度の魔力を完全に支配し、望む属性へと染め上げることができるのか。その自信が、今はまだ、僕の胸の中には芽生えていなかった。
「難しいか?」
伯爵の問いには、期待と不安が入り混じった複雑な感情が揺らめいている。僕は指輪をそっと掌に乗せ、そのひんやりとした重みを確かめるように、じっと見つめた。
「ええ、私の魔力が、この指輪の持つ圧倒的な力に拮抗できるかどうか……。正直なところ、もしできたとしても、かなりの時間がかかるかもしれません。」
僕の言葉に、伯爵の顔は無表情に目を動かしながら僕を見やりながら言う。
「時間をかけねばならぬ、と申すか。それは誤算であった。確かにこの指輪では、若年であるアレキサンダー殿には手に余るかもしれぬな……。アイザック卿、今は一刻を争う事態。時間が惜しい。私はすぐに城に戻るが、そう何度もこちらには来れない故に、貴殿らも準備を整え次第、私の城まで来い。東部の安定のためには、戦力はいくらあっても足りんのだ。アレキサンダー殿の指輪の確保については、その時に改めて行おう。私の城であれば、属性を付与するための指輪も数多くあるゆえな。この指輪は預けるので、可能であれば染めてくれ」
伯爵はそう言い放つと、まるで急かされるように立ち上がり、その場を後にしようとした。その足取りには、先ほどまでの余裕は微塵も感じられなかった。
「承知いたしました。では、お見送りいたしましょう。」
アイザックが深々と頭を下げ、伯爵の背中を静かに見送った。伯爵は一瞥もくれず、足早に部屋を出て行った。その去り際に残されたのは、冷たい空気と、指輪の放つ重い魔力だけだった。
ほんの少しの誤算と、東部の情勢がもたらす切迫感が、ヌルテリア伯爵を急き立てるように追い返した。しかし、それで僕たちが喜べるほど、伯爵がもたらした戦地のニュースは軽いものではない。その夜、沈鬱な空気が村全体を覆う中、すぐにまた家族会議が開かれることとなった。暖炉の火がパチパチと音を立てるだけの静かな部屋で、僕たちは重い議題に直面することになるのだった。炎の揺らめきが、壁に不穏な影を落とす。
「父上、行くんですか」
カームの声は、どこか諦めを含んでいた。その表情は、不安と覚悟が入り混じった複雑なものだ。
「正直、断りたいができない。20人程を引き連れていこうと思っている。」
アイザックは重々しく答えた。その声には、村の長としての責任と、家族を案じる親としての葛藤が滲んでいた。
この村の人口はだいたいで200人にいかないほどだ。そのうちの20人、しかも連れていくなら当然、働き盛りの男たちだろう。村から若い男手を20人も出すというのは、村の生活に大きな影響を与えることを意味する。カームが絞り出すように言う。
「父上っ、それは……!」
カームの声には、強い反対と、父への心配が込められていた。彼の瞳は、父の決断に納得がいかないと訴えている。
「貴族の義務だ。安心しろ、今回は危険は少ない。行って帰ってくるだけだ、私とアレクと村の男手をもって行く事になるだろう。カームとソランは村を頼む。」
アイザックは、カームの視線を真っ直ぐに受け止め、力強く言い切った。その言葉には、村を守る者の覚悟が宿っていた。
予定では一ヶ月ほどこの村を空ける予定となる。移動に一週間、滞在が二週間、帰りで一週間だ。滞在期間が短いのは、一旦はそれで良いと見られているためだという。滞在中の兵糧は伯爵負担となるし、礼金も嵩む。いくら約定に則っての参戦といえど、あちらから依頼している以上は出すものは出さなければならないのだ。村を離れる男たちの顔には、不安と期待が入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。
「出発はいつになりますか?」
僕は、具体的な日程を尋ねた。
「事態の至急性が低いことと、準備がまるでできていないことを踏まえて、数日から七日ほどを見ている。これに関しては私とカームで集めるから、アレクは魔法を磨いていると良い、指輪のこともあるしな。」
アイザックは、僕の顔をじっと見て、そう告げた。その言葉には、僕への期待と、指輪の扱いに習熟してほしいと言うような意図があるように感じた。
「承知いたしました、父上に兄上、よろしくお願いいたします。」
僕は深く頭を下げ、その言葉を受け入れた。心の中で、これから指輪との戦いが始まるだろうと予感がやまなかった。
次の日の朝、僕は指輪と向き合っていた。手のひらに乗せた指輪は、ずっしりとした重みと、底知れない魔力を放ち続けている。指輪とはこんなにも立派なものなのかと、改めてその精巧さに感嘆する。でもこれだけの魔力を発する指輪なら、確かに属性を付加すれば長い間使えるのだろうと思う。魔法具としての品質にいうことはないほどだ。その輝きが僕の心を惹きつけてやまない。
試しに一度、属性付加を試みたけれど、指輪は僕の魔力をまるで異物のように弾き返してしまった。その感覚は、まるで僕の魔力が遮られているようで、ならばと思い、魔力を圧縮しようとしてみるが、これが段違いに難しく、なかなかうまくいかない。土を固めるのとは大違いだ。感覚が掴めず、焦燥感が募る。でも、僕の目の前には、圧縮された魔力とでもいうべき、明らかにその濃さの違う魔力を発する指輪があるのだから、できないということはないのだろう。そう自分に言い聞かせながらも、どうにもやり方が掴めない。こういう時は、誰かに尋ねるのが一番だ。この村ならソランに聞くのがいいだろう、男爵家の出身なら魔法のあれこれを知っている可能性は高い。
お昼前だから、きっとソランは家の厨房で村の女衆と飯を炊いている頃だと思う。香ばしい匂いが、微かに風に乗って漂ってくる。普段はあまり覗かない厨房を見やると、女たちが集まってスープやらを作りながら、あまり大きな声ではないものの、ひそひそと話をしていた。いつもなら外まで聞こえるほど大声で話していることもあるのに、どうしたことだろうか? 僕はそっと聞き耳を立てる。厨房の奥からは、野菜を刻む軽快な音が聞こえてくる。
「またいくんですって」
一人の女性が、不安げな声で呟いた。
「今回は大したもんじゃないってうちの主人は言ってたけど」
別の女性が、自分に言い聞かせるように答える。
「コアンもいっちゃうんだって」
「このままお別れはしたくないけど、未亡人もいやだよ……」
やらと、暗い話題が多い。村の男たちが遠征に行くことへの、不安や寂しさ、そして諦めが、ひしひしと伝わってくる。ソランは静かにみんなの様子を見ながら、無言で野菜を刻んでいる。その手つきは淀みなく、しかしその表情には、どこか憂いが感じられた。
これは、ちょっと踏み込みにくい雰囲気だ。僕はたじろいでいると、少し開いていた厨房の扉にソランが気がついてしまい、僕を見つけてしまう。
「あら?アレクじゃない、なにかあったの?」
ソランは、野菜を刻む手を止め、僕に優しく問いかけた。その声は、いつもと変わらない穏やかさだった。
「たいした用ではないのですが……お忙しそうですね。」
僕は少し気まずそうに答えた。
「そんなこともないわよ、もうじき終わるし」
ソランはにこりと微笑んだ。その笑顔は、厨房の重い空気を少しだけ和らげる。
そうしていると、一人の若い女が、僕とソランの会話に割り込むように、やや前のめりになって問いを投げかけてきた。
「アレク様、今回の出兵。本当に危険はないのですか?」
その声には、切実な不安が込められていた。彼女の瞳は、僕の答えにすがるように見つめている。
僕とソランの会話に割り込むように聞いてきた若い女を、周りの主婦が慌てて止めて謝る。
「ちょっと!ごめんなさい、まだこの子はよくわかってなくて。あんた、アイザック様達は本当にお優しいから喋りかけることもできるけど、話を遮るなんてとんでもないことだよ!申し訳ありません、アレキサンダー様、ソラン様」
主婦の一人が、若い女の腕を掴み、頭を下げて謝罪した。その声には、僕たちへの敬意と、若い女への窘めが入り混じっていた。
厳しい貴族ならそれこそ打ち首にでもしているかもしれないが、僕たちがそこまですることもない。アイザックは元々平民の出身でもあるから、かなり平民には優しいのだ。僕も、彼女たちの不安な気持ちは痛いほど理解できた。
「いいのです、気にされないでください。今回の出兵は発表にある通り、ただ並べるだけ、戦闘になる可能性は極めて低いです。安心して、愛するもの、愛したいものの無事を願い、送って、迎えてください。」
僕は、できるだけ穏やかに、しかし力強くそう告げた。僕の言葉が、彼女たちの心に少しでも安らぎをもたらすことを願って。村長の息子の言葉でも影響はあったのか、女衆が少し落ち着いたように見えた。彼女たちの表情に、わずかながら安堵の色が浮かんだ。
「母上、部屋を変えたいのですが、いいですか?」
僕はソランに尋ねた。この場で魔法の話をするのは、やはり気が引けた。
「ええ、先に向かってくれるかしら?私は指示があるから。」
ソランは、僕の意図を察したように頷いた。
「承知しました、失礼します。」
僕は一礼し、厨房を後にした。
部屋を出て、普段は話し合いの時に使う、窓のない静かな部屋に移動して、蝋燭をつけて灯りを確保してからしばらくすると、ソランが本をひとつ抱えて部屋にやってきた。その本は、古びた革の装丁で、ずっしりとした重みがあり、非常に高価なものだと一目でわかった。おそらく、男爵家から婿入りする時に持ってきたものだろうと思う。その本の存在自体が、ソランの出自を物語っていた。
「母上、その本は?」
僕は、珍しさに目を奪われ、尋ねた。
「これはお父さんの本だから大事にね。正確には、当主の本なのだけどね。」
ソランは、本をそっと僕に差し出した。その手つきは、本への深い敬意を感じさせた。
「当主の?」
僕が訝しげに問い返すと、ソランは本の表紙を見せるように机に置いた。そこには、古風な文字で「貴き者のあるべき本」と書かれている。その重々しいタイトルは、僕の好奇心をさらに刺激した。
「正確には、名誉貴族の本よ。下級名誉貴族が知っているべき知識の記載された本なの。」
ソランは、その本の背景を説明してくれた。彼女の言葉には、確かな知識と、どこか誇らしげな響きがあった。
「なぜ、そんなものを?」
僕は、この本が僕の疑問を解き明かす鍵になるのではないかと、期待を込めて尋ねた。
ソランは、慣れた手つきで本をめくっていき、ひとつのページを見つけたかと思うと、そのページを僕に見せる。そこには、「指輪の魔法具を行使するために」と、簡潔に、しかし力強く書かれていた。僕の視線は、その文字に釘付けになった。
「名誉貴族に選ばれる条件ってわかるかしら?」
ソランは、僕の理解度を試すように問いかけた。
「爵位を得てもおかしくないほどの貢献を成すことと考えていますが。」
僕は、これまで学んできた知識を披露した。
「それに加えてもうひとつ、指輪の魔法具を十全に使える程度の魔力を保有していることが条件よ。」
ソランの言葉に、僕は驚きを隠せない。魔法が使えないのに? 僕の知る限り、名誉貴族は魔法使いではないはずだ。その疑問が、僕の顔にありありと浮かんだのだろう。
「貴族家の当主は代々、初代の魔法を継承するわ。同時にその魔力も継承するの。というのもね、魔力量は両親に影響を受けるの。お父さんはそれなりに魔力があって、昔功績をあげた時も、偶然拾った指輪の魔法具で戦ったと言っていたわ。もちろん私も魔力を使える、カームも使えたでしょう?」
ソランは、僕の疑問を解きほぐすように、丁寧に説明してくれた。その言葉は、僕のこれまでの常識を覆すものだった。
「あ、確かにそうですね。僕の知識では、人は誰しも大なり小なり魔力を持っているとあったので、疑問を抱いたことはなかったです。」
僕は、自分の知識の偏りを悟った。ソランはページをなぞって、僕にそこを読むように促した。その指先が示す文字を、僕は食い入るように見つめる。
「貴族家のものはその才能によって魔法を使い、困難や窮地を打倒するものである、故に、名誉貴族であっても相応の格が求められる。」
その一文は、僕の胸に深く響いた。名誉貴族という存在の重みと、その裏に隠された真実が、少しずつ見えてくる。
「ええ、実はあなたたちには言ってないけれど、指輪の魔法具はお父さんも持っているのよ?緊急時以外は使わないように言われているから、見せることすらしないけどね。」
ソランの言葉に、僕は目を見開いた。知らなかった。父が、指輪の魔法具をもっているのか。どんな属性の指輪なのだろう?遠征にいけば、その秘密を知ることができるだろうか。僕の胸には、新たな好奇心が芽生えた。
「名誉貴族に選ばれたものは、指輪を使えるほどには魔力があるんですよね?ではなぜ継承できないのですか?」
僕は、新たな疑問をぶつけた。
「貴族の量を調整するためと、魔力の量が不安定になることが多いからね。」
ソランは、複雑な貴族社会の仕組みを簡潔に説明してくれた。しかし、僕の頭の中は、まだ整理しきれない情報でいっぱいだった。難しい話になってきた、そもそも僕の聞きたかった話とはずれている。僕は、本来の目的を思い出し、改めてソランに問いかけた。
「母上、僕は喫緊の課題として、この指輪に属性を込められないことに悩んでいます。解決できないでしょうか?」
僕の切実な問いに、ソランは少し考え込むような表情を見せた。
「難しいのよね、私も魔法は使ったことがあるわ、実家のだけどね。でも属性は持っていないから、教えてあげられることはあまりないのよ。でも、指輪を作るのってそんなに簡単なことじゃなかったはずなの。改めて思うけど、あそこで伯爵がアレクに属性指輪を作らせようとしたこと、それ自体がすごく不思議だわ。」
ソランの言葉は、僕の頭の中でバラバラだったパズルのピースを埋めるような感覚をもたらした。得心がいった。伯爵の行動には、何か裏があったのかもしれない。僕の顔に、はっとした表情が浮かぶ。
「伯爵はわかっていた?僕がこの指輪に魔力を込められないということが。」
僕は、確信めいた口調で尋ねた。
「わからない、見誤ったというのも嘘じゃないかもしれないし、私は属性を持っていないから。」
ソランは、あくまで冷静に答えた。彼女の言葉は、僕の思考をさらに深める。
「僕、自室にいきます。母上、お話を聞けてよかったです。」
僕は、気付きを胸に、立ち上がった。ソランの言葉が、僕に新たな視点を与えてくれたのだ。
「いつでもいらっしゃいね、アレクもカームも可愛げがないんだから。」
ソランは、少し寂しそうに、しかし優しい眼差しで僕を見送った。その言葉に、僕は少し恥ずかしくて、俯きながら言葉を残す。
「精進します。」
僕は、指輪を握りしめ、自室へと向かった。心の中には、伯爵の意図を解き明かし、指輪に属性を付与して、父の期待に応えたいという強い思いが満ちていた。




