表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない調律係はいらないと追放されましたが、壊れた魔道具の声が聞こえるので辺境で重宝されています  作者: 空乃 カナタ
第1章:捨てられた少年と鳴らない鐘

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/40

第24話 軸を削る音

 水守の印が刻まれた軸材は、一晩置いても音を濁らせなかった。


 翌朝、俺は水車小屋の横に置かれた木材の前に立っていた。


 夜露が降りないよう布をかけ、地面から湿気を吸わないよう石台と板で支えてある。

 ハンナさんが風通しを考えて布を少し浮かせてくれたおかげで、木材はよく乾いたままだった。


 俺は布を外し、軸材の端を指で軽く叩く。


 こん。


 低く、まっすぐな音が返ってきた。


 昨日と同じ。

 いや、昨日より少し落ち着いている。


 一晩リント村の空気に馴染んだのだろうか。

 水車小屋のそばに置かれたことで、木材の奥に眠っていた音が少しだけ起きたように感じた。


「どうだ」


 ガンツさんが横に立つ。


 手には手斧と鉋。

 腰には小さな墨壺と、寸法を測る紐が下げられている。


「音はいいです」


「割れは?」


「大きな割れの音はありません。ただ、右端の表面だけ少し乾きすぎています」


「そこは削る部分だな」


 ガンツさんは木材の表面を撫で、頷いた。


「芯は残っている。よし」


 ミラはすでに帳面を開いていた。

 今日の記録には、いつもより細かい表が作られている。


『軸材加工記録』

『確認位置』

『削った量』

『音の変化』

『木目』

『乾き』

『水車との相性』


 その横では、ポロが大きな紙に絵を描いていた。


 水車の軸材。

 削る前。

 削りすぎのばつ印。

 芯を残す丸印。


 ただ、芯の絵がなぜか木の中に小さな顔として描かれている。


「ポロ、その顔は何ですか?」


「木の芯」


「顔はありますか?」


「見えた方が分かりやすいかなって」


 ミラは少し考えてから言った。


「子ども用の説明なら、悪くないかもしれません。大人用には顔なしで描きます」


「顔ありと顔なし!」


 ポロは嬉しそうに二種類の絵を描き始めた。


 ハンナさんも見に来ていた。

 今日は畑仕事の前に、軸材の保管と削りくずの使い道を確認するという。


「削りくずは捨てないでおくれ」


「使うんですか?」


「乾いたいい木なら、火付けにも使えるし、湿気取りにもなる。細かいものは布袋に入れて道具箱に置くといいよ」


 ミラがすぐに記録する。


「軸材削りくず。乾いたものは湿気取り、火付けに利用可能。保存袋が必要……」


 工房ができてから、何でも記録になる。

 でも、それが嫌ではなかった。


 誰かの知っていることが、次の誰かへ届く形になる。

 それが、この村には必要だったのだと思う。


 ガンツさんが軸材に墨で線を引いた。


「まずは粗削りだ。軸受けに入る太さまで一気に近づける。ただし、芯には触らん」


「削りすぎたら?」


 ポロが聞く。


「戻らん」


 ガンツさんが即答する。


 ポロは大きく目を開いた。


「木って、足せないの?」


「足せん。だから削る前に考える」


「怖い」


「怖いと思うなら、少しは職人向きだ」


 ガンツさんの言葉に、ポロは真剣な顔で頷いた。


「怖いから、ちゃんと見る」


「それでいい」


 軸材は太い。


 水車の重さを支えるための木だ。

 手斧を入れるたび、低い音が鳴る。


 こつ。

 こつ。


 最初の一削りを入れる前に、ガンツさんが俺を見る。


「聞け」


「はい」


 俺は軸材の端に手を当て、耳を澄ませた。


 木の中には、年輪の音がある。

 外側の乾いた音。

 内側の芯の音。

 水を受ける時に鳴るだろう低い響き。


 その中に、一本だけまっすぐ通る音があった。


 軸の芯。


 ここを外せば、水車は回ってもどこかでぶれる。

 影車と北の結界石へ送る音も濁る。


「線は合っています。ただ、南側を少し多めに残してください」


「理由は」


「水車に取り付けた時、北側へ音を送る力が少し逃げます。南側を薄くしすぎると、回転の音が軽くなりすぎます」


 ガンツさんは墨線を見直し、少しだけ位置を変えた。


「こうか」


「はい」


「よし」


 手斧が入った。


 こつ。


 一削り。


 木片が落ちる。

 乾いた木の匂いが広がった。


 こつ。

 こつ。


 ガンツさんの手は力強い。

 けれど、乱暴ではない。

 刃を入れるたび、木目を見て、音を確かめ、少しずつ形を出していく。


 俺は横で音を聞いた。


 こん。

 こ。

 ……こん。


 まだ大丈夫。

 芯はずれていない。


「そのままです」


 ガンツさんは黙って頷き、削り続けた。


 ミラが記録する。


「粗削り開始。南側をやや残す。理由、北結界石への音の逃げを防ぐため……」


 ポロは削りくずを拾おうとして、ハンナさんに止められた。


「まだ近づかない」


「でも、拾う係」


「刃物が動いている間は駄目」


「刃物が止まってから?」


「そう」


 ポロは一歩下がり、紙に大きく書いた。


『はものがうごいているときは、ちかづかない』


 ミラがそれを見て頷く。


「工房の安全手順に入れましょう」


 ポロは嬉しそうだったが、今度はちゃんと距離を取っていた。


 粗削りが進むにつれ、軸材の形は少しずつ丸みに近づいていった。


 もとは角の残る太い木材だった。

 それが、少しずつ水車の軸らしい形になっていく。


 けれど、丸くすればいいわけではない。


 軸受けに入る部分。

 水車本体の重さを受ける部分。

 影車へ音を送る金具とつながる部分。


 それぞれ、わずかに残す厚みが違う。


「ここは削らないんですか?」


 ミラが尋ねた。


 ガンツさんが手を止めずに答える。


「そこは力を受ける。丸くしすぎると弱い」


「完全な丸ではないんですね」


「見た目の丸さより、回る時の安定だ」


 俺も頷いた。


「音も同じです。均一すぎると、水車の音が北の石へ届きにくくなります。少しだけ受ける向きが必要です」


「少しだけ……」


 ミラは難しそうな顔をしながらも書き込んでいく。


「軸は完全な丸ではなく、力と音を受ける向きを残す」


 ポロが小声で言った。


「丸ければいいってわけじゃない……」


 ハンナさんが笑う。


「人もそうだねえ」


「人も?」


「全部つるつるに丸くなくても、役に立つところがあればいいってことさ」


 ポロは分かったような、分からないような顔をした。


「じゃあ、僕の絵がちょっと曲がってても役に立つ?」


「分かりやすければね」


「やった」


 ガンツさんが低く言う。


「曲がりすぎは駄目だ」


「はい!」


 昼前、粗削りが一段落した。


 軸材は、最初よりずっと細くなっていた。

 削りくずが布の上に山になっている。

 乾いた木の香りが、水車小屋の周りに漂っていた。


 ガンツさんは手斧を置き、俺に場所を譲った。


「叩け」


「はい」


 俺は軸材の端、中ほど、反対側を順に叩いた。


 こん。

 こん。

 こ。


 少し、右端が軽い。


 削りすぎではない。

 表面の乾いた部分が取れたことで、内側の音が出てきたのだ。

 ただ、水車の軸としては、このままだと右端だけ早く鳴りすぎる。


「右端が少し軽くなりました」


「削りすぎたか」


「いえ、残す場所を変えれば大丈夫です。次の削りで、左を少し合わせるより、右端に金具を乗せた時の音を見たいです」


「軸受け金具か」


「はい。木だけで判断すると、軽く聞こえすぎます」


 ガンツさんは頷いた。


「金具を仮に当てる」


 鍛冶場から持ってきた古い軸受け金具を、木材の端に合わせる。

 まだ本番用ではない。

 位置を見るための仮金具だ。


 かち。


 金具が当たると、音が下がった。


 こん。


「これなら合います」


「よし。削りは予定通り進める」


 ミラが記録する。


「右端、木のみでは軽い音。仮金具装着後は安定。金具込みで判断すること」


 ポロが不思議そうに言う。


「木だけじゃなくて、金具と一緒に聞くんだ」


「実際に使う時は、金具もつきますから」


「そっか。ひとりで聞くんじゃなくて、使う時のみんなで聞くんだね」


 俺は少し笑った。


「そうかもしれません」


 ポロの言葉は、時々とてもまっすぐだ。


 木だけではない。

 金具だけでもない。

 水だけでもない。

 水車は、それらが合わさって動く。


 人の仕事も同じなのだと思った。


 昼食は、水車小屋の前で食べた。


 ハンナさんが薄い麦粥を持ってきてくれた。

 まだ水車で挽いた粉ではない。

 残っていた粉を大事に使ったものだ。


 ポロは器を両手で持ち、軸材を見ながら食べている。


「この木が回ったら、もっと粉できる?」


「そうだね」


 ハンナさんが答える。


「でも、回した後も、麦を挽く石を見ないといけない。水車が回っても、挽くところが悪ければ粉は荒くなる」


「パンまで遠い……」


「でも近づいてるよ」


 ポロは少し考えてから、麦粥を一口食べた。


「じゃあ、これも大きい少し?」


「そうだね。大きい少し」


 その言葉に、ミラが小さく笑った。


 午後は、鉋を使った細かい削りに入った。


 ここからは、手斧よりさらに緊張する作業だった。


 大きく形を作る段階は過ぎた。

 次は、軸受けに合わせるために少しずつ整える。


 削りすぎれば戻せない。

 削らなければ回らない。


 ガンツさんは鉋を手にし、木目をじっと見た。


「木目が少しねじれている」


「音にも出ています。中央から少し北側へ流れています」


「なら、逆らわずに削る」


 しゃっ。


 鉋が木の表面を滑る。


 薄い削りくずが、くるりと丸まって落ちた。


 しゃっ。

 しゃっ。


 手斧の音とは違う。

 鋭く、細く、整える音。


 俺はその音を聞きながら、軸材の奥にある芯を追った。


 こん。

 しゃっ。

 ……こん。


「まだ大丈夫です」


 ガンツさんは黙って削る。


 しゃっ。


「少し待ってください」


 俺が言うと、鉋が止まった。


「どこだ」


「中央の少し手前です。削り音が浮きました」


 ガンツさんが木目を見る。


「節の名残だな。表には出ていないが、内側にある」


「そこを削りすぎると、回転時に音が跳ねます」


「なら、ここは残す」


 ガンツさんは鉋の角度を変えた。


 しゃっ。


 節の名残を避けるように、周りを整える。


 音が落ち着いた。


「合いました」


「よし」


 ミラは表に細かく書き込む。


「中央手前、節の名残。削りすぎ注意。周囲を整えて音を安定」


 ポロがその横で、節の絵を描いた。


 なぜか、節が小さな目のようになっている。


「これは?」


「隠れてる節」


「顔が多いですね」


「見つけやすいかなって」


 ミラは少し考えた。


「子ども用なら採用します」


「やった!」


 夕方に近づく頃、軸材はかなり水車の軸らしい形になっていた。


 まだ完成ではない。

 表面は粗い部分もある。

 金具も仮合わせの段階だ。


 しかし、朝のただの木材とは違う。


 回るための形になり始めている。


 ガンツさんが最後に鉋を置いた。


「今日はここまでだ」


「もう少しできそうですが」


 俺が言うと、ガンツさんは首を振った。


「木が熱を持っている。削り続けると音が変わる。今日は休ませる」


「木も休むの?」


 ポロが聞く。


「休む」


 ガンツさんは当然のように答えた。


「削られた木は、形に馴染む時間がいる」


「人と同じ?」


「何でも人と同じにするな」


「でも、ちょっと同じ?」


「……少しな」


 ポロは満足そうに頷いた。


 ミラが記録する。


「一日目加工終了。粗削り、鉋がけ第一段階完了。木材を一晩休ませ、翌朝音確認」


 俺は軸材の端に手を当てた。


 朝とは音が違う。


 こん。


 少しだけ明るい。

 余計な外側が削られ、芯の音が出てきた。


 しかし、まだ水車として回る音ではない。

 水を受ける形になるには、あと数日必要だ。


「いい音です」


 俺が言うと、ガンツさんが短く頷いた。


「明日が大事だ」


「はい」


「今夜、割れが出なければいい」


 その言葉で、ミラの顔が少し緊張する。


「割れる可能性が?」


「削った後は、木が動く。だから一晩置く」


「見張りますか?」


「見張っても割れる時は割れる。だが、雨と急な乾きは避ける」


 ハンナさんが布を持ってきた。


「風は通して、夜露は避けるんだね」


「そうだ」


「じゃあ、こうかい」


 ハンナさんは軸材に直接布をかけず、少し浮かせるように支柱を立てた。

 風が通る小さな屋根のような形だ。


「これなら蒸れません」


 俺が言うと、ハンナさんは頷いた。


「畑の苗を守る時と似たようなもんだよ」


 ミラがまた記録する。


「軸材保護。布は直接かけず、風を通す。畑の苗の保護と同様」


「そこまで書くのかい?」


 ハンナさんが笑う。


「役に立ちます」


「なら、もっときれいにやればよかったね」


「十分きれいです」


 夜が近づく頃、軸材は水車小屋の横で静かに休んでいた。


 影車が細く鳴る。


 こ、と。


 北の結界石が応える。


 りん。


 水車本体は、まだ弱い音で回っている。


 こ、とん。


 その隣で、新しい軸材が眠っている。


 明日、どんな音で目を覚ますのか。

 それを聞くのが、少し楽しみで、少し怖かった。


 工房へ戻ると、ポロが今日の絵を看板の下に貼った。


 軸材。

 手斧。

 鉋。

 大きなばつ印つきの「削りすぎ」。

 そして、木の中に小さな顔の芯。


 その下に、ポロの字でこう書かれていた。


『けずったら、やすませる』


 ミラがそれを見て、正式な手順書に書き加えた。


『軸材は削った後、一晩休ませて音を確認する』


 ガンツさんも、珍しくはっきり頷いた。


「大事だ」


 ポロは嬉しそうに胸を張った。


 俺は工房の机に座り、今日の音を簡単に書き残した。


 朝の軸材の音。

 粗削り後の音。

 仮金具を当てた時の音。

 節の名残。

 鉋を入れた後の明るい音。


 全部、明日の確認に必要になる。


 以前の俺なら、自分だけが分かればいいと思っていたかもしれない。

 いや、分かってもらえないと思って、自分の中に閉じ込めていた。


 でも今は違う。


 ミラの記録がある。

 ポロの絵がある。

 ガンツさんの手がある。

 ハンナさんの生活の知恵がある。


 俺の聞いた音は、少しずつ誰かに届く形になっている。


 工房の看板が夜風で鳴った。


 からん。


 水車小屋の方から、軸材がかすかに鳴った気がした。


 こん。


 明日、もう一度聞く。


 削った木が、自分の新しい形を受け入れているかどうかを。


 水車を回すまで、あと少し。


 でも、その少しを飛ばさないことが、今の俺たちの仕事だった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、水守の印が刻まれた軸材を削り始める回でした。


木材は選んで終わりではなく、芯を外さず、削りすぎず、水車の力と北の結界石へ届く音の両方を考えながら整えていく必要があります。


ガンツの手仕事、エイルの耳、ミラの加工記録、ポロの絵入り注意書き。

工房らしい分担が、水車修理の中でも形になってきました。


次回は、一晩休ませた軸材の音を確認し、金具合わせと水車への仮取り付けへ進みます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ