↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない調律係はいらないと追放されましたが、壊れた魔道具の声が聞こえるので辺境で重宝されています  作者: 空乃 カナタ
第1章:捨てられた少年と鳴らない鐘

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
95/100

第95話 工房に届いた診断料

 銀貨が三枚、銅貨が六枚。


 行商人が机へ並べた金は、請求書に書いた額と一枚も違わなかった。


「アルバ冒険者組合から。受け取りを頼むよ」


 最後の銅貨が、少し傾いて転がりかけた。

 俺は指先で止めた。


 旧水守門を開けたわけではない。

 第二座を取り替えたわけでもない。


 それでも、金は届いた。


「不足はありません」


 ミラが金額と支払書を確かめ、受領の控えを俺へ向ける。


「エイルさん、署名を」


 筆を取る。


 請求した時の名前と、同じ名前を書けばいい。

 たったそれだけのことなのに、受け取った銅貨の冷たさが、指に残っていた。


     ◇


 最初の観察日から数えて、十三日目だった。


 九日目の夕方に出した請求書は、十一日目に組合へ届いていた。

 支払書の日付も、その日になっている。


 リーネさんと、組合の会計係の確認印。

 封じた金を預かった行商人の名。


 紙をたどれば、俺たちの請求がどこを通って帰ってきたか分かった。


 朝の村の確認は、すでに済ませている。

 井戸にも水車にも変わりはなく、工房の床下では、二つの寝石が近い音を返していた。


 机にあるのは、新しい不調の知らせではない。


『旧水守門・七日間の記録照合および経過判断』


 俺とミラで決めた仕事の名前が、支払書にも、そのまま書かれていた。


『報告書および作業内訳を確認。

 請求額、銀貨三枚と銅貨六枚を承認』


 工事費への書き換えはない。

 交換部材費もない。


 ただのお礼でも、次に何かを直すための前払いでもなかった。


「これで、今回の分はおしまいかい?」


 行商人が聞く。


 俺は支払書から顔を上げた。


「今回の診断料は、これで精算です。門の確認は続きます」

「なるほど。そっちの返事も持っていけばいいんだね」

「はい。受領書と、依頼への返答をお願いします」


 ミラが用意した控えへ署名する。


『リント村修理工房 エイル』


 書き終えた紙を渡す時、口から出かけた「すみません」を飲み込んだ。


「ありがとうございます。確かに受け取りました」


 行商人は頷き、控えを自分の帳面へ挟んだ。


「では、帰りに返答を受け取るよ。昼過ぎまでは、村で商いをしているから」


 入口で待っていたポロが、道を空けた。


 荷車の車輪が遠ざかる。

 机の上の九枚は、まだそこにあった。


     ◇


「ちゃんと、同じ名前だ」


 ポロが支払書を覗いていた。


「何の名前ですか?」

「工房の仕事。石を替えたって、書き直されてない」


 俺も、もう一度その行を見た。


 記録照合。

 経過判断。


 その言葉の横に、代金が記されている。


「はい。した仕事のまま、受け取ってもらえました」


 ポロは満足そうに頷いた。

 新しい炭筆で、入金日の小札を書く。


 しゃ。


 先日渡したばかりの筆は、まだ持ちやすい長さを保っている。


 ミラは、手元の帳面に受領日を書き込んだ。


「紙と墨の立て替え分を戻します。作業分の割り振りは、控えどおりに」


 過去に精算した仕事を、もう一度数えない。

 今回の作業をした者の分は、消さない。


 俺の名前の横にも、金額が残っている。


「エイルさんの分も、これで」

「はい」


 短く答えると、ミラの筆も止まらなかった。


 以前なら、俺は自分の欄だけを避けて見ていたかもしれない。

 今日は、そこに印がつくまで見ていた。


 ハンナさんが湯の入った器を運んできた。

 ガンツさんは椅子へ腰を下ろすと、入金の控えを一度読んだ。


「受け取ったな」

「はい」

「なら、その金を全部、見えないところへしまい込むなよ」


 俺は銀貨を見る。


 記念に残しておきたい気持ちはあった。

 けれど、短くなった筆や、薄くなった紙束を思い出す。


「使う分も、決めます」

「それでいい」


 ガンツさんは、器を両手で持った。


 誰も、もっと大きな額にすればよかったとは言わなかった。

 俺も、少なく請求しておけばよかったとは思わなかった。


     ◇


 支払書のほかに、リーネさんの手紙が入っていた。


 十四日目の旧水守門の点検は、予定どおり行うこと。

 観察結果をまとめ、帰還後の道具確認を添えて送ること。


 そして、別紙で出した見積もりへの返答。


『十四日目の記録を受領した後の比較と再判断、一回分を依頼します。

 別紙の見積もりに記載された範囲と金額でお願いします』


 ミラは、その紙を今回の支払書と分けた。


「次の仕事も、依頼が来ました」

「保管の方は?」

「継続保管と、それ以外の追加作業は、まだ相談中です。今回の入金には含まれていません」


 俺は頷いた。


 ガルドさんの元の素材袋は、木枠の中にある。

 左底の縫い目に残った細粒Bも、そのままだ。


 乾布四も広げていない。

 替え石は床下、二枚の座合わせ片は防護鐘台に残している。


 金が届いたからといって、それらを動かしてよいことにはならない。


 手紙には、短い追記があった。


『良い変化も、悪い変化も、前の記録と異なる点はそのままお知らせください』


 俺は、その一行を読み直した。


 代金を受け取ったのだから、相手を安心させたい。

 明日の点検でも、冷えが戻っていなければいい。


 それは、本当の気持ちだった。


 だが、まだ届いていない記録へ、願っている答えを書いてはいけない。


 返答用の紙に、俺は二つの文を分けて書いた。


『七日間の記録照合および経過判断の代金を受領しました』


『十四日目の記録を受領後、七日目との相違と、確認できた範囲を報告します』


 ミラが読み、頷く。


「次の依頼は、この内容で受けるのですね」

「はい」


 今度は、分からなかったら代金を受け取れない、とは言わなかった。


 分からない箇所が残れば、その場所を示す。

 前と違うものが届けば、前の答えを守るために隠さない。


 代金を受け取ったあとも、それは変えない。


     ◇


 昼前、井戸端に荷車を止めていた行商人のところへ行った。


 返答の封書は、ミラが受領書の控えと照合してくれた。

 今回の精算と、次の依頼。どちらの話か、混ざらないように書いてある。


 封書を渡したあと、俺は荷台の品を見た。


 紙の束。

 墨。

 麻紐。

 大小の針。


 買い物をせずに戻ってもいい。

 まだ工房には残りがある。


 そう考えてから、紙束へ手を伸ばした。


「こちらを一束と、墨を一つお願いします」


 使う前から、ぎりぎりまで減らす必要はなかった。


 支払いを済ませ、品と釣りを受け取る。

 ミラが決めた工房の予算から出す分だ。今回の請求へ、さらに足す金ではない。


 工房へ戻ると、ポロが包みを見つけた。


「新しい紙?」

「はい。記録用です」

「まだ何枚か残ってたよ」

「残りがなくなる前に、買っておきました」


 ポロは一枚だけ抜き、光にかざした。

 端まで、何も書かれていない。


 今まで、図を描き直す時には、書き損じの紙の裏を探すことが多かった。

 残す記録と混じらないように、ミラが一枚ずつ確かめていた。


「失敗しても、次があるね」

「はい。合うように線を直すより、もう一枚に描いてください」


 ポロは紙を重ね直した。

 角をそろえる手つきが、少し丁寧になった。


 ミラは買い物の控えを受け取り、入金とは別の行へ支出を記す。


 金は減った。


 それなのに、机の上には、明日使えるものが増えていた。


     ◇


 昼の薄焼きは、いつもより少し熱かった。


 ハンナさんが焼き上がった順に皿へ分けたからだ。

 先に取ったポロが指を振り、ガンツさんに笑われる。


「慌てて食うな」

「冷めたら、硬くなると思って」

「指が先に負けるだろうが」


 俺も皿を受け取った。


 新しい紙は棚へ収め、墨も蓋を閉じてある。

 預かり品から離れた机で、五人分の皿を並べた。


 ミラは帳面を閉じてから席についた。


「今日は、エイルさんも先に食べてください」

「はい」


 以前なら、あとで食べると言って、何か探したと思う。

 昼の間にもう一度音を聞けば、少しでも先へ進める。

 そう考えて、冷えた欠片をかじった日もあった。


 今日は、そのまま一口食べた。


 端は香ばしく、真ん中は柔らかい。

 噛むと、麦の甘さが残った。


「受け取った顔に、なってきたね」


 ハンナさんが言った。


「そんなに違いますか?」

「金を返しに走りそうな顔じゃ、なくなったよ」


 俺は苦笑した。

 返すつもりはなかった。


 ただ、受け取った分以上に働いて埋め合わせなければ、と少し思っていた。


 必要な仕事をしたから受け取った代金なのに、その代金のために、終わりのない仕事を足そうとしていた。


 皿を置きかけた手を戻す。


 もう一口、温かいうちに食べた。


     ◇


 夕方、机の上には三枚の紙が残っていた。


 今回の請求書の控え。

 代金を受け取った記録。

 十四日目の報告を待つ、次の依頼書。


 ミラが最初の二枚を重ね、端へ受領の印を押す。

 次の依頼書は、隣へ置いた。


「ここまでは済みました。次は、こちらです」


 仕事の区切りが、目に見えた。


 旧水守門の問題がすべて終わったわけではない。

 それでも、引き受けた一つの仕事を終え、代金を受け取ることはできる。


 続きがあるから、いつまでも前の仕事を終わらせないのではない。


 俺は、入金の帳面にある自分の名前へ目を落とした。


 この工房で受け取る金が、初めてなわけではない。

 けれど、旧水守門へ一度も工具を入れなかった判断に、仕事の名前と代金が並んだのは初めてだった。


 工房の床下から、石の音が返る。


 こん。

 ……りん。


 使われなかった替え石は、今日もそこにある。

 銀貨を受け取ったからといって、違う音には聞こえなかった。


 明日は十四日目。


 アルバでは、セシアさんたちが予定どおり旧水守門を見る。

 その結果がここへ届くのは、さらに後だ。


 俺は、新しい紙を一枚取り出した。


『十四日目の観察報告との比較』


 見出しを書き、その下を空けておく。


 右の紙片は、また揺れるだろうか。

 西の冷気は、どんな記録になって届くだろうか。


 もし、前とは違っていたら。


 俺は、その違いを書く。


 診断料の受領印の隣で、次の報告を待つ紙は、まだ白かった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


請求書に書いた銀貨三枚と銅貨六枚が、工房へ届きました。


前回は、自分の仕事に値段をつける一歩。

今回は、その代金を受け取り、工房を続けるために使う一歩です。


紙と墨を補充すること。

温かいうちに食事を取ること。

一つの仕事を終え、次の依頼とは区切りをつけること。


どれも小さなことですが、エイルにとっては、働き続けるために必要な変化でした。


そして、代金を受け取っても、明日の結果を先に決めることはできません。


十四日目の点検で何が見つかるのか。

次は、アルバ側の観察へ戻ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。