ランチタイム(28)
お久の続きです。
「竜は、優しい目をしている……らしい」
「……? えっと……すみません、どういう……?」
あたしがポツリとこぼした言葉に、みこは首をかしげる。
それ自体は無理もないことというか、むしろもっともな反応だ。
前後の文脈が繋がっていない。
それでも、一度話し出した言葉を止めない。
あたし自身何をどう話せばみこが安心して心を開けるか分からない。
そんな中であたしが紡ぎ出した言葉。
思考ではなく、感情から来る言葉。
止まったらもう、この言葉の勢いは無くなってしまうだろう。
だからその言葉の効果がどうかはともかく、止めるわけにはいかないのだ。
「あたしの名前の……由来、だよ。父ちゃんがなんかの映画で見たかなんかで、出てくるドラゴンの目が優しかったのが印象に残った、んだそうだ。あのドラゴンみたいな、優しい女の子になってほしいって」
「は、はぁ……」
みこの相槌は曖昧。
まだあたしの言葉にどういった系統の反応をするべきか分かっていないのだろう。
違う、別に困惑だとか、困らせたかったわけでは当然ない。
が、そのまま突っ走らせてもらう。
何せあたしは優しい女の子でも、真面目で聡明な人間でもない。
父に望まれた姿と異なる、獰猛な竜なのだから。
「見ての通り、あたしは名前通りの姿じゃない。名は体を表すとは言うけど、当然現実はそういうもんじゃない」
「それは……どらこちゃんの悩み、なんですか?」
「悩みってほどのもんじゃない。悩みって言うなら今のみこのことの方が大きいくらいだ。けどまぁ……」
悩み、か。
名前の通りの姿、望まれた姿でありたいという気持ちがないわけじゃない。
物心ついたそのときから、このことは実際あたしの心に巣食っている。
そうあろうと振る舞おうと考えたこともあったが、根本的に“違う”のだ。
あたしがあたし以外の誰かを演じることはしたくない。
だからこそ、今手のひらの中にある機会に必死になっているわけだが……。
「色々、慣れないながらに考えてみたりもした。力を手に入れてからは、ヒーローじみたことをして自分に酔ってみたりもした。けど、その根っこにはいつだって冷たい炎が、決してヒーローなんかじゃない人間のあたしがいる。本質は壊し、燃やし尽くすこと。最もシンプルな手段で、温まるには冷たすぎて触れるには熱すぎる炎で、あくまで利己的な目的のために突き進むだけなんだ。それに……まぁ嫌悪、してるんだろうな……」
自分の手のひらを見下ろす。
数多くを傷つけ、あたしの真意はともかく数多くを救ってもきたあたしの手。
ああ、そうか……。
結局のところ、あたしはあたしのことが嫌いなのか。
きっと名前を変えたいというのも、自分に合わせた名前に変えたいということでなく、自分の望む自分になりたいんだろう。
って、何を考えてるんだか。
今重要なのはみこのことなのに。
「ごめんな。こんな話しても何がなんだか分からないよな。あたしも、正直……なんで急にこんなこと話し出したんだか分からん。別に、あたしが話したんだからそっちも話してくれなんて……勝手に聞かせといてそんなズルが言いたいわけでもない」
「……」
何を考えているのか、みこは座ったまま俯く。
再び訪れた沈黙に、時計の針の音が響く。
部屋の外で待っているであろうみこ母はいったいどんな気持ちでこの時を待っているのだろう。
しばらくして、みこがその小さな口を開く。
「どらこちゃんは……どらこちゃんはやっぱり、優しい竜ですよ……。優しいだけじゃなくて、ちゃんと竜なんです。どらこちゃんのお父さんも、きっとただ優しい人になってほしいからその名前をつけたわけじゃないはずです。優しい竜……鋭い爪に大きな翼、赤い炎……そんな竜が優しい目をしていたから、きっとお父さんの記憶にも残ったんだと思います」
「……!」
みこから飛び出した言葉に、少し驚く。
自分でも何に対して驚いたのかはよく分からない。
ただ何かが胸に突き刺さるような、あるいは心臓を掴まれたような、微量の痛みを伴った感覚があった。
「あたしは……」
あたしを庇うような言葉を使ったみこに対して、何故かあたしは言い訳をしようとしてしまう。
みこの優しい言葉を否定しようとしてしまう。
しかし卑屈はそれ自体が加害性を孕んでいるので、その先の言葉は飲み込んだ。
飲み込んで気づく……そもそもあたしの頭の中には言い訳のための言葉が一つも思いついていなかった。
「どらこちゃんは、やっぱり優しい竜です!」
あたしを見つめるみこの瞳が、何故だか潤んでいく。
差し込む光を背にしたみこのその姿は、なんでか美しかった。
「あ、ちが……そんな顔させるつもりじゃ……」
慌てて弁明しようと中腰になるが、みこは「しーっ」とするようにあたしの口の前に人差し指を持ってきて、それだけで動きを制してしまう。
みこはゆっくりと首を横に振る。
「そんなに……自分を傷つけようとするのはやめてください。ふふ、いけませんね……どらこちゃんの優しい瞳にそんな表情をさせちゃ……。わたしは何をやってたんでしょう……。全部、話しますね。どらこちゃん、どうかわたしを……助けてください!」
何が効いたのか分からないが、みこは最後の一歩を踏み出す勇気を出してくれた。
それが、ああなんでだろうか……嬉しかった。
続きます。




