EP 9
愛の形と、崩壊する仮面
ピーーーーーーッ……。
銀河の耳の奥で、爆音による耳鳴りだけが鳴り響いていた。
【自動展開シールド】と、何十枚も重ねた現代地球の対魔装甲板は、そのすべてがひしゃげ、ひび割れ、熱でドロドロに溶け落ちていた。
もしあの宴会バフが乗った大爆発をまともに受けていれば、神の申し子といえども塵も残らなかっただろう。
「……ケホッ、ゴホッ」
むせ返るような煙と、木材が焦げる匂い。
銀河が、ひしゃげたシールドの残骸を押しのけて顔を出すと、そこには信じられない光景が広がっていた。
森がない。
あれほど鬱蒼と茂っていたエルフの聖域は、見渡す限りの見事な『クレーター(更地)』と化していた。
そびえ立っていたヤンデレ世界樹の巨大な幹は真っ黒に焦げ上がり、自慢の枝葉はすべて吹き飛んで、見事なハゲ山(あるいは巨大なアフロ)のような哀れな姿になっている。
『……ア、アタシノ……美シイ枝葉ガ……ツルッツルニ……』
世界樹が、力なく白旗を上げるように葉っぱを一枚だけヒラリと落とした。
「……あーあ。本当に、無茶苦茶だ」
銀河は、呆然としながらクレーターの底へ視線を向けた。
そこには、爆発の中心地にいた四人の少女たちが倒れていた。
「……うぅ……ぎん、が、くん……っ」
「……銀河、くぅん……私は、ここだよぉ……」
モソモソと、土煙の中から這い上がってくる影。
ダイヤ、キャルル、ルナ、リーザ。
四人のヒロインたちは、全員例外なく、頭のてっぺんから足の先まで真っ黒なススだらけになっていた。髪の毛は爆風でチリチリのアフロ状に広がり、目と歯だけが漫画のように白く光っている。
「泥棒猫になんか……絶対に、渡さないんだから……っ」
ダイヤが、ススだらけの手で、虚空を掴むように銀河の方へ這ってくる。
「私が……毎日、手作りのニンジンハンバーグを……」
キャルルも、ボロボロになりながらもマウントを取ろうと必死に手を伸ばす。
「まぁっ……なんて激しい、結納の儀式なんでしょう……。これが、愛の試練……」
ルナは、チリチリの髪の毛から煙を上げながら、まだ完全にお花畑回路を回していた。
そして。
「あ、あああ……溶けてる……! 私の、私のお城が……A5ランク和牛が……!!」
リーザは、爆発の超高熱によって完全にドロドロの液状と化し、地面に染み込んでいく『純金100kgの成れの果て』を両手ですくい上げようとして、ボロボロと血の涙を流していた。
(……なんだ、これ)
銀河は、その地獄絵図のような、それでいてひどくマヌケな光景を、ただじっと見つめていた。
僕を巡って、互いの命を削り合うほどの殺し合いをした。
森を更地に変え、国家予算レベルの金塊をドロドロに溶かし、自分の姿がどれだけ無惨で滑稽になろうとも。
彼女たちの視線(リーザ以外)は、ただ一点、銀河の存在だけに執着して、まっすぐに向けられている。
(心理操作? トラウマ? ……そんなちっぽけな計算が、このバケモノたちに通じるわけがない)
良い子の仮面を被って、愛を試す?
少しでも嫌な顔をすれば、捨てられる?
(……バカバカしい。こいつら、僕が何をしようと、何もしなかろうと……絶対に、絶対に僕から離れる気なんてないじゃないか)
ススだらけになって、這いつくばって、それでも僕の名前を呼んでいる。
銀河の胸の奥底で、幼い頃からずっと彼を縛り付けていた冷たい『虚無の鎖』が、ピキリ、と音を立ててひび割れた。
「……っ」
銀河は、片手で顔を覆った。
肩が、小刻みに震え始める。
「……くっ、ふふっ……」
「銀河君……? ど、どうしたの……? どこか怪我を……」
ススだらけのキャルルが、心配そうに首を傾げた。
「アハハッ! あーっはっはっはっはっはっ!!!」
防壁の残骸の横で。
愛の破壊者・星月銀河は、お腹を抱え、涙を流しながら、腹の底から盛大に笑い声を上げた。
計算で作った「純朴な少年の微笑み」でも、見下すような「サイコパスの冷笑」でもない。
20歳の、年相応の少年としての、心からの大爆笑だった。
「ひぃーっ、お腹痛い……! なんだよ君たち、その顔! 頭チリチリだし、ススだらけだし……っ。世界樹のお母さんなんて、完全にハゲ山じゃないか!!」
「むっ!? レディに向かって失礼な!!」
「そうよ! 誰のせいでこんなことになったと思ってるのよ!」
ダイヤとキャルルが、ぷりぷりと怒りながら立ち上がる。
「あははははっ! ごめん、ごめんってば! でも……」
銀河は、笑い涙を指で拭いながら、大きく息を吸い込んだ。
胸の中が、信じられないくらい軽かった。もう、誰の顔色をうかがう必要もない。誰の心を壊して安心する必要もない。
「……そっか。これが、愛ってやつなのかな」
銀河の口から、無意識にそんな言葉がこぼれた。
美しくも安全でもない。
理不尽で、暴力的で、計算なんて一切通用しなくて、僕の日常を木っ端微塵に破壊していく、厄介なバグの集まり。
「君たちには、僕の心理学は一生勝てそうにないや」
銀河は、ひしゃげた装甲板の上から軽やかに飛び降りると、ススだらけのヒロインたちの元へと歩み寄った。
「帰ろうか。僕たちの……賑やかで、やかましい『おもちゃ箱』へ」
ススだらけの顔を見合わせて、キョトンとする少女たち。
ただ一人、リーザだけは「待って! まだ地面に純金が染み込んでますぅぅ!」と土を掘り返していたが。
ポポロ村に昇る朝日が、すべてが更地になった森と、ドロドロになった少年少女たちを、黄金色に優しく照らし出していた。
星月銀河、20歳。
愛を壊すことしか知らなかった哀れな少年は、特異点の少女たちに完全に振り回されながらも――生まれて初めて、本当に温かい居場所を見つけたのだった。




