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EP 10

愛の破壊者、廃業

朝日が昇るポポロ村の街道を、ゾロゾロとススだらけの集団が歩いていた。

「……あぁ、私の10億リル……純金が染み込んだ泥……」

リーザが、ドロドロの土がたっぷり入ったバケツを両手で抱え、この世の終わりのような顔でフラフラと歩いている。

「元気を出してくださいな、リーザさん! お金なら、またお母様にお願いして純金100キロほど送っていただきますから!」

「やめろ!! ルナミス帝国の経済を二度も崩壊の危機に晒すな! 次やったら本気で怒るからね、ルナさん!!」

アフロヘアから元のサラサラストレートに戻ったルナ(※エルフの自己治癒力)の能天気な提案を、銀河がマッハの速度で全否定する。

「もうっ、銀河君ったらルナちゃんにばっかり構って! 帰ったら、私が一緒にお風呂に入って背中を流してあげるんだからね!」

「何言ってるのよ! 銀河君の背中を流すのは、正妻であるこの私よ!!」

「キャルルさんもダイヤさんも、泥棒猫みたいな争いはやめて! 僕が一人で入るから!!」

ススだらけの顔でギャーギャーと騒ぎ立てるヒロインたち。

その後ろを歩きながら、銀河はふうっと大きくため息をついた。

疲労は限界を超えているはずなのに、足取りは不思議と軽かった。

(……うるさいなぁ。でも、悪くない)

かつて、このやかましい声を『計算で作られた雑音』だと思っていた。

だが違う。彼女たちは、自分の欲望と愛情にただひたすら正直に生きているだけだ。そして、そのベクトルが(非常に迷惑な形で)全部僕に向いている。

「村長ーっ!! お帰りなさーい!!」

「うおお! 村長たちが帰ってきたぞォォ!!」

村の入り口に差し掛かると、昨夜の山火事騒動や大爆発で避難していた村人たちが、歓声を上げて駆け寄ってきた。

「みんな、無事でよかった! ……でも、ゴーレムの陥没とか、爆風で飛んだ屋根とか、村の修理費が大変なことに……」

キャルルが、ボロボロになった村の広場を見て耳を垂れ下げた。

「あ、それなら僕が払うよ」

銀河は、何でもないことのように【ネット通販】の画面を開いた。

「ほら、僕の無限収納には金貨が山ほどあるから。道も屋根も、最新の魔導建築材で前より立派に直そう。……リーザちゃんのバケツの泥を精製するより、こっちの方が早いしね」

「ダーリンッ!! 一生ついていきますぅぅぅッ!!」

「うふふっ、さすが私の銀河様! 頼りになりますわ!」

「銀河くぅぅぅんっ♡(ギュゥゥッ!)」

歓喜の声を上げるリーザとルナ、そして左右の腕に抱きついてくるキャルルとダイヤ。

「痛っ! ちょっと、トンファーと剣が当たってる! 痛いってば!!」

呆れながらツッコミを入れる銀河の顔には、かつてのような『見下すような冷笑』は微塵もなかった。

   ◆ ◆ ◆

その日の夜。

キャルルの村長宅シェアハウスの巨大なダイニングテーブルは、かつてないほどの賑わいを見せていた。

今日から正式に、この家に『天然の災害』ことルナ・シンフォニアが同居することになったからだ。(※ヤンデレ世界樹からの仕送りは、銀河の厳重な監視下で塩漬けにされることになった)

「さあさあ、みんな食べて! 今日は特製の『ニンジンたっぷり大豆ハンバーグ』だよ!」

キャルルが、湯気を立てる大皿をテーブルのど真ん中にドンッと置いた。

「わぁっ! ありがとうございます、キャルルさん!」

ルナが優雅にフォークを手に取る。

隣ではダイヤが、自分の食事の前に天魔竜聖剣の刀身をキュッキュと磨いている。

「……はむっ、はむっ。パンの耳、美味しいです……」

さらにその横では、リーザが相変わらずパンの耳をかじっていた。

「ほら、リーザちゃん。ハンバーグも食べなよ」

銀河が、自分の皿のハンバーグを半分切り分けてリーザの口に放り込んでやる。

「ふはぁぁッ!? お肉の味がしますぅぅ!! ダーリン大好き!!」

その光景を眺めながら、銀河は自分の手元にあった『数冊の本』に視線を落とした。

『影響力の武器』『愛するということ』『才能ある子のドラマ』……。

かつて彼が熟読し、女たちの心を壊し、支配するためのバイブルとしていた難解な心理学の専門書たち。

「……もう、君たちの出番はないみたいだ」

銀河は小さく呟くと。

その本を束ねてテーブルの真ん中に置き、キャルルが持ってきたアツアツの『特製ニンジン・ポタージュスープの入った土鍋』を、ドンッ! とその上に乗せた。

「あっ、銀河君ありがとう! ちょうど『鍋敷き』探してたんだー!」

キャルルが笑う。

「どういたしまして」

愛を計算するための本は、今やただの便利な鍋敷きだ。

どんな分厚い心理学の理論も、このバグだらけの特異点たちの前では、一枚の鍋敷きほどの役にも立たないのだから。

「さあ銀河君! 私の作ったハンバーグ、あーんしてあげる!」

「抜け駆けはずるいわ! 私の戦闘糧食(MRE)のクラッカーもあげるわよ!」

「うふふっ、では私は世界樹のハチミツを……」

「ダーリン! 私の茹で卵も半分あげます!」

四方向から一斉に迫り来る、狂気と愛情がたっぷり詰まったスプーンとフォークの数々。

「いや、一気に来ないで! 順番に! あとダイヤさん、クラッカーパサパサするから後でいい!!」

銀河のやかましいツッコミが、夜のポポロ村に響き渡る。

愛を信じず、愛を壊すことしか知らなかった神の申し子は、こうして完全に廃業した。

今、彼の周りにあるのは、決して壊れることのない、最高に騒がしくて温かい『愛の形』だけだ。

「……まったく。君たちのお世話をするのは、骨が折れるよ」

呆れたように笑う銀河の顔は、かつてアマテラス(結)が望んだような、年相応の少年の、本当に優しい笑顔だった。

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