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1.私、出家いたしますの

 ルナ暦435年4月。

 城の庭では、桜が満開に咲き誇っている。

 そんな春爛漫な良き日に、ソレイユ王国第1王子、ルイの20歳の誕生日を記念した宮廷舞踏会が開かれた。

 ソレイユ国中の貴族が、宮殿内に城1つ買える程の金を投資して作られたダンスホールに集まっている。

 そこでは、ルイと16歳になったばかりのアンジェリカ・フィロサフィールの婚約が発表される予定だった。

 ホールの片隅で奏でられている弦楽四重奏のワルツが終わり次第、国王陛下が宣言をすることになっていた。

 未来の国王と王妃が一体誰か、を。

 だが、陛下の宣言を聞いてしまえば、再びこの、宮殿の皮を被った籠の哀れな小鳥として飼われ、最期には喰われてしまう人生を繰り返すことになるのを、アンジェリカは知っている。


(でも、そうはさせない。させてたまるか)


 アンジェリカは、すでに、先回りして手を打っていた。


「良いか、アンジェリカ」


「何でしょう、お父様」

「今日は、お前が次期王妃であることを他の貴族どもに知らしめる日だ。くれぐれも、下手な真似はしてくれるなよ」


 今か今かと、この窮屈な宝石箱から抜け出したいと考えているアンジェリカの真横で、自分が未来の王妃の父、そして国王の祖父になると信じ切っている、フィロサフィール公爵が下衆な笑みを浮かべている。

 その笑みの汚さを見ながら、アンジェリカは思わず「哀れね」と言いそうになった。


(危ない。危ない。ここで父の機嫌を損ねるのは、計画的ではない)


 アンジェリカは、何も言わず、頷かず、ただじっとダンスホールの中心でくるくると回っている貴族令嬢達のドレスを眺めながら、自分の体を締め付けているコルセットの事を考えることにした。

 

(本当に、きついわね……貴族っていう仕事は)


 国一番の職人によって作られた、レースと宝石をふんだんに使った桜色のドレスは、アンジェリカの身体に纏わりつきながら色鮮やかに咲き誇っている。

 ドレス負けしている、ピーナツ色をしたアンジェリカのストレートヘアは、とても似合うとは思えない、流行のアップスタイルにされてしまった。アンジェリカの事を好いていない侍女の1人によって。

 このように、アンジェリカの意が一切反映されていないドレスアップ姿だったとしても、1回目のアンジェリカの人生ではそこまで嫌いではなかった。

 けれども、今……アンジェリカとしての2回目の人生では、違った。


(これらの全てを脱ぎ捨てて、丸裸になってしまいたいわ)

  

「さあ、アンジェリカ。こちらへ」


 昔から知っている国王陛下が、当たり前にアンジェリカの名を親しげに呼ぶ。

 シルバー色の髪の毛と同じ色をした髭が、陛下が話すごとに揺れる。


「アンジェリカ、早く行け」


 公爵は、アンジェリカのお尻を叩く仕草をして急かす。


「アンジェリカお姉様、本当に羨ましいですわ」


 艶やかなハチミツ色の、空色のドレスを身につけたアンジェリカの同い年の腹違いの妹、アリエルが邪悪さを隠した完璧な笑みで、アンジェリカに祝福を授ける。

 けれども、アンジェリカは知っている。

 その顔が、今の私と同じように偽りの仮面を被っているだけに過ぎないことを。


「ありがとう、アリエル。可愛い私の妹」


 アンジェリカは、上部だけの感謝の気持ちを伝えてから、彼らを背にした。

 そして、かつての夫であり、未来の夫になる予定の男の前へと、やる気なさげに向かった。


「ん」


 何の感情も伝わってこない凍った表情を浮かべながら、何故か、空色でコーディネートされた正装をしたルイは、頼りない細腕を差し出してきた。

 オニキス色の髪と目だけは、相変わらず綺麗だなと、アンジェリカは感心した。

 1回目のアンジェリカは、その腕を掴むことを決して躊躇わなかった。と、言うよりそれしか選択肢はなかった。

 だが、2回目は違う

 この手を取ることで幸せになるはずだった、自分以外の人たちには申し訳ないが、アンジェリカはその人たちを幸せにするつもりは、さらさらなかった。


「アンジェリカ? どうした?」


 アンジェリカは、にっこりと最上級の笑顔の仮面を被ってから、これからアンジェリカが見せる最高のショーの観客に顔を向けた。

 親愛なる国王陛下にルイ、公爵、そして……いずれ化けの皮を思いっきり剥がしてやりたい、上部だけは天使のアリエル。

 

(そのほか大勢の人には、このショーの目撃者として、永遠に語り継いでもらいたい。だから、派手に、徹底的にやると決めていたのよ)


「ルイ殿下。本日まで婚約者として、大変お世話になりました」

「……どういう意味だ? アンジェリカ」


 眉間に深い皺を寄せながら、ルイ王子がアンジェリカに尋ねる。

 けれどもアンジェリカは、その問いかけは聞かなかったことにして、そのまま陛下に顔を向ける。


「国王陛下も、今まで実の娘のように可愛がっていただき、ありがとうございました」

「アンジェリカ? そなた、何を言っておる」


 これから先に起こる未来には関係がない、実の父よりも優しい国王陛下にだけは、アンジェリカは申し訳ないと思った。


(私は今から一世一代の復讐を始めるのだ。1回目の自分のために。裏切り者のかつての夫と、私の背後で虎視眈々といいとこ取りだけを狙っている妹に……ね)


「実は、私にはもう、王子の妃になる資格はございませんの」

「な、何!?」

「どういうことだ!?」


(ふふふ。そうよ。この顔を待っていたわ。予想通りの反応をありがとう。……でもね。驚くのはここからですわ。ルイ殿下。そして……私の憎たらしい、可愛い妹)


「もう、出てきてもいいのかい?」


 その声が聞こえた瞬間、静まり返っていたダンスホールはあっという間に騒めきを取り戻した。

 何故ならその声の持ち主は、国王陛下とルイの次に有名な人物だったから。


「教皇、何故こちらにおいでに……」

「申し訳ございません、偉大なる国王陛下。アンジェリカ様の頼みでしてね」


 陛下と唯一対等に話ができるのは、ルナ教の教皇様だけ。

 ちなみにルナ教とは、ソレイユ国民のほとんどが信じている、太陽と月を支配する絶対神に仕える宗教のことだ。

 アンジェリカも、生まれてすぐに洗礼を受けたので一応、1回目の人生でも形だけはルナ教徒ではあった。アンジェリカは教徒としての活動をしたことは1度もなかったが。

 そんなルナ教で、若くして教皇の座についているのがミシェル。銀髪と白い聖人服がシャンデリアの輝きを反射し、オーロラ色に輝いている。

 人間離れした美しさに、ダンスホールにいる貴族の女性陣はうっとりと頬を染めている。


「何故、教皇様がアンジェリカなんかと!?」


(おやおや……お父様? 普段私のことをどんな風に思っているのか、そんな物言いですとバレてしまいますわよ)


「決まっているでしょう? 彼女は今日から、聖女なのだから」

「……は?」


(素晴らしいわ、ミシェル様。私は、お父様が今見せてくれている、タヌキよりもお間抜けな顔が見たくてたまらなかったの)


 1つ目の目標をクリアしたところで、アンジェリカはようやく自分の手札を見せる。


「申し遅れました」


 アンジェリカはそう言いながら、こっそりドレスの下にかけていたムーンストーンでできた三日月形ペンダントを見せた。

 このペンダントが何を意味しているのか、知らない人間はこのソレイユ王国にはいない。


「何故お前がそんなものを持っているんだ!? アンジェリカ!!」

「お父様は本当におにぶさん、ですのね。なんて……お可愛らしい」

「何……!?」


(ほらほら。立派な公爵様の仮面が崩れておりますわよ。まあ、その仮面を剥ぎ取っているのも私、ですけれどね)


「決まっているでしょう。私は今日限りで、出家いたしますのよ」

「な、何だって!?」

「本日より私は、あくまで聖女ですので。以後、お見知り置きを」


 誰もが、何が起きたのかわからないという表情をしているのが、アンジェリカにとってはたまらなく愉快だった。

 何故なら、貴族……それも次期皇后と呼ばれている人間が出家をすると言う事例は過去に存在しなかったからだ。

 少なくともアンジェリカ自身は、1回目の人生では、決して選ぶことはなかった人生。

 けれど、2回目のこの人生でそれを選ばせたのは紛れもなく、未来の夫であるはずだったルイと、将来ルイの側室としてアンジェリカを陥れるアリエルなのだ。


「お姉様!一体どうなさったの!? 聖女になる、ですって? 気でもおかしくなったんじゃないの?」


(可愛い私の妹は、私の心配をするふりが上手だ。1回目の人生で、私は何回騙されてきたか分からないわ)


「ふふふ。私の頭はね……残念ながら正常なのよ」


(この先やってくる破滅を黙って受け入れる方が、よっぽど頭がイカれているわ。この2人が共謀して、私を処刑場に連れて行く未来なんて……ね)

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