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7.さて、どうしたものかしら……?

「あんな風に私を抱き抱えて、屋敷の廊下を走るなんて、恥ずかしくて顔から火が出るかと思ったわ!」


 アンジェリカは、顔を真っ赤にしながら教皇様と呼ばれた男に力強く訴えた。

 事情を知らないであろう、使用人達にジロジロ見られながら廊下を通り抜けた時の居心地の悪さは、アンジェリカにとってはこれまで経験したことがなかったものだった。


「その割には、楽しそうにしていた場面もあったようですけど」

「そ、それは……」


 何事にも、例外はあるもの。

 アンジェリカにとって、気分が良かった瞬間も確かにあった。

 この世界で最も美しい顔を持つと言っても過言ではないであろう教皇が、アンジェリカを抱き上げて歩いているところ、アリエルともすれ違った。

 

(その時のアリエルの、悔しさを隠し切れない顔と言ったら……!)


 アンジェリカにとっては、それだけは愉快でたまらなかった。

 でも、この自分の感情に対して、アンジェリカは違和感を覚えた。

 アンジェリカは、確かに元々アリエルの事は苦手に思っていたし、嫉妬も少なからずあった。

 けれど、アリエルに睨みつけられることを「面白い」「ざまあみろ」と思うことなど、1度もなかったのだ。

 夢の経験が、自分をそうさせていると考えるのが無難だと、アンジェリカは考えた。


(でも、たかが夢のことだけで、こんなに考えが変わるものなの……?)


 このような混乱した気持ちを人に説明することを、アンジェリカは躊躇った。


「別に、あなた様には関係のないことよ」

「ふふふ。そうですか。まあ、今はそれで良いですよ」


(今は、それでいい?)


 アンジェリカは、教皇の言い回しに引っかかった。

 けれど、まだ自分が持っている情報が少ないことから、次に何を聞き出すべきかをアンジェリカは慎重に考えていた。


「それで?」


 アンジェリカが質問をするよりも前に、教皇がアンジェリカに尋ねてきた。


「それで、とは?」

「他に、僕に聞きたいことがあったのでは?」


(やっぱり、似ている……)

 

 アンジェリカが夢に見た自称神と教皇の仕草や声に、妙にそっくりなのが気になって仕方がなかった。

 

(どうして私は、見たこともないはずの顔を、ちゃんと夢で再現できたのかしら……)


 でも、このタイミングでアンジェリカはむしろ確信を持てないでいた。

 この男の顔を見たのは、本当に自分の夢だったのか否かを。

 もし、アンジェリカが目覚める前までに経験したもの全てが夢だったと仮定しても、その割には妙に身体にこびりついてしまっていた。

 あの処刑の場で、アリエルとルイ王子に笑顔で見下ろされた時の悔しさも、その後私が噛み切った舌から口に広がった血液の感じも。

 それから、教皇と同じ顔をした自称神と話をしていた、浮いている扉がある空間にいた時に感じた温かな空気も。


「……あなたは、私に何が起きたのか、知っていますか?」


 口に出した問いは、なんて抽象的なのか……と、アンジェリカは自分で自分に呆れた。

 

(もっと、直接私が聞きたいことを、私の頭が変だと思われないように尋ねるにはどうすればいいのだろう……?)


 アンジェリカは、頭の中で教皇へどう尋ねるかをシミュレーションしてみた。


「私は1度自殺しているのだけど、神に戻れと言われてここに来たらしい。あなたはそれを知っている?」


 と。普通の人なら、何を言っているのかと突っ込んできそうな言葉ばかりだな……と、またもや自分で自分に呆れてしまった。


(もし私がそんなことを聞かれたら、間違いなく「そんな妄想をしている暇があなたにはあるのかしら」と言ってしまうかもしれないわね)


 アンジェリカの基本は、現実主義者だから。


(さて、どうしたものかしら……?)


 アンジェリカが、変わりゆく馬車から見える景色を見ながら次の言葉を探していると、教皇がくすくす笑い出した。


「何で、笑うの?」

「いえ……あなたが悩んでいる時の横顔がとても可愛らしいと思いましたので」

「はあっ!?」


 アンジェリカは、予想もしなかった自分への褒め言葉に、慌てふためいた。


「そんな可愛さを見せてくれたお礼に、僕が当ててみせましょうか?」

「あ、当てる?」

「あなたが今、一体何を考えているのか」

「……え?」

「あなたは今、こう思っているはずです。『私は自殺して怨霊になりたかったのに、神と名乗る、僕にそっくりな人に言いくるめられて戻ってきてしまったはずなのに、あれは夢だったのかしら』……と」


 要所要所、言葉のニュアンスは違うものの、ほぼ正解だった。


「…………もしかして、あなた本当にあの自称神なんじゃ……」

「さっきから、自称神って言ってるの、面白いですね」

「え?」

「だって、神様って言われたにも関わらず、それを信じないで自称ってつけてるんでしょう? こういうところからも、君という人間が見えてきて、僕は非常に興味深いですね」

「やっぱり、あなたが……」


「自称神なんですか? 教皇ってどういうことですか?」と、アンジェリカが尋ねようとした時だった。

 馬車の揺れが、静かに収まった。


「さあ、着きましたよ」


 いつの間にか、白銀の立派な建物の前に、アンジェリカは連れてこられていた。

 ここはどこ、なんて聞くのはソレイユ国の人間であればまずない。

 何故ならここはソレイユ国の国教、ルナの大聖堂であり、国民であれば1度は訪れたいと望む聖地でもあるから。

 そして、ここはアンジェリカにとっては最後の悪夢の始まりの場所でもあった。

 アンジェリカとルイの結婚式が行われた場所だったから……。

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