第5話 2人だけの時間
「・・・・・・」
「どうしたの?良ちゃん。」
さっき下り線に乗ってたのって・・・・
「いや、別に・・・てか、今日はどうしたんだ?わざわざ電車に乗ってまで。」
「ん?彼氏さんに会うのに理由なんているの?電車で来たのはね・・・」
優希自身も最近知ったらしいのだが、まだ神楽優希のプライベートを狙っている連中がかなりいるらしいのだ。大勢のファンはあのクリスマスライブのMCの内容が拡散され共感してくれたようで応援の声があがり、あの画像騒動は収束した。
だから、まだ付け狙っているのは特にファンとゆうわけではなく、単にSNSでの自身のアカウントの盛り上がりの為だけとゆう、実にくだらない理由で優希を探していると説明を受けた。
それで何故電車なのかとゆうと、どうやらあの画像に写っていた優希の愛車である真っ赤なBMWの存在を掴んでいて、当人の神楽優希を探すのではなく、派手な目印になってしまっている車を探して狙っていると、ネットで情報を得た優希は車を使わずに電車で会いに来たと話してくれた。
タクシーも考えたのだが、恐らくは大丈夫だとは思うが運転手も人間だ。
どこで情報として漏らさないとも限らないと、予防線を張る意味でタクシーも使うのを止めたらしい。
「そうは言っても、電車なんて人目に付きまくるからすぐにバレるんじゃないか?」
「簡単な変装さえしていれば大丈夫だよ。私ってステージに立っていない時はオーラが全くないらしいからね。」
指でポリポリと頬を掻きながら苦笑いを浮かべる優希に、間宮はクスリと笑った。
「んで?なんだか一方的に上り線に乗せられたんだけど、どこに向かってるんだ?」
「あ、言ってなかったっけ?私のマンションだよ?」
「は?」
「別に私達付き合ってるんだし、その・・・お互いの部屋に行くのって・・・ふ、普通でしょ?」
サラッと格好良く誘うつもりだったのだろうが、言葉の端々に緊張の色が見える。
「い、いや、付き合ってるっていっても俺達は・・・・その・・・まだ・・・」
間宮も釣られて歯切れの悪い口調になってしまった。
「それは、分かってる・・・でも、それでもいいから、朝まで一緒に居たいって思っちゃいけない?」
優希はそう話すと、間宮の手をギュッと握った。
隣に立っている優希の少し潤んだ上目使いに、心臓が跳ねたが間宮はそれ以上に・・・
「ごめん。気持ちは勿論嬉しいんだけど、俺はまだ優希といるのに罪悪感があって、そんな気にはまだなれないんだ・・・ほんと、ごめん・・・」
間宮がそう誘いを断ると、優希は正面に視線を戻して軽く溜息をつく。
「ねぇ、良ちゃん。その罪悪感ってお姉ちゃんに対してだけ?」
「え?どうゆう意味だ?」
「他にも感じてる誰かがいるんじゃないかって思って・・・」
「何言ってんだよ。優香に対してだけで、他に誰かなんているわけないだろ。」
「そう?信じていいの?」
「あぁ、当たり前だ。あほ!」
「へへ、そっか!良かった!」
そう言って優希は間宮の腕に絡みついてギュッと力を込めた。
その込めた力に微かに震えが交じっている事に間宮は気が付かない。
それはまだ間宮の心が、完全に優希のものになっていない事を証明していた。
「じゃあさ!ウチで晩御飯だけでもいいから食べて行ってよ。実はもう下ごしらえしてあるんだよね。」
「用意周到だな。ん!わかった、御馳走になるよ。」
「うん!決まりだね!期待してていいよ!」
それから優希のマンションへ到着するまで、今日は一日オフで朝から今晩の食事の準備をしていた事等を色々聞かされた。
こうして話していると、彼女はプロミュージシャンとしての顔を一切見せない。
仕事に対しての話どころか愚痴一つ聞いた事がなかった。
恐らく、仕事のオン、オフが人並み以上に出来るのだろう、
そして、それが本物のプロなんだと実感する。
優希がプライベートの時、周りに正体がバレないのは、そうゆう理由なのかもしれない。
優希のマンションに到着して、速やかに部屋の中に案内される。
「お邪魔します。」
「どうぞ!いらっしゃい!」
にこやかな顔で優希は間宮をリビングへ案内した。
「うわ、流石と言うか・・・凄い部屋だな!」
玄関でもすでに凄さが分かっていたが、リビングへ案内され入った途端、動きを止めて、優希の部屋の凄さに自然と言葉が零れた。
リビングだけで20畳はある。部屋の中央にゴージャスなソファーが置かれているのだが、そのソファーが設置されている場所だけ間宮が立っている床より低い位置にあった。
ソファー周りだけ段差になっていて、恐ろしく広いリビングにマッチしていた。
圧巻なのが部屋を取り囲む壁だ。
いや、正確に言うと壁と呼ぶのは間違っているかもしれない。
リビングを取り囲む壁の殆どがガラス張りになっているからだ。
部屋全体の照明が少し暗めに落とされている為、ガラスの壁から見える夜景が絶景だった。
他のインテリアもセンス良く纏められており、優希のこの部屋の拘りが窺えた。
「ふふ、ありがと!じゃ、早速ご飯作っちゃうから適当に寛いで待っててね。」
「あ、あぁ。でも何か手伝う事があったら言ってくれよ。」
「うん!ありがと、良ちゃん!」
優希は嬉しそうな顔で、キッチンへ向かっていった。
その後ろ姿を確認してから上着を脱いでソファーにかけた。
体をスッポリと包み込むような柔らかさで迎えたソファーだったが、沈み切る前にグッと押し返す力を感じて、単に柔らか過ぎるソファーではなく、本当にリラックス出来る上等な座り心地だ。
思わずふうっと息を吐き、目を閉じる。
防音の効いた部屋で外部の音が入ってこない。
少し離れたキッチンから、優希が料理を始めている音だけが、耳に届いていた。
すると、どこからかソロピアノの演奏が優しく流れ出す。
耳障りにならない程度に絞られた音量で、心地よく耳に響く。
その演奏に合わせて、キッチンから優希が鼻歌を歌いだした。
トップアーティストは鼻歌も異次元の上手さで、流石だなと感心してしまう。
静かなリビングに、落ち着いたピアノの演奏と優希の鼻歌を届けてくれる。
間宮は人の家だとゆう事を忘れて、心からリラックスして閉じた目を開く事なくいつの間にか眠ってしまっていた。
心地よい感触と、心地よい音が眠っている時でも聞こえている気がした。
ここ数か月、色々な事があり自分でも気が付かない程の疲労がスッと取れていく感覚を覚えていると、遠くから自分を呼ばれている事に気付きゆっくりと意識を覚醒させる。
するとすぐ隣に間宮の座っているソファーの肘置きに、足を組み座って呼びかける優希がいた。
「起きた?良ちゃん。」
「ん・・・あ、悪い。寝てしまってたか・・・」
「いいよ。今日もお仕事頑張ってたんだから、待っている間少し眠っていて欲しかったんだ。」
そう言うと優しい笑顔を向けてくれた。
彼女は自分に少しでも疲れを癒してもらおうと、音楽をかけてリラックスさせようとしてくれた。鼻歌はおまけだと言っていたが、こんな上手い鼻歌がおまけとか、どれだけ贅沢な時間なんだよ!と突っ込むと、優希は照れ臭そうに笑った。
完全に意識が覚醒した後、夕食が出来たと食卓へ案内された。
食卓へ向かうと、リビングの雰囲気とは違い、意外な程落ち着いたモダンな雰囲気が漂う空間になっていた。
テーブルには所狭しと、並べられたイタリア料理があった。
盛り付けも綺麗で彩も良く、見た目だけでもお礼を言いたくなる程だった。
「これは凄いな!どれも綺麗で美味そうだ。」
「フフフ!ありがと!後は良ちゃんのお口に合えばいいんだけど・・・」
優希は少し不安げにそう言いながら、綺麗なグラスにビールを注いで間宮の前に置いた。
「それじゃ!食べよっか!」
「あぁ、いただきます。」
2人はそう言いあって、お互いのビールが入ったグラスを合わせた。
まずはサラダを取り分けて口へ運んだ。
美味い!お高い有機野菜を使っているのかと質問したが、普通のスーパーで購入した、どこにでもある野菜だと聞いて思い出した。そういえば野菜は切り方によって味が変わると聞いた事がある。
一体どう切ったらこの味になるのか教えて欲しいものだ。
それからパスタへ手を伸ばす。
今晩はボンゴレで間宮の好物でもあった。
パスタを嬉しそうな顔で頬張ると、メインの肉料理へ手をつける。
これも柔らかくて非常にジューシーだった。決してサシで肉が柔らかいのではなく、肉質が非常にきめ細かく、焼き加減も絶妙なレア加減でこの柔らかさをだしているのが分かった。
「ど、どうかな・・・」
真剣な表情に不安が入り交じっている複雑な顔で、間宮にそう問いかける優希の口が微かに震えているのが見えた。
「美味いよ。本当に美味い!お金とっていいレベルだ。」
「ほ、ほんと!?よかったぁ・・・」
少し身を乗り出していた優希は、本当に安堵して椅子に体重を戻して、嬉しそうに笑った。
「それじゃ!安心したところで、私もいただきます!」
そっと手を合わせ合掌して優希も食事を始めた。
「うん!中々の出来栄え!時間かけて下ごしらえした甲斐あったかな。」
各メニューを少しづつ食べて、自分が作った料理の評価を口にした。
間宮も一人暮らしがそれなりに長くなり、自炊もやる人間として各メニューの作る際のポイント等を教えてもらいながら、楽しく食事を進めた。
話をしながら食事をしている彼女は、本当に自然体に見える。
勿論外見は凄く綺麗な女性なのだが、仕草一つとってもトップアーティストの面影はなく、どこにでもいる普通の女性だった。
だからこそ、その姿に優香がダブってしまう事が多々あり、その度に表情が少し曇ってしまう。
「御馳走様でした!ホントに美味かったよ!」
「お粗末様でした。ホント?嬉しいなぁ。」
後片付けを手伝おうとしたのだが、後片付けまでが料理だからと丁重に断られ、リビングへ戻らされて今度は長椅子のソファーに座った。
手持ち無沙汰になった間宮は、外殻に広がる夜景に意識を向ける事にした。
まるで現実感がない光景に溜息を付いていると、キッチンから聞こえていた水回りと食器が当たる音が聞こえなくなった。
それからすぐに間宮の鼻を擽る良い香りが漂ってくる。
目を閉じて香りの楽しんでいると、目の前のテーブルにカチャリと子気味の良い音が聞こえた。
目を開けると、温かい湯気が立ち込めている上品なカップが置かれていた。
「どうぞ。」
「あぁ、ありがとう。」
置かれたカップは二個並んでいて、優希は当然の様に長椅子に座っている間宮の隣に座った。
「エスプレッソで大丈夫だった?」
「ん?あぁ、好きだよ。俺もたまに淹れるからな。」
そう言って間宮はカップに口をつける。
口から程よい苦みと深い味わいを感じて、鼻から抜ける香りを楽しんだ。
「うん、美味いな。」
「そっか。よかった。」
優希は満足げな笑みを見せて、続けてカップを取った。
お互い暫く無言でエスプレッソを楽しんでいた。
チラリと横目で優希を見ると、ニコニコとしながらカップに口をつけていて、本当に楽しそうにしていた。
その横顔が眩しくて視線を自分のカップに戻してから、どうしても聞きたい事があり口を開いた。
「なぁ、優希。」
「ん?なぁに?」
呼ばれてこちらを首を少し傾げながらそう返してくる。
その様子を確認してから、重い口を続けて開いた。
「どうして俺なんだ?」
「え?なにそれ。」
そう、分からなかった。
何故、この日本で知らない人間を探す事の方が難しい超有名人、天才ロックシンガーとまで言われている彼女が、平凡などこにでもいるサラリーマンの俺なんかを選んだのか・・・・
目標にしていた姉の優香の元婚約者だった事を差し引いても理解出来なかった。
しかも優香の事が忘れられない俺を理解してくれて、自分の事が優香とダブるとまで言っている俺を、それでもいいと求める彼女が分からなかった。
「そんなに不思議な事かな?」
「そりゃ・・・まぁ・・・」
「そうだなぁ・・・」
優希は人差し指を顎に当て少し上を向いて、どう話そうと思案しているようだった。
暫く待っていると話す事が纏まったようで、間宮の方に向き直って話を始める。
「確かに、最初はお姉ちゃんが本気で愛した人ってどんな人なんだろって、本当にそれだけの興味本位だったと思う。」
それは理解出来る。尊敬すらしていた姉の婚約者なのだから興味を持つのは不思議な事ではない。
「でも、初めて会ってみた時に、私が神楽優希だって知ってるあの楽屋にいた子達は、皆緊張してたり、私が芸能人だからって喜んでいたりしたじゃない?まぁ、それはどこでも同じ反応なんだけどさ。でも・・・」
そこまで話すと優希は間宮の方に向けていた顔を少し外して、目線だけそのまま間宮を見つけて話を続けた。
「良ちゃんだけは、そんな素振りもなく自然に他の人と変わらない態度で接してくれたよね。」
確かにそうだが、それがどうしたとゆうのだろう。
「それにお姉ちゃんのお墓で会った時も、私とお姉ちゃんが姉妹だと知って驚いてはいたけど、その後も神楽優希じゃなくて香坂優希として接してくれた。」
「うん。それがどうしたんだ?」
言っている意味が理解出来ないと首を傾げる間宮の様子に、優希はクスっと笑い口を再び開いた。
「良ちゃんはその事を当たり前って思ってるんだろうけど、中々出来ない事なんだよ?それがさ・・・私には凄く嬉しかったんだ。」
そう告白すると、ソファーの上で両膝を両手で抱き三角座りの体制になり、額を抱えている両膝に当てて、恥ずかしそうに俯いた。
優希と知り合ってから何度かネットで、神楽優希のライブを見た事がある。
凄くパワフルで力に満ち溢れていて、会場全体に躍動感を与えている圧巻のライブばかりだった。
ライブを観に来た客達は、優希の作り出した世界に陶酔して全身を使って一体感を作り出していたように見える。
ライブなんて興味がなかったのに、参加してみたいとさえ思えた程だ。
そんな神楽優希と、今隣に恥ずかしそうな表情を浮かべて座っている香坂優希のギャップは確かに凄いとは思う。
でも、やはり自分にとっては最初から香坂優希で、神楽優希は完全に別人として認識している。
理由は恐らく優香の存在なのだろう。
「実はね、あのクリスマスの日の夜、夢を見たの。」
「夢?」
「うん。その夢の中で私一人だけ立っていて、その後、正面にお姉ちゃんが現れたんだ。」
「優香が・・・・」
「うん!お姉ちゃんがいなくなってから、初めてだったんだ。夢にお姉ちゃんが出て来るなんて・・・だから夢の中で驚いちゃった。」
夢の中に現れた優香に対して、あのクリスマスの夜に間宮の胸に指をさして、間宮の中にいる優香に挑戦状を叩きつけた立場の優希は、目の前にいる優香にライバルを見る目で睨むように見ていると、一言だけ「ごめんなさい。」と謝ってきたと言う。その優香の表情は凄く辛そうで今にも泣きだしそうな顔をしていたと間宮に話した。
「そこで目が覚めたんだけど、今でも何でお姉ちゃんが謝ったのか理由が分からなくて・・・」
「そっか・・・優香がな・・」
その後2人は無言になった。
防音が効いた部屋で、微かに空調が作動する音だけが耳に届く。
優香が何故優希に謝ったのか・・・それは間宮にも見当がつかない。
今まで間宮の夢にも優香が登場した事は何度もあった。
だが、間宮の夢は今まであった事を再現した思い出であって、優香がこの世からいなくなった後の優香を見た事がない。
婚約者の間宮すら見た事がないのだ。
理由は分からないが、何か優希に伝えたい事があったのかもしれないと考えた時、優希が不意に口を開いた。
「お姉ちゃんが急に謝ったりするから、良ちゃんをどこかへ連れて行ったんじゃないかって思って、何だか急に不安になって気が付いたら良ちゃんに会いに行ってた。」
「それでアポなしでいきなり来たのか。」
「うん・・・だからいつものように私の前に姿を見せてくれた時、本当にホッとしたんだ。」
「そ、そうか・・・」
その優希の言葉を聞いてズキッと胸が痛んだ。
別に誰かに連れ去られるわけではないが、優希の不安は強ち外れてはいなかったからだ。
「あ、あぁ!そうだ!明後日からお正月休みなんだよね?」
「ん?あぁ、そうだけど?」
「年末年始って何か予定あるの?」
「あぁ、今年は実家で年越そうと思ってる。実は社会人始めて一度も帰省した事がなかったんだ。」
「えぇ!?それはご両親心配だったんじゃない?でも、そっか~!一緒にお正月過ごしたかったけど、それじゃ仕方ないね。」
「ごめんな・・・てか優希も仕事休みなのか?」
「うん!明後日の収録が終われば10連休なんだよ。」
「へぇ!芸能人って正月も仕事してるんだと思ってた。」
「あはは!お正月番組とかの事言ってるの?あれは結構前に収録してるんだよ。大抵皆、11月から12月中旬にかけて収録済ませて、年末年始はお休みな人が殆どなんだよ。年越しライブがあったりする年とか、紅白に出る時とかはギリギリまで仕事してるけどね。」
業界関係の事なんて興味を持った事がない間宮は、芸能人は盆も正月もなく働いているものだと思い込んでいたから驚いた。
でも当日生放送のバラエティは別だけどと付け足して説明した。
「特に私はテレビに出演するのって苦手で、極力オファーを断って貰っているんだけど、茜さんが色々と頑張ってくれているの知ってるから、全部拒否ってわけにはいかないんだよね。」
茜は茜で頑張っているようだ。
以前聞いた事がある。優希とはインディーズ時代から茜がマネージメントを担当していて、その頃から優希に類まれな才能を感じ一緒に高みに昇り詰める事が夢だと語っていた事を思い出した。
優香の茜の事を話す顔を見ていると、茜の事を姉の様に慕っているのが分かった。
兄としてそんな茜を柄にもなく誇りに思う。
だから逆にあの画像が出回った時、あんな剣幕にマンションに殴り込んできたのも頷けた。
そんな茜の事を思い出していると、隣に座っている優希が声を半トーン下げて話しかけてきた。
「あのさ・・・・一つだけ聞いていい?」
再び三角座りになっていた優希が、抱きかかえる足の前で両手の指をコロコロと絡ませながら、間宮の方を見ないでそう言った。
「ん?なんだ?」
「えっとね・・・私の事どんな気持ちで見てくれてるのかなって思って・・・」
「どんなって?」
優希の質問の意図が分からず、首を傾げながら質問を質問で返す。
「少しは私を自分の彼女だって意識して見てくれているのか知りたくて・・・」
不思議な女の子だと思った。
あんなに大勢の前で堂々とライブを行い、皆を楽しませる事が出来る人間なのに、俺の事なんかでこんなにも自信なさげに、不安の色を隠す事なくそう話す彼女がどうしても同一人物だと思えない。
だが、少なくとも間宮と会っている時は、神楽優希でなかったはずだ。確かに自信に満ちた態度ではあったが、特殊な才能を持った人間のそれとは全く違う気がする。
もしかしたら、今目の前にいるのが香坂優希なのかもしれない。つまり本当の自分を見せてくれているんだ。
そんな彼女を見ていて気が付いた事がある。
ついさっきまで何かにつけて優香とダブって見えていたのに、今の彼女からは優香の存在を全く感じない事に。
「彼女として見ていたつもりだったが、見ていなかったみたいだな。」
「え?それって・・・」
間宮の返答を聞いて目を大きく見開き、外していた視線をすぐに間宮に向けた優希の瞳はすでに零れ落ちそうな涙が溜まっていた。
そんな優希の目を見てから、今度は間宮が視線をそらして続けて話し出した。
「ついさっきまでの優希の事を彼女だと思い込んでいたけど、俺がそう思っていたのは優香の事を強く意識した優希だったみたいだから・・・」
そう聞かされた優希は、間宮が言いたい事をすぐに理解して俯いた。
「何の為にそうしたんだ?」
間宮のその質問の意味も理解出来る。
「だって、お姉ちゃんの事本当に愛してる事、私が一番知ってるから・・・だから良ちゃんに意識してもらう為には、私がお姉ちゃんを意識するしかないって思って・・・」
「・・・・・そうか・・・・・」
そう相槌を打った間宮は、少し考える様に天井を見上げて軽く息を吐いた。
優希はそんな間宮を恐る恐る俯きながら、視線を送っていた。
ようやく合点がいった。何故いくら姉妹だからといって、あれだけ優香とダブって見えたのか・・・それは優希が優香を強く意識しながら俺と会っていたからだ。
本当の彼女は今、俺の隣で自信無さげに俯いて座っている。
どんなに凄いライブが出来ても、どんなに大勢の共感を得られる人間でも、本当の彼女はここにいる。神楽優希ではなく本物の香坂優希が正体を現したんだ。
今まで優希が話してくれた事を集約すると、恐らく小さい頃から姉を尊敬していたが、それと同じくらい嫉妬もしていたのだろう。
だから何か一つでも自信をもっていられる事を、人並み以上に欲していた。
それが彼女にとっての音楽であり、音楽だけが彼女の自信の源になっていたんだ。
でも、いざ気になる人間が目の前に現れた時、音楽以外で自分を表現する術を持たない彼女は、ずっと背中を見てきた優香の人間性をトレースする事を思いついたんだと思う。
その結果、俺には優希の行動や仕草、話し方まで優香とダブって見えてしまっていたんだ。
なら、優希の質問の答えは俺には一つしか思いつかない。
「優希・・・・」
「うん?」
「ごめんな・・・」