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5.あなたの呼吸が止まっていたので

 ルナ教の聖堂に必ずあるのが、満月を抱えた女神像だった。

 慈愛に満ちた、美しい笑顔を浮かべる女神の姿こそが、ルナ教の神の容姿なのだとアンジェリカは刷り込まれていたからこそ、雲の上で「神」と名乗ってきた男を見た時に驚いたのだった。

 さらに、その自称神と瓜二つの男が教皇として存在しているのだ。

 アンジェリカは早く、その理由が知りたかった。


「さ、かけてください」

「コレットは?」

「僕の部屋のベッドに寝かせてきました。あなたとは2人きりで話したいですし」

「2人きり……」


 その言い方が、とても意味深だとアンジェリカは思った。


「ええ。今から僕は、他の人間には決して言ってはいけないことをあなたに伝えなくてはいけないのですから」

「決して? 何故?」

「神の世界と人間の世界の均衡を崩す話だからです」


 そう言うと、ミシェルはベンチに腰掛けたアンジェリカに1冊の分厚い本を渡した。


「これは?」

「何百年も前に禁書になった、ルナ教が書かれた聖なる書物です」


 禁書という言葉を聞き、アンジェリカは自分の手の中にある本が急に重くなったように感じた。


「どうしてそんなものを私に……」

「あなたの今を、あなたが知るためです」


 アンジェリカはそれを聞いた瞬間、ぱっと表紙、中表紙とペラペラ急いで捲り、目次を探した。

 本というものは、大体目次を見ればある程度の内容が分かるようにできているから。


「これは……」


 アンジェリカは、見つけてしまった。


「神の、交代……?」

「そうです。あなたが言う、自称神が言った通りです」

「あなたが、自称神じゃないの?」


 アンジェリカはまだ疑っていたが、ミシェルはすぐに否定した。


「今の神が僕の顔を気に入っているとのことで、勝手に使われてるんですよ。本当に、困ったものです……。僕が死んで神の国に行った時に勘違いされてしまうのは嫌なんですけどね」

「そんなことできるの?」

「本来、魂自体、我々人間が持つ肉体に支配されている訳ではないので、容姿は自由に変えられるものらしいですよ」

「らしいって……」

「僕はまだ、死んだことはないですからね」

「その割には、色々知ってる気がするけど」

「先ほどもお伝えしたのですが……」


 ミシェルはふうっとため息をつきながら言葉をさらに続けた。


「僕が祈りを捧げていたり、眠っている時に、急に目の前に場面が見えるのです」

「それは聞いたわ」


 流石に、衝撃を受けた初耳話をすぐ忘れてしまうほど、頭は鶏ではないとアンジェリカは思っている。


「その続きが知りたいのよ」

「では、どこから話しましょうか」

「そうね……」


 こういう時は、時系列で話を聞くのが良いだろうと、アンジェリカは考えた。


「まず、確認するわ。私は今、2回目の人生を生きているということなのね」

「神は、そう言っています」

「ということは……」


 アンジェリカは、ぐっと、過去の記憶を思い出して唇を強く噛んでしまった。

 微かに、血の味がした。

 あの、1回目の最期と同じ味に、アンジェリカは胸が締め付けられそうになった。


「わざわざ口にしなくても良いですよ。あなたにとっての最悪な1回目のことは」


 その言い回しから、アンジェリカは察した。


「知っているの……?」

「やはり忘れてますね。神とあなたの会話は、映像として見たと。そこであなたが話したことは、全て知っていますよ」

「そ、そうだったわね……」

「ええ。そうです。ですから……」


 ミシェルはそう言うと、アンジェリカの頭に手をあてた。


「何、しているの?」

「大変でしたね」


 ミシェルの手は、そのままアンジェリカのピーナッツ色の髪を優しく撫でていく。


「どうして、こんなことをするの?」

「神は、こうしたかったようですから」

「え?」

「神に言われたんですよ、あなたが泣いているようなら、こうして慰めてやって欲しいと。自分の代わりに」


 そう言われて、アンジェリカは自分が涙を流していたことにようやく気づいた。


「あれ、どうして……私……涙なんて流すつもりじゃ……」

「何故、我慢しようとするのです?」

「え?」

「ここは、僕とあなたしかいませんよ。アンジェリカ様。涙を我慢しなくてはいけない理由など……もう、ありませんよ」


 もう、涙を我慢しなくていい。

 それは、1回目の人生が我慢の連続であったアンジェリカにとって、何よりも嬉しい言葉だった。

 このまま、ミシェルの言葉に甘えて泣かせてもらえるのなら、そうするのも良いかとも思ったけれど、アンジェリカはそこまで自分を見失ってはいなかった。


「いえ……それよりも、次に聞きたいことがあるわ」


 アンジェリカは、さっきミシェルがくれたハンカチで今度は目頭を抑えながら尋ねた。


「1週間前、私は呪いで倒れたのよね。それってどういうことなの?」


 アンジェリカは何度も1週間前の記憶を辿ろうとした。

 けれどどうしても、あの処刑場面しか出てこなかった。

 それに、アンジェリカの1度目の人生の同じ時期のことも思い返してみたが、1週間も寝込むという出来事はなかった。


「アンジェリカ様は、1週間前に2回目の人生が始まったんですよ」

「どういうこと……?」

「神の国の入口から戻されたのが、ちょうど1週間前だったのです。僕が映像を見たのもその日なんですよ。それからすぐに公爵家……つまり、あなたの家に向かったのですが……予想外の事が起きてしまったんです」

「予想外って?」

「僕が公爵家に着いた時……あなたの呼吸が止まっていたのです」

「…………何ですって?」


 それは、確かにアンジェリカにとっても予想外な答えだった。

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