ランチタイム(31)
続きです。
「どらこちゃん……!!」
あたしの姿を見つけるや否や、みこは空を飛ぶあたしを迎え入れるように勢いよく窓を開いた。
翼を消して半ば落下するように部屋に滑り込む。
既に“それ”の姿は捉えている。
壁に伸びた不気味な影、その姿には見覚えがあった。
「はぁ、やっぱりお前だったんだな……」
壁に映し出された影は、あのスーパーで争った怪物の姿そのものだった。
ただ、決定的な違いもある。
それは他の何でもない、それが“影”であるということだ。
「ど、どらこちゃん……」
みこは怯えた眼差しであたしの背に隠れる。
すると壁の影はそれに伴って動き、あたしの形に欠けた。
月光は窓から差し込んでいる。
つまりあの影は……みこから伸びている。
「大丈夫だ。少なくともあれは実体の無い影でしかない。みこの精神を消耗させる以外のことはできないよ」
「……ん」
頑張って気を張っているであろうみこのその頭を撫で、少しでも安心感が湧くように振る舞う。
影は何もできない。
しかしその事実はあたしにとっては同時に問題を孕んでいた。
あれが影である以上向こうもこちらに物理的な危害を加えられないとはいえ、同時にその逆でもある。
本体でなければ攻撃できない。
「……くそっ、謎解きはスキップできないみたいたな」
結局、アンキラサウルスの謎、その正体を暴かなければ倒せない。
順を追って経緯をなぞって思い出す。
まず一つ気になるのは、あのスーパーでの戦闘のときはその場にいなかったみこがなぜ被害に遭っているのかということだ。
ただこれはそう難しいことでもない。
アンキラサウルスとみこが接触するまでの経路を考えたら一つしかない。
あたしが倒しきれなかった残滓とでも言うべきごく微小な存在となったアンキラサウルス。
それがみこ母を経由してみこに接触したというわけだ。
さて、ここからが謎解きの本番だ。
アンキラサウルスがどこからどうやってみこに影響を与えているのかということと、その目的だ。
いったい「食べないの?」とはどういうことなのか……。
「いや、待てよ……」
食べる、で関連して思い出すのは、このアンキラサウルスの元来の性質。
あたしの見立てでは、取り込んだものの性質を身につけていくタイプのアンキラサウルスだ。
つまりこのアンキラサウルスの行動原理には“食べる”がある。
だからみこに対する精神干渉は……本当にそのままの意味で“食べる”を促していた……。
結果としてそれはみこに恐怖を抱かせ絶食を選ばせたが、しかしアンキラサウルスは“食べさせたかった”。
考えてみればシンプルなことだ。
もしみこを飢えさせたいならアンキラサウルスは「食べないの?」なんて問いかけはしない。
アンキラサウルスっていうのはもっと目的に対して直線的だ。
だからこうして一見意味の分からない干渉も“そうせざるを得なかった”だけにすぎない。
結論は、既にもう心のうちにある。
奇妙な手を使って、みこに食べさせたかった理由。
それは他でもなくアンキラサウルス自身が“食べたかったから”だ。
給食のとき、目の前に現れた食事に我慢できなくなってしまったのだろう。
黙っていれば食にありつけたものを、スープの具材に喋らせた。
「はやくしろ」「もたもたするな」「早く食べろ」……「どうして食べないのか?」と……。
つまり……。
「アンキラサウルスの……居場所はぁっ……!!」
勢いよく振り向く。
壁に映る影の根元にいるみこに向かって。
「えっ、どらこちゃん!? 何をっ……!?」
燃え上がらせた炎を手のひらで握り潰す。
その燃え盛る拳を、みこの顔面めがけて……!
「どらこちゃん……っ!?」
みこが迫る炎への恐怖と突然拳を向けてきたあたしに対する困惑で、目をぎゅっと瞑る。
その涙が滲んだまぶたを拭って、こけおどしの炎を霧散させた手のひらで肩をポンと叩いた。
「悪かったな、こんなやり方になっちまって」
「ど……らこちゃ……?」
みこは閉じていた瞳を恐る恐る開く。
その瞳に映るあたしの姿は、我ながらなんだかかっこ悪かった。
「下がってな」
壁に映る影はもうただの“みこの影”だ。
みこの中に寄生していた醜い怪物は宿主が危機に瀕したことで慌てて飛び出して来ている。
みこはまだ状況こそ理解していないようだが、窓際の月明かりに照らされる実体のあるアンキラサウルスの姿を見てすっ飛ぶように部屋の隅まで逃げて行った。
「ハッ! みこの中に隠れて元の姿に戻れるくらいには回復したようだが、新しい食いもんにはありつけなかったみたいだな! 頑張って食わそうとしたんだよな? もっと強くないと……あたしは倒せないもんなぁっ!!」
威嚇のつもりか顎をカチカチ鳴らしているアンキラサウルスに向かって、拳を突き出して突撃する。
土手っ腹に灼熱の拳をねじ込んで勢いのまま共に窓の外へ飛び出した。
「ギギギギギギギッ!!」
拳打に吹き飛ばされたアンキラサウルスは不快な鳴き声を上げながら背中から翅を生やす。
その気持ち悪い姿は、やっぱりゴキブリだ。
「今度は……逃げられると思うなよ?」
あたしの体を炎が包む。
それは翼となり、尾となり、角となり、竜を成した。
翼を全開にし風をつかむ。
あたしが力を込めるのに応じて炎が迸る。
その輝きは、熱は、エネルギーは……あたしの顔の前に集まっていき火球を成す。
そして胸いっぱいに息を吸い込み……一気に、息を、エネルギーを、全身全霊を吐いた。
「炎刃・ヒートブレスッッッ!!」
火球が爆ぜ、一筋の光線となって夜空を切り裂く。
下から上へ、赤い光はこの夜ごとアンキラサウルスを切り裂いた。
「ギッ……!?!?」
ばかっと、アンキラサウルスの体は半分に割れる。
その断面は熱された炭のように真っ赤に光っている。
「また分裂するか? だがもう、遅いぞ?」
ブレスを吐いてからアンキラサウルスがその形を保っていた時間は1秒に満たない。
あのときのように分裂したからではない。
既に全身が一瞬で燃え尽きて塵となってしまう温度に達しているからだ。
そこにあるのはアンキラサウルスではなく、夜空に浮かぶ炎の塊にすぎない。
やがてその炎も風に巻かれて、火の粉と散っていった。
みこの家の方を振り返る。
部屋の中では、駆けつけたみこ母が大切な娘の肩を抱えてこちらを見上げていた。
「終わった、な」
想定より手間取ったこの一戦は、こうして終幕した。
続きます。




